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131話 魔獣素材採集家の依頼 (4)

リアント村へ戻る道中。五つ蜘蛛(くも)の森での冒険を終えた後も、グラベルとマハラの体にはまだ緊張が残っていた。


二人は森の深い木々の下を歩きながら、身体に染みついた緊張を少しずつ洗い流し、自然の穏やかさを味わっていた。風が木の葉を優しく撫でる音が、心地よく耳に響いた。


二人は森で集めた蜘蛛糸(くもいと)をまとめ、大きな木の木陰に腰を下ろしてしばらく休憩を取った。


静かなひととき。遠くから吹いてくる風が二人の髪を揺らし、木の葉が静かにざわめいた。


マハラは服に振りかけておいたロンピア粉を払い落としながら、深いため息をついた。彼女の声には疲れとともに心配が混じっていた。


「ふう……。蜘蛛たちが地面を掘って冬眠に入る前に、せめてもう少し蜘蛛糸を集めておかないと……なのに、森にグノールまで現れるなんて……。」


グラベルはマハラの言葉を聞き、ふと疑問が湧いて慎重に尋ねた。


「森でグノールと出会うのは、よくあることですか?」


マハラは頷きながらグラベルの方に向き直り、説明を始めた。


「よくあるわけじゃないけど……冬が来る前、遅い秋頃になると……蜘蛛の森のさらに西の方にグノールの集落があるの。そこで冬に備えて食料を探しに、蜘蛛の森まで来るみたい。」


「ということは、グノールは蜘蛛を……。」


グラベルは驚いて眉を寄せた。


「ええ、食べますよ。」


マハラは少し言葉を切り、森で見たグノールたちの姿を思い浮かべた。


グラベルは頭の中で、切り取った蜘蛛の脚を焼いて食べるグノールたちの姿を想像していた。蜘蛛を食べたことはないが、本能的にその味と匂いは決して気持ちの良いものではないだろうと思い、顔が少し歪んだ。


「それじゃグノールたちは、冬に備えて蜘蛛を狩りに来るんですね?」


グラベルの問いに、マハラは少し考え込んでから頷いた。


「そうみたい。自分たちも好きで食べてるわけじゃないみたいだけど、冬を越すためにこの時期に狩りをして溜めておくって聞いたわ。」


グラベルはグノールたちがどれほど切羽詰まっているのかを知り、心が重くなった。同時に、危険な状況で生き抜かなくてはならない現実を改めて実感した。


「あと数日で必要な分の蜘蛛を捕まえて帰るから、それまでは森の外周とか東側の森で蜘蛛糸を集めればいいと思う。もしくはもっと西側の森まで行ってもいいし、奴らが長く留まらないことを祈るしかないね。」


マハラは少し考え込んだ。


「南側の森の蜘蛛糸で作ったオルリンは、他の蜘蛛糸で作ったオルリンよりずっと高く売れるから、みんな南側の森に採集に行くんだけど……。ちょうどその南側の森にグノールが……。」


「南側の森の蜘蛛が作る蜘蛛糸は、香りがするって言ってましたよね?」


グラベルが顎を撫でながら言った。


「うん! 大麦の蜂蜜酒(はちみつしゅ)みたいな甘い香りがするの! だからみんな南側の森に行くんだよ。冬が来て春が来ても、冬眠から目覚めた蜘蛛たちがまた香りのする花を食べて蜘蛛糸を張るには時間がかかるから、早い春に集めた蜘蛛糸は香りが薄いんだよね。」


マハラは笑いながら頷いた。


「それじゃやっぱりさっきのグノールたちを……。」


グラベルが後悔を込めて呟いた。


「だ・か・ら~無理だってば!」


マハラは首を横に振って言った。


「昔もグノールを退治しようって冒険者さんが五人も村に来たことがあったの。鎧を着た戦士さんはグラベルさんより……ううん、ずっと体格も良くて、一行には魔法使いさんもいたし、大きな()を背負った人もいたよ。」


「それでその方たちはグノールに……。」


グラベルは少し驚いた顔で聞いた。


マハラは沈痛(じんつう)な表情で頷いた。嫌な記憶を思い出す彼女の顔は、泣き出しそうな表情に近かった。


「ええ。私がその方たちをグノールたちのいる場所まで案内したから、よく知ってるの。あの時は今日見たグノールより数は多くなかったし、あんな大きな黒い(たて가み)のグノールもいなかった。でも、それでも冒険者さんたちはみんなグノールに……。」


