139話 ラトゥール洞窟道 (2)
ラトゥール洞窟の酒場、『レモン大王』は、小さな入り口とは裏腹に、内部はかなり広く、居心地の良い空間に整えられていた。天井からぶら下がる石造りの灯りが柔らかな光を放ち、壁に掛けられた古い絵画や木製のテーブルを温かく照らしている。
その光は、外の冷気と対照をなし、酒場内部の空気までもが人々を優しく包み込むような温かさで満たしていた。
壁は洞窟の岩肌がそのまま露出しており、その突き出た岩を活かして棚を作り、多彩な酒瓶や装飾品を並べてあった。
一行が入ってくると、酒場の主人が彼らを迎えた。主人はデウシ――犬と狼に似た獣人種族――で、名をブラックスといった。がっしりとした体躯に淡い茶色の毛並みを持つブラックスは、重厚な足音を響かせて近づいてきた。床が低く震えるほど、その体重が実感できる。
ブラックスの瞳は黄色みがかり、光を反射して穏やかな輝きを放っていた。顔には客を迎える慣れた表情が浮かび、威圧感より先に信頼を与える印象だった。
彼の傍らで働く女給たちもデウシで、それぞれ毛色や耳の形が異なっていた。一人は長い白い毛並みと鋭い耳を持つ『セリア』、もう一人は茶色の耳の『ミリー』だった。二人はどちらも柔らかく素早い動作でテーブル間を動き回り、客をもてなしていた。
「いらっしゃいませ! 良い夕暮れでございます!」
ブラックスが酒場に入ってくる一行に向かって、太い手を振りながら挨拶した。
「座席はすでにご用意してあります。こちらへどうぞ。」
一行は酒場の一角にある広いテーブルに腰を下ろした。グラベルとダレンが先に座り、その隣にニア、マウ、イリスが並んで席を占めた。ブラックスは彼らが座るのを見届けて、素早く準備を始めた。
「ご注文の料理はもうすぐお出しします。デウシの技が光る一品を、どうぞお楽しみくださいませ。」
ブラックスが笑顔いっぱいの声で言った。
「本当に楽しみだ。デウシの農作物と肉は品質が高いことで有名だと聞いていたが、ここでその味を堪能できるとは思わなかったよ。」
グラベルがブラックスに微笑みかけながら言った。
「はっはっは、そうでしょう! ラトゥール洞窟の上、ノルワン山脈の厳しい土地ですが、我々デウシ族はそんな土地で立派な野菜と上質な肉を育て上げております。この酒場の料理も、全て山で育った新鮮な素材で作られているのですよ。」
ブラックスが大きく笑い声を上げて言った。
ほどなくして、女給のセリアとミリーが、肉と野菜を大きな石板に盛ってテーブルに運んできた。石板はまだ熱く、その上で厚切りの肉とこんがり焼けた野菜がジュウジュウと音を立てていた。茄子、かぼちゃ、トマト、ニンニク、ニンジン、玉ねぎ――さまざまな野菜が肉の油を吸い、うま味たっぷりの香りを漂わせていた。
「うわ! 美味しそうだる!」
ニアが目を輝かせて石板を見つめた。
ニアは指先で熱い石板の縁をなぞり、期待をさらに高めた。
しかし、指先に触れた熱さが予想以上だったのか、ニアは反射的に手を引っ込めて顔をしかめた。
「うわっ! 熱いだる!」
グラベルがくすっと笑うと、ニアは手を振りながら悪戯っぽく舌を突き出した。
「そうだな。匂いが本当にすごい。ほとんど香辛料を使ってないように見えるのに、こんなに深い風味が出るなんて。」
マウも唾を飲み込みながら微笑んだ。
「その通りです。我々は素材本来の味を最大限に活かすため、香辛料はあまり使いません。ただ新鮮な肉と野菜を、適温の石板で焼くだけ。塩と香辛料の山に石板を埋めておいたので、石板から染み出す味わいが、料理に自然な深みを加えてくれるのです。」
二人の言葉を聞いたブラックスが頷いた。
「この野菜も、デウシの農場から来たものですか?」
グラベルが興味深げに尋ねた。
「はい、そうでございます。」
ブラックスが答えた。
「我々デウシはロンデラ島から移住し、このラトゥール洞窟の上、ノルワン山脈で農場と牧場を営んでおります。厳しい山の中でも良質な野菜を育て、肉質の良い牛や羊を飼育しているのです。いくつかの洞窟通路が上部の牧場や農場に直接つながっており、素材を新鮮なまま素早く運べるようになっています。」
