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133話 ヴェス・ディナスの冬 (1)

静かな秋の終わりから、時は絶え間なく流れ、冬が訪れた。


ヴェス・ディナスの空は灰色の雲に覆われ、冷たい秋風は今や冬の冷たさを帯びた風へと変わっていた。赤い落ち葉はほとんど散り落ち、街のどこを歩いてもカサカサと音を立て、乾いた葉の匂いが漂っていた。


石造りの高いヴェス・ディナスの城壁は、冷たい早冬(そうとう)の風をある程度遮ってくれるものの、身を縮めて見張りに立つ城壁上の兵士たちに吹きつける風までは防げなかった。


街路の至るところでは、ますます冷え込む天気に備えて厚手のマントや帽子を身に着けた人々が往来(おうらい)し、冬物の衣類や薪を売る行商人(ぎょうしょうにん)たちの足音と、落ち葉を踏む音が混じり合っていた。


小さな食堂の暖炉では、かぼちゃのスープとじゃがいものスープが煮立てられ、その香りが路地に広がっていた。角を曲がったところで、依頼を終えた冒険者パーティーの一員である魔法使いが、小さな炎を灯して冷えた手を温めている。


街の正門前では、白い息を吐きながら談笑する商人たちと馬車の御者たちが列をなし、賑わっていた。街に入る荷車が検問を受けている。


さまざまな形の船が停泊する港。秋の最後の収穫物を積み、コーバルト群島へと出航しようとする商船の船員たちが忙しく動き回っていた。


埠頭(ふとう)では漁師たちが寒さをしのぎながら網を繕い、異国の香辛料と果物の香りが混じった風が吹いていた。


港の水面は冷たい冬風に揺れ、遠くの海から迫る吹雪の予兆(よちょう)を映し出していた。


人々が集まる一角には、ついさっき港に着いた船から降りてきた、尖った耳と透き通るような肌を持つ美しいエルフたちの姿があった。


灯台はすでに灯りを灯し始め、白い羽の鴎たちは荒々しい風に逆らいながら海の上を飛び、暗い雲の合間から時折射す陽光が、降り注ぐ場所を探して空から降りて体を温めていた。


ヴェス・ディナス郊外の森。木々は葉をすべて落とし、瘦せ細った枝を露わにして、冬の冷たい風に備えていた。


森の空気は街や野原よりも冷たく、息をするたびに鼻先が痛くなった。


「う……う……。顔がひりひりするだる。」


「魔法で再生させたけど、傷があったところはしばらく冷えるよ。」


厚手の毛皮の服に冬用のフードを深くかぶったニアが、両手で口を覆いながら歩いていた。


「イクスターンはここみたいに寒くなかったって言ってたよね?」


ニアの隣を歩くグラベルが、顔を少し下げて彼女を見ながら言った。


時間を少し遡ること数日前、急を告げる伝令(でんれい)の声がヴェス・ディナス冒険者ギルドのホールに響き渡った。


幽霊蜘蛛の森の道を大規模なゴブリン集団が占拠していると冒険者たちに伝え、一刻も早く現地へ向かいゴブリンどもを討伐(とうばつ)せよという依頼が発せられ、グラベルとニアはその依頼を受けてヴェス・ディナスの東へ向かった。


ギルドの受付係は、グラベルとニアに、今この瞬間も小さなゴブリン集団が次々と集まって数を増やしていると伝え、続いて他の冒険者たちも派遣するから彼らと合流して討伐に当たってほしいと言った。


グラベルとニアは急いでヴェス・ディナスの外へ出発した。


幽霊蜘蛛の森近くの小さな村に着いた二人が目にしたのは、村のあちこちに停められた何台もの馬車と、ゴブリン集団のせいで足止めを食らった商人たちの泣きそうな顔だった。


森を大きく迂回する道はつい先日の激しい豪雨でぬかるみ、もっと深い冬になって地面が固まらないと馬車は通れないだろうと、商人たちがぼやく声も聞こえてきた。


馬車の護衛をしていた冒険者たちもいた。村に着いて状況を尋ねたグラベルに、彼らはギルドに伝わった情報よりはるかに多くのゴブリンが集まっていると言い、たった二人増えた程度の戦力では到底太刀打ちできないと首を振った。


