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162話 ダム (5)

ニアは目の前に置かれた鹿肉料理をしばらく眺めてから、フォークを手に取り、まっすぐ肉に刺して口へと運んだ。厚みのある肉に歯が入るたびに肉汁が滲み出し、噛むほどに旨みが舌先を包み込んだ。キノコは独特の弾力ある食感を保ちながらニンニクの香りを含み、一口飲み込むたびに口の中で深い風味が広がっていった。


「んー、これ本当に美味しいだる!ニンニクの香りがきつくないだる、鹿肉とよく合ってるだる!」


ニアは感嘆しながら鹿肉をもう一切れ口に運んだ。ニアの反応を見たダレンも興味をそそられたのか、おそるおそるキノコを一切れ取って味わった。口の中で柔らかなキノコがゆっくりと潰れ、旨みが広がった。ダレンは静かに頷き、ワインを一口添えた。


「確かに、奥深い味ですね。鹿肉がこれほど柔らかいとは思いませんでした。」


マウはすでに皿を半ば空にしながら、満足そうに頷いていた。言葉はほとんど発せず、それでもフォークを休まず動かし続け、肉とキノコを交互に口へと運んでいた。


グラベルは薄く延ばした小麦粉の生地の上に挽き肉とトマト、唐辛子(とうがらし) 、玉ねぎを味付けして乗せた料理を、そっと手に取った。


まだ温かい生地が指先にかすかな弾力を返し、柔らかく火の通った卵が表面からとろりと流れ落ちた。一口噛み取ると、パリッとした生地が軽く砕けるとともに、中の肉汁と味付けが溶け合い、口いっぱいに広がった。


「美味いですね。(これは……トマトの酸味が肉と実に見事に合っている。そして卵がその酸味を強くなりすぎないよう抑えることで、全体的に柔らかな印象を生み出している……。うん、ほんのり辛い唐辛子の香りが後ろからしっかりと支えている。すっきりしながらも、奥行きのある味だ。)」


彼はしばらく噛みながら、その余韻を存分に楽しんだ。ニアも一切れもらって食べ、満足そうに頷いた。続いてニアは目を輝かせながら、パリッとした生地の軽い食感を確かめるように、ゆっくりと噛んだ。


「うん、サクサクなのにしっとりしてるだる!生地が口の中でほろほろ崩れながら、しっとりしたお肉と混ざるのが好きだる。」


イゴールが、グラベルとニアの食べている料理を眺めながら言った。


「それはクイマルル(Kıymalı)と申す料理でございます。ラトゥで味わうことのできる代表的な一品でございますね。お二方はラトゥにいらしたとのことでしたから、馴染みがおありかもしれません。」


その言葉を聞いたマウとダレンが、同時に顔を上げた。マウがゆっくりと口を開いた。


「ラトゥの料理……。どこか懐かしい味だと思っていました。道端で大きな竃(かまど) から取り出す、似た形の料理を見かけたことがある気がします。」


ダレンも頷き、付け加えた。


「香辛料の組み合わせが、どこかで嗅ぎ覚えがあると思っていました。」


イリスはスタバス鯉の揚げ物を一切れ取り上げた。巨大な鯉がまるごと揚げられており、表面は黄金色(こがねいろ) に輝き、カリッと揚げられた川海老まで添えられていた。彼女は最もカリッとしていそうな部分を選んで、一口噛んだ。


たちまち、油で揚げられた魚の皮が砕ける音がして、身が口の中でふんわりと広がった。しっとりとした深い旨みが舌先を包み、添えられたソースにつけて食べると、一層風味が増した。


「これは……。身が本当に柔らかいですね。川海老と一緒に食べると、さらに香ばしいです。」


「私も食べてみるだる!」


ニアのフォークが、こんがりときつね色に揚がった魚へと向かった。艶やかに輝く表面、軽く押してみるとカリッと揚がった皮がパリパリと音を立て、白い身が現れた。ニアがフォークで一切れ刺して口に入れた。


「はうっ……!」


ニアの目が大きく見開かれた。皮はパリッと砕けながら油の旨みが口の中に広がり、身は信じられないほど柔らかかった。舌の上でほろほろと解ける(ほぐれる) ような食感とともに、塩気のある深い旨みが口いっぱいを満たした。背筋がぞくっとするほど強烈な味だった。


