↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
158/229

158話 ダム (1)

「ふうっ!ふううっ!」


荒い息とともに、ムールムックたちが疾走していた。地面へと垂れ下がっていた長い毛が風にたなびき、重い荷馬車は放たれた矢のように森の道を突き進んだ。


普段なら穏やかな足取りでのんびり歩くムールムックたちだったが、今は目に炎を宿したように大きく目を見開き、猛烈な勢いで突き進んでいた。そしてその傍らを、グラベル、イリス、ニアが乗る馬たちも、ムールムックに引けを取らない速さで森を切り裂いて駆け抜けていた。


「うわあああ!ニア!この子たちにとって、あのヴラントの実はよほどのご馳走だったんですかね!?」


ダレンが、上下に激しく揺れる荷馬車の中で両翼をばたつかせながら叫んだ。ダレンの羽はすでに土埃と風でもみくちゃにされ、あちこちからはみ出していた。その顔はもはや半分放心したような有様だった。


「ちょぉっとしかあげてないだる!ほんとにちょぉっとだる!」


ニアは荷馬車の横で馬の上に乗り、両腕を振り回しながら悔しそうな顔をした。そんな状況でも、ニアは風を切って駆ける馬の速さを楽しんでいるようだった。


クラバは荷馬車の中で揺れる体を必死につかまえながら顔をしかめた。


「こ……こ……これ、もともとこんなに速いもんなのか?いやはや、ムールムックがこんなに暴れるのは初めて見たぞ!」


「ヴラントの実……効きすぎじゃないか?!それとも久しぶりにダムに戻ってきて、気分がよくなったのか?」


マウは手綱をつかみながら叫んだ。しかしムールムックたちは翼でも生えたかのごとく、車輪が地面に触れているのかも怪しいほどの勢いで突き進んでいった。


「ニア!次からは絶対にヴラントの実をムールムックや馬に食べさせてはいけませんよ!」


揺れる荷馬車の車輪音を突き破るように、ダレンが叫び声を上げた。


「でも早くダムに着けるからいいだる!」


ニアは目をきらきら輝かせながら叫んだ。


グラベルは先頭へと疾走し、長いマントをたなびかせながら前方の森の道を確かめていた。


「この速さなら……今日、日が沈む前にダムへ到着できそうだな。」


彼は静かにつぶやきながら馬の速度を落とし、再び荷馬車の横へと並んでいった。


そのとき、荷馬車の中からクラバがひょいと顔を突き出した。


「おい、このムールムックたち、本当に大丈夫なのか?風が顔にまともに当たって、目も開けられんぞ!」


「あははは!こりゃ予定よりずっと早くダムへ着けそうだな!」


マウが笑いをはじけさせながら言った。


「ニア、もしかして……こっそりもっと実を食べさせたんじゃないですよね?そうでなければ、ヴラントの実の効果がこんなに長持ちするはずがないんですが……」


ダレンは疑わしげな目を向けた。


「ちがうだる!ほんとにちょぉっとしかあげてないだる!」


ニアは真剣な顔で訴えたが、その様子を見たダレンは深いため息をついた。


グラベルは馬の上で静かに口元へ微笑みを浮かべた。疾走するムールムックたちと仲間たちの騒ぎの中でも、彼はいつもそうであるように、遠い道の先をじっと見据えていた。




*****



ダムの東関門。


巨大な石と高く育った木々からなる関門は、一見すると長い年月誰も訪れることなく放置された遺跡のようにも映った。しかしよく見ると、関門の高い壁に合わせて伸びた木の枝は丁寧に整えられており、木の育ちゆく方向に沿って関門の壁や柱が築かれている。


木の成長を大きく妨げることなく、生きた木と共に建てられた関門の姿は、注意深い目で眺めれば、冷たい石だけで築かれた建築物よりも、森と共に生きるダウィとムワの暮らしをはるかに自然と思い描かせてくれるものだった。


関門の扉の脇には、威圧的な重装備に身を固めたダウィの兵士たちが立ち、周囲を鋭く警戒していた。


ダウィは熊の特徴を持つ獣人たちだ。びっしりと豊かに生えた毛と太い腕、そして重厚な体格のおかげで、立っているだけで十分な威圧感を放つことができた。


その中でも、ひとりのダウィが目を引いた。光を吸い込むように黒く沈んだ毛並みと、巨大な体躯(たいく) を持つそのダウィは、周囲の他の兵士たちよりもはるかに大きかった。彼の体を覆う甲冑(かっちゅう) は重く堅固な鋼鉄でできており、随所(ずいしょ) に当てられた黒革が冷たい金属の輝きを鎮めていた。


