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105話 グランドトーナメント (4)

「くううっ!」


タイガービートルの笑い声が止んだあと、小さな部屋に響くクレントの短い呻き(うめき)が聞こえた。


仮面の中で笑いながら、クレントが気づく間もない速さで、椅子に縛られたままのクレントの胸に短い刃を突き刺した。


「痛くなかったでしょう?肉を抉られる感覚すらなかったはずですよ。」


「毒を使ったぞ。」


麻痺毒(まひどく)を使ったんですよ……。あ、あ、あ、ドラゴンフライさん……。それは私が言うべきセリフなのに。」


部屋の隅、光の届きにくい壁にもたれていたドラゴンフライが、タイガービートルがクレントの心臓めがけて一撃で刺した剣の毒について口にすると、びっくりしたタイガービートルが仮面を直しながらぶつぶつ文句を言った。


「じゃあ……。苦しみなくお眠りください。」


タイガービートルがクレントに近づき、小声で囁いた。そしてクレントの腕を縛っていた縄を解いて手を自由にし、クレントの手を引いて自分の胸に刺さった剣を自分で握らせた。


「はあっ! これで依頼一つ完了!」


指を組んで天井に向かって大きく伸びをしたタイガービートルが言った。


―ガタン、ガタン―


「さあ確認しろ。それがお前の役目だろ?」


ドラゴンフライが閉ざしていた木の雨戸(あまど)を開けると、明るい月光が部屋を照らした。周囲に生い茂るリンゴの木から、甘い香りの波が果樹園中央の倉庫の中へ流れ込んできた。


冬が来る直前、今まさに収穫を待つリンゴの木に実った果実の香りが、遅い秋の夜の冷たい空気と混じり、二人の仮面の隙間をすり抜けて入ってきた。


しかしその香りを楽しむ余裕も与えられず、リンゴの香りを帯びた夜風を切り裂いて、小さなクロスボウのボルトが一本、二人が立つ倉庫内に飛来(ひらい)し、胸に刺さった剣の柄を両手で握ったまま死んでいるクレントが座る椅子の肘掛け(ひじかけ)に突き刺さった。


「依頼対象排除確認、と書いてありますね。」


タイガービートルが刺さったボルトに巻かれた小さな紙切れを抜き、月光にかざして声に出して読んだ。


「ふむ。恥ずかしがり屋の監視人だな。」


「字がとっても可愛いですよ、見てください。」


タイガービートルが手に持った小さな紙をドラゴンフライに差し出しながら言った。


「どれどれ。お……なるほど……女の字だな。」


「そんなのもわかるんですか?」


「わかるさ。ここ、この……」


―ヒュッ―


もう一本のボルトが飛んできて、ドラゴンフライが持っていた紙切れに命中した。


「うわっ! 何しやがる!」


飛んできたボルトに驚いたドラゴンフライが窓から身を乗り出して叫んだ。しかし叫び声にも返事はなく、果樹園のリンゴの木の間を吹く夜風が葉をざわめかす音だけが響いた。


「次の依頼対象の情報が書いてあります。報酬は……とてもいいですね。クレントの二倍です。」


タイガービートルがドラゴンフライに向かって指を二本広げて見せた。


「二倍? どうして二倍も出すんだ?」


「うーん……それは、今回の目標が護衛兵に守られている貴族だからだと思いますよ? ヴェス・ディナスにいると書いてありますね。」


「それは幸いだな。遠出する必要がない。」


「そうですね? 慎重な性格だから接近しにくいって書いてあります。」


砂粒のように小さな字で書かれた紙切れを、仮面に顔を寄せるように近づけて読もうとするタイガービートルが言った。


「簡単な依頼なんてないからな。もう戻るぞ、タイガービートル。クレントの後始末は、今も俺たちを見ているあの恥ずかしがり屋の女監視人に任せておこう。」


「ははっ。髭ぼうぼうでお腹出たおじさんだったらどうします?」


「そんなわけねえだろ。」


「それにしても、お腹すきました。リンゴの香りのせいかな?」


タイガービートルが顎を上げて漂ってくる甘い香りを深く吸い込みながら言った。


「そうだな。俺も腹が減った……。でももうすぐ冬だっていうのに、まだ収穫してないのか?」


「そうですね。もうすぐするでしょう。多分……それとも果樹園の主人と作業員みんながヴェス・ディナスのグランドトーナメントを楽しんでるからかもですよ?」


「あり得るな。」


「そうですね? へへ。」


また紙のついたボルトが飛んできて窓格子に刺さった。


紅淚(こうるい)は他のリンゴと違って、とても遅い秋に収穫する……だそうですよ?」


「ドワーフの文字では赤い涙って意味か?」


「多分? ドワーフの土地から移してきたリンゴの木みたいですね。」


「そうだな。リンゴらしい、いい名前だ。」


ドラゴンフライが窓の外のリンゴの木を見つめながら言った。


「さっさとヴェス・ディナスへ行こう。腹にうまい料理を詰め込んでから寝ないとな。」


「はい。道すがら食べるリンゴを何個か摘んでいきましょう。」


「そうだな。前菜としてこれ以上ないやつだ。」


倉庫を照らしていた灯りが消え。二人の影は月明かりの下に生い茂るリンゴの木の影の中へ溶けていった。






<放浪騎士>



ヴェス・ディナスのある一角。人通りの少ない通り。欠けた敷石一つなく、街の他の場所よりずっと整えられた道の脇には魔石灯(ませきとう)が明るく通りを照らしていた。


たまに通る馬車は街のどこでも見られる普通のものではなく、車輪が大きく、通常の馬車よりずっと大きなものがほとんどだ。六頭か八頭の馬が引かねばならないほどの大型馬車が通る道だけに、他の通りより幅も広く、馬車が通らないときはただ静寂だけが残る。


ヴェス・ディナスの貴族地区。特に貴族だけが住まなければならないという決まりがあるわけではないが、広い庭園に花が咲き、高い壁に囲まれた大邸宅――石灰を主材に大理石粉と粘土粉を混ぜて塗ったすっきりとした外観――で暮らすには莫大な金がかかる。そのため自然とこの地区に住む者たちは高位の貴族か、金にあふれた大商人ばかりだった。


広い通りと大きな庭園のせいで家同士の距離が遠く、厚い高い壁のせいで声を大きく出すことすら誰かとの約束を破るかのように、静かすぎてむしろ寂しさを感じる場所だった。


そんな貴族地区の通りにも、美しい楽器の音が響き、魔石灯の光が特に明るく輝く建物がある。


絶え間なく並ぶ豪華馬車が見え、馬車の外観と同じくらい華やかな衣装の客たちが向かう先――貴族地区で最も繁盛する高級レストラン、ミオフラ。


静かな食事を望む客のためにいくつかに分けられた宴会場(えんかいじょう)の一つに、珍しい組み合わせの三人組が座っていた。


豪快に笑いながら座るサリン。給仕(きゅうじ)のために入口で待機しているミオフラの店員たちと目を合わせて、ぎこちない笑みを浮かべているレーベン。そして腹を空かせたニア。


三人が座る大理石製の巨大な円卓は、食事が来る前に互いの杯をぶつけられないほど広く大きかった。


「コバルト群島近くの険しい海で捕れたコバルト・クラブです。」


ミオフラの店員が説明しながら指差した先を、口の中にたまった唾を飲み込みながらニアが見つめていた。


「こんなに大きいなんて……」


「イクスターンの花蟹よりずっと大きいだる……」


巨大な白い円卓の上に置かれた、香辛料にまみれた朱色のコバルト・クラブの皿から、海の香りが漂ってきた。


「そしてこちらはティスロ南で栽培された米を、兎肉、蝸牛(かぎゅう)、そら豆、にんにく、玉ねぎを炒めてブイヨンと一緒に煮て炊いたパエリャという料理です。」


「お……パエリャか。海鮮のパエリャは前に食べたことがあるが、兎肉と蝸牛とは……面白い組み合わせだな。」


サリンが満足げな笑みを浮かべて、黒い皿に盛られた黄色い米と、その間に埋まった茶色の肉片、殻ごと調味料のついた蝸牛を見つめた。


「よくご存じですね。ムール貝とエビ、イカを使うものもありますが、コバルト・クラブの風味と重なるので、兎肉と蝸牛を主材料にしたパエリャでご用意しました。」


「あ、そうか。細かいところまで気を使ってくれてありがとう。」


サリンの言葉に店員は笑みをさらに大きくして、円卓のパエリャを指差していた手を次の皿へ移した。


「そしてこちらはレンシロアのシャレ山の牛肉を薄くスライスし、ロサントという木を切って焚いた火で焼いたものです。旨味(うまみ)が抜群なので調味料は一切せず、ロサントの香りだけでも十分に美味しく仕上がっています。」


「くうむ! 香りがいいだる!」


目を大きく見開き、銀のフォークを握ったまま忙しく首を動かして薄く焼いた肉の皿を見つめるニアが言った。


料理に合う酒の勧めも、デザートに穏やかな辛みと淡い色、小さな穴が特徴のニールセン・チーズが出る予定だという話も、パエリャがティスロ北部地方の伝統料理だという説明も、目の前のコバルト・クラブが脱皮直後の柔らかい殻のものだけを使った特別な一品だというレーベンへの説明も、すべてニアの耳には届かなかった。


今、ニアに届く言葉はただ一つだけだった。そしてそれはサリンの口から、低く落ち着いた声で紡がれた。


「よし。料理の説明はもう十分聞いた。さあ、食おう。」


「はい、サリン様。このような高級なレストランに招待してくださってありがとうございます。」


「ありがとうだる。わあああっ!」


ニアの手に握られたフォークが素早く動いた。体長だけで一キュビト(50cm)を超える巨大なコバルト・クラブの脚がわしゃっと音を立てて折れ、白い身がフォークに刺されて殻から飛び出した。


薄く焼いた牛肉はフォークにくるくる巻かれて口へ運ばれ、別皿に取り分けたパエリャはもう片方の手に持ったスプーンで山盛り掬われた。


恐ろしい勢いで食べているのに、円卓の上に食べ物の欠片一つこぼさなかったため、貪欲(どんよく)には見えなかった。


ただ、速く正確にスプーンとフォークを操って口に運ぶその動きが、サリンの目には珍しく映っただけだった。


「ところでニア。どこへ向かっていたんだ?」


レーベン、サリン、ニア。二人の人間と腹を空かせたドロコ一匹がこの円卓に着く前、サリンは馬上槍試合の勝利を祝う席を設けようと言い、レーベンと馬車でミオフラに向かっていた。


馬車に乗っていたレーベンの目に、わからない歌詞を口ずさみながらドロコだけが出せる楽器を演奏して歩くニアの姿が映った。


レーベンがニアをサリンに紹介し、小さな宴会の客として馬車に同乗させ、このミオフラまで連れてきたのだった。


「試合に勝って、冒険者ギルドに依頼を受けに行っていただる。」


皿の上にある巨大なコバルト・クラブのハサミ脚をわしゃっと折って手に持ったニアが、レーベンの問いに答えた。


「あ。そうか、決闘大会は今日からだったのか……すまないな。もっと早く知っていたら応援に行っていたのに。」


「大丈夫だる。すぐに終わっちゃって面白くもなかっただる。」


口の中の食べ物をごくんと飲み込み、歯を全部見せて笑うニアが言った。

作中に登場した**「パエリャ(Paelya)」**……どこかで聞いたことがあるような名前だと思った方も多いはず。


そう、私たちの住む世界の「パエリア」にそっくりですよね(笑)。

偶然の一致か、それともエステタ王国のシェフが密かにこちらのレシピを盗み見たのか……。

ちなみに「兎肉と蝸牛」という組み合わせは、現実のバレンシア風パエリアでも伝統的なスタイルだったりします。


読んでいてお腹が空いてしまったらごめんなさい!

次回の更新も、ぜひ美味しいものを準備してお待ちくださいね。

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