118話 グランドトーナメント (17)
「ああ、そうだった。魔石工学者の君に相談しようと思っていたのに、それをすっかり忘れて今まで他の話ばかりしていたな。」
「うむ? 相談事だと? 取るに足らない魔石工学者アクショットの助言でよければ、いつでも喜んで提供しよう。」
バスシュラの言葉に、内心の喜びを存分に顔に表しながら両手を重ねてテーブルの上に置き、アクショットが言った。
「他でもない、魔石を加工した後の破片や欠片を火矢に使ってみようかと考えていてね。どうだろう? 可能だと思うか?」
「ふうううむ。魔石の破片……それとも欠片……粉を使う、か……。」
「可能だと思うか?」
「純粋な粉や破片だけでは駄目で、補助的な装置が必要になりそうだ。それもかなり多くの実験を繰り返さねばなるまい。そして領地の軍兵たちに支給できるほどの火矢を量産するのに必要な魔石の破片と粉を確保するのもまた大きな問題になるだろう……。詳しいことは、君が実際に作った火矢を直接見てみないと何とも言えんな?」
「なるほど。火矢なら研究室に戻ればすぐに見せられるぞ……。」
「発火や爆発の遅延装置は比較的単純なものだから、コストはそれほどかさばらないし、魔石の粉も破片に比べれば安い。しかし不安定だ。それも火と一緒に扱うとなればなおさらな。小さな破片なら扱いやすいだろうが……。火力は硝石と木炭を混ぜれば十分出るだろうし、問題はいつも通りコストだな。」
人差し指と親指の先を合わせて丸い金貨の形を作りながら、アクショットが言った。
「そうだな。金貨がいくらでも溢れていれば、作れないものなどないだろう。火矢どころか、10キュビト(5m)もの巨大な矢を飛ばすバリスタだって作り上げてしまうさ。」
「だが、金貨が溢れていようとも、一銭でも無駄にせず効率的に使う方法を探し出すのも、我々スカラーの使命だろうが! ふはははは!」
二人の学者の会話は続いていく。
「そういえばアクショット、君の近況をまだ聞いていなかったな。最近は何を作っていたんだ?」
「俺か? うーん……特にこれといったものは作っていないよ。この秋やこれから来る冬に、部屋や天幕の中で使える水霧を噴射する装置と……これを作ったんだ。」
アクショットが懐を探り、取り出した手のひらサイズの魔石装置をバスシュラに見せた。
「それは何だ?」
もっと近くで見ようと身を乗り出しながらバスシュラが尋ねた。
「言葉で説明するより直接見せた方が早いだろう。ほら。」
アクショットが装置の小さなボタンを押すと、金属の棒が伸びてきた。そしてその金属部分をコフアの入った杯に浸すと、チイイッという音とともに液体が沸騰するような音が響き、白い蒸気が杯の上に立ち上った。
「どうだ? 小さな杯や器に入った飲み物やスープ程度ならすぐに温められる装置だよ。」
息を吹きかけて杯の上の湯気を散らしながらアクショットがコフアを一口飲み、装置をバスシュラの方へ押し出した。
「実に便利そうだな。特にこれから来る冬には大いに役立ちそうだ。」
「だろう? 寒い日に冷めてしまったコフアを飲むのは辛いからな。持っていけよ。君から始めて、他のスカラーの連中にも作るたびに分けようと思っていたところだ。」
「ほう? これは予想外の贈り物をもらったな。ありがとう。」
アクショットの魔石装置を手に取り、くるくると回しながらあちこち眺めながらバスシュラが言った。
「そういえば最近、リンディがこの庭園に姿を見せないな。あいつもここに座ってコフアを飲むのを君と同じくらい楽しみにしている友人なのに……。」
「うむ? スカラー・リンディのことか? 最近あの友人は、フルド王国から来た冒険者と一緒にバナルドの地図を大々的に作り直しているらしいぞ?」
「フルドの冒険者だと? フルドの人間がどうしてこんな遠くまで……。」
「詳しくは聞いていないが、一行とともに大陸各地を旅している途中だと言っていた気がする。ラタク様の許可証で古文書室に出入りできるところを見ると、旅行者や冒険者というよりはフルドから来たスカラーに近いのかもしれないな……。」