無骨な外見のその甲冑には、数多の戦いをくぐり抜けてきた痕跡(こんせき) が随所に染みついていた。そして彼の腕を伝うように長く走る傷跡が一筋あった。巨大な爪で引き裂かれたかのようなその傷は、甲冑や衣服で隠すことなく、堂々と晒されていた。仲間を守り、自らの勇気を証明して刻まれた傷こそ、ダウィ戦士の誇りだと、黒い毛並みのダウィはいつも思っていた。


背に携えた斧は、その巨大な体躯にふさわしく、圧倒的な大きさを誇っていた。斧頭(ふとう) は人間族の男の上半身ほどもあり、鋭く研ぎ澄まされた刃は光を受けてほのかに輝いていた。斧の柄(え) は手のひらで余るほど太く荒削りで、握り部分には古い革紐が巻かれており、片手でも難なく振るえるよう調整されていた。


その風貌もまた威圧的だった。他のダウィよりはるかに大きな体躯と広い肩は、部下の兵士たちから「生きた城壁」とたたえられており、黒い毛並みの間から覗く筋肉は戦士の威容(いよう) をいっそう際立たせていた。


深く鈍い息遣いさえ脅威的に響くほど、彼の放つ存在感は強烈だった。大きな鼻と太い口元は、俊敏さよりも重厚な力を象徴しており、特に左腕を横断する大きな傷跡は、激しかった戦いの記憶をそのままに留めていた。重々しい重装備と、その手に握られた圧倒的な大きさの斧は、彼がただの兵士ではなく、この地を守る関門守備隊の指揮官であることを如実に示していた。


黒い毛並みのダウィは落ち着いた様子で斧を手の中でゆっくりと回しながら、前へと歩みを進めた。その眼は遠く広がる森の道をじっと見据えていた。


「今日は妙に静かですね、バアク様。」


兵士のひとりが鼻の頭に深いしわを刻むほど大きなあくびをしながら、黒い毛並みのダウィへ声をかけた。


「だが油断は禁物だ。森の道では何が起きるかわからん。」


バアクの言葉に、兵士は頷きながら姿勢を正した。


そのとき、遠くから何かが猛烈な勢いで接近してくる音が聞こえてきた。


「……あれは、何ですか?」


別の兵士が目を細めながら尋ねた。その声には驚きと微かな不安が滲んでいた。数人の兵士はすでに盾をつかみ、他の者たちも本能的に武器を手にして迫りくる脅威に備えた。


「あれほど狂ったように走る荷車は見たことがありません。まさか何か事故でも起きたのでは?」


森の道の先から土煙が湧き上がり、その中から何かが凄まじい速さで迫ってきていた。


「荷馬車か?いや……あんなに速く走れるものなのか?」


バアクは眉をひそめながら斧の柄をぐっと握り締めた。


「どいてください!!どいてくれ!!」


その瞬間、風を震わせるような叫び声が届いてきた。


「すみません!!制御が効かないんです!」


荷馬車の上から必死に叫んでいるのはマウだった。彼の荷馬車を引くムールムックたちは狂ったように疾走し、止まる気配を一切見せなかった。


「うわああああ!バアク様、あれを止めなきゃいけないんじゃないですか!?」


「……はあ。」


バアクは深くため息をつくと、ゆっくりと前へ歩き出した。彼が一歩を踏み出すたびに、大地が重々しく揺れた。


「お前たちは下がっていろ。怪我をするな。」


バアクの声に揺るぎはなかった。その巨大な体が関門の前に立ちはだかると、ムールムックたちに引かれた荷馬車は彼へ向かって猛然と突進してきていた。


バアクが長い斧の柄を地面へ打ち下ろすと、鈍い音が響き渡った。


「受け取れ。」


巨大な斧を受け取った部下はその重さによろめきながら、辛うじて均衡(きんこう) を保った。バアクは両腕を軽く振ってほぐすと、前へと歩み出た。その巨大な手が天へ向かって伸ばされた。額に落ちた影の下、光る二つの瞳が突進してくる荷馬車をまっすぐ見据えていた。


