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159話 ダム (2)

バアクとマウは、ゆっくりと東関門をくぐり、ダムへと続く道を歩いていた。


ついさっきまで手のつけられない状態だったムールムックたちは、荷馬車から下りて手綱(たづな) を握りながら歩くマウの歩調に合わせ、今は静かに足を進めていた。荷馬車の車輪も揺れることなく、なめらかに転がり続けている。


バアクは片手を腰に当て、もう一方の手で顎(あご) をさすりながら豪快に笑い飛ばした。


「マウ、お前、食いすぎなんじゃないか?あんな小さい体のくせして食うことだけは一人前でさ、最初に荷馬車で商売をしたいって言い出したときは、こいつの食い物だけで荷馬車が満杯になるんじゃないかって心配したもんだぞ!クハハハハ!」


バアクの大きな笑い声に、マウはしかめ面をして抗議した。


「兄貴、俺はそんなに食べないし……。体だって他のダウィよりは大きい方だし……。食料も必要な分しか持ち歩いてないよ……。」


「そうかそうか。ところで、マウ、お前、寝るとき鼾(いびき) でもかいてなかったか?一緒に来てた皆さんは何も言ってなかったか?こいつが寝てるときに鼾なんかかいたら、まともに眠れんだろうしな。」


バアクはマウと同行したグラベルの一行へ顔を向けながら尋ねた。


そのバアクの問いかけに、荷馬車の横で馬に乗りながら移動していたグラベルは微笑んで答えた。


「鼾はかいていませんでしたよ。ただ……少し寝言を言っていましたね。『これは俺のだ!』とか、『もう一口だけ!』といった言葉を。」


ニアはその言葉を聞くなり、馬の鞍の上で体を後ろへ仰け反らせながら笑い出した。


「ぷはっ!やっぱり食いしん坊じゃないかだる!夢の中でも食ってるだる!」


「違う!俺はただ……夢の中でも一生懸命お客さんの相手をして商売してるだけだって!本当だよ、食ってるんじゃないから!」


マウは顔を赤くして言い訳をしたが、周囲の雰囲気はすでに彼をからかう方向へすっかり傾いていた。バアクは片手をマウの頭に乗せ、ぐりぐりとかき混ぜるように撫でた。


「クハハ!そうかそうか。たいした商売人だぞ!だがな、お前は体の弱いダウィだから、兄貴はいつも心配でたまらないんだぞ。もっと厳しく鍛えてやればよかったと、今でも思うことがあるくらいだ。」


「……。(それ以上厳しく鍛えてたら、俺は死んでたよ……兄貴。)」


マウは心の中でつぶやきながら、過去を思い返した。


幼い頃、弟への愛情がこもったバアクの「鍛錬」は、まさに苛烈そのものだった。マウの小さな背中に鹿肉をたっぷり積ませ、森の道を走らせた。飢えた狼の群れが肉の匂いに引き寄せられてマウへ近づいてきたときには、「さあ、今こそ本気で走れ!」と追い立てさえした。地を蹴る狼たちの足音と、鋭い息遣いが、今でもマウの耳に生々しく残っていた。


それだけではなかった。凍えるような冬の日、マウは凍りついた川の上でバランスを保つ訓練を強いられた。一度でも滑ればそのまま冷たい水の中へ落ちなければならなかった。バアクは「これくらいできなきゃ、今日の飯は抜きだからな!」と急かしつづけた。また、重い石を抱えて山道を登ることもあり、石を落とせば最初からやり直しだった。その過程で何度も転んで膝を擦り剥き、血を流したが、バアクはマウを止めることはなかった。


友人のダレンと商売を始めることにしたと、なんとかごまかして伝え、ようやくバアクの苛烈な鍛錬の手から逃れることができた。しかしそれらの記憶は、悪夢のようにいまもマウを追いかけてきた。深く胸の奥にしまい込んだ恐れが不意に押し寄せ、体が自然と硬直してしまう瞬間が、今でもあった。


マウは今でも、バアクから「もっと厳しく鍛えてやればよかった」という言葉を聞くたびに、あの頃の凄(すさ) まじい記憶が蘇り、体が震えた。


マウは口をとがらせて言い返そうとしたが、バアクのふざけた口調に、下手に言い合いを挑めばかえってやり込められる気がして、言葉が出てこなかった。


ダレンはその様子を見て首を横にゆっくりと振り、ニアはくすくすと笑いをこらえながら口を押さえた。


バアクは荷馬車の横を歩きながら、マウの頭をもう一度かき混ぜて言った。


「じゃあ後で家に帰ったら、俺と腕相撲の勝負だ!お前が勝ったら、ムールムックを一頭買ってやるぞ!」


マウはびくっと肩をすくめ、顔を背けた。


「腕相撲は……また今度にしようよ、バアク兄貴。今は疲れてて無理だよ……。ムールムックたちをなだめながら荷馬車を操るのが大変すぎて、もうへとへとなんだ。」


その瞬間、周囲から笑いが弾けた。バアクはマウの頭をもう一度撫でてから、荷馬車に座っているダレンへ向かって微笑んだ。


「とにかく、夕方に家で会おう。俺は日の側の関門へ戻らないといけないからな。それから、ダルン兄上は今、月の側にあるサアルンの森の外れの月影の城塞(じょうさい) にいらっしゃるから、今回も会うのは難しそうだ。」


