125話 グランドトーナメント (24)
「申し上げるが、今日この場に立っている皆さんがサリン・オリドとしてご存知の鷹の騎士は、実は別の名を持つ人物です」
サリンの言葉に、観客席がざわつき始めた。
「ディリタ・ドラスラット。それが私の真の名だ。他の名でここにいる皆を欺いていたことを、深くお詫びする」
ディリタ・ドラスラット。
王位に就くことのできなかったエステタの真の主。あるいは、用意された反逆者、分国の王子――数々の異名で呼ばれるその名は、エステタの民であれば知らぬ者などいない。
国王リカス9世の後を継いでエステタの王となったグラタ・ドラスラットの弟、王弟ディリタは、第2王子の頃から、幾多の困難な状況にあっても決して揺るがぬ忍耐力と、周囲の人々に深い信頼を植え付ける正直さで、「次の王は兄ではなくディリタだ」と王国中に囁かれるほど、民からの評価が高かった。
しかし王位に就くに十分な徳を備えていながら、彼は自らが第2王子である身分を、縁ある者すべてに告げ、兄グラタ・ドラスラットの忠実な臣下として生きることを自ら決めた。
「王にしてやろう」という誘惑も、王国を二つに割く者だという非難も、ディリタの厚い石壁のような心を崩すことはできなかった。
そんな彼が、ヴェス・ディナスの|馬上槍競技場《ばじょうそうきょうぎじょうで、自ら正体を明かし、周囲の観客席に向かって短い演説を始めた。
「私は今日、この場に集まった騎士諸君に、お願いしたいことがあるため、こうして前に出た。正体を明かした以上、王室法により、王族でない者に対して敬語を用いることはできないことを、ご理解いただきたい」
ディリタは強い眼差しで、座っている騎士一人ひとりの目を順に見つめながら言葉を続けた。特に、観客席にいたドランザに向けられた視線は、他の騎士たちより長く留まった。
「しかしお願いの前に、私は諸君が深く信奉する騎士道の本質について、しばらく語らせていただきたい」
ゆっくりと片手を上げ、ディリタはざわつく群衆を静めながら演説を続けた。
「騎士道とは、戦場での勇猛さを意味するものではない。騎士道とは、諸君の心の奥底で、不純物なく鍛え上げられた正直さ、公正さ、そして他者への果てしない慈悲でなければならない! 真の騎士とは、力で君臨する者ではなく、助けを必要とする弱者を守り、この大陸に正義を実現する者だ」
ディリタは一瞬言葉を切り、頭を軽く下げて声を整えてから、再び続けた。
「我らの剣は不義を断つための道具であり、我らの盾は無辜の民を守るためのものである。我らの力は、すべての人々のための平和のためにこそ用いられねばならない」
「……」
静まり返った客席に向かい、ディリタはさらに声を張り上げた。
「しかし! 諸君は、そうした騎士の力を! 弱者を守るための盾を、果たして掲げたことがあるか! ただいつか来る時を待ち続けているだけではないのかと、私は問いたいのだ! 心のどこかに騎士道という卵を抱いたまま、その卵が孵るのを待っているだけではないのかと、問いたいのだ!」
拳を強く握りしめ、叫ぶディリタの眉間に皺が寄り、声により一層の力がこもった。
「私もまた、そうした騎士だった。己の剣と盾を磨き続け、ただ時が来るのを待って時間を浪費してきた。しかし私は悟った。時を待つだけでは、何も成し遂げられないということを。だから私は、この王国に新たな騎士団を創設したいと思う。その始まりは、すぐここヴェス・ディナスからだ! 弱者のもとへ自ら赴き、自らが役立つ場所へ駆けつける、真の騎士たちの騎士団を! そうして輝く騎士道で我が王国を照らす火炬となり、固い信念を守り抜く騎士とならんとする者は、私の元へ来い!」
ディリタの演説に鼓舞された騎士たちの歓声と、客席から沸き起こる雷鳴のような拍手が響き渡った。
「ああ、もう一つ」
ディリタは右手の人差し指を一本立て、頭上高く掲げて、湧き上がる拍手を静めた。
