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126話 グランドトーナメント (25)

「そうだ! なぜ一人だと思ったんだ? むしろラタクの奴と王弟が罠を張って、王弟の首を狙って近づいてきたトールマンを始末したんだ! そうだ! それなら筋が通る。筋が通る……な……。」


自分の解釈がだいぶ()に落ちてきた瞬間、ハディン・カビルはわずかに満足げな笑みを浮かべた。しかしすぐに、頭の片隅でどうしても引っかかる疑問が浮かび上がる。


「だが……いったい誰が、どんな連中がトールマンを……。バナスの大公は剣の腕は確かだが、あまりにも年老いすぎている。ううむ……。」


――ぐううう……


答えの出ない問題を考え続けているうちに、腹の虫が鳴いた。ハディンは再び杯に白葡萄酒(しろぶどうしゅ)をたっぷりと注ぎ、飛空艇の料理長が酒と一緒に運んできた(ぶた)腿肉ももにくの料理に手を伸ばし、直接手で引き裂いて口に放り込んだ。


「うむっ!」


料理長が言っていた通り、白葡萄酒の爽やかな酸味が豚肉の脂をすっきりと中和し、喉を心地よく滑り落ちていく。頰いっぱいに頰張(ほおば)った肉をゆっくり噛むたび、肉汁の豊かな風味が舌の下をぞくぞくと刺激した。


ハディンがもう一度その味を堪能しようと、料理の皿に手を伸ばしたまさにその瞬間だった。


――がたんっ、がたんっ!


飛空艇の魔石装置(ませきそうち)が響かせる低く唸る音と、高い空を吹き抜ける風の音だけが満ちていた室内に、金属同士がぶつかるような音が響いた。鉄の鎧が何かにぶつかったような音だ。一瞬息を潜めて待っていたハディンは、扉の外に向かって声を張り上げた。


「どうした! さっき大きな音がしたぞ! 入って報告しろ!」


――ちゃりん。


扉が開き、見知らぬ人物がハディンに向かって軽く手を挙げて入ってきた。黒いマントを羽織り、髪を隠すフードを深く被り、顔まで黒い仮面で覆った不審な侵入者(しんにゅうしゃ)だった。


「こん~にちはあ。財務大臣(ざいむだいじん)のハディン・カビル様~!」


部屋に入ってきた仮面の男は、右手で左の肩を押さえながら丁寧に腰を折り、陽気な声で挨拶した。


「何者だ? 俺が誰だか知っていながら……。こ、こいつ! 護衛兵ども! 何をぼうっとしている! なぜこいつを入れやがった!」


ハディンは扉の外に向かって怒鳴った。


「あの護衛兵たちは、僕たちが全部片付けちゃいましたよ」


仮面のもう一人の明るい声の侵入者が、ハディンに答えながら部屋の中へ悠然と歩み入ってきた。青と緑の昆虫の絵が描かれた仮面を被り、踵を床につけずに軽やかに、まるで踊るような独特の歩き方で、扉に一番近い椅子に膝を乗せ、窓の外を眺めながら会話を続けた。


「入口に二人、料理室で食事をしていた一人、それに客室側に五人。全部処理済みです。だからいくら叫んでも返事は来ませんよ」


「なに……? どうやって……。誰に雇われたんだ! 俺が誰だか知っていながらこんな真似をしやがって!」


タイガービートルの言葉に、ハディンは()ぎしりをしながら、仮面の二人を睨みつけて怒鳴った。


「知ってるからこそ、こんなことをしてるんですよ。で、僕たちはこちらの……えっと……黒い……なんだったっけ?」


タイガービートルは椅子から立ち上がり、自分たちをこの飛空艇(ひくうてい)に連れてきた黒い仮面の男に近づき、小声で忘れていた名前を囁いた。


「グリフォンです。ブラック・グリフォン」


「ふむ! こちらのブラック・グリフォン様に雇われて来たんです。だから! ああ、それと貨物室側にも護衛兵がいたはずですが、そこも期待しない方がいいですよ。たぶん僕の仲間が処理したと思いますので」


仮面の奥でキラキラと輝く瞳のタイガービートルは、再びハディンに向き直り、ブラック・グリフォンとまだ姿を見せていない仲間のことを楽しげに語った。


「安心してくださいね、ハディン様。誰も殺してませんよ。飛空艇の装飾や高価なカーペットに血の染みがつくのは嫌ですから、麻痺毒(まひどく)を使いました。この前知り合った方から借りてきたこの二人は、いろんな毒を自在に操れる方なんです」


ブラック・グリフォンはハディンに近づき、近くのソファに腰を下ろしながら言った。


「それで? 欲しいものがあるのか? 貨物室の品物で足りなければ、金貨をもう少し投げてやろう」


顔をしかめ、皮肉っぽく唇を歪めながら懐に手を入れ、ごそごそと探るハディンがブラック・グリフォンに向かって言った。


――カチッ。


――しゅっ!