「失礼します。コフアに合うクッキーを少しお持ちしました。」
二人の話が長くなりそうだと察した使用人の一人が近づき、丸いクッキーがたっぷり盛られた小さな銀の盆をテーブルに置いた。
「ちょうど甘いものが欲しくなっていたところだ。助かった。ありがとう。」
微笑みながら礼を言い、バスシュラが手を伸ばして盆の上のクッキーを一つ取った。
「おおう! ナツメヤシとシナモンをすりつぶして中を詰めたんだな。これ……名前は何だったかな? 以前にもアクショット、君が教えてくれた気がするが?」
唇についた白い砂糖の粉を舌で舐め取って拭いながらバスシュラが尋ねた。
「マアトと呼ぶんだ。コバルト群島ではコフアに添える、定番の茶菓子のようなものだ。」
「なるほど。それでそのフルドの黒髪の男はリンディと一緒に仕事をしているということだったな。」
「そうだ。最近は腰が痛すぎて地図製作のための実地調査に出るのが難しくなっていたところに、その黒い髪のスカラーと出会ったらしい。……そう、その旅行者の名前を思い出した。グラベルだ。リンディがその男をグラベルと呼ぶのを聞いたよ。」
「意外だな。地図は自分の足で歩いて直接見て作るものだと常々言っていたのはリンディだったのに……。」
盆の上のマアトをもう一つ取り、以前リンディと交わした会話を思い出しながらバスシュラが言った。
「その点は俺も君と同じように、自分の知っているリンディで本当に合っているのかと疑問に思うほど意外だったさ。しかしリンディが試しに頼んだフェルテロス湖の形状を、驚くほど正確に描いて戻ってきたらしい。まるで飛空艇に乗って上空から描いたかのように正確だったから、気難しい性格のリンディもそのグラベルという男に代わりに調査を頼んだのだろう。」
「実力で勝ち取った信頼というわけだな。」
「そう言えるだろう。そういえばそのグラベルという男は一人旅ではなかったようだ。昨日も妻らしき人物があれこれ食べ物を持ってきて、この庭園で一緒に食べていたぞ……。」
「ほう? 妻まで一緒に旅をしているのか。」
「どうした? 遠く故郷にいる妻のことを思い出してしまったか? ふむふむふむ。」
「こら! なんて恐ろしいことを言うんだ。」
手に持っていたクッキーを一旦置き、手を振って顔をしかめながらバスシュラが真顔で言った。
「はっはは! 年老いたドワーフのスカラー相手にからかうのがこんなに楽しいとは。これからも時々やらせてもらおう。」
「ぐううん。年寄りだと! まだ220歳を少し越えたばかりだぞ。年寄り扱いされるにはまだまだ先が長い!」
鼻息を荒く吹き出しながらバスシュラが強い口調で声を張り上げた。
「200歳を超えていれば、人間はアンデッドとして何度も蘇ってからまた死んだ時間だな。」
「それほどか?」
「そうだとも。100年を越えられないのが人間の寿命だからな。」
「それでも千年をあっという間に過ごすエルフの人生よりはましだと思うがね。」
「時間の流れが違う世界で、それぞれが生きているのだから、エルフにはエルフの時間があるのだろうさ。我々が一日を数えるように、エルフたちは10年を短く感じるのかもしれないからな。」
アクショットが杯のコフアを飲んだ後、穏やかに微笑んだ。
「そうだな。私が考えが浅かったようだ。君の言う通りだ。それぞれの時間の中で生きていけばいい。我々の場合は、毎日を初めて学びを知った時の気持ちで生きることを目標にしているが……。ふはは!」
「ええい~! 話が重くなりすぎるぞ。コフアを飲む時間に似合わないな。」
「ふははは! これはすまなかった。久しぶりの旧友とのひと時だというのに。」
「たった20年の付き合いの友人だから大丈夫だ。うははは!」
「うむ、それより場所を移して食事でもどうだ?」
「うん? 君はもう腹がいっぱいじゃなかったのか? ここにあったマアトを全部……食べてしまっただろう?」
目を丸くして空になった盆を見つめながらアクショットが言った。