「今日、私から勝利という栄光を奪い取った騎士レーベンに、爵位と、新たに創設する騎士団のナイト・バナレットの位を授ける! レーベン、こちらへ!」
掲げていた腕を下ろし、ディリタの指先が指し示したのは、アリーナの端で、肩の穴の空いた胸当てを外し、傷口に包帯を巻いているレーベンだった。
「え? 俺のことですか?」
呆然とした表情のレーベンは、もしかして自分ではなく同名の別の騎士を指しているのではないかと疑いながら、ディリタに向かって歩きつつ、何度も後ろを振り返って困惑した顔をしていた。
「レーベン! 卿が示した勇気と気概は、この場にいる全員がはっきりと見た」
まだ目を丸くしたまま、現在の状況を頭の奥で必死に理解しようとしているレーベンが、ディリタの前に跪き、謙虚さと忠誠を表して頭を垂れた。
「卿の実力は、ここに集まったどの騎士にも劣らず、またある騎士にとっては、真の騎士の模範となったはずだ」
ディリタは落ち着きながらも威厳のこもった声で言葉を続け、競技場内は粛然となった。そして周囲に向き直り、大声で再び宣言した。
「よって私は、レーベン! 卿に子爵の地位を授け、王家の伝統に従い新たな家名の姓を共に与える。レーベン・オリドという名を卿に与える!」
ディリタの声が競技場全体に響き渡った。彼が手を上げて群衆に向かって広げると、ざわついていた観客たちは自然と息を潜め、二人の方に視線を集中させた。レーベンは跪いたまま頭を垂れ、感激で震える手を抑えるように拳を固く握っていた。
「さらに、王国の勅令により、レーベン・オリド卿には北辺国境の都市バルデルンと、その近郊のグレストの森、そしてその中心に位置するオルテス城を子爵領として下賜する。グレストの森は長年王室の狩猟場として用いられてきた地であり、この地の狩猟権および木材供給権をすべてオリド子爵家に帰属させる」
ディリタは腰に帯びていた剣をゆっくりと抜き、跪くレーベンの肩の上に軽く置いた。刃が鉄甲に触れる澄んだ音が響き渡り、競技場内に緊張が走った。騎士たちと貴族たちは息を殺してその光景を見つめていた。
「バルデルンは北方防衛線の要衝である。卿の指揮の下、新たな騎士団の駐屯地として用いられるだろう。また王室は騎士団創設を支援するため、戦馬三百頭と精鋭兵の甲冑五百領、長剣および長槍それぞれ五百振を併せて下賜する。これらすべては、卿と卿の子孫が王国を守るための基盤となるだろう」
彼の声は次第に深みを増し、響きを帯びた。客席から漏れる静かな感嘆と、場内を満たす緊張した沈黙が、不思議に混じり合っていた。レーベンはディリタの言葉を一言一句刻み込むように聞き、やがて顔を上げて彼を仰ぎ見た。瞳には忠誠の誓いと溢れんばかりの感情が宿っていた。
「今やバルデルンの地は卿のものとなり、卿の剣と盾は、そこに住まう民を守る城壁となるだろう」
ディリタは剣を収め、ゆっくりと鞘に戻すと、一歩前に出てレーベンに言った。
「なかなか気に入っていた名前だったのだが……もうオリドの名は使えなくなったな……」
ディリタは微笑みながら、レーベンに小声で冗談めかした愚痴をこぼした。
「王弟ディリタ・ドラスラット殿に、深く感謝申し上げます。この栄誉を永遠に忘れず、忠実なる王弟殿の騎士として、己の務めを全ういたします」
ディリタは一歩進み出て、忠誠の誓いを述べるレーベンの肩に手を置き、立たせた。
「これから始まるのだ。新たに創られる騎士団を、よく導いてくれ。ナイト・バナレット・オリド卿」
ディリタはレーベンの肩に手を置いたまま言った。
「はっ! 王弟殿より賜った信頼、命を賭して必ずお返しします。新たに結成される騎士団の最先鋒に立ち、王国のために献身し、王弟殿の名誉のために戦い抜く所存です!」
「卿の誓い、信じよう!」
競技場内は歓声と拍手に包まれた。
こうしてレーベンは、新たな領地と城、そして騎士団のナイト・バナレットという地位を手に入れた。何より、これまで放浪騎士だった自分が、忠誠を捧げる主を持つ騎士となったという事実が、彼を何よりも喜ばせた。
