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136話 トルへ向かって (2)

ダレンはマウを待つ間、適度な太さの小枝と乾いた樹皮を集め、丁寧に積み上げてから火種(ひだね)を入れた。


乾いた樹皮を伝って広がった火種は、空気中に木の燃える香りを漂わせた。すぐに炎は大きさを増し、(まき)が明るく燃え上がった。


「お〜。火がすぐに準備できたね?」


米の入った鍋を持って戻ってきたマウがダレンに近づき、準備された火の上に鍋を置いた。赤と黄色の炎が置かれた鍋を包み込むと、マウは馬車から持ってきた香辛料を一掴み取り、鍋の中に振り入れた。


「昨日食べ残した羊肉を全部使っちゃおうぜ!」


マウとダレンは忙しく動きながら、ナンサフ作りが始まった。マウは下ごしらえした若い羊の柔らかい肩肉を取り出し、鍋に入れた。予定通りならトルに着いて眠る前に軽く空腹を満たすために、馬車の隅に大事に保管しておいた羊の肩肉だった。厚く切った肉の塊が次々と鍋の中へ落ちていった。


「マウ、これ受け取って。山羊のチーズだよ。」


「お〜 そうだ! チーズもたっぷり入れなきゃ!」


マウの太い手がチーズを掴み、小さな塊をちぎって鍋に入れると、山羊チーズがゆっくりと溶けて肉と溶け合った。肉は徐々に柔らかく火が通り、鍋の中で小さな泡が弾けるたびに香りはさらに濃くなった。


発酵させた牛乳の入った陶器の(つぼ)を馬車から持ってきたダレンが目を閉じて大きく息を吸い込み、香ばしいナンサフの匂いを胸いっぱいに味わった。


時間が経ち、ナンサフが完成する頃、マウとダレンは馬車の横に設けられた小さなテーブルに腰を下ろした。


「くはあ! よくできたみたいだな、ダレン!」


満足げな笑みを浮かべてマウは慎重にナンサフを皿に盛り付けた。香辛料の色が加わって黄色く輝くふっくら炊けたご飯の上に、ふわふわの羊肉がのっていた。


ダレンは発酵させた牛乳をナンサフの入った皿の上に振りかけながら、そっと微笑んだ。


「知ってる? ナンサフは南の砂漠の遊牧民が好んで食べる料理なんだよ、マウ。」


「う〜ん……。そう? ザラマンおじさんが遊牧民だったのか?」


「少なくとも遊牧民の末裔(まつえい)だろうね。砂漠では食べ物が貴重で、乾燥して暑い気候であちこち移動するから疲れるんだって。そういう貴重な食べ物でも、いつもこんな大きな鍋で料理するのは、いつでもお客さんが来たらもてなすためなんだって。」


「そんな理由があったのか! じゃあこれからは鍋が2つ必要だな。そうすればお客さんが来てももてなせるぜ。」


マウはダレンの話を聞きながら肉を箸でつまんで口に運んだ。


「う〜ん この柔らかい羊肉は噛む必要もないくらいトロトロだ〜」


ダレンも肉を一口食べ、じっくり味わった後、感嘆の声を漏らした。


香辛料の濃い香りに続いて羊肉の豊かな風味が口いっぱいに広がり、ご飯とチーズのハーモニーがその味わいをさらに深くした。


マウはほとんど噛まずに溶けるような肉を飲み込み、何度も頷いた。目尻(めじり)に小さな(しわ)ができるほどの満足げな笑顔だった。


再び時間が流れ、ダレンは甘くも爽やかな香りのするハーブティーを淹れていた。


手がなく翼だけしかないムワは、マナの力で形作った手を使って茶壺の蓋を開け、茶碗(ちゃわん)をテーブルに置いた。


「いつも見てるけど羨ましいな。翼もあって手もあるムワは……。」


「必要な時だけ出してるんだよ。マナを頻繁に使うと疲れるからね。」


再びテーブルの方へ飛んで来て座りながらダレンが言った。


ダレンは翼を広げ、再び魔法で姿を作った手で茶壺を持ち上げ、隣の茶碗に注いだ。茶から立ち上る香しい香りが二人に広がり、ダレンは茶碗をマウに差し出した。茶を一口飲んだマウは落ち着いてその味を堪能した。


「う〜ん 茶の味がいいね、ダレン。この茶は消化を助けるって言ってたよね?」


「うん。これは僕の母親がハーブと薬草を10種類乾燥させて作った茶だよ。お腹の不調も治してくれるし消化も良くなる。いつも商売に出かける時は小さな袋にいっぱい詰めてくれるんだ。」