「え~へい。ドワーフの胃袋を満たすにはこんなクッキー程度では到底足りないさ。」
いたずらっぽい表情で自分の腹を両手で撫で回しながらバスシュラが答えた。
「それなら何か食べに行こう。食べながら話を続けられるし。」
「おお~! 付き合ってくれるのか? ふむ。何を食べるかはまだ決めていなかったが……。」
バスシュラは自分の顎髭を撫でながら、これまで以上に真剣な顔で悩んでいた。
「故郷の高炉鶏に似た辛い料理が食べたいのだが……。ぐうううむ。」
「辛い料理なら、ドワーフの料理に使われるラゲタ・ペッパーを使ったものを望んでいるのか? この街で扱っている店があるかどうかはわからないが。」
「いやいや。わざわざラゲタ・ペッパーを使ったものまでは望んでいないさ……。焼いた鶏にピリ辛の味付けをした料理で十分だ。」
次第に頭の中に鮮明に浮かぶ料理の姿を想像しながら大きく唾を飲み込み、バスシュラが席を立って庭園の外へ向かって歩き出した。
「とにかく動こうぜ、アクショット。座っているだけではかえって悩みが増えそうだ。」
しばらくして、アクショットとバスシュラの二人のスカラーはヴェス・ディナスの舊市街地を歩いていた。街路には、ゆったりと周囲を眺めながら馬に乗りゆっくり進む、つい先ほどヴェス・ディナスに到着したばかりらしい旅行者たちや、大きな荷物を背負い小さな地図を手に道に迷っている商人たちが、鼻をくすぐる美味しそうな料理の香りに負けじと往来していた。
「どうだ、食べるものは決まったか? 辛い味付けではないが、美味い炭火焼きの鶏を出す店を知っているぞ。あるいはニンニクとバターで味付けした新鮮なハマグリの炒め物がある港の店も知っている。分厚いパンに焼いた豚肉を挟んで出す店もあるが。」
「以前味わった小エビの卵を小さなパンに山盛り載せてくれる酒場があったのだが、あの小エビの卵を辛い味付けで和えたものをもう一度食べたいと思ってそちらに行こうかと思っていたんだが……。気が変わった。」
「ふむ? 辛い味ではなく別の味が食べたくなったのか?」
「さあな……。別の味というより……赤い龍の神託に従ってみたくなったのだよ。」
バスシュラが足を止め、指先で食堂の扉脇に掛けられた木の看板を指差した。
「赤い鶏と白い鶏。鶏肉料理店か?」
店主に辛い味付けを頼むか、あるいは故郷の辛さを抜いても鶏肉料理がまだ食べたいからこの店の前で足を止めたのだと思ったアクショットが、怪訝な表情で尋ねた。
「わからないな。一度も入ったことのない店だからな。」
「うん? 理解できないぞ。さっき言った赤い龍の神託とこの店に何か関係でもあるのか? 夢の中で巨大な赤い龍が飛んできてここに行けとでも言ったのか? ははは。」
「違う違う。夢の話などではない。最近このヴェス・ディナスで流行っているガストロノミー・ドロコ、赤い鱗の美食家ニアの印がまさにこの赤い龍の紋章なのだ。私も直接そのドロコを見たことはないが、食べている様子を見ていると、すでに満腹の客ですら追加注文したくなるほど食欲をそそる食べ方で食事を楽しむという。そしてその小さな美食家が三品以上の料理を注文して全て平らげた店には、この紋章を店の外の看板に刻むことになっている。」
「ふむ……。なるほど。それで? その美食家ドロコが美味しく食べて回った店の証として、この赤い龍の紋章が刻まれた店がここだというわけか?」
「そうだ。やはり理解が早いな、スカラー・アクショット。」
「君の明瞭な説明のおかげだよ、スカラー・バスシュラ。」
「それでは入ろう。今まさにヴェス・ディナスのあちこちに生まれている『味の証』を確かめに行こうじゃないか。」
「赤い龍の紋章が刻まれたこの店の信頼性を、実際に味わってみなければな!」
「行こう。」
「うむ!」
<番外編:図書館の学者たち> ―完―
作中に登場した「マアト」は、中東で親しまれている伝統的な焼き菓子「マアムウル(Ma'amoul / معمول)」をモデルにしています。




