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132話 魔獣素材採集家の依頼 (5)

蜘蛛の森から少し離れた西側の森に、古びた木の柵で囲まれたグノールの集落がひっそりと構えていた。


二百頭を超えるグノールたちが群れをなして暮らすこの場所は、グノール大族長(だいぞくちょう)が冬を越すために一族を率いて、森の奥深くに築いた大規模な定住地(ていじゅうち)だった。


集落の周囲を囲む木の柵は、グノールたちの粗雑な手仕事とは思えないほど意外に隙間なく組まれていた。柵の随所には、粗末ながらも見張りのグノール一頭くらいなら十分に支えられる木製の望楼(ぼうろう)が立っている。多少傾いている望楼ではあるが、その上に立つグノールたちは周囲を警戒し、いつ襲ってくるかも知れない侵入者に備えていた。


柵の内側では、さまざまなグノールたちの姿が見えた。


狩りから戻った一団が、森のイノシシとシカを獲物として誇らしげに掲げている。別の集団は、蜘蛛の森で捕らえた巨大な蜘蛛の脚を肩に担いで戻ってくる。


狩りから帰還したグノールたちの顔には満足げな笑みが満ち、天空に向かって響く自慢たっぷりの咆哮(ほうこう)が集落全体にこだました。


集落の別の場所では、大きく焚き上げられた焚き火の周りに集まり、肉を焼くグノールたちの姿があった。焼いているグノールたちに近づき、道中で人間の商人から奪った武器を自慢しながら、武器と肉を交換しようとする駆け引きが繰り広げられている。


集落のあちこちに、木とぼろ布で雑に作られた小屋が点在していた。それぞれ大きさも形もまちまちで、すでに日が暮れかかっているというのに、略奪した酒と肉を腹いっぱい詰め込み、小屋の中に体をねじ込んで眠りこけているグノールたちの姿も見えた。


集落の中央には、他の建物とは比べものにならないほど大きく、威厳のある大きな天幕(てんまく)が建てられていた。これはグノール大族長の住処で、グノールらしからぬ手間をかけて作られたことが一目でわかるほどだった。天幕の前には骨と金属片で作られた装飾が吊るされ、その下には獣の頭蓋骨が置かれていた。丁寧に削られた木の柱と厚く清潔な布と革でできたこの天幕は、大族長の権威を象徴し、グノールの集落の中心に堂々と鎮座していた。


きいきいと甲高いグノール特有の笑い声と、焼ける無数の肉の匂いが混じり合う中、グノールの集落に一人の影が近づいてきていた。


『ここか……グノールどもが集まっている場所は。』


足を止め、遠くに見える木の柵と、その上にそびえる望楼の上のグノールを確認したグラベルは、再び歩みを進めてグノールの集落へと向かった。


「ラウドの経典にも書いてあったな。『汝、我を喜ばせよ。それは汝自身を喜ばせることと同じなり。日々鍛錬し、自らの力を涵養(かんよう)せよ。そしてその鍛えた武器を振るい、敵に臆することなく立ち向かえ。戦いの熱気の中で己を見出せ。戦いの中で汝の真の姿を発見せよ。敵の瞳に、汝に向けられた恐怖を見よ……』だったか?」


つい先日、ヴェス・ディナスの図書館で読んだ決闘の神ラウドの言葉を、グラベルは胸の中で繰り返していた。神への畏敬心(いけいしん)が湧くような文ではなかったが、書かれている意味はグラベルの心に深く響いた。


さっき思い浮かべたラウドの教えと、マルクス・アウレリウスの言葉――『お前が直面する障害は、お前を止めるものではなく、むしろ前進させるものだ。障害そのものが道なのだ』――を思い出し、グラベルは深い感銘を受けた。ラウドの教えには、ストア派の教えのように自己鍛錬と修練に関する記述が多くあった。だからこそグラベルは、この異世界の神ラウドの経典に記された一節を、心の底に刻み込んでいた。


『どうやら今日は、僕が一番熱心なラウド神の信者になる日かもしれないな。』


集落内にいるグノールたちの数を感知して把握したグラベルは、片方の口角を吊り上げながら、腰に差したソード・オブ・イースト・エンドの柄に手をかけていた。


正義感に駆られてグノールたちを駆逐(くちく)しに来たわけではない。理由もなく命を奪う虐殺者にならないための名目くらいは十分にあったし、まだ使ったことのない魔法を試すために来たわけでもない。特別な理由などない。


