↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
142/229

142話 ラトゥール洞窟道 (4)

ラトゥール洞窟の市場の上空を、ダレンはフクロウ獣人らしい柔らかな羽ばたきで舞い上がった。彼の双眸(そうぼう)は下方を鋭く見つめ、無数の店がひしめく通りを滑るように通り過ぎていった。風を切りながら翼を優しく広げるたび、市場の人混みは徐々に小さくなっていった。


通りにはさまざまな品物を売る商人たち、その前で値切り交渉に熱中する客たち、そして彼らの間を忙しく行き交う馬車が溢れていた。洞窟の中とはいえ、どこにも暗い隙間がないほどに灯りが明るく灯り、その光の中で土と石でできた道の上を、忙しなく動く足音が音もなく続いていた。


市場の上を飛ぶダレンの視線は、通りの一角にある馬車工房の並ぶ一帯へと向けられていた。


道の両側には馬車のさまざまな装飾品が並び、華やかに飾られた馬車から簡素な荷車まで、大小さまざまな馬車が整然と並んでいた。ランタン掛け、蹄(ひづめ)を模した装飾用の金属細工、そして見事な銅製のスポークまでが作られている様子が見えた。钩(かぎ)のように曲がった木材が天井から吊るされた店もあり、大きさの異なる車輪が積み上げられているのを見て、そこが馬車工房であることがわかった。馬車の製作と修理に特化した通りらしい。


ダレンが向かう先は、その通りの突き当たりにある、古くから続く馬車工房——カディル工房だった。近づくにつれ、彼の耳に重々しい木槌(きづち)の音が大きくなってきた。車輪の外周とスポークを一つひとつ繋ぎながら叩く音、銅釘が打ち込まれ、金属と木が一つに結ばれる激しい音。工房の扉は半分開いており、中で重い木材を扱う男の姿が見えた。


カディル工房は古い石壁と太い木の柱でできていた。内部にはいくつもの長い作業台が置かれ、馬車の車輪や外周部、さまざまな木片があちこちに散らばっていた。銅や鉄の道具が壁に掛けられ、重い木槌や長い鑿(のみ)が場所を占めていた。


ダレンは木槌の音を頼りに中に入りながら、首を少し傾げた。そこにいたのは、ずっしりとした木槌を手に持ったザラマン・カディルだった。


ダレンとザラマンは昔からの知り合いだった。ダレンとマウが初めて馬車を注文したのも、この工房だった。


ザラマン・カディルは、ラトゥール洞窟で長年馬車を作り続けてきた男だった。白髪交じりの髪が光を受けてきらめき、浅黒い肌と逞しい腕の筋肉が、彼がどれだけ長い間この仕事を続けてきたかを物語っていた。彼は車輪を叩く手を止めずに、ダレンを見上げて挨拶した。


「おう、ダレン! 待ってたぞ。ちょうど今頃来るんじゃねえかと思ってたところだ。ははは。」


ダレンはその言葉に微笑みながら、鞄を開けた。中から革紐(かわひも)でしっかりと縛られた、長細い包みを慎重に取り出した。それは粗い質感の革でぐるぐる巻きにされており、ダレンはそれをザラマンに差し出した。


ザラマンはすぐに手を伸ばして革を解いた。中には木目が美しい柄の木槌と、同じ材質の柄がついた鑿とノミが入っていた。


「ふうーむ……バブバオの木か……。」


ザラマンは木の目をゆっくりと指でなぞりながら、香ばしい木の香りを深く吸い込んだ。


「故郷の匂いがするな。実にいい木だ。」


ザラマンは嬉しそうな表情で道具を一つずつ手に取った。


木槌を握ると、確かな手応えとずっしりとした重みが伝わり、長年手に馴染んだような安定感があった。


ザラマンは木槌を一度振ってみて、より集中できそうな手応えを感じた。ダレンはそれを見て小さく頷いた。


「バブバオの木は、おじさんが依頼した通りのものです。おじさんの故郷の木で、あそこの職人に頼んで作ってもらいました。」


ザラマンは話を聞きながらも手を止めず、新しい馬車の車輪を作り続けていた。大きな木板を加工し、スポークを繋ぎ、銅釘をしっかりと打ち込んでいく様子は、どこか急いているように見えた。


「そうだな、手にすっと馴染む感じがして、実に良くできてる。茶の一つも出せなくてすまん。この車輪を急いで作らなきゃならなくてな。今、道を塞いでる馬車が一台あってよ。馬車の主人が欲張って荷物を積みすぎたせいで、車輪が壊れちまったんだ。洞窟の固い道で、そんな重さに耐えられるわけねえだろ。」


