144話 ラトゥール洞窟道 (6)
薄暗い部屋は深い静寂と、どこからともなく忍び込む微かな響きを宿 していた。木造の壁面には随所 にひびが走り、古い木材がきしむ音だけが空間を横切っていた。風が洞窟の入り口をかすめるたび、時折、空気のさざ波が部屋の中へと伝わってきた。
部屋のどこかで、ゆっくりとした水音がちゃぷちゃぷと響いていた。おそらく近くにある湖から届く音なのだろう。ときおり魚が湖面を跳ね、落ちた水しぶきが起こす小さな波紋が、かすかに部屋へとこだまし、正体の知れぬ奇妙な緊張感を募らせていた。
暗い。前が見えない。ダレンは自分の視界が塞がれていることを、すぐに悟った。冷たい布か、手拭 いのような感触が目を覆っており、少し体を動かすたびに、太く粗い縄がぴんと張りつめて体を締めつけるのを感じた。
腕と脚、そして腰まで縛りあげている縄が、わずかな動きにも音を立てた。微妙にぬるい温度の液体の中に体が沈んでいるような感覚が、じわじわと鮮明になってきた。柔らかく温もりを帯びた液体が、衣服の中へゆっくりと染み込んでくる。ダレンは、自分がどこかに閉じ込められているのだという不安が、膨れ上がっていくのを感じた。
そのとき、静かに部屋を満たす声が響き渡った。
「目が覚めたか? 蒸留酒をちょうどよい温度に温めているのだが……どうだね? 熱すぎるようなら言ってくれ。」
ダレンの耳に届いたその声は、聞き覚えがあった。ダレンはその瞬間、自分の中に渦巻いていた不安のすべてが、目の前にくっきりと形を結ぶような気がした。意識を失う前、路地で出会った見知らぬ老人――ミュイドックだった。
ダレンは息を整え、努めて落ち着いた声で口を開いた。
「ここはどこですか? なぜ私を縛っているのですか?」
「ふふふふふ。」
ミュイドックの不気味な笑い声が、部屋の中に低く漂った。
「質問が多いな。君が好奇心旺盛だということは、すでに察していたが……。そう怯えることはないよ。ここはなんでもない、ちょっとした話をするのに好都合な場所に過ぎないのだからな。」
「そうだとしても……。こうして縛られている必要は、ないじゃないですか。」
ダレンは落ち着いた口調で言葉を続けたが、その声には少しずつ震えが滲み始めていた。
「なぜ私を……ここに縛りつけて、こんな真似をするのですか……。いったい、どういうおつもりですか?」
ミュイドックはダレンの言葉を聞き、しばし沈黙を保ってから、薄く笑みを浮かべ、低くゆったりとした声で言った。
「わかりやすく言うならば……君はこれから、至高の瞬間のための……準備の過程にあるということだよ。」
ダレンは全身がぞくりとするのを感じた。ミュイドックの言葉は表面上は穏やかだったが、その言葉の奥には、ぞっとするような何かが潜んでいた。
ミュイドックは温まっていく酒の温度を確かめるため、大きな浴槽に似た桶 の中に浸けていた指先をハンカチで拭い、ダレンを見据えながら言葉を続けた。
「ときに君は、『ズアオホオジロ』という鳥について、聞いたことがあるかね?」
ダレンは首を横に振れる状態ではあったが、答えることをためらいながら、傾けかけた頭をそのままとめた。ミュイドックは、その反応が思惑通りだとでも言うように、ゆったりと笑みを浮かべながら続けた。
「ズアオホオジロ……か。実に奇妙で、魅惑的な料理に使われる鳥だよ。」
ミュイドックはダレンがその話を聞きたがらないとわかっていながら、ゆっくりと、しかし執拗にその料理について語り始めた。
「この小鳥たちは冬を越すため、長い旅に出るのだよ。ちょうど今頃がその時季だろうな……。大陸の北東、キルビアを発ち、イクスターンを経て、果てしなく続く旅路を渡りきり、キシャへと向かうのだ。その道中、見知った場所を通るたびに網にかかって捕まることもあるし、よほど運の悪い者は暗い箱の中へと閉じ込められることになる。」
ダレンはミュイドックの言葉から冷たいものを感じた。しかし彼は、その話を聞き続けるほかなかった。
「この小鳥たちは特別に誂 えた小さな箱の中に入れられ、完全に光を遮断されたまま閉じ込められる。なぜなら、君のように……そうして目を覆われ、光を断たれると、とても独特な反応が現れるからだよ。目に光が届かなくなると、生き延びようと、ただ食べて食べ続けるほかない状態に追い込まれる。君が今感じているその無力感と、似たようなものだと言えるだろうな。閉じ込められて何もできず、ただ与えられた状況を受け入れるしかない……。」