マハラは目を閉じた。目の前に浮かぶその日の残像、遠くから聞こえていたグノールたちの笑い声が、今も耳に残っているようだった。


グラベルはしばらく言葉を失った。グノールは自分が思っていたより、この世界の人々にとってずっと強力で危険な存在だった。『グランド・ワールド・オンライン』でのグノールは、ただのゴブリンより少し強いオーク程度のモンスターだと思っていたグラベルは、自分の早とちりを後悔し、反省した。


「だからグラベルさんを止めたの。いくら腕の立つ冒険者でも、あんな数じゃ戦えないよ。」


マハラが彼の考えを見透かしたように言った。そしてすぐに暗い表情を浮かべたかと思うと、すぐに微笑みに変えて立ち上がった。


「早く村に帰りましょう。明日は夜明けから森に出る方がいいから、早く帰って休もうね。」


二人は再び道を歩き始めた。道は静かで、時折聞こえる鳥のさえずりが二人を迎えてくれるようだった。グラベルは胸に湧き上がる後悔を振り払おうと努めた。





*****


リアント村に着いた頃、空は赤く染まっていた。二人はマリク工房へと向かった。工房の扉が風にゆっくりと揺れて開き、赤く沈む夕陽が扉の隙間から差し込んでいた。壁には巨大な蜘蛛糸から採った糸で作った装飾が掛けられ、壁の装飾を照らす行灯(あんどん)が柔らかな光を放って部屋を温かく照らしていた。


工房の片隅で、ハミドはゆっくり回る紡績機(ぼうせきき)を見つめていた。長年磨き上げた職人の鋭い目で、紡績機から出てくる糸を注意深く観察し、手の甲を糸に当てて品質を確かめていた。


ハミドは手で蜘蛛糸を丁寧に整えた。


「昔はこれを足で踏んで回したり、手で回したりして大変だったな。今は魔石(ませき)のおかげでずっと楽に糸が引けるようになったからな、はは。」


ハミドは紡績機の上を滑る指先を少し止め、遠い昔の村の夜を思い浮かべた。魔石がなかった時代、人々は蝋燭の灯りの下で指先が痺れるまで紡車(つむぎぐるま)を回していたのだ。


彼の声には魔石の便利さへの感謝と、わずかな懐かしさが混じっていた。彼はしばらく魔石の思い出に浸っていた。魔石は村に大きな変化をもたらし、多くの人々に新しい機会を与えてくれた。


その時、工房の扉が開いてマハラとグラベルが入ってきた。二人は蜘蛛糸採集を終えて戻り、服にはロンピア粉と細かい蜘蛛糸が付いていた。ハミドは二人を温かく迎えた。


「マハラ、グラベル、お疲れ様だったな。別段変わったことはなかったか?」


ハミドはグラベルに向かって優しい笑みを浮かべた。


「うん、おじいちゃん。でも、ちょっと大変なことがあったの。森でグノールの群れに遭遇しちゃった。」


マハラは明るく笑いながらハミドに答えた。そして森で見たグノールの話を詳しくしてくれた。森での緊迫した瞬間を説明しながら、グノールの群れに向かおうとしたグラベルの勇敢な行動を特に強調した。


ハミドは頷きながら、感謝の眼差しでグラベルを見た。


「そうか、グラベル。そんな勇気があるなら、マハラを安心して森に送り出せそうだ。ありがとうな。」


グラベルは照れくさそうに笑って手を振った。


「いえいえ。僕なんて何もしてませんよ。」


グラベルはマハラとの経験が自分にとっても大きな学びだったと付け加えた。


二人が下ろした袋から、ハミドはまとめられた蜘蛛糸を取り出した。そして熟練した手つきで蜘蛛糸を整え、工房の隅にある紡績機に置いた。彼の手は蜘蛛糸を扱うことに慣れと優しさを兼ね備えていた。