ただ、刃の鈍らないための努力だった。それ以外は、理由など後からいくらでも作れると思っていた。


「他界から来た別の神を信じる者ですが……どうか見守ってください、ラウド神よ。」


虚空に向かって顔を上げて呟いたグラベルは、グノールの集落に向かって素早く駆け出した。


遠くに見えていたグノールの集落が近づくと、グラベルは(さや)からソード・オブ・イースト・エンド(東端(とうたん)の剣)を抜き放った。


「ディリット( Dirit ) ジャドゥカ( Jaduca ) バナ( Bana )」


そして指先から展開した小さな魔法陣から、青みがかった明るい光を放つ魔法の矢を放った。


グラベルが放ったディリットの魔法矢は、空気中に鮮明な軌跡(きせき)を描きながら飛び、傾いた望楼の上に立っていたグノールを貫いた。グノールは胴体を(えぐ)られ、引き裂くような悲鳴を上げて崩れ落ち、その体から溢れ出す青緑色の光が一瞬周囲を照らしてから消えた。


間髪を容れずグラベルは、グノールたちの集落の入口に向かって駆け込んだ。入口を守っていた二頭のグノールは、近づくグラベルの姿を察知する間もなく、ソード・オブ・イースト・エンドが描いた閃光とともに倒れた。入口の二頭以外にも数頭のグノールがいたが、グラベルの剣はそれらの血で真っ赤に染まり、周囲には刃が空を裂く音とグノールたちの苦痛に満ちた絶叫だけが響き渡った。


「まずは入口のグノールたちは片付けた……。奥からもっと集まってくるな……。」


「グルルル! 侵入者だ! 人間の侵入者!」


「侵入者!」


「グルルルゥ!」


低い唸り声とともにグノールたちが叫び、侵入者の存在を仲間に知らせ始めた。しかしグラベルはすでにアルドレダの連鎖雷撃(れんさらいげき)を唱えていた。


指先から始まった青い雷の鎖は、入口に殺到したグノールたちに瞬時に広がった。鋭く曲がる雷の鎖がグノールたちの間を貫きながら駆け巡る。


目を焼くほど強烈な光を放つ雷がグノールたちの体を突き抜け、燃えるような青い火花を残した。


グノールたちは痙攣(けいれん)しながら悲鳴を上げて倒れ、その毛皮と皮膚は雷に焦がされて黒く炭化(たんか)した。明るく輝くアルドレダの雷の鎖は、グノールたちの間を次々と飛び移り、残酷な鎖となって彼らを繋いだ。


「ふうっ!」


体内でマナを激しく回転させ、グラベルは駆け出しながら、自分が唱えたアルドレダの連鎖雷撃に当たらなかった残りのグノールたちを剣で切り倒した。グラベルの姿はぼんやりとした影のように速かった。


雷の鎖とグラベルの影が、まるで競うように殺到するグノールたちに向かって突進した。


光を反射するソード・オブ・イースト・エンドはグノールたちの血をたっぷりと浴び、入口に向かって集まってくるグノールたちは叫び声を上げてグラベルを避けようとしたが、グラベルの剣は容赦なくその命を刈り取っていった。


『ふむ……近くのグノールは片付いた。次はあちらか?』


遠くに見える集落の中央にあるグノール大族長の旗を目印に、剣に付いた血を地面に振り払ったグラベルは、歩む方向を変えた。


グラベルが集落の中央に向かって進む間、短く途切れ途切れのグノールたちの叫び声が絶え間なく聞こえてきた。次第に弱まっていく悲鳴の合間に立つグラベルは、足を一瞬止め、感情の欠片も感じられない冷たい眼差しで周囲を見回した。


『中途半端に生かしておくより、確実に片付けた方がいい。』


グノールたちの視線には、恐怖と畏怖が満ちていた。残酷に切り倒される同胞の姿を見たグノールたちは、戦意を完全に失い、体を縮こまらせたりうずくまったりして、近づいてくるグラベルをただ待つばかりだった。