「山の厳しさを切り開いて、こんな素晴らしい農作物を育てるなんて……デウシの力は本当にすごいですね。」
グラベルが感嘆しながら言った。
「ありがとうございます。」
ブラックスが謙虚に頭を下げた。
「これらは全て、我々の長年の努力の賜物でございます。『開拓するはデウシ! 石だらけの畑だろうと! 乾いた砂地だろうと作物は育てる!』という言葉は、決して伊達ではないのですよ、わっはっはっは!」
一方、ニアとマウはすでに石板の上の肉を摘まんで口に運び、会話などそっちのけで夢中になっていた。
マウは肉の風味を味わいながら笑みを浮かべた。
「くへっ! これ本当に美味いぜ! こんな肉の味は久しぶりだ!」
「うん! この野菜も完璧に焼けてるだる! カリカリなのに中は柔らかくて甘いだる。」
ニアは茄子の一片を摘まんでマウに見せながら言った。
一方、イリスは静かに自分の皿を見つめ、肉を一欠け摘まんでゆっくりと噛みしめていた。大声を出さず、静かに食事を楽しむ姿だったが、その表情は満足感で満ちていた。
「イリス様も、ここの料理がお口に合っているようですね。」
ダレンがイリスをちらりと見て微笑んだ。
「ええ、素晴らしい食事です。肉が本当に新鮮ですね。」
イリスは少し目を上げてダレンを見、頷いた。
「さあ、この素晴らしい食事と我々一行のために!」
ダレンが魔法で形作った手に持った杯を掲げて呼びかけた。
ダレンが杯を高く掲げると、一行もそれに倣って杯を上げた。
一行が杯を掲げて歓声を上げると、酒場内はたちまち活気あふれる雰囲気に包まれた。
「このワインも、デウシが作ったものですか?」
グラベルがワインを一口含んで飲み、杯を軽く傾けて香りを確かめながらブラックスに尋ねた。
ブラックスは満足げな表情で頷いた。
「はい、我々はブドウの栽培もしております。山の中腹の急斜面でたっぷり日を浴びたブドウは、深い味わいになります。だからデウシのワインもかなり有名なのですよ。」
「ああ、なるほど。」
グラベルが笑ってワインをもう一口味わった。
「本当に深みとコクがありますね。ここでの食事は期待以上だ。」
ニアとマウはすでに石板の肉と野菜をほとんど平らげていた。二人の食べっぷりに、グラベルとダレンは思わず驚いた。
「ニア、マウ、二人は本当に大食漢だな。さっき出てきたばかりの料理を、もうほとんど平らげてしまうなんて。」
ダレンが驚いたように二人を見て言った。
「美味しすぎて仕方ないぜ! こんな美味いものが目の前にあるのに、ゆっくり食べるなんて無理だろ。」
「そうだる! こんな料理は早く、たくさん食べるべきだる!」
ニアもマウの言葉に同意して頷いた。
「はっはっは、食べ盛りのお客さんを見るのはいつだって嬉しいものです。もっと必要なものがあれば、遠慮なくおっしゃってください。」
ブラックスは笑い声を上げながら、二人の空になった皿を見つめた。
「じゃあもっと注文したいだる! いいだる?」
ニアが手を高く上げて叫んだ。
「もちろん。」
ブラックスは手振り一つで女給たちに指示を出した。セリアとミリーは再び厨房に入り、素早く追加の料理を準備した。
「こんなにたくさん食べられるなんて、ニアとマウのおかげで酒場が大忙しだな。」
「料理が美味しいからこそ、自然な結果ですよ。」
マウが満足げな表情で言った。
ほどなくして、セリアとミリーが新たな肉と新鮮な野菜を盛った石板を運んできてテーブルに置いた。同時に、香り高いスープと焼き立てのパンも一緒に運ばれてきた。
「スープまで? 最高だる!」
ニアが喜んで目を閉じ、顔を近づけてスープの香りを嗅いだ。
「山で採れた野菜で作ったスープです。山の新鮮な素材とハーブを入れて煮込んだので、特別な香りがするはずです。このパンも石窯から出したばかりですから、温かいうちにお召し上がりください。」
ブラックスが自慢げにニアにスープの説明をした。
「こんな料理があるからこそ、ラトゥールを通過するときは『レモン大王』に立ち寄るんですよ。」
ダレンが頷きながらスープを一口すくった。温かなスープの風味が舌を刺激した。
「本当に美味しいわ。」
イリスが静かに言った。彼女はスープをゆっくりとすくいながら、満足した表情を浮かべていた。