少し後、ハミドは紡績機で引いた蜘蛛糸を使って、器用に小さな装飾を作り始めた。


「これは君の初めての採集を記念する贈り物だ。この装飾を持っていれば、幸運があるだろう。」


ハミドは装飾をグラベルに渡しながら微笑んだ。


グラベルは装飾を受け取り、その意味を考えた。この小さな装飾品は、彼の初めての採集の冒険と、マハラ、ハミドとの新しい絆を象徴していた。


「ありがとうございます。大切にします。」


グラベルはハミドから受け取った装飾を大切に受け取り、深い感謝の気持ちを伝えた。


マハラはそんなグラベルを見て微笑んだ。


「私も初めて採集した時に、おじいちゃんから貰ったの。グラベルさんにも幸運が訪れますように。」


少し時間が過ぎた後。


「おじいちゃん~、グラベル~、夕ご飯がもうすぐできるよ~。」


遠くから聞こえてくるマハラの声に、ハミドとグラベルは席を移した。


工房の隣には小さな食卓が置かれた居心地の良い食堂があった。マハラは今夜のために特別に作った料理を出してきた。


久しぶりに作ったクワフテだと言って『味が悪くても文句言わずに食べてね』と二人にお願いしながら料理を並べた。


マハラはクワフテは()き肉にいろいろな香辛料と野菜を入れて団子状にして揚げたラトゥの伝統料理だと説明した。作りながら、母親から教わった秘訣(ひけつ)を思い出していた。


焼けた肉の香りが工房の中に広がると、一日の疲れがゆっくりと溶けていった。グラベルには、この小さな村での温かい夕食が、久しぶりに感じる安らぎのように思えた。


「クワフテは手加減が大事で、お母さんがいつも『料理は心でするもの』って言ってたの。」


食卓の上にはクワフテ以外にもさまざまな料理が並んでいた。小麦粉の生地を丸く平たくして(かま)で焼いたパンと、ごまがぎっしりまぶされた中央に穴の開いた丸いパンもあった。パンは焼きたてらしく、パンの焼ける香りが部屋いっぱいに広がっていた。そしてさっぱりしたサラダや、香り高い香辛料で味付けされた料理も一緒に並んでいた。


「やっぱりマハラの作るクワフテが最高だな! うほほほ。」


ハミドはクワフテを一口かじって感嘆した。彼の顔には幸せそうな笑みが満ちていた。


「たくさん食べてね、おじいちゃんも、グラベルも。明日は夜明けから歩くんだから。」


マハラは二人に料理を勧めながら言った。彼女の目には、自分が作った料理を食べる人たちを見つめる喜びが込められていた。


グラベルはマハラに感謝を伝えながら、クワフテを美味しそうに食べた。


食事が続く間、マハラは明日の計画について話し始めた。


「今日出会ったグノールたちが森を去るまで南側の森は危ないから、明日は川沿いに北側を回って西側の森の外周まで……少し遠回りだけど蜘蛛糸を集めないとね。」


マハラは小さな地図を取り出して食卓の端に置き、指先で道をなぞりながら説明を続けた。


グラベルは頷きながらマハラの計画を聞いていた。


「いい考えですね。無事に帰ってくるのが一番大事ですから。」


「うん、それがいいだろう。安全が何より優先だ。」


ハミドは真剣な顔で頷いた。


「明日も無事に帰ってくるのを祈ってるぞ。」


食事が終わった後、ハミドは二人にシャイイを注ぎながら励ました。


マハラとグラベルはハミドの言葉に頷きながら茶碗を受け取った。温かいシャイイが体を温め、二人の心を穏やかにした。グラベルは茶碗を見つめながら今日の旅を振り返った。そして明日の計画への期待とともに、明日は今日より少し良い一日が始まるだろうと感じていた。


外では虫の声が聞こえ、工房の中では紡績機の車輪がゆっくりと止まる音が静かになっていった。


夜が深まるにつれ、工房の窓から月明かりが柔らかく差し込んでいた。

今回作中に登場した「クワフテ」は、実在するトルコ料理の「キョフテ(Köfte)」をモデルにした料理です


挽き肉に数種類の香辛料や玉ねぎなどを混ぜ込み、団子状にして焼いたり揚げたりするもので、中東から中央アジアにかけて広く愛されている家庭の味でもあります


マハラが作った料理の香りが、読者の皆様にも少しでも伝われば幸いです


次回もどうぞよろしくお願いいたします

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