「あれ?バアク兄貴じゃないか?なんで兄貴がここにいるんだ?」


激しく揺れる荷馬車の上で、マウが目を丸くした。ムールムックたちの荒い息遣い、荷馬車の車輪が立てる音、荷台に積まれた箱たちが入り混じる騒音が周囲を満たしていた。


「ん?マウじゃないか!はははは!よく来た!今回はどこへ行ってきたんだったか?」


バアクは片手で自分の顎(あご) をさすりながら余裕たっぷりに笑った。突進してくるムールムックの頭がどんどん近づいてきていたが、彼は一歩も退く様子を見せなかった。


「今そんなことを聞いてる場合じゃないだろ、バアク兄貴、どいて!危ない!危ないってば~!」


マウは必死に手綱を引いたが、すでに荷馬車は制御不能だった。ムールムックたちは目をかっと見開き、ただ前だけへ突き進んでいた。


「でも嬉しいじゃないか!そういえば商売は上手くいったのか?そうか!ラトゥへ行ってきたんだったか!今やっと思い出したぞ!」


「兄貴、このタイミングでそれを聞くのかよ!?ああ、そうラトゥだよ!だからどいてってば~!」


マウは顔をしかめた。バアクはなおも泰然(たいぜん) とした声で言葉を続けた。


「背は少し伸びたか?」


「もう背は伸びないって、バアク兄貴!」


「はははは!そうか?」


バアクはでかい手で毛を撫で上げながら大声で笑った。そして両脚を地面へとしっかり踏み込んで腰を落とし、ムールムックとの衝突を待ち受けた。


「兄貴!ふざけてないで早くどいてくれよ!」


「ふっはは!ムールムック数頭くらいわけはない!関門守備隊長のこの兄貴が止めてやろうじゃないか!バヒーカリ家のダウィは退かぬぞ!」


バアクの肩の筋肉が鈍く盛り上がり、張り詰めた緊張をあらわにした。風を切って突進してくるムールムックたちが、今や彼の手の届く距離まで迫っていた。


その瞬間、荷馬車を引くムールムックの一頭がバアクへ向かって正面から突進してきた。バアクは片手を伸ばし、そのムールムックの角をがっしりとつかんで力を込めた。すると、まるで巨大な壁に激突したかのように、ムールムックの頭はバアクの手の中でそれ以上前へ進むことができず、ぴたりと止まった。


「ぐぅ……こいつら……やるじゃないか!」


バアクは低くつぶやきながら、もう一方の手で横から飛び込んできたもう一頭の角をしっかりとつかんで動きを封じた。ムールムックの前足が地面を引っかいてなおも進もうとしたが、バアクの手から逃れることはできなかった。車輪が地面を削りながら滑り、荷馬車はついに止まった。


「この程度で俺を押し込めると思ったら大間違いだ!そうだろ、マウ?」


「……」


その瞬間、バヒーカリのダウィはみんな力だけの馬鹿だと言った母の言葉がマウの頭に浮かんだが、幸いにもその声は口の外へは漏れなかった。


ムールムックたちはもはや抵抗することもできず、バアクの手の中で静かに頭を垂れた。バアクは手を払って後ろへ退き、笑い声を上げた。


「はははは!ダレン!久しぶりだな!」


バアクの朗々(ろうろう) とした声に、ダレンは目をしばたたかせながら呆けた表情で頭を上げた。その大きな瞳がバアクへ向かってゆれた。


「あ……お久しぶりです、バアク兄さん。」


ダレンがくちばしをようやく開いて、ぼんやりとしながら挨拶を返した。荷馬車の手すりに体を預けてバアクを見つめるその顔には、混乱と驚きが入り混じっていた。何を言えばいいかわからずもじもじと挨拶を口にすると、バアクは親しみのある笑みとともに頷いた。


「はははは!そうか、ラトゥへは上手く行ってきたか?」


バアクはすっと近づいてダレンの頭をぽんと撫でた。ダレンはいまだにダウィ一人が突進するムールムックたちを止めた事実を完全には受け入れられていない様子で、呆けたままの表情だった。


「あ、そうだ、ちょっとな……。これだけは言っておかないといけないと思ってな。」


バアクは何かを思い出したようにぱんと手を打ち鳴らした。


「森の道でムールムックの荷馬車をあれほど速く走らせてはなりませんぞ。森の道の規則、第七条違反ですよ~。」


「え……?」


「……」


彼は真剣な顔でそうつぶやくと、すぐに悪戯っぽい笑いをはじけさせた。マウはあっけにとられた顔でバアクを見つめ、深いため息をついた。

ご一読ありがとうございました


続きもどうぞお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。