二人は茶を飲みながら、長かった旅の疲れを癒していった。馬車の横に吹く風が一層涼しく感じられるほど腹の中は温まり、ダケカンバを惜しみなく加えたおかげで大きく燃える焚き火は体を優しく包み込んだ。


「じゃあもう一度食べようぜ!」


鍋の中のナンサフを見てマウが言った。


「そっちだる!」


「ん? 誰か来てるのか?」


短い平和な時間を過ごすのも束の間、遠くから見知らぬ声が聞こえてきた。


「そっちだる カルカ! 美味しそうな匂いがするだる、羊肉の匂いがするだる!」


遠くから響く声。森を横切って届くその正体を確認しようと、マウとダレンは声のした方向を振り返った。


馬に乗った三人の一行が見えた。そしてその先頭にいる赤い鱗のドロコが手を振りながら挨拶した。


「やあだる〜! ダウィ〜! ムワ!」


挨拶をすると馬から降りたニアが地面を蹴って疾走(しっそう)し、あっという間にマウとダレンが座る馬車の横のテーブルに駆け寄ってきた。


「くくくむ! これ美味しそうだる?」


鼻をくんくんさせながら、まだ温かさを保つナンサフの香りを嗅ぎ、ニアが二人に尋ねた。


「ああ? ん? ドロコか……。ナンサフっていう料理なんだけど……食べてみる?」


信じられない速さで距離を詰めてきたニアの姿に驚きながら、マウが席から立ち上がり、ニアにナンサフを皿に盛って勧めた。


「同行の他の人たちも食べる分は十分にあるから、遠慮なく食べてくれ。ドロコ……うーん……名前知らないから何て呼べばいいかな?」


ダレンが席から翼を羽ばたかせて飛び上がり、ニアが座れそうな椅子を取り出して二本の足で掴んで下ろしながら尋ねた。


「ニアだる。ムワは? ダウィの名前も教えてくれだる。」


「僕はダレン。あっちは僕の友達のマウだよ。もしかしてトルへ行く途中かい?」


「うん。カルカがトルを通ってダムへ行かなきゃいけないって言っただる。」


口いっぱいにナンサフのご飯と羊肉を頬張ったニアが答えた。


「ダムまで? 僕たちと同じ目的地だね!」


「カルカ? あの同行者の中の一人の名前かな?」


「う〜ん 違うだる。カルカの名前はグラベルだる。そしてもう一人はイリス師匠だる。」


首を横に振った後、体を回して馬車の方へ近づいてくるグラベルとイリスを指さしながらニアが言った。


やがてグラベルとイリスもマウとダレンの馬車に近づいてきた。皆が一か所に集まると、残った食べ物とハーブティーをもてなしながら、ダレンがサスレの木で塞がれた道を示し、間もなくトルから助けに来る人たちが来ると伝えた。


「星の側の道から来られたなら、プロイクトンの方からですね。僕と友達のマウは、地の側の道をラトゥ王国の方から来ました。」


「ええ。プロイクトンから来る道でした。二人もダムまで行く道だと言いましたね? (ダウィとムワたちは北を星の側、南を地の側、東を日の側、西を月の側と呼ぶと言ってたっけ……。)」


「そうです。私たちはご覧の通りダム出身の商人ですから。ダムで質の良い鮭の油を持ってきてラトゥ王国のあちこちで売り、ラトゥ王国の品物をダムに持って帰って売っています。」


「鮭の油か……。ダムでは鮭がたくさん獲れるんですね。」


「はい、たくさん獲れます。商売が順調なら青流玉(せいりゅうぎょく)をいくつか持っていくこともありますが……。主に干した鮭の身や鮭の頭と尾を煮出して作った油を持ってラトゥ王国の方へ向かいます。」


マナの力で形作った手を出して茶壺を持ち上げ、グラベルと自分の前の茶碗に注ぎながらダレンが言った。


「もうすぐダムで鮭漁りの祭りが開かれるので、一日でも早くこの馬車に積んだ品物を届けなきゃいけないんですけどね……。」


ダレンが茶碗の中をぼんやり見つめながら、心配混じりのため息をついた。


「(そういえばダムの商人ベナールについては知ってるかな?) もしかして……ベナールという名前の商人のことを知っていますか?」


「ベナール……? ベナール(おきな)のことならよく知っています。おそらくダムのすべてのダウィとムワが知っている名前でしょう。私とマウもベナール翁の下で商売を学んだんです。今この馬車を買って商売を始められたのも、すべてベナール翁のおかげです。」