そんな冒険者たちの警告にもかかわらず、ニアとグラベルは幽霊蜘蛛の森へと向かった。


そして対峙(たいじ)したゴブリン集団。歩み寄るニアの耳に、遠くからでも聞こえてくるゴブリンたちの笑い声が届いた。


「カルカは出なくてもいいだる。」


グラベルに決意の眼差しを向けながらそう言ったニアが、前へ歩み出して告げた。


その言葉に、これまでイリスとの修練の成果が気になっていたグラベルは頷き、その場に留まって先へ進むニアの背中を見守った。


一人でゴブリンたちに向かうニア。数匹のゴブリンが近づくニアに気づいたが、小さなドロコなど警戒する価値もないとばかりにすぐに目を逸らし、通りかかった商人から奪った荷物を漁るのに夢中になった。


ニアはまず|腰帯《こしおびから煙の出る粉の入った袋を取り出し、松明にしっかり結びつけた。距離が近づくと、ゴブリンたちは武器を構えて近づいてくる小さなドロコを睨みつけた。


ちょうど良い距離になったところで、ニアはゴブリン集団の真ん中に、灰色の煙を大量に噴き出す松明を投げ込んだ。通常の松明とは違い、大きな煙の尾を引きながら飛んだそれは、袋からさらに激しい煙を噴き上げ、周囲の視界を覆い始めた。


ゴブリンたちは突然の煙に慌てて叫び声を上げ、その場をうろうろと回った。ニアはその隙を逃さず、一瞬で前へ駆け出した。


ニアは両手剣『180金貨』を握り、煙の中へ飛び込んで素早くゴブリンたちを切り倒し始めた。ぼんやりと立ち込めた煙は地面に重く沈み、ゴブリンたちの視界を依然として遮っていた。ニアは煙の中で素早く動き、ゴブリンたちの隙を突いて次々と斬りつけた。


煙の中からは、ニアの剣に斬られたゴブリンたちの悲鳴と、地面に倒れる鈍い音だけが響いてきた。


しかし煙に隠れるのも束の間、風が吹いて地面に溜まった煙を吹き払い始めた。


ゴブリンたちは叫びながら粗末な斧や古びた剣を振り回し、目を細めてニアを探そうとした。そしてようやく見つけたとき、彼らの眼前には低く身を構え、尻尾を使って体を捻りながら剣を振り上げようとしている、赤い(うろこ)のドロコが微笑んでいた。


連続した回転攻撃。ニアの手にある『180金貨』がゴブリンたちの腰を断ち、周囲のゴブリンたちを一掃するように切り払った。


そして周囲の煙が完全に晴れたとき、すでに多くのゴブリンたちがニアの剣撃で倒れているのが明らかになった。


一瞬でゴブリンたちに広がる恐怖。恐怖に駆られた叫び声を上げ、手に持った武器さえ重く邪魔に感じたゴブリンたちは、武器を投げ捨てて逃げ出し始めた。


仲間の安否など気にも留めず、ただ自分の命を守るために全力で走るゴブリンたちに向かって、ニアは精神を集中し、赤い魔法陣を展開していた。


偉大な赤き竜カタダルの伝承のように、ニアの口元で赤い魔法陣が輝いていた。


「イグニス ( Ignis )・グロブス ( Globus )・グランディス ( Grandis ) !!!」


詠唱(えいしょう)とともに放たれた巨大な炎の球体が、逃げるゴブリンたちに向かって飛んだ。


逃げていたゴブリンたちが炎球(えんきゅう)に飲み込まれて倒れ、ニア自身も地面に倒れ込み、顔を覆っていた。


グラベルから学んだ魔法を自信満々に唱えたまでは良かったが、展開した魔法陣の位置が悪かった。そしてニアの予想以上に大きかった炎球の熱が顔と首に直接当たり、火傷を負ってしまったのだ。