ザラマンはぶつぶつ言いながら言葉を続けた。


「だが商人はそんなこと知らねえ。馬車がなんでも耐えてくれることを期待する。だからこういう仕事を俺がやらなきゃならねえんだ。急いで作らなきゃならねえから、今は見た目なんかに構ってる暇はねえよ。」


彼は急いで銅釘を叩きながら、新しい車輪の木板を合わせていった。


ザラマンは再び木槌を手に取り、木板をしっかりと叩きながら作業を続けた。彼の手つきは熟練していた。ダレンから受け取ったバブバオの木の木槌を使うたび、重々しい音とともに力がより込もるようだった。


ダレンはその作業を眺めながら、しばらく口を閉ざした。ザラマンの手から生み出される車輪を見ていると、なぜラトゥール洞窟でザラマンが最高の馬車職人と評されているのかを改めて実感した。


「ところで……。」


ザラマンは忙しく作業を続けながら、ダレンの方へ顔を向けて言った。


「よくこんな上物のバブバオの木を選べたな? ダレン、お前、木を選ぶ目があったのか?」


ダレンは少し考えた後、柔らかな声で答えた。


「ええ、木は私たちにとって単なる材料ではありませんから。良い木は香りと感触から違います。触れた瞬間にわかりますよ。ムワなら、目を閉じていても良い材木は見分けられます。」


「なるほどな……。こんなものを手に持っていると、仕事がはかどる気がするぜ。」


ザラマンはダレンの言葉を聞いて小さく頷き、再びバブバオの木の木槌を振ってみながら言った。そして満足げに笑った。彼の口元には達成感が広がっていたが、同時に作業を終えるまでにはまだ時間がかかりそうだった。ザラマンは銅釘をもう一度木槌で打ち込みながら、深い息を吐いた。


「車輪の作業はもうすぐ終わるよ。道を塞いでる馬車が一台あるせいで、他の商人たちもきっと困ってるはずだ。商人がこれを持って行ったら礼を言うかどうかはわからんが、洞窟の中でこういうことが起きるとみんなが不便だからな、早く終わらせなきゃ。」


ザラマンは少し視線を合わせてきたダレンに近づき、彼が持ってきた他の道具を順番に確認した。


「よし、木槌に鑿、それにノミまで。これだけあれば当分は仕事の心配はねえ。特にこの木の柄が……。素晴らしいな。よくできた道具だ。商売で忙しかっただろうに、ありがとうよ。」


ダレンは微笑んで頭を下げた。


「はい、依頼を完了するのが私の仕事ですから。それに、この木槌がおじさんの仕事のお役に立つなら嬉しいです。」


ザラマンはその言葉を聞いて頷き、再び木槌を手に取った。


「お前が言ったように、仕事には道具が大事だ。じゃあこの車輪ももうすぐ終わるから、お前も少し座って休まねえか? 茶でも一杯飲もうかと思ってたんだが。」


ダレンは少し迷ったが、すぐに首を横に振って言った。


「ありがとうございます。でも今日は他にも行くところがあって。餌の箱をいくつかダムへ持って行こうと思いまして。ラトゥールの釣り餌はダムの釣り人たちに良く売れそうですから。」


「おお……。そういやダムはもうすぐ祭りの時期だったな? ははは……。わかった、じゃあまたな。」


ザラマンは納得したように微笑み、再び車輪の作業に集中した。大きな木板が互いに噛み合い、銅釘で固定される音が再び空気を切り裂いて響いた。


ダレンはその姿をもう一度目に焼き付け、ゆっくりと工房の外へ足を向けた。洞窟の風が彼の羽を軽く撫で、彼は再び空へ身を浮かべ、馬車が並ぶ通り上空を飛んでいった。





*****


ダレンは薄暗い路地の奥にある一軒の店の入り口に、ゆっくりと翼を畳んで降り立った。床にはうっすらと水が溜まり、湿った石壁から染み出す湿気が空間をより暗く冷たくしていた。彼の足元には土の匂いと生臭い苔(こけ)の匂いが奇妙に混じり合い、鼻先をくすぐった。


店の中には大小さまざまな樽と箱が整然と置かれていた。それぞれの樽には蠢く(うごめく)生き物たちがぎっしり詰まっており、長らく掃除をしていない水槽の中では、水流に揺られながらうごめく淡水(たんすい)エビが見えた。その隣には黒く湿った土の中で、太いミミズたちが体をくねらせながら潜り込んでいた。壁面には発光苔が淡い緑色の光を放ち、小さな光が揺らめきながら道を照らしていた。その光が店内の曲がりくねった影を長く伸ばしていた。


すると、店の奥の暗がりから、鋭い眼光がきらりと光りながら姿を現した。大きく丸い黄色い目と、鋸(のこぎり)のような鋭い歯を持つ店の主人ロカガが、近づいてきてダレンを迎えた。


