112話 グランドトーナメント (11)
低く響く足音が倉庫内に響く。
暗闇の中で神経を研ぎ澄ませるドラゴンフライとタイガービートルの耳には、見知らぬ者が踏みしめる小さな石の欠片の音さえ、大きく聞こえた。
バサバサという衣擦れの音がした。
「ふううううう……」
続いて、ゆっくりと吐き出される、病に苦しむ者のような苦しげな息遣いが、二人の耳に届いた。
光一つ差さない暗い倉庫の中。夜空高く浮かぶ月明かりさえも隙間のない倉庫の内部までは届かず、物の形すらまともに判別できないほどの闇が濃く垂れ込めていた。その中で、見知らぬ侵入者を探し出そうとする二人の耳は、警戒心を極限まで高め、音を立てないよう猫のように慎重な足取りで動いていた。
「暗すぎるな、レアベッラ……。俺のためにここを照らしてくれ……。お前の明るい光を……。」
砂を噛むような荒い声が響いた後、小さな緑色の球体が倉庫の天井に向かって浮かび上がり、空中に浮かんだ。
「はあぁぁぁぁ! よく見える! すごくよく見えるぞレアベッラ……。ありがとう、ははははははははははは! 愛しい人よ。」
緑色の光の下にディベルテの姿が浮かび上がった。乱れた髪とボロボロの服装のディベルテが、奇妙な身振りで首と目をぐるぐる回しながら、倉庫内の何かを探すような動きを見せていた。
「おい! お前、何者だ!」
高く積み上げられた木箱の影が落ちる場所から、ドラゴンフライが剣の切っ先をディベルテに向けながら姿を現した。
「ふふふふふははははく! お前たちだったのか! 俺が……俺が連れて行かなければならないフェルタ男爵を連れ去ったのは!」
ぴくぴくと動く口角と、さらに大きく見開かれた青い瞳で、ディベルテがドラゴンフライに向かって歩み寄ってきた。
「倉庫の物を盗みに来た泥棒ではなさそうだな……。それに『お前たち』と言ったところを見ると、勘の鋭い奴だな!」
―シュリリック―
「いや、ただ言葉が足りないだけかもしれませんよ。」
緑色の光の下の暗い影の中から、二本の柄のない投げ剣がディベルテに向かって飛んできた。
「こんなものは……無駄だ。」
首と体を捻って投げ剣をかわしたディベルテが、ぞっとするような表情で微笑みながら、暗闇の中に立つタイガービートルを睨みつけた。
「目も良いみたいですね? 投げ剣の腕前には自信があったんですけど。」
投げ剣の一本を手に持ったタイガービートルが姿を現し、自分が投げた刃をかわしたディベルテと目を合わせながら、適当な距離で足を止めた。敵意に満ちた表情だった。
「俺たちと同じ仕事をしてる奴みたいだな? セルダガー同士で依頼目標が重なったようだ。」
「そんな簡単に言っちゃダメですよ! 僕たちはただの倉庫番かもしれないじゃないですか。フェルタ男爵の名前なんて初めて聞いた、くらいの適当な言い訳でもして誤魔化さなきゃ!」
「え? それにしては……この奴はもう俺たちがフェルタ男爵をここに連れてきたことを知ってる目つきだぞ? 違うか? ああ、そういえば名前も知らないな。青い目玉野郎でいいか?」
「二……二……お前たち二人から、フェルタ男爵の匂いがする……。」
どもりながら言い、指先でドラゴンフライとタイガービートルを交互に指した後、ディベルテの指が二人の間の虚空で止まった。
「匂い? お前……犬か何かか? それともあのフェルタ男爵が香水をべっとり塗ってたのか?」
ドラゴンフライが自分の前腕と肩に鼻を近づけ、ディベルテが言った匂いの正体を探ろうとした。
「フェルタ……男爵をよこせ。俺が……俺が連れて行かなければ。早く早く、遅い、早くフェルタ男爵を連れて行かなければ。」