ミュイドックの声は低く、ゆっくりと続いた。
「そうして箱の中に閉じ込められ、外の世界の記憶を忘れ果てたまま、小鳥たちは少しずつ太っていく。蜀黍 、黍 、葡萄 、無花果 ……与えられる餌に際限はなく、小鳥はただ目の前に差し出されたものを食べ続けるだけだ。そうして時が経つにつれ、この小鳥たちはぽってりと肥え太り、食べ頃の状態へと仕上がっていくのだよ。」
「そうして箱の中に閉じ込められ、外の世界の記憶を忘れ果てたまま、小鳥たちは少しずつ太っていく。蜀黍、黍、葡萄、無花果……与えられる餌に際限はなく、小鳥はただ目の前に差し出されたものを食べ続けるだけだ。そうして時が経つにつれ、この小鳥たちはぽってりと肥え太り、食べ頃の状態へと仕上がっていくのだよ。」
ダレンはその瞬間、恐怖を感じた。ミュイドックの説明はあまりにも生々しく、その声には冷たさが宿っていた。
「十分に太り上がった小鳥はどうなるのかって? ふむ……その次には、実に興味深い段階が待っているのだよ。少し想像してみたまえ。その最後の瞬間、小鳥はチューリップ型の杯に満たされた蒸留酒の中へ、生きたまま沈められ、溺れ死ぬのだよ。蒸留酒で肺を満たし、最後の息を吸い込みながら……ばたばたともがいていた小さな翼が、ゆっくりと緩み、事切れていく。それこそが、この料理の真髄 だよ。」
ミュイドックが語り続ける中、ダレンの体はどこまでも冷え込んでいった。内心で恐怖と嫌悪が入り混じるのを感じていたが、ミュイドックの声はいささかの迷いもなく続いた。
「そして、その過程が終わった後はどうなるのかって? 羽根をすべて毟 られ、ごく短い時間――六分から八分ほどの間、オーブンで焼かれるのだよ。なにしろ体が小さいから、ちょうど良く焼くのにさほど時間はかからない。そうして柔らかく、しっとりと焼き上がった状態でテーブルへと運ばれる。その香りと風味は、まったく……言葉では言い表せないほどのものだよ。」
ミュイドックは舌なめずりをしながら、ダレンの反応を楽しんでいるようだった。その顔に滲む狂気は、言葉を通じてありありと伝わってきた。
ダレンはその話を聞きながら、自分の存在がどんどん危うくなっていくような気がした。
「ダレン、このズアオホオジロ料理の特別なところは……ただの『珍しい味』にあるのではないよ。」
ミュイドックはゆっくりと片手を持ち上げ、不気味な笑みを浮かべた。その声は低く響いて部屋を満たし、ダレンはその声の中に潜む狂気を、ありありと感じ取っていた。
「この小鳥が大きさ不相応な皿へと盛られるまでの細かな過程の中で、もう一つ話しておこう。この小さな鳥の料理は、溺れ死んだその瞬間から始まるのだよ。蒸留酒で満たされた肺と胃が、小さなグリーンピースほどに膨らんで……口に含んだ瞬間、あの甘い果実酒の香りがぱっと弾け出る――その瞬間こそが、神の食べ物と呼ばれるにふさわしいのだよ。この料理を初めて口にした者は、天上の味を知ったと言うものだよ。」
ダレンは自分を縛りつけている縄が、ますます重くのしかかってくるような感覚を覚えた。ミュイドックの説明が続くにつれ、まるで自分が彼の言う「小鳥」となんら変わらない境遇に置かれているという事実を悟り、心臓がどんどん速く打ち始めた。
「この小鳥は……」
ミュイドックの声は、ダレンの鼓膜をゆっくりと刺激しながら、低く響いた。
「暗闇の中で何一つ見えないまま、一度も翼を広げることなく、ただ容赦なく差し出される餌を食べ続けるだけだ。飛ぶことができないから筋肉がつくはずもなく、ただしっとりとした脂身ばかりが蓄えられていく。ああ、この話はもうしたかな?」
ミュイドックは首をかしげながら、ダレンの顔をじっと見た。
「そうして十分に太り上がった小鳥は……焼きたてのパンのように柔らかく、その肉からは甘やかな香りがほのかに立ち昇るのだよ。果実酒で溺れ死んでいるから……その甘みと風味は体の奥深くにまで染み渡り、肉の一切れ一切れが香ばしく、甘美だよ。」