グラベルは皆が食事に集中している間に、ブラックスに視線を向けた。
「こんなに良い料理を毎日用意するのは、かなり大変でしょうね。酒場の経営も簡単ではないと思います。」
「その通りです。しかし、これら全てが我々種族の誇りなのですよ。自分の農場と牧場で育ったもので、客の皆さんに最高の食事をお届けできる。それだけで十分なのです。」
ブラックスは微笑みながら答えた。
一行は新しく出された料理を楽しみながら時間を過ごした。ニアとマウは追加注文した料理を惜しみなく平らげ、イリスは無言でゆっくり味わいながら満足していた。
酒場内の他の客たちも賑やかに会話を交わしており、灯りの柔らかな光の中で、楽しげな雰囲気が続いていた。
グラベルは自分の仲間たちを見つめ、微笑んだ。
今夜は彼らの旅の中で、束の間の平穏を楽しめる貴重なひとときだと感じていた。
酒場内の活気ある雰囲気は、時間が経つにつれて少しずつ落ち着き始めた。グラベルと一行が食べ、飲み、笑い、騒いでいた喧騒も、いつの間にか心地よい静けさに変わっていた。食事が終わりかけた頃、グラベルが静かに切り出した。
「そろそろ締めくくりだな。良い料理と良い人たちのおかげで、今夜は本当に穏やかな夜になった。」
グラベルがゆっくりと杯を置き、周りを見回した。
「ああ、こんなに食べて、もう何もいらないぜ。ぐはぁぁぁぁ!」
ニアとマウは満腹の顔で椅子にゆったりと凭れかかっていた。マウが満ち足りたようなため息をついた。
「そうだる! 腹いっぱいだる、腹いっぱいだる。」
ニアも頷きながら手を腹の上に置いた。
「心地よい一日の締めくくりでしたね?」
ダレンが頷きながら二人の言葉を受けた。
「今、このお茶を飲みながら一日を締めくくりませんか? 山のハーブで作ったお茶ですから、体と心を落ち着かせてくれますよ。」
ブラックスが近づいてきて、最後にお茶を出した。
「ありがとうございます。」
グラベルが頭を下げて礼を言い、温かいお茶を一口飲んだ。さわやかなハーブの香りが口いっぱいに広がり、心を穏やかにしてくれた。一行もお茶を飲みながら、その静けさに身を委ねた。
ほどなくして、セリアとミリーが食卓を片付けながら近づいてきた。
「今夜が楽しい時間でございましたように。何か必要なものがございましたら、いつでもおっしゃってくださいね。」
セリアが微笑みながら言った。
「全てが完璧でした。おかげさまで、久しぶりに穏やかな夕食を楽しめました。」
グラベルが感謝を込めて言った。
「皆さまに心地よい夜をお過ごしいただけたなら、私どもも嬉しいです。今夜はここでゆっくりお休みください。」
ブラックスが一行に向かって頭を下げた。
グラベルと一行は主人の気遣いに微笑み、落ち着いた雰囲気の中でお茶を飲みながら残りの時間を過ごした。イリスは遠く洞窟の外が見える天井の窓から、星の輝く夜空を眺めていた。
「星が本当に美しいわね。」
「こんな夜がずっと続けばいいのに……でも、ダムまでまた行かないと……。」
マウがうっとりした目で空を見つめながら一言付け加えた。
グラベルは二人の言葉を聞きながら、静かに微笑んだ。
「腹いっぱいだる……。」
ニアが腹を軽くトントンと叩きながら言った。
こうして彼らは、一日の締めくくりを静かに続けていった。酒場内は柔らかな灯りの下、軽やかな会話とともに穏やかな空気に満ちていた。一行はそれぞれの思いに浸りながら、明日への準備をし、お茶が冷めゆくまでその平穏を満喫した。
やがて彼らは部屋へと上がり、休息を取る準備をした。
「それでは、皆さん良い夜を。」
グラベルが挨拶を交わして部屋に向かった。ニアとマウ、ダレン、イリスも順に挨拶を交わし、それぞれの部屋に入っていった。
部屋に入ると、グラベルは疲れた体をベッドに預けた。温かな毛布を被り、目を閉じると、酒場での笑い声とともに今日の思い出と明日の計画が頭をよぎった。
「早くダムに行って……ネロディアの鏡を……。」
グラベルは空中莊園の姿を映したネロディアの鏡を想像しながら、ゆっくりと眠りについた。
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