「そうか。それは残念だな。」


マウは大きくため息をついてバアクを見送った。バアクが関門の方へと引き返すと、マウの荷馬車は再びダムへ向かって動き出した。


一行の荷馬車がダムの近くに差し掛かると、道の脇には祭りの準備で忙しく立ち働くダウィやムワたちの姿が目立つようになってきた。「ドゥク=ドゥク・ピオラノ」という名の鮭漁(さけりょう) の祭りが近づく時期のため、ダム周辺の漁師たちが集まり始める頃だと、ダレンが周囲の一行に説明した。


行き交う人々の背には、槍やバイデント、ハープーンといった魚突き用の漁具を担いだ漁師の姿が多く見られた。長い釣り竿を肩にかけ、帽子にはさまざまな色の擬似餌(ぎじえ) を刺した釣り人の姿も目に入った。あるダウィは大きな木桶を転がしながら、祭りに使う鮭を保存する準備を進めていた。祭りの熱気と浮き立つような興奮が風に乗り、ダムへ向かって広がっていった。


「この祭り、思っていたよりかなり規模が大きいですね。」


グラベルは興味深げに周囲を見渡しながら言った。


ダレンは口元に微笑みを浮かべながら頷いた。


「これもカヌーク鮭のおかげなんですよ。普通の鮭は秋や冬が来る前に川を遡ってきますが、カヌーク鮭は真冬に川を遡ります。この時期こそ漁師たちにとって最も大切な季節なんです。それに、毎年開かれる祭りでもありません。三年に一度のことですから、待ちわびた時間が長い分、祭りの規模も大きくなるんでしょうね。」


ニアは目をきらきら輝かせながら顔を上げた。


「その鮭、どのくらいの大きさなんだる?」


「小さいものは十五ストーン、大きいものは二百五十ストーンを超えます。そして伝説としてのみ語り継がれる『カヌーク鮭の王』は、これまで一度も捕らえられたことがありません。あれは群れを率いて川を氾濫させたり、氷を砕いて割り、橋すら破壊しながら川を遡ってくるといわれています。」


ダレンの言葉に、一行の全員が驚いた表情を浮かべた。


マウは頷きながら言った。


「バアク兄貴が昔、ドゥク=ドゥク・ピオラノの祭りに銛打ちとして参加したことがあるんです。そのとき仕留めたやつが八十ストーンはあったって。直接見たわけじゃなくて、バアク兄貴が自慢しているのを聞いただけですけどね。」


イリスは眉を上げ、興味深そうに尋ねた。


「そんなに大きな鮭を捕まえたら、どうやって料理するんですか?」


ダレンが続けた。


「カヌーク鮭を仕留めたら、村で一番盛大な宴が開かれます。仕留めた鮭は薪火(まきび) でまるごと焼き上げ、生姜(しょうが) の粉と胡椒(こしょう) 、塩を塗った後、それぞれの好みに合わせて香辛料を加えてさらに焼いていきます。私はローズマリーを加えるのが好みですね。そして祭りで最も大きなカヌーク鮭を仕留めた者には、『トラグ』という名誉ある称号が与えられます。ダムを守る守護神、マナ鯨『ナウル』の銛打ち、という意味の称号です。」


グラベルは腕を組み、ダレンが話してくれたマナ鯨ナウルについての記述を読んだことがあるかどうか記憶を辿りながら、首をわずかに傾けた。


「ダムの守護神、マナ鯨ナウルか……。読んだことがあるような気もするが……。」


ニアは体を弾ませながら、期待に満ちた声で叫んだ。


「本当だるか!?カヌーク鮭、食べてみたいだる!」


いつの間にか、ダムの東壁が一行の目の前にその姿を現していた。


巨大な木々が根を張ったまま城壁を形づくり、その隙間を頑丈な石が包むように埋めていた。生きた木々がまるで一つの有機的な防壁のように互いに絡み合い、城壁の下の幹にはコケと蔓(つる) が育ち、柔らかな緑を帯びていた。