勇気を振り絞った数頭のグノールがグラベルに向かって突進してきたが、グラベルの歩みを止める時間すら稼げずに地面に倒れた。グラベルの前を阻むものは何もなかった。


グノールたちはグラベルから逃げようとしたが、グラベルは冷静に、冷徹に、しかし無慈悲に追いかけながら切り続けていた。


グノールの集落の中心部にたどり着いたグラベルは、足を止めた。彼の周囲には倒れたグノールたちの死体が散乱し、グノールたちの血で所々に小さな血溜まりができていた。


「ここがグノールどもの頭領のいる場所だな?」


剣を収めながら、グラベルは最後に残ったグノールたちに向かってディリットの魔法矢を放った。


「グオオオオ……!」


荒々しい息遣いが聞こえ、巨大な天幕の中から現れたグノール大族長が、グラベルの前に姿を現した。


「他のグノールよりずっと大きいな……。」


顔を上げてグノール大族長を見上げたグラベルは、ゆっくりと近づいてくる相手に向かって手を伸ばしながら言った。


「グワアアア!」


グラベルの姿を認めたグノール大族長は、大きく一歩を踏み出して迫ってきた。


近づいてくるグノール大族長の姿は、通常のグノールよりはるかに大きく、灰色の粗い毛が生えていた。特に首と背中には、厚く硬い茶色の毛がびっしりと生えていた。


天幕の外に倒れている同胞たちの姿を確認したグノール大族長は、鋭い(きば)を剥き出しにし、凶暴な表情でグラベルを睨みつけた。赤い瞳には敵意が満ちていた。切り取られた耳の先と目元の傷跡は、彼が大族長の座を勝ち取るまでに経験してきた数多の戦いを物語っていた。


「人間! クストゥムが貴様を殺してやる!」


グノール大族長クストゥムは、右手に握った巨大なハルバードをグラベルに向かって振り下ろしながら吠えた。


錆び一つないハルバードの刃は、丁寧に研がれて鋭く光っていた。毛に覆われたクストゥムの手に握られた長い柄には、精巧な文様(もんよう)が刻まれていた。


「名前を持っているグノールか! ははっ。」


一瞬、グラベルの脳裏にグランド・ワールド・オンラインでの記憶が蘇り、思わず口元に笑みが浮かんだ。


ネームドモンスター。MMORPGのようなオンラインゲームで使われる用語が、目の前に迫る巨躯(きょく)のグノールを前にして思い浮かんだ。


ゲーマーだったグラベルは、ネームドは通常のモンスターとは違い、固有の名前を持ち、特別な能力やより強大な力を持つことを知っていた。


『マハラがクエストギバーなら……クエスト条件、特定の場所での出現……ネームド……強力な能力がありそうな外見。特別な戦利品はあのハルバードか?』


ゲーマーの勘で目の前の相手を分析するほど、グノール大族長クストゥムの存在はグラベルにとって何の脅威にもならなかった。


「ハスタ( Hasta )ベントルム( Ventorum )。」


澄んだ緑色の魔法陣がグラベルの掌の前に浮かび上がった。魔力を帯びた鮮やかな光の筋が、風とともに渦を巻きながら形を成していく。


短い瞬間に、長い先端の鋭い槍の形が、周囲の小石と埃を浮かび上がらせるほどの強風を巻き起こしながら瞬時に完成した。


「グオオオオ!」


グラベルの手から解き放たれた風の槍は、グノール大族長に向かって飛んだ。


堅固な城壁さえも、風の怒涛(どとう)の突進の前では無力だ。すべてのものが本来の姿を保てずに散っていく。


風の槍は空を裂き、強大な力でクストゥムの鎧を直撃し、猛烈な風の力を発揮した。


クストゥムの鎧が砕け散り、破片となって舞い上がる。鎧の主もまた、本来の姿を保てずに赤い肉片となって地面に散らばった。


こうして、刃の鈍らないためにグノールの集落へやってきたグラベルの目的は、グノール大族長クストゥムの死をもって完遂された。


「あ! しまった。ハルバード!」


砕け散った鎧と肉片の破片の間で、クストゥムが持っていたハルバードの存在をようやく思い出したグラベルは、地面を探したが、ハルバードもまたグラベルの風の槍を受けて砕け散っていたため、見つけることはできなかった。


「どうせニアには大きすぎたか……。お土産にしようと思ったのに……残念だな……。」

本作の魔法設定について少し補足します。


低レベルの魔法は、その詠唱(起動語)にラテン語を採用しています。


今回登場した「Hasta Ventorumハスタ・ヴェントルム」は、

ラテン語で「風の槍」という意味です。

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