競技場に集まった全員がレーベンに向かって祝賀と敬意の挨拶を送り、リブとケインがすぐに駆け寄ってきた。
観客席のニアもまた、アリーナに飛び降り、ちょうど下で待っていたレスカの背にまたがってレーベンのもとへ駆けつけた。
新たな主を見つけた騎士レーベン――今や皆からオリド卿と呼ばれ、上級騎士の地位にまで上り詰めた彼を、皆が集まって祝っていた。
こうしてグランド・トーナメントの華である馬上槍競技は、レーベンの勝利と、新たに生まれる騎士団という華やかな花を咲かせ、秋の終わりを飾った。
<ハディン・カビル>
果てしなく広がる空を切り裂きながら飛ぶ巨大な飛空艇は、広大な空を優雅に泳ぐ巨獣のように見えた。
飛空艇の広い窓は、無限に広がる青い空と雲を堪能できるように設計されており、窓の外に見える雲の姿は、時が経つごとに絶え間なく姿を変えていく。
風を捉え、時には切り裂くためにある飛空艇の「翼」と呼ばれる大きさの異なる帆は、空を横切る飛空艇の姿を優美に見せていた。
空高く浮かんだ飛空艇から見下ろす地上は、収穫を終えたか遅い収穫を待つ畑と、秋に色づいた森が織りなす巨大なモザイク画のようだった。
ヴェス・ディナスをはじめとする小さな村々、森と山脈が一つの作品のように連なり、一幅の絵画のようである。絵のような風景の中を流れる川は、陽光を受けて銀色の糸のように輝いていた。
飛空艇の内部。厚い鉄板の扉を開けて中に入ると、まず目に飛び込んでくるのは、華やかで高級感あふれる室内装飾だった。精巧に彫刻された木製パネルと、職人の手による細やかな文様が刻まれた天井。複雑な模様のカーペットが床に敷かれ、金箔を施した魔石灯が足元を照らして、贅沢な雰囲気をさらに高めていた。
広い客室には、柔らかいベルベットのソファとふかふかの椅子が置かれ、乗客がゆったりと休める空間を提供していた。窓際には厚いカーテンがかけられており、外の陽光を遮ることも、開けて地上の小さな景色を鑑賞することもできた。
飛空艇の最も奥にある個室もまた豪華だった。広くてふかふかのベッドは上質な布で覆われ、窓の横にはペンと小さなインク瓶が置かれた小さな机があり、読書や手紙を書くための空間も備えていた。さらに奥には床と壁がすべて大理石の浴室もあり、金製の蛇口と細長い花瓶に生けられた美しい花が飾られ、まさに空を飛ぶ小さな宮殿と言っても過言ではなかった。
そんな、時間さえもゆっくりと流れるように感じられる、優雅さと快適さに満ちた飛空艇の個室に、ハディン・カビルは座っていた。
「ちくしょう! ちくしょう! あれだけ金をかけたというのに! どうして王弟が生きているんだ!」
広い客室の中を落ち着きなく行き来しながら、ハディンは声を荒げた。
姿を見せるはずのトールマンはどこにもおらず、消えていなければならないはずの王弟ディリタが、今朝、自分の目の前に無傷で現れた。
何かおかしいと察知したハディンは、素早く競技場を抜け出し、飛空艇に身を投じて逃げ出していた。
「おかしい……。確かに、確かに護衛兵も連れず一人で来ていると言っていたのに……。いや、たとえ王室近衛兵が警護していたとしても、トールマンなら託された仕事を確実に果たしていたはずだ」
空高く舞い上がった飛空艇の窓から、ヴェス・ディナスの姿が小さくなっていくのを見た後、身体を締め付けるような不安と原因不明の焦燥は幾分か和らいだため、ハディンは今の状況を整理し、理解しようとしていた。
「ラタクの奴……。挨拶のときに浮かべたあの笑みが、どうにも気味が悪かったが……。奴がこっそりつけておいた誰か、それがトールマンから王弟を守ったというのか?」
透明な水晶を削り出した杯に、泡の立つ白葡萄酒をたっぷりと注ぎ、一気に飲み干しながら、ハディンは思考を整理し続けた。
ついにサリン(ディリタ)の正体が明かされる、熱い展開となりました!
彼が説く「真の騎士道」と、それに応えたレーベンの叙爵シーンは、作者としても非常に思い入れの強い場面です