木の枝は城壁の上へと伸び上がり、自然と木陰を作り出していた。風が吹くたびに葉が触れ合い、囁くように揺れた。重く巨大な石々は単純に積み上げられたものではなく、木の根と絡み合いしっかりと固定されていた。


城壁の下では、ダウィとムワたちが忙しなく動き回っていた。ムワたちはマナの力で具現化(ぐげんか) した手を使い、軽い荷物を運んだり城壁の状態を点検したりしていた。ダウィたちは筋骨(きんこつ) たくましい体を活かして、大きく重い資材を運んでいた。彼らの間をダウィの子どもたちが駆け回ってじゃれ合い、城壁の衛兵たちは訪問者たちを迎えながら活気ある雰囲気を添えていた。


クラバは荷馬車から下りて城壁を見上げながら、足を止めた。その指がゆっくりと腰元をさすった。見覚えがあるようで、どこか違う風景。彼は深く息を吸い込んだ。ずっと昔、目の前のこの城壁が築かれていたときの記憶が、鮮やかによみがえった。






あの頃も今と同じように、埃(ほこり) と木の香りに満ちた空気の中で、数百のダウィとムワが一堂に集まっていた。


巨大な木が、数台の大型荷車を連結させたものの上に横たえられていた。 ダウィたちは綱をしっかりと巻きつけて固定し、ムワたちは具現化した手で木を慎重に掴んでバランスを保っていた。太く頑丈な木の車輪がガタガタと転がり、数十人のダウィがゆっくりと押し引きしながら城壁の方へと進んでいった。ムワたちがマナで具現化した数百もの手が木を包み込み、宙に浮かぶ手々が慎重に巨大な木を持ち上げていた。木の周囲で翼を羽ばたかせながら具現化した手に集中するムワたちが羽ばたくたびに、木は揺れることなく上へと上がっていった。


ダウィたちは綱を絞り込んで木を支えていた。ぴんと張り詰めた綱が引かれるたびに、ダウィたちの強靭な腕が緊張で膨らんだ。粗い息遣いが聞こえ、ダウィたちの大きな足が堅い地面をしっかりと踏みしめながら、木を正しい位置へと合わせていった。


「いっせーの、せっ!引け!」


響き渡る力強い掛け声に合わせて綱がいっそう引かれ、木はついに城壁の一部として収まった。土が飛び散り、木の根が固い大地の中へ再び深く腰を落ち着けた。ムワたちの手々は最後に木をそっと押さえて固定すると、ゆっくりと消えていった。


クラバはその瞬間を覚えていた。土埃の中に汗で濡れた顔々、巨大な木を持ち上げた幾多のムワの手々、そして黙々と石を刻み、木の周囲に城壁を築き上げていったラボロスの石工たち。






そして今、目の前にはその結果物が立っていた。風に揺れる葉が低く囁き、城壁の石々は長い歳月の重さを耐え抜いてきたかのようにどっしりと場所を守っていた。クラバは静かに頷いた。


「長くこの世にあり続けるものこそが、強いのだ。」


彼は淡い微笑みとともに再び歩みを進めた。


城壁の向こうにダムの街並みが姿を現した。都市の内部は祭りの準備で活気にあふれ、あちこちで準備に追われるダウィとムワたちが忙しく動き回っていた。香辛料の匂いが混じり合った温かな空気が漂い、市場にはさまざまな色のテントが立ち並んでいた。ムワたちは具現化した手を使って荷物を運んだり飾り付けをしたりする様子が見られ、ダウィたちは大小さまざまな道具を運びながら祭りに必要な構造物を組み立てていた。


イリスは周囲を見渡しながら感嘆の声を漏らした。


「ダムは本当に独特ですね。生きている木を使った城壁だなんて。でも、アクイルンの東壁も似たような方式で建設されていましたよね?」


グラベルも腕を組み、城壁を見上げながら言った。


「そうだな。ただ、アクイルンで見たのはまだ完成していない姿だったが、こうして完成した城壁を見ると、確かに違いをはっきりと感じるね。」


マウはグラベルとイリスの反応を見ながらにこりと笑った。


「アクイルンの東壁も完成すれば、今ご覧の城壁と同じようになりますよ。時間が経てば経つほど一層堅固になって、木と一体になった構造の城壁になるはずです。」


一行が都市に足を踏み入れると、ダレンが先頭に立って言った。


「さあ、ダムへようこそ。それでは、大商人ベナール様の大邸宅へご案内いたします。」


一行は互いに顔を見合わせながら頷き合い、荷馬車は再び動き出した。城壁を越えて都市の中心部へ向かう間も、祭りの活気ある雰囲気はいっそう濃くなっていった。

本話도 ご覧いただき、ありがとうございました!

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