それを見たグラベルが素早く駆け寄り、ニアに回復魔法をかけた。二人は再び村に戻り、森の道を塞いでいたゴブリンたちが討伐されたことを伝えた。


感謝の言葉を述べながら商人たちは一刻も早く時間を惜しまねばと馬車を走らせ、幽霊蜘蛛の森へと向かった。


村の酒場を営む兄弟の一人が近づき、長年苦心して作った秘伝の調味料が入ったファルムの大きな壺を贈ろうとしたが、ニアは顔をしかめて激しく拒否し、グラベルもギルドの依頼で来た身なので他の報酬は受けられないと穏やかに断った。


そうして二人は再びヴェス・ディナスへ戻る道を歩き始めた。


短くない一日を終え、村を後にした二人はヴェス・ディナスへと向かっていた。


「だから……炎魔法を口から出すのは無理だって……。」


「ぐいぃ……。でも使いたいだる。」


揺るぎない、きらきらと輝く固い意志の眼差しをグラベルに向け、ニアが言った。


「ふむ……。魔法を口から出すときに、炎の熱から顔を守る方法を探してみよう。」


「わかっただる。」


そうしてニアの新しい魔法詠唱方法という課題を抱え、二人はヴェス・ディナスへと向かった。





*****


ヴェス・ディナスの図書館。早朝の時間、夜通し羽のぬくもりを分け合った後の静かなひとときを、鳥たちのさえずりが優しく目覚めさせる。


いつものようにグラベルは、巨大なヴェス・ディナス図書館の扉を押し開けた。


巨大な大きさと厚みとは裏腹に、ほとんど力を入れなくても扉は滑らかに開き、乾いた早冬の空気とともに本の匂いが顔を撫でた。


グラベルが入った広いホールは、高い天井と本を積み上げた書庫が果てしなく続いていた。


「あ、グラベル! 今日も早いね。」


入口で顔を合わせた司書(ししょ)が微笑みながら挨拶した。司書の腕には、いつものように(ほこり)を払った本が抱えられていた。


「おはようございます、マイア。寒くなってきましたね。」


頭にかぶっていたフードを外しながら、グラベルが温かい笑顔で答えた。


グラベルはマイアと挨拶を交わした後、図書館の奥へと歩いていった。図書館のあちこちで複数の司書たちが忙しく動き回っていた。何人かの司書はグラベルと目が合うと手を振って挨拶した。


「おはようございます、グラベル。」


馴染みのある声がグラベルに声をかけ、近づいてきた。


「おはようございます、レア。今日はみんな忙しそうですね?」


グラベルが尋ねた。


「この時期は本の保存作業が本格化するんですよ。興味があったら一度ご覧になりますか?」


司書長レアの案内で、グラベルは図書館の奥にある作業室へと向かった。そこでは司書たちが本の保存作業をしていた。一人の司書が小さな筆で本の表紙と背表紙(せびょうし)に透明な液体を塗っていた。


「この油はドゥープの木の実から採ったものです。本の表紙の革を柔らかくし、ひび割れを防いでくれます。」


レアがグラベルに説明しながら、司書が作業を終えた本を何冊か見せてくれた。


別の司書は、きちんとした金属の道具で厚い本たちを慎重に押さえていた。


「冬は空気が乾燥するので、古い本の背表紙が割れやすいんです。だからドゥープの木の実の油を塗って、こうして押さえる作業で本の形を保っています。」


「このすべての作業が、図書館に保管された知識を守るためなんですね。」


グラベルは司書たちの細やかな作業を見て感嘆しながら言った。


「ええ。ここに保管されている知識は大切ですから。できれば永遠にこの図書館が抱える知識たちを守れるよう、私たち司書はいつも努力しています。」


そうして本の保存作業をする司書たちの作業場での短い見学を終え、グラベルは図書館の二階の隅にある記録書庫へと歩いていった。

読者の皆様、こんにちは。


現実の世界では少しずつ春の足音が聞こえてくる季節になりましたが、物語の中のヴェス・ディナスには本格的な冬が訪れました。


暖かくなっていく外の景色とは裏腹に, 物語の中では冷たい風が吹き抜けています。

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