104話 グランドトーナメント (3)
「そんなことはできません。私が愛する人にも、この味を感じさせてあげなければなりません。今、私の口の中で消えてしまったこの飴が惜しくて、狂いそうです。むしろ割って少しだけ味わって、残りを全部、私の愛するレアベッラに渡さなかったことを……とても、後悔しています。」
話しながらも、ディベルテの表情は止まることなく次々と変わっていった。そして、そんなディベルテの様子を眺めるアードの顔は、ひどく歪んでいた。まるで昔、狩りで出会った口から泡を吹き、吠えながら飛びかかってくる狐を見たときのような顔だった。
―シャキーン―
空気を切り裂く鋭い音が響き、丸く湾曲した特異な形の鞘を左手に、ディベルテの右手には金属製のヒルトに無数の宝石が輝いていた。
「レアベッラ……。私の愛。とても良い味の飴だよ……。食べてみて~。」
一瞬、曲剣を抜くディベルテの姿に、無意識にアードの手が自分の剣へ伸びた。しかし、柄の端に指が触れるよりも早く、ディベルテは手にした愛剣で、テーブルに置かれた小さな白い飴を切り裂こうとしていた。
「な、何をするんだ!」
ほんの一瞬だったが、剣を抜いたディベルテから溢れ出す気味の悪い殺気に、思わず剣を握ろうとしたアードが叫んだ。
―ばたん―
「どうされましたか、アード様!」
慌てた声の騎士が荒々しくドアを開け、酒場の内部へ飛び込んできた。
「ちっ……。何でもない。問題ないから出て行け。」
たかが剣を抜いただけの殺気に驚いた自分に苛立ちを覚えたアードは、手を振ってドアを開けて入ってきた騎士を追い払った。
再びアードは視線をディベルテに戻した。湾曲した剣の先で、アードが渡した飴を真っ二つに切り分けているところだった。
ディベルテの手にした刃の周囲に浮かぶ淡い緑色の光が、ディベルテの顔を照らしていた。
「へへへへへ。どう? おいしい? 簡単に味わえるものじゃないって言ってましたよ。」
アードの目の前に広がる異様な光景……。普段、剣と話すディベルテの姿など、今のアードが見ているこの光景に比べれば、ディベルテの持つ異様さのほんの一部に過ぎないとわかった。
狂人の笑み。焦点の合わないディベルテの目が固定されている先には、アードが渡した飴が半分に分かれており、やがて剣の周囲の光が強く輝くと、レアベッラと名付けられたディベルテの手にした剣に触れた飴は粉になって消えていった。
『……何だこれは……? まるで、俺が渡した飴を本当にその剣が食べたみたいじゃないか。』
アードは眉をひそめ、ディベルテの様子を呆然と見つめていた。
剣で割った飴がどうして粉になり、砕け、その粉がまるで剣が飲み込んだかのように消えた原理など、ディベルテに聞きたい気持ちさえ吹き飛ばすほど、目の前のディベルテの姿はあまりにも気味が悪かった。
アードの耳にも、ディベルテの言葉に答える女性の声が聞こえ、ディベルテの肩に腕を回した女性の姿まで見えるほど、二人の恋人の様子は異様だった。
「ありがとうございます、アード様。レアベッラもおいしかったそうです。ふふふふふふふふふふ。」
湾曲した曲剣を鞘に収めながら微笑んだディベルテが、アードに感謝の言葉を述べた。
「うーん! まあ……気に入ったなら……良かったな。」
アードは目を細め、苦い笑みを浮かべて言った。そして、先ほど耳元で響き、頭の中を乱し、心を掻き乱している女性の声を忘れようと、素早く頭を振った。
「じゃあ、もう行ってもいい。馬一頭の首を切るのに、そんなに長い準備時間は必要ないだろうが。」
「はあい。それでは失礼します。」
「そうだ。早く行って、お前の価値を証明しろ。あのたくさんの金と、貴重な飴の価値に見合う奴かどうか、見てやるからな……。」
アードは四本の指を折り曲げて伸ばし、ディベルテに手を振って、もう行けという合図をした。
*****
翌日、ヴェス・ディナスのどこか。全身を不快にまとわりつく湿気と粘り気が感じられる感覚に目覚めたナチェル男爵の悲鳴が寝室の外まで突き抜けた。
悲痛さに満ちた叫びだった。
驚きの次に訪れたのは悲しみ。そしてその悲しみには怒りが混じっていた。愛する自分の馬の切り落とされた頭を抱きしめて泣くナチェル男爵の嗚咽が広がっていった。
<ドラゴンフライ・ タイガービートル>
「ぐうううむ!」
「お? ようやく目が覚めたか?」
ぼんやりした視界でうめき声を上げて目覚めた男。何度も瞬きを繰り返すと、男の目に映ったのは部屋を薄く照らす小さな行灯の光を反射する仮面の人物だった。
「おお。本当に目が覚めましたね? 予想時間より少し早いですね。」
もう一人の仮面の人物が闇の中から現れて言った。
「誰だ? それになぜ私を! うぐっ!」
起き上がろうとして仮面をかぶった正体不明の二人に向かって叫ぼうとしたが、自分の腕と足が椅子に縛られていることにやっと気づいた。
「ふむ。私たちが誰か知ってどうするんだ? ところでこの仮面は本当に不快だな。これを必ず着けなきゃいけないのか? タイガービートル?」