微笑んだままハディンが懐から取り出した小型の手弩(しゅど)の引き金が音を立て、同時に小さな矢が座っているブラック・グリフォンの仮面の下、首を狙って飛んだ。


――ぱぁっ!


タイガービートルが瞬時に作り出した水の短剣が、飛んでくる矢とぶつかり、周囲に小さな水滴が飛び散った。そして再び散らばった水滴は、タイガービートルの手に握られた水の短剣へと集まっていった。


その一瞬の隙に、ハディンは貨物室へ続く秘密の脱出装置に向かって体を投げ出した。部屋の壁の一方を押すと、隠し扉が開き、下へ続く階段が現れた。ためらいもなくハディンは階段を駆け下りる。


――がたんっ!


突然貨物室の方から聞こえてきた音に、ハディンは足を止め、息を殺した。飛空艇の内部は依然として魔石装置の低い唸りと外の風の音で満ちていたが、その中に誰かの足音が混じっているのが感じられた。


『なんだ……。さっき言っていた奴らの仲間か?』


階段を下りようとしていた足を止め、ハディンは慎重に顔を覗かせて貨物室を窺った。薄暗い中でぼんやりと浮かぶ人影が立っていた。貨物室の中央に立つその影は、片手に長く鋭い剣を持ち、周囲に凶悪な殺気(さっき)が漂っていた。


「ん? なんだ? まだ処理しきれていなかった奴がいたのか?」


その影がゆっくりと顔を上げ、ハディンを見た。仮面の奥から感じられる眼光に、ハディンは全身が凍りつくような恐怖を覚えた。


ハディンは再び階段を上り始めた。階段を追いかけてくる足音が耳に届く。息が荒くなり、額に汗が浮かんだ。


「逃げ場がないって、わかったでしょ?」


タイガービートルが再び水の短剣を手に持ちながら言った。


ハディンは完全に追い詰められた自分を悟った。もう逃げ場もなく、助けを呼べる相手もいない。


「か……貨物室に……。」


額の汗を手の甲で拭いながら、むしろブラック・グリフォンとタイガービートルの二人といる方がずっと安全だと感じたハディンは、言葉を詰まらせながら脱出用の隠し扉の方を指さした。


「ふふふっ。ドラゴンフライさんに会っちゃったみたいですね? 高いところが苦手な方だから、今日はすっごく機嫌が悪いんですよ……。」


タイガービートルは笑いながら水の短剣を納め、言った。


「さっきは危なかったですね? 油断した僕のせいもありますが、まさか懐にそんな武器をお持ちだったとは……。」


仮面に隠れた顔から流れ落ちる汗が顎を伝い、服の袖で拭いながら座り直したブラック・グリフォンが、途切れていたハディンとの会話を再開した。


「僕が欲しいのは金品じゃありません。それに、この王国の財務大臣を殺した後の面倒を見きれるほどの器量(きりょう)もありませんから、そんなに緊張なさらないでください」


ブラック・グリフォンは窓際の席に座り、傍らに置かれた葡萄酒の栓を抜いて空の杯に注いだ。そして半分ほど注がれた杯を口元に運ぼうとしたとき、自分が被っている仮面に目以外の穴が開いていないことに気づき、フードを深く被り直して顔を背け、仮面を少し持ち上げて葡萄酒を一口飲んだ。


「くふっ。うまいですね。かなり上物だ」


再び仮面を直し、空の杯を手に体を戻したブラック・グリフォンが言った。


「それじゃあいったい何が目的だ!」


「警告するためです」


「は? 警告? ただそれだけの……。」


「ええ。ご存じの通り……今回のヴェス・ディナスでの一件についてですよ。ずいぶん大胆に事を運ばれましたね。イクスターン随一の実力を持つ暗殺者トールマンを雇って、目障りだったバナス一族の街に一人で滞在していた王弟を……まさに絶好の機会だったでしょう。ははっ!」