「おや、お客さんか? 餌を探しに来たようだな。」


ロカガは湿った口元に薄い笑みを浮かべて言った。彼の細長く薄い指が動くたび、指の間の水かき(みずかき)が柔らかく広がった。


「はい、ミミズと他の釣り餌を見に来ました。」


ダレンが頷きながら答えた。


ロカガは手振りでさまざまな樽を指し示し、それぞれの餌を紹介し始めた。


「ほら見てみろ、このミミズたちは土の中で長く育てた奴らで、弾力があるし針に通してもなかなか切れねえ。そしてこの淡水エビは、俺がこの繊細な手で育て上げたものだ。水魚たちが大好きな餌さ。」


ロカガは手を振って、エビが泳ぐ水槽を指した。


ダレンは店の中を見回しながら、さまざまな餌の様子を一つひとつ目に焼き付けた。


ダレンは湿った足先を包む水気を感じながら、店の中へもう一歩踏み入れた。


周囲には淡い魚の鱗(うろこ)の匂いと、古い泥の甘い臭いが混じっていた。壁の隙間から小さな昆虫たちが羽をばたつかせて飛び立ち、暗がりの中で時折水滴の音が聞こえてきた。


ロカガの店は、ダレンの予想以上に多彩な商品で溢れていた。薄暗い隅々まで、さまざまな餌が入った樽が整然と並び、それぞれの樽には餌の名前と特徴が書かれた小さな木札が掛けられていた。


ロカガは黄色い目を輝かせながら、興味深そうにダレンを見つめた。


「ミミズだけ買うんじゃないようだな。もっと色んな餌が必要そうじゃないか……。ダムの祭りに持っていくんだろ?」


ロカガが口の端を上げて言った。その言葉にダレンは微笑みながら頷いた。


「ええ、今回は少し変わった餌も持って行ってみたくて。それにしても、この店に来てみると……本当にいろいろ揃えてらっしゃいますね。あのエビも……何か特別なんですか?」


ロカガは満足げに細い指でエビの水槽を軽く叩いた。水かきが指の間でちゃぷちゃぷと水を弾いた。


「このエビはただのものじゃねえ。特に岩の深い隙間から捕ってきた淡水エビだから、淡い光を帯びてるのが特徴だ。水魚は光るものに惹かれるって知ってるだろ? それにこいつらは匂いも独特で強烈だから、その香りが魚を集めるのに抜群に効くんだ。」


ダレンはその言葉を聞き、水槽の中をじっと覗き込んだ。小さく輝く体が水の中で淡く光を放っている様子が、本当に魅力的だった。翼の先で顎を支えながら頷いたダレンが尋ねた。


「それなら、このエビを買うのが良さそうですね。それと、あのイモムシはどうですか? ぷくぷくしてますけど……餌としては少し弱くないでしょうか?」


ロカガはくっくっと笑いながら樽を軽く叩いた。イモムシたちが樽の中でわさわさと動き、妙な音を立てた。


「普通はそう思うよな。だがこのイモムシは、音で魚を誘うのに抜群なんだ。水の中でも細かく震える音が出て、魚が好奇心で寄ってくる。特にナマズを釣るのにはこいつ以上のものはねえよ。」


ダレンは感心しながらロカガの説明に耳を傾けた。そして樽の横にあったバッタの入った箱を指して、再び質問した。


「では、このバッタは? 普通の餌より少し大きい感じがしますが、これはどこで捕ったんですか?」


ロカガはバッタの樽を開け、中に詰まった大きくてふっくらしたバッタたちを見せた。バッタたちは樽の中でぴょんぴょんと跳ね、活気を誇示していた。


「このバッタは深い森の湿った地域で集めたものだから、大きさも立派で丈夫だ。水に落ちた時の抵抗力が強いから、大物の魚によくかかる。そういうわけで、川辺で大物を狙う釣り人たちに特に好まれる餌なんだよ。」


ダレンはバッタたちを興味深く眺めた後、ロカガを見た。


「本当に面白いですね。私がこの店に足を踏み入れたのは今日が初めてですが、もうまた来る理由が十分にできました。それでは、ミミズとエビ、それにイモムシとバッタまで……すべて少しずつお願いします。まずはそれぞれ五箱ずつでお願いします。」


ロカガは満足そうな表情で頷き、ダレンが差し出した翼を握り返して握手をした。


「ダムの祭りで、このロカガの餌が一番よく売れる餌になるだろうよ。うちの商品がちゃんと役に立つことになるな。」


ダレンは微笑みながら、ロカガが準備する様子を見つめた。


「では明日、馬車と一緒に商品を受け取りに来ます。」


「ああ、わかった。明日な。」

読んでくださって、ありがとうございます


皆さんの貴重な時間を、この物語に分けていただけたことが何より嬉しいです


また次の物語でお会いできるのを楽しみにしています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。