マウは特に何も言わず静かに食べていたが、皿が空になっていくスピードを見れば、彼が誰よりも満足していることは明らかだった。彼は鯉の骨から身を器用にはがしながら、しっとりした部分だけを選んで口に運んでいた。


テーブルの上には様々な料理の香りが漂い、それぞれが料理の味に感嘆しながら食事を楽しんだ。しばらくの間、誰もが無言で食に集中し、その味をじっくりと堪能する時間が続いた。


「ゆっくり食べなさい。そんなに急いで食べると、舌を火傷しますよ。」


ダレンが心配そうな声でニアの隣の杯に水を注ぎながら言った。


しかしニアは聞く耳も持たず、すぐに別の料理へと手を伸ばした。今度は大きなまな板の上に乗せられた肉料理だった。ちょうどよく切り分けられた、肉汁たっぷりの一切れを口に入れた瞬間、ニアの目が自然と閉じた。


『うっ……!これは……!』


肉の繊維が一本一本しっかりと活きていながらも、噛むたびに口の中で肉汁が弾けた。適度な下味が染み込んでいて、しょっぱくも薄くもない完璧なバランス。舌の上でほぐれるたびに、深い風味が広がった。あばら肉特有の噛みごたえもあり、顎を動かすたびに噛む喜びが続いた。


「うん、うん!これ本当に最高だる!」


ニアは感嘆しながら、続けて何切れも口に運んだ。イリスを含む全員がニアに視線を向けた。グラベルは軽くため息をついて言った。


「少し落ち着いて食べろ、ニア。そんなにがつがつ食べると、喉に詰まるぞ。」


しかしニアはもう次の料理へと手を伸ばしていた。


今度はシチューだった。大きく切られたジャガイモとニンジンがたっぷり入った汁物料理。スプーンで一口口に含むと、深く濃いスープの味が舌先にしっとりと絡みついた。口の中でとろりと溶けていくジャガイモの柔らかさ、噛むほどに甘みが広がるニンジン、そして汁の中でじっくり煮出された肉の風味。


「はあ……幸せだる……。」


ニアは両手で頬を包み込むようにして、満足そうなため息をついた。


「こんなに幸せそうなニアを見ていると、私ももっとおいしく食べなくてはいけない気がしてくるね。」


しばしの間、頭の中の悩みを忘れたグラベルが、頬杖をついて微笑みながら言った。


ベナールは食事を終えようとしている一行を静かに見渡してから、ゆっくりと口を開いた。


「やはり、きみをここに留まってほしかった理由を話しておいたほうがいいだろうな。」


彼はしばらく息を整えてから、言葉を続けた。


「私の古い友人に、トゥールという者がいる。星の予言者と呼ばれるエルフだよ。北のディネア樹海の真ん中にある森の灯台で、星と運命の神レエルを奉じる(ほうじる) 者だ。私は彼と長い年月を共に歩んできた。彼がレエル神との交信の手立てとして占星術を研究していた頃から、付き合いがあるのだよ。」


グラベルは静かに耳を傾け、他の一行も興味を示して聞き入っていた。ベナールはしばし記憶を整理するように指で食卓をゆっくりと叩きながら、言葉を続けた。


「トゥールは予言者でありながら、天文学にも長けた者でな。彼は空を見上げながら、二つの月と、隠れ月とも呼ばれる青い月の動きを追い、星々の流れの中にレエルの意を求めた。私がまだ行商人だった頃、彼は商いに有利な時機を占ってくれることもあった。彼の予測は不思議なほど正確だったよ。」


ベナールはしばし言葉を止め、微笑んだ。


「一度、私が遠い東のキルビアへ向かう計画を立てたとき、トゥールはもう数日待つよう助言してくれた。私は彼の言葉を信じて待った。するとその間に豪雨が道を塞いだのだよ。短い雨ではなかった——月が一度変わるまで青空を覆い続けた黒雲(くろくも) とともに、長い間降り続けた雨だった。もし無理に出発していたら、大きな損害を被って(こうむって) いただろう。そんなことが、一度だけではなかったのだよ。」