少し言葉を止めて、あまりに早く話したので口が乾いたのを茶で湿らせてからダレンが再び言葉を続けた。


「ところでベナール翁についてどうして聞かれたんですか? 新しい商売を提案しに行く途中ですか?」


「ああ、そういうわけではないんですが……。その方が持っている物の中で借りたい物がありまして。」


「ふふ〜ん。借りたい物か……。まあ、無理な頼みでなければきっと貸してくれるでしょう。」


「それならよかった。」


グラベルが微笑みながらダレンが注いだ茶碗を持ち上げ、味を堪能した。


― ゴオオオオオーン ―


轟音(ごうおん)が響いた。テーブルに置かれた茶碗の茶が波を立てて揺れるほどの大きな音だった。


「え? これは何の音?」


突然の音に驚いたダレンが翼を羽ばたかせて馬車の上に飛び上がり、轟音のした方向を眺めた。倒れた木々が道を塞いでいた方だった。


「木は? 木はどこへ行ったの?」


道の上にあった木々の姿は見えず、マウは立ったまま呆然(ぼうぜん)とした表情で道の真ん中に立っているイリスを見ていた。


何が起きたのかを聞くためにダレンが再び翼を羽ばたかせてマウの傍に飛んでいった。


「どうしたの、マウ?」


まだ目を丸くして呆然と立っているマウにダレンが尋ねた。


「あそこ……。あのサルン・ケの姉さんが……。」


「ええ? サルン・ケがどうしたって?」


状況をちゃんと説明できないマウがもどかしくてダレンが声を大きくして言った。


「あ……。うん……つまりあの姉さんがこう剣をひゅっと振ったら……木、木があっちの川に……。」


空中に手を振って剣を振る真似をしながらマウが今起きたことを説明しようとした。


ダレンがマウのところへ飛んで轟音の正体を聞く直前、マウの目が捉えた光景……。


ニアとマウが道を塞いでいる木を片付けるのを手伝うためにトルから来る人たちが来る前に、少しでも時間を節約しようと木を片付けている時だった。


イリスが静かな足取りで近づき、道を塞いでいる木々の前に立った。


優しく手を動かして(さや)の剣を強く握り、マウとニアに「少し下がっていてください」と告げた後、目を閉じて姿勢を整えマナを集中し始めた。


周囲のすべてが静寂に包まれた。冷たい風がイリスに集まり、道の落ち葉がイリスに向かって吸い寄せられるように動いた。


そしてイリスの目が開くと同時に、素早い動作で剣を抜き、一気に目の前のサスレの木々に向かって剣を振るった。


イリスの手に持った剣が振るわれる瞬間、爆発するような強力な気力が周囲を揺るがした。剣先から放たれる強烈なマナの力を乗せた斬撃(ざんげき)が、道に倒れていた木々たちを一瞬で切り裂き砕いた。


形を失って散らばった木の破片たちがイリスの振った剣先の向かう方向へ飛んでいき、まるで嵐に巻き込まれたように道の右側の川に向かって飛んでいった。


水音と川向こうの森まで飛んで落ちる木々の音が聞こえ、道を塞いでいたサスレの木々は消えた。


小さな破片一つなくきれいに片付けられた道の様子を確認したイリスが剣をゆっくりと鞘に戻した。剣が鞘に入る音が響き渡り、再びイリスは歩みを返してグラベルの座っているところへ向かった。


「道を塞いでいた木々はもうありません。」


グラベルの傍へ歩いてきたイリスが落ち着いた口調で言った。


「ありがとう、イリス。おかげで今日予定通りにトルに着けそうだ。」


手に持った茶碗をテーブルに置きながらグラベルが席から立ち上がり、木々で塞がっていた道の方へ歩いていった。


道を塞いでいた障害物がなくなった後、グラベルとイリス、ニアはダレンとマウが操る馬車とともにトルに向かった。


月が浮かぶ道をより明るく照らすためにムールムックが引く馬車にはランタンの火が灯され、二頭のムールムックの鳴き声が道の周りに広がった。


馬車を操りながらマウはダレンにイリスが見せた恐ろしい威力の剣について説明しようと努めた。


もう少し道を進むと一行はダレンの要望で道を塞いでいる木を片付けるために移動しているトルの兵士たちと出会い、ダレンとマウの長い説明の末に兵士たちはトルへ引き返した。


そしてあまり遅い夜になる前に一行はトルに到着することができた。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


次回の更新も、どうぞお楽しみに!

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