ゆっくりともつれるような話し方とは裏腹に、ディベルテの目はドラゴンフライとタイガービートルのわずかな指先の動き、滑るような小さな足音の一つ一つも見逃さず、忙しく動きながら監視し、警戒していた。
「何だ……この狂った野郎は。おい! タイガービートル! この緑色の光をなんとかしてくれ!」
ドラゴンフライが倉庫の上部に浮かぶ緑色の光の球体を、顔を思いっきりしかめながら見上げて言った。
「はい! 今すぐ処理します!」
―パァン―
タイガービートルの掌に展開された小さな魔法陣の中から放たれた、白い先端の丸い魔法の矢がディベルテが浮かべた緑色の球体に命中した。
小さな爆発音とともに消えた緑色の球体に代わり、タイガービートルが手に持った魔石灯を高く積まれた木箱の上に上げ、調光器を全開にして強い橙色の光で周囲を照らした。
「これで大丈夫ですか?」
箱の上から下の二人を見下ろし、魔石灯の光で明るくなった空間に満足げな笑みを浮かべながら、ドラゴンフライに向かって言った。
「うん、薄暗い緑の光がなくなってずっとマシだ! 欠点があるとすれば、この青い目玉の狂った野郎の顔がはっきり見えすぎることくらいだがな。」
「それじゃあ、さっさと片付けましょう。フォローします!」
「よし! いくぞ!」
ドラゴンフライの姿が一瞬ぼやけ、ディベルテの視界から消えた。そしてその姿を追おうと青い目を忙しく動かしたディベルテが、ようやく見つけたドラゴンフライの目と視線が合った瞬間だった。
「はっ! 目だけでなく体も素早いか、見てやるか?」
体を低く落としてディベルテの顎を狙うドラゴンフライの蹴りが迫っていた。
「ふふふふふふふふ!」
腰を後ろに反らしてふらふらと体を揺らし、ドラゴンフライの攻撃をかわしたディベルテが、再び体を捻って自分の顎を狙っていたドラゴンフライの足に向かって剣を振り下ろした。
―シュゥゥゥッ―
空気を切り裂く鋭い剣の音が響いた。
伸ばした足を体を捻ると同時に引き、ディベルテの剣をかわしながら再び床を蹴って突進するドラゴンフライが、ディベルテの首を狙った。
「今のは危なかったんじゃないですか?」
―チャン!―
どこからか飛んできた刃をディベルテが弾き飛ばし、回転する投げ剣の刃が倉庫の床に落ちて耳障りな音を立てた。
ディベルテに向かって投げ剣を放ち、再び位置を変えて積み上げられた古い穀物袋の影の中に身を隠したタイガービートルが、二度目の攻撃を外したドラゴンフライに声をかけた。
「余裕だ! 余裕! まだまだだ!」
「うふふふふふは!」
青い目を大きく見開き、欠けた前歯を見せて興奮した感情を隠さないディベルテの笑い声が、剣と剣がぶつかり合う鋭い音とともに響いた。
―ゴシャァァァン!―
ドラゴンフライの剣を奇妙な身のこなしでかわしたディベルテの攻撃が外れ、ドラゴンフライの横に置かれていた木箱を粉々に砕き、木片が飛び散った。
「知ってるぞ~レアベッラ。ふふふはははは!」
背筋が凍るような笑い声を上げながらディベルテが、暗闇から現れて自分の背中を狙って飛びかかってきたタイガービートルの攻撃を弾き返した。
「うぐっ!」
「下がってろ、タイガービートル!」
ドラゴンフライが強烈な気合を込めた剣をディベルテに向かって振り下ろした。
一瞬で距離を詰め、地面に滑るように身を沈めながら斜めに切り上げる攻撃――相手であるディベルテの太ももを斬り裂いた感触が、剣の柄を通じて伝わってきた瞬間だった。
―ズシャァァッ―
「なんだ……?」
今の状況が理解できないように、ドラゴンフライが目を大きく見開き、崩れかけた体勢を立て直そうとしたその刹那。