「はい、ドラゴンフライ。私たちを雇った方から、万一の目撃者が存在してはならないとおっしゃっていましたから。」
「ドラゴンフライ? タイガービートル? 何を言ってるんだ? 私が誰だか知ってこんなことをしているのか?」
椅子に縛られた腕と足をよじりながら暴れる男が叫んだ。
「よく知っていますよ。だからこそこうして依頼を受けて拉致したのです。それでも確認のために聞きますが、クレント・ブリューゲルさんですね?」
額に青筋を立て、椅子に縛られたままのクレントに、タイガービートルが落ち着いた口調で尋ねた。
「そうだ。私の名前だ。私が誰だか知っていながらこんなことをするとは、普通の連中じゃないようだな。誰に頼まれたんだ?」
「それを教えてやるわけないだろ、バカ野郎。そして叫ぶのはやめろ、うるさいって。」
ドラゴンフライが叫ぶクレントの頭を片手で掴みながら言った。凄まじい握力だった。
頭蓋を砕きそうな勢いに、クレントの興奮した様子がたちまち萎み、体から力が抜けて椅子にもたれかかった。
「ふう……。私が誰だか知ってるなら、長くは話さない。倍の金をやる。そしてこの仕事を依頼した奴の首を持って来たら十倍だ。」
長いため息をついて気持ちを落ち着けると、自分の置かれた状況をもう少し冷静に把握できた。そこでクレントが最初に思いついたのは、この二人の仮面の人物が断れない金額を提示することだった。
二倍三倍ではダメだと思った。五倍くらいでなければ、何の迷いもなく自分の提案を受け入れるはずだ。そしてその金額がいくらであろうと、今この状況から抜け出せさえすればどうでもいいと思った。金貨など腐るほどあるのだから。
「あらあら……残念ながら、こちらの仕事はクレントさんが考えているように回るものではないんですよ。依頼金の何倍出そうが、依頼人を裏切るなんてことはあり得ません。これはおそらく私たちではなくどんなセルダガー(Selldagger))に仕事を任せても同じ答えが返ってくるでしょう。そうでなければこちらの契約関係は成り立ちませんから。」
「そうだ。お客様の信頼が最優先だという話だ。この間抜け野郎。」
落ち着いた口調で説明するタイガービートル。呆れたように肩をすくめ、鼻で笑いながらクレントが座っている椅子を足で蹴って、暗い部屋の隅へ向かわせてドラゴンフライが言った。
「じゃあ、せめて理由くらい教えてくれてもいいだろう。こんなところに連れて来られる理由なんて多すぎるし……。できれば誰がお前たちを雇ったのかも教えてくれ。」
時間を稼ぎながら別の手を考えなければならないと、クレントは判断した。粗野な性格のドラゴンフライという男は自分の要求を聞き入れないだろうが、おしゃべりでまだ会話の余地がありそうな、タイガービートルと呼ばれる者なら、どんな言葉でも自分の発言に反応して何か言ってくれるはずだと思った。
「間抜けが……。それを聞いてどうする? 復讐でもするつもりか? 教えたとしてもお前がここから生きて出られなきゃ何もできないだろ。」
「あいっ。ドラゴンフライ、そんな言い方したらどうするんですか。依頼対象が自分が死ぬって知ったら仕事がしにくくなるじゃないですか。」
「いや。むしろ諦めて楽になるかもしれないだろ。仕事を難しく考えすぎるな。」
突然下された自分への死の宣告。クレントの額にはいくつもの汗の玉が浮かび、流れ落ちていた。心臓が速く鼓動を打ち始めた。
「いや、そういえばどうせ殺すんだから、この仮面は今までなぜ着けていたんだ?」
ドラゴンフライが片手で自分の仮面を掴み、顔から外しながら言った。
「ええっ! 仮面を外すなんてどうするんですか。せっかく私たちの名前と合う仮面を特別に注文して作ったのに。」
タイガービートルが仮面を外し、流れ落ちた前髪を息で吹き上げているドラゴンフライに向かって、不満げな口調で言った。
外した仮面の下にあったドラゴンフライの容姿は、彼の荒々しい口調とは全く違うものだった。端正な美貌の持ち主だった。瑕一つない大理石のような白い肌、部屋の行灯の光を反射する大きな赤い瞳、はっきりとした唇のライン――男としては持ちにくい美しい外見を、ドラゴンフライは持っていた。
「どうせここまで来る間ずっと着けていたんだから、もう外してもいいだろ?」
「でも……。一緒に着けている方がかっこいいじゃないですか。」
タイガービートルが両手を上げて自分の顔を覆う仮面を直しながら、ドラゴンフライに言った。
タイガービートルの仮面。彼の言う通り特別に注文しただけあって、特別な形と色をした仮面だった。
青と緑が混じった光沢のある色の仮面には、体が長く小さな頭に、体と同じくらい長い脚と触角を持つ、自分の名前と同じ昆虫であるタイガービートルの姿が仮面の左側に刻まれていた。
もう一つの仮面であるドラゴンフライの仮面は、闇の中でもよく目立つ明るい赤い地に、黒いシルエットのトンボが仮面の右側に刻まