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111話 グランドトーナメント (10)

「その中でも特に……ラタク兄様を毒殺しようとしたこと! それが一番! 許せない!!」


イルダ・バナスの怒りに満ちた声が部屋中に響き渡った。


主人のすぐ傍で黙々と護衛を務めていたミランダですら、これまで見たことのない激しい怒りを(あら)わにする主人の姿に思わず肩を縮めた。


「証拠は十分よ、フェルタ男爵。私の家族を! バナス家に、お前のくだらない野心と欲望のためにそんな真似をしてきたことが、絶対に許せない!」


「うわあああああっ!」


イルダ・バナスの短剣が、フェルタ男爵の肩に深々と突き刺さった。


どくどくと肩を覆う血が溢れ出した。


「代償は必ず払わせるわ、フェルタ男爵。お前の家系に関わるすべてを、この大陸から存在ごと消し去ってやる。歴史からも名前を完全に抹消して、最初から存在しなかったかのようにね!」


「ひっ……うううっ。どうかお許しを……もう……ぐううう……。」


怒りに燃えるイルダ・バナスの黄金色の瞳と真正面から目が合ったフェルタ男爵は、血の流れる肩を必死に押さえながら(こうべ)を垂れた。肩の激痛が声を震わせているのか、それともイルダ・バナスに対する恐怖が体を震わせているのか、考える余裕すらなかった。


フェルタ男爵から視線を外さず、イルダ・バナスはミランダのほうへ歩み寄り、短剣を持っていないもう片方の手に渡された長剣を振り上げ、フェルタ男爵の背中を一閃(いっせん)した。


赤い線が刻まれた背中から、苦痛に満ちた呻きとともに血が流れ出した。


「イルダ様……。私が代わりにやります。もうこれ以上お手に血を……。」


ミランダが近づき、イルダ・バナスの前に立ちはだかるようにして制止した。


「ふふっ……。相変わらず優しいのね、ミランダ。」


手に握った剣の刃のように鋭く冷え切っていたイルダ・バナスの表情が、一瞬だけ口元に微笑みと目尻の笑みを浮かべて明るく変わった。


「ううう……うううう……。どうか命だけは……命だけは……。」


許しを請うことだけが唯一の道だと信じたフェルタ男爵は、涙を流しながら嗚咽(おえつ)した。


「でもその気持ちは受け取っておくわ。今は私の思うままにさせてもらう。クレントや他の者たちとは違って……。今回だけは、私が直接!」


「ぐっ……うぐっ!」


血の混じった息苦しい音が響いた。


(ひざまず)いてうずくまるフェルタ男爵の背中を、イルダ・バナスの長剣が貫き、剣先が冷たい石の床に触れる金属音がした。


「私は自分の手に直接血を塗ることを恐れないわ。そうすることで、私を信じてついてきてくれる人たちに、信頼と献身する理由を与えられるのだから。」


再び冷たい表情に戻ったイルダ・バナスは、罪を犯した者への許しを求めるように自分の血だまりに倒れ伏すフェルタ男爵の姿を見下ろしながら、手に持っていた二振(ふたふ)りの武器をミランダに差し出した。


「弱者になるな。汝は勝利者である。汝を害せんとする者があれば、その者の首を取れ。ふうううむ……どう? いい文句でしょう?」


腕についた血を拭いながら、声のトーンを少し落としてイルダ・バナスが言った。





<激突>



薄暗い倉庫の中。


数百個の茶色い麻袋が積み上げられ、さまざまな大きさの木箱が並ぶ広い倉庫内には、静寂だけが満ちていた。


しっかりとした造りで管理も行き届いているせいか、普通の倉庫でよく聞こえるネズミの鳴き声や床を這う音は一切しない。


大商会の倉庫のように見える建物の中には、食料の入った袋、酒の入った木樽、未加工の鉱石、(わら)に包まれた箱に入ったガラス細工、そして中身のわからない巨大な鉄の箱までが並んでいた。


四角く固められた藁の束が積み上げられた場所に、二人の姿があった。


周囲を明るく照らし、同時に温かなぬくもりまで与えてくれる、鉄の塊の中に閉じ込められた小さな太陽のような不思議な魔道具を見つめながら、二人の会話が静かな倉庫内に響いていた。


「いい香りのする人でしたよね? 仮面の奥の顔もきっと美しかったでしょうね。目まで黒い宝石で覆われた仮面は、少し怖かったですけど……。」


タイガービートルが、目隠しをされ手足を縛られたフェルタ男爵をミランダとともにイルダ・バナスへ引き渡したときの短いやり取りを思い出しながら言った。


「うーん? そうだったかな? あの二人が立っていた部屋の扉を見てたから、香りがしたかどうかはよく覚えてないな。」


「そうですか。考えてみれば、あんな倉庫にこんな分厚い鉄の扉があるなんて、金庫室みたいな役割の部屋だったのかも? それにしては……守ってる人もいなかったですけど……。」


座っていた四角い藁の束から立ち上がり、イルダ・バナスとミランダ、そして意識を失ったフェルタ男爵が消えた倉庫の奥の分厚い石壁と鉄の扉のほうを眺めながら、タイガービートルが言った。


「金庫室だろうな。依頼主が何をしようと俺たちには関係ないけど……。こんな巨大な倉庫に、あの分厚い鉄の扉か……。」


ドラゴンフライが手に持った剣の柄の先で頭を掻きながら言った。


「あの扉を開ける鍵も変わってましたよ。普通の真鍮(しんちゅう)じゃなくて、銀色の光沢があって……ナイトスターがはめ込まれた鍵でした。」


「そんな短い時間でよくそこまで見たもんだな。」


「そうでしょうか? 珍しい鍵だったから気になっただけですよ。」


タイガービートルは再び座り直し、光を放つ魔石灯(ませきとう)の位置を調整しようと、手で魔石灯を押し引きしながら、ちょうどいい温かさと眩しすぎない明るさになる場所を探した。


「それにしても、依頼主のおかげで今日は久しぶりに静かに眠れそうだ。」


ドラゴンフライが藁の山に体を預けて横になりながら、魔石灯の光がぼんやり照らす倉庫の高い天井を見上げて言った。


「そうですね! 本当に久しぶりに静かな場所で寝られそうです。いくら金貨を山ほどもらっても、ここより静かな場所はないでしょうね。ベッドの質は……ちょっと残念ですけど。」


「仕方ないさ。この静けさの代償が藁のベッドなら、俺はいつでも大歓迎だ。」


「同感です。街の酒場や冒険者ギルド、どんな高級宿屋でもうるさすぎましたから。はぁぁ~! こんなに落ち着く場所なら何日でも寝られそうです。でも普通の人はふかふかのベッドと暖炉の前で温めた石、頭が沈む枕を欲しがるんですよね。僕たちの好み、ちょっと変わってるんでしょうか?」


「そうだな。どうしてもこの仕事をしてると耳が敏感になってしまうのも一因だろう?」


思いきり伸びをしながら藁の山に横になったタイガービートルに向かって、ドラゴンフライが言った。


「毒入りの食べ物を避けるために熱い食べ物が苦手になった舌みたいに? 特にドラゴンフライさんは熱いものが苦手ですからね。」


半分出した自分の舌を指先で指しながら、タイガービートルが言った。


「そうだな。俺の場合はちょっと度が過ぎてるけど……。」


「それより、この魔石灯欲しくなりません? こんなに温かさが伝わってくるなんて。森で寝るときとか、隙間風の入るボロ部屋でもこれさえあれば暖かく眠れそうですよ。」


普通のランタンより少し大きめの魔石灯の取っ手を触りながら、タイガービートルはさらに鉄製の笠の下にある光の強さを調整する丸いダイヤルをいじりながら言った。


「持ち運べるか? 重さもあるし、構造も複雑そうだぞ?」


「そうでしょうか? うーん……無理かな……。もう少し小さかったり……せめて軽ければいいんですけど……。」


唇を尖らせて悩むような表情を浮かべ、タイガービートルは魔石灯の取っ手を握って重さを確かめようとした。


「あ! ドラゴンフライさん、まだ寝るには早いですから、僕が余興に面白いものをお見せしましょうか?」


「余興? 何だ?」


タイガービートルが言った「余興」という言葉に反応して、藁の山に横たわっていた体を起こしたドラゴンフライが尋ねた。


「えっと……まずは材料が必要なんですけど……。あ、ありました。」


体をひねって周りを見回したタイガービートルは、藁の山の近くに置かれた革製の大きな水袋を手に取った。


「うまくいくといいんですけど……。練習は結構したんですよ。」


水袋の栓を外しながらタイガービートルが小さな声で言い、目を閉じて倉庫の天井に向かって手のひらを広げ、精神を集中させた。


「リア。リリシア。ウェルペ……ニサ。[Lia(剣よ)。Lilisia(切り裂くもの)。Werpe(武器)……Nitha(現れよ)。]」


タイガービートルがゆっくり息を吐きながら、ドラゴンフライには聞き取れない言葉で呪文を唱えると、広げた手のひらの上に青い光の魔法陣が浮かび上がった。


「ウィオ。ルンディ。セルナ。リア。リリシア。ウェルペ。ニサ! [Wi-o(透明な)。Rundi(水)。Serna(捧げる)。Lia(剣よ)。Lilisia(切り裂くもの)。Werpe(武器)。Nitha(現れよ)!]」


続くタイガービートルの呪文とともに、栓を開けた水袋から、大きさも形もまちまちな水滴が魔法陣に向かって動き始めた。


「おお……いつこんな魔法を。」


目の前で起こる不思議な魔法の展開。水滴が集まって形を成していく水の剣を見て、ドラゴンフライが感嘆の声を上げた。


「へへっ。どうですか? ずいぶん前にゴールデン・ロータス様から教わったんですけど、最近ようやく魔法陣の具現化(ぐげんか)に成功したんです。」


鋭い刃先の水の剣を手に握ったタイガービートルが、満足げな笑みを浮かべてドラゴンフライに剣の形を自慢するように手をかざした。


「ゴールデン・ロータスって……あのエルフの婆さんか?」


「婆さんって……。僕たちよりずっと若く見えましたよ。むしろ幼い少女に近い容姿じゃありませんか。」


「エルフの見た目と年齢は比べちゃダメだぞ。ゴールデン・ロータス婆さん、ああ見えて80歳超えてるぞ。」


「へええ……。そんなに? 80歳超えてるのにあんなに可愛くて……愛嬌が……。」


目を大きく見開き、ドラゴンフライから聞いたゴールデン・ロータスの年齢が信じられないというような戸惑った表情を、タイガービートルが浮かべた。


「それでもかなり使える魔法だな。水で剣を作るとは……。」


「でしょう? ゴールデン・ロータス様は僕が作ったこの剣よりずっと美しい形の剣を、あっという間に二振りも作ってましたよ。僕もあそこまでになるにはまだまだ練習が必要ですね。」


「ところでその魔法、どんな液体でもいいのか?」


「え? どういう意味ですか?」


「いや……酒とか、果物の汁とか……水じゃなくても他の液体でも使えるのかってことだ。」


自分の質問が相手を戸惑わせるだろうと気づいたのか、普段とは違うもごもごした口調でドラゴンフライが聞いた。


「あ……うーん……。試したことはないですけど、呪文で言った『ウィオ・ルンディ』がエルフ語で透明な水、澄んだ水を意味するので……確実とは言えませんが、おそらく無理だと思います。今ここに酒はないですし……。次に機会があったらワインや果汁で試してみましょう。」


「ただふと思いついた好奇心からの質問だ。わざわざ実験する必要はないぞ。」


「僕もドラゴンフライさんの話を聞いて気になってしまいました。ははっ。」


ドラゴンフライと目を合わせて明るく笑うタイガービートルの笑い声が、倉庫内にさらに大きく広がろうとしたその瞬間だった。


「しっ。誰かいる。」


唇の中央に当てられたドラゴンフライの人差し指を見て、タイガービートルの顔から先ほどまでの明るい笑みが消え、冷たい表情に変わった。彼は魔石灯の調光器を閉じて、倉庫内を真っ暗な闇に染めた。

今回の話もお読みいただき、ありがとうございます。

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