グラベルと一行は、ベナールの言葉にいっそう集中した。ベナールは再び落ち着いた声で語り続けた。


「そして少し前、彼は私にひとつの予言を伝えてきた。近いうちにダムが危機に陥るだろうと。その危機を食い止める者たちは遠くからやってくる。そして彼らは、ダムで最も年老いたダウィのもとへ鏡を借りにくる者たちだと言っていたのだよ。」


その言葉に、食卓の場は一瞬静まり返った。蝋燭(ろうそく) がゆらめきながら影を生み出す中、一行はベナールの言葉に集中した。ベナールは意味ありげな眼差しでグラベルを見やった。


「きみがネロディアの鏡を借りにきたとき、私は確信したのだよ。予言の中の人物が、まさにきみたちだということを。だからこそ、なんとしてもきみをダムに留まらせなければと思ったのだ。無理なお願いだったことは認める。しかし、ダムの運命がかかったことならば、私はたった一つの可能性も見逃したくはなかった。」


ベナールはしばし言葉を止め、食卓の一行を見渡した。蝋燭のゆれる灯りの下、グラベルは深い思案に沈んでいるようだった。グラベルはゆっくりと手に持っていた杯を置き、口を開いた。


「その予言……信頼できるものなのですか?」


ベナールは毅然とした様子で頷いた。


「私はトゥールと長い付き合いがある。彼の予言が外れたことは、一度もなかった。そして、きみと私はまだ出会って一日も経っていない。信じがたいのはわかっている。大半のサルン・ケたちはレエルという神の存在すら知らないだろうから、なおさらそうだろうな。」


グラベルはベナールの言葉をじっくりと反芻(はんすう) し、深く考え込んだ。しばらく沈黙が続いた。食卓にはまだ温かな料理が残っていたが、今聞いた話が皆の心に重くのしかかっていた。辺りの空気は、一層静まり返った。


しかし長い間考え込んでいたグラベルは、やがて決断を下したように、ゆっくりと頷いた。


「わかりました。提案を受け入れます。」


ベナールはその言葉にようやく緊張を解き、嬉しそうな表情を浮かべた。


「その決断が後悔にならないよう、しかとお約束しよう。今すぐエルフたちに書状を送らなければならないな。トゥールにこのことを知らせなければ。彼もまた、我々に重要な助言を与えてくれるはずだよ。」


彼はダレンとマウのほうへ顔を向けた。


「二人は、この方々が祭りを十分に楽しめるよう案内してやってくれ。きみたちの尽力が報われるよう、質のよい青流玉(せいりゅうぎょく)を報酬として用意しよう。これもまた、ダムの未来への投資だと思ってくれ。」


ダレンはしばし考えてから、にこやかに微笑みながら言った。


「皆さんはダウィとムワの文化にもご興味がおありのようですから、まずベナール様の養魚場を見学されるのもよいかもしれません。それから、カヌーク鮭がやってくる前に、ナマズ漁の様子をご覧いただくのはいかがでしょうか。鍛冶場(かじば) へ出向いて、銛(もり) を作る様子を見学することもできますね。」


マウも頷きながら付け加えた。


「ユラカンを捕るところをお見せするのも、面白いんじゃないでしょうか!きっと印象的な見ものになると思います。」


するとニアが目をきらきらと輝かせながら手を挙げた。


「私はダムの料理をたくさん食べたいだる!マウがダムにはおいしい食べ物がいっぱいあるって言ってただる!」


その言葉に一行が笑い声を上げ、場の雰囲気が一気に明るくなった。ダレンとマウも頷きながら微笑んだ。ベナールは満足そうに食卓をそっと叩いた。


「今夜はゆっくりお休みなさい。明日にはもっとたくさんのものが見られるだろうから、来たるダムの祭りを楽しみに、心と体をゆっくり休めてくれ。」


そうして、その日の出会いは幕を閉じた。

作中でイゴールが紹介した「クイマルル(Kıymalı)」は、実在するトルコ料理をモチーフにしています。


トルコ語で「挽き肉入り」を意味する言葉で、薄い小麦粉の生地に味付けした挽き肉やトマトなどを乗せて焼き上げる、トルコ風のピザ「ピデ(Pide)」の一種です。サクッとした生地とジューシーな肉汁、そしてとろける卵の組み合わせが絶妙で、現地でも非常に愛されている定番の味なんですよ。本作の異国情緒あふれる空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。

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