ダレンはミュイドックの声が遠ざかってほしいと思ったが、その説明はますます近く、自分の息の中へと入り込んでくるような気がした。すべての説明の中で、ダレンは自分がその小鳥と同じ存在として見なされているのだという、冷え冷えとした予感を拭い去れなかった。
ミュイドックはゆっくりと息を吸い込み、再び語り始めた。
「ああ、そして……人々がこのズアオホオジロ料理を味わうとき、どれほど熱いかなど気にするものではないのだよ。むしろ、あつあつのうちに口の中へ放り込んで、熱すぎてすぐには飲み込めずに……舌の上に乗せたまま、じっと熱さに耐えながらゆっくりと冷ましていくのが、なかなか楽しいものなのだよ。そうしてこそ……あの小さな小鳥の脂が喉をつたって流れ落ち、その風味が全身へと広がる、本当の悦 びを味わえるのだからな。」
その説明を聞くだけで、ダレンはうなじがひやりとするのを感じた。ミュイドックは止まることなく延々と語り続け、ますますその狂気を露わにしていった。彼はもはや夢中になったように、ゆっくりと言葉を重ねていった。
「この料理の妙味 は……口の中でこの小鳥を、ゆっくりと解体するように噛んでいくところにあるのだよ。柔らかな肉とともに、やわらかな骨、そして果実酒の香りをまとった内臓……どれもが、その味わいを深めてくれる。最後には大きな骨だけが残り、口の中で骨と肉がほろほろと溶けていくその瞬間、それを耐え抜いた者だけが、神の食べ物を真に味わったと言えるのだよ……ああ? 少し話し過ぎたかな? 許してくれ。他のどんな話よりも、やはり美しい料理について語るときが、私は一番楽しいのでな。」
ミュイドックはしばしダレンの顔を見つめながら、続けた。
「わかるかね、ダレン? この小鳥は生きたまま蒸留酒の中へ沈められて溺れ死んだからこそ、その肉でさえも甘みと香りで満たされているのだよ。その湿り気は、いかなる肉にも得難いほどのものだ。酒に浸った肉の風味、骨が噛み砕かれるときの心地よい歯触り……それらが織りなす完璧な調和。頭から脚まで、丸ごと口に含んでゆっくりと噛んでこそ、この料理の真価が感じられるというものだよ。」
ダレンは自分がその小鳥と同じ運命にあるのかもしれないという思いに、だんだんと息が詰まってきた。ミュイドックは彼の恐怖を楽しむかのように、ダレンから目を離すことなく、終わりなく説明を続けた。
「ふむ……もう何を話そうか……。このズアオホオジロ料理のもう一つの繊細なところは、さっきも話したな? あつあつのうちに口へ放り込んで食べる料理だと。食べる者が口の中に感じずにいられないあの熱さの中にこそ、あるのだよ。そう……この料理は、わざとひどく熱く出すものだ。一度に飲み込めないようにするためにな。あのひどく熱い肉を舌の上に乗せたまま、ゆっくりと冷ましながら、脂が喉をつたって流れていくようにするのが……とても大きな意味を持つのだよ。その瞬間、口の中で溶け落ちる脂と肉汁、やわらかく噛み砕かれていく肉片、甘やかで芳しい風味が喉を流れていくとき……初めてこの料理は完成するのだよ。」
ダレンは震える声で、かろうじて言葉を絞り出した。
「ミュイドック、あなたは……いったい何を考えているのですか? 私に……なぜこんな話を、私にするのですか?」
ミュイドックはダレンの反応をしばし静かに味わうように眺めてから、穏やかに笑みをこぼしながら続けた。
「ダレン……ひょっとすると君は、すでにこの小鳥の立場と何ら変わらないのではないかね? 自分ではわかることもなく、ただ……君が感じているこのどこまでも孤独で、光すら見えない、あの無力な状態の中で……私が何を望んでいるか、君なりに察することができるのではないかね?」
ダレンはそのとき初めて、自分が置かれた境遇の恐ろしさを、全身で思い知らされた。
「結局のところ、量が問題なのだよ。」
ミュイドックは目を細め、物悲しげな表情を浮かべながら言った。
「どれほど完全に近い料理であっても……あまりに小さすぎる。わかるかね? せっかく太らせに太らせても、いまだに手のひら一つを満たすこともできないほどの小ささが問題なのだよ。」
広げた手のひらの上に、自分の目にしか見えぬ小さな鳥の料理を見つめながら、ミュイドックは縛られたダレンへとゆっくりと歩み寄った。
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