仮面の奥からブラック・グリフォンの笑い声が漏れたが、吊り上がった目には相手への警戒心が一切失われていなかった。


「は……。バナスの手先どもか。ラタクが送り込んだのか? それともあの男の妹の、例のバジリスクの女が送ったんだろうな」


「探りを入れていらっしゃるんですね? 残念ですが、お答えは控えさせていただきます。その代わり、疑うべき範囲を広げて差し上げましょう。まずはバナルド東部の伯爵家であるノレンド家、ノスヒル家、それにディアート家ですね。三家ともバナス大公の配下の家柄です。僕はその三家のどれかに属する者かもしれませんよ」


再び席を立ったブラック・グリフォンは窓の外を眺めながら言葉を続けた。


「フィナード家はどうでしょう? カビル家に従っているとはいえ……首輪は緩んでいないでしょうか? それともラスワビのバラモア伯爵は? 王国の中心部へ続く門を守るのも、いつまで続くことやら。ティスロのトリステン侯爵は? 最近バナス家との交流が活発な家柄ですし」


「ううむ……。」


「思ったより、カビル家を敵視している、または敵視したがっている勢力は多いんですよ。だからドラスナールにお戻りになったら、じっくり考えてみてください。いったい誰が、大陸最高の暗殺者から王弟殿をお守りし、この王国の財務大臣ハディン・カビルが乗る飛空艇に忍び込んで、こんな無礼な警告をできるのか……とね」


「お前の声はしっかり覚えておくぞ。今の歩き方、手の動きも、一度でも俺の目や耳に今の姿が映れば、即座に……お前を捕らえ、従う一味(いちみ)ごと根こそぎ引き抜いてやる」


鼻の付け根に深い皺を寄せ、顎に力を込めたハディンが、獣のような唸り声で言った。


「ふむ、僕もその日を楽しみにしていますよ。あ、ところで僕もハディン様に差し上げるものがあって、ずっと懐に入れたままだったんです」


自分のマントの中に手を入れ、ごそごそと探りながらブラック・グリフォンが言った。


「僕はハディン様みたいに懐に武器を入れて歩いていませんから、そんなに警戒なさらなくても大丈夫ですよ。ははっ! お、やっと見つかりました」


ブラック・グリフォンが懐から取り出したのは、黒い(すす)の付いたトールマンの仮面だった。


「金貨をあんなに使われたんですから、記念品の一つくらいあってもいいかなと思いましてね。しかもこの仮面が、僕たちがハディン様が送り込んだトールマンを始末したという証拠にもなりますし」


「て……てめえら! うっ!」


トールマンの仮面を受け取り、確認したハディンが立ち上がりながら叫んだその瞬間だった。


ブラック・グリフォンの顎の合図に従い、タイガービートルの指先から飛んだ小さな針がハディンの首に刺さり、立ち上がろうとした動きをぴたりと止めた。


「ではぐっすりお休みください、財務大臣様。僕たちもそろそろ失礼します。ちょうどドラゴンフライも来ましたね」


その場で眠り込んだハディンの姿を確認し、ブラック・グリフォンは部屋を出ようと歩き出しながら言った。


「この部屋に太った奴が一人上がってきたよな? え? なんだ、寝てるのか?」


「うん! ところでブラック・グリフォン様、トールマンって本当に死んだんですか? 誰に? 教えてくれませんか?」


階段を上がってきたドラゴンフライに手を振って挨拶した後、隣を歩くブラック・グリフォンにタイガービートルが尋ねた。


「はっはっは。さてね……セルダガーにではなく、完全に僕のために働いてくれるって言うなら教えてあげてもいいけど」


タイガービートルの質問をかわしながら、ブラック・グリフォンは大きく笑った。


「ふ~ん……その程度の実力なら、自然にわかるでしょ。ドラゴンフライさん~、トールマン死んだって~。」


「え? トールマン誰に? いつ? ヴェス・ディナスで?」


「さあ~。ブラック・グリフォン様が教えてくれないんですよね」


その日、ハディンに向けたリズトン男爵の警告は、確かに届いたのだった。

ご一読いただきありがとうございました

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