自分の体に感じる鋭い痛みに反応して、素早く床を蹴って後ろに下がり、ディベルテとの距離を取った。
「ドラゴンフライさん!」
「大丈夫だ! 浅く切られただけだ。(さっき、正確に俺の首を狙っていたはずなのに?)」
ディベルテの剣で斬られた痕が残り、血が流れ出している自分の肩と両腕を抱きながら、ドラゴンフライが驚いた声で近づいてきたタイガービートルを安心させた。
「ふふふふふ……。血……。」
顔に付いたドラゴンフライの血を、舌を長く伸ばして甘い蜜を味わうように舐め取りながら、ディベルテが限界まで上がった口角を見せて二人を睨みつけた。
「腕は立つが、目が狂ってるな!」
ドラゴンフライがディベルテに向かって駆け出した。床に落ちた数滴の血が彼の通り過ぎた道を追い、先行して駆け出したドラゴンフライの姿を確認したタイガービートルが、腰の小さな袋から取り出した粉筆で素早く地面に魔法陣を描き、光を放った。
『猛毒息の紋章!』
倉庫の床に片膝をついて姿勢を低くしたタイガービートルが、床に描いた紋章からもくもくと立ち上る黒い煙を、鼻と口から吸い込んだ。
数十筋の黒い煙がタイガービートルの鼻と口に向かって伸び、彼の顔を包み込んだ。
タイガービートルの白目が真っ黒に染まり、首と顔に黒い血管が浮き上がり、脈打った。
「ふうううううっ!」
体を反らして大きく息を吸い込んだタイガービートルが、互いの剣をぶつけ合い激しい金属音を立てるドラゴンフライとディベルテに向かって飛び出した。
倉庫の厚い石の床が砕け散るほどの強烈な跳躍だった。
「Pron pron! Bronga!」
グロング語。剣を交差させ、高揚感と興奮を隠しきれないほど震える青い目を睨みつけていたドラゴンフライが、タイガービートルの声に反応した。
―タァァッ―
触れ合っていた剣を離し、ほんの一瞬の隙を作り出したドラゴンフライが床を蹴って後ろに下がると同時に、タイガービートルの攻撃が続いた。
「ポイズン・ブレス・スフィア!(Poison Breath Sphere)」
ディベルテに向かって、タイガービートルが体内に溜め込んだ猛毒の息を一気に吐き出した。
口から放出された巨大な黒い煙の球体がディベルテに直撃した。
「ぐっ……ぐぐぐぐっ!」
黒い猛毒の気がディベルテの目と耳、鼻と口、頭を包み込み、染み込んでいった。
黒い血を吐き出すディベルテの呻き声が聞こえた。
「ぐがぁぁぁ! 痛い! 痛い!」
ディベルテが鼻と耳から粘つく血を流しながら、自分の爪で皮膚を剥ぎ取ろうとするように掻きむしっていた。
「レアベッラ! 痛い! 痛いよ! レア……ベッラ!」
息が途切れそうな細い声で叫びながら、ディベルテが剣を振り回した。
積み上げられた丸太の山が吹き飛び、ぶつかり、折れる音が、ディベルテの苦痛に身をよじる叫び声とともに倉庫のあちこちに飛び散り、耳障りな騒音を立てた。
乱れ飛ぶ折れた丸太の音、砕ける箱の音、割れるガラスの音が倉庫内に響き渡った。
「僕が仕上げます!」
タイガービートルがディベルテに向かって駆け出そうとするドラゴンフライを制し、手に持った短剣を顔の近くに近づけ、唇をすぼめて息を吹きかけた。
タイガービートルの目はまだ猛毒息の影響で真っ黒に染まっていた。
「ふううううう……。」
タイガービートルの口から黒い煙が流れ出て、手に持った短剣を包み込んだ。
体内に溜めていた猛毒の息が抜けると、黒かった目も、体中に浮き出て脈打っていた黒い血管も静かに引いていった。
タイガービートルは「猛毒息の紋章」以外にも、200種類以上のグロングの紋章術의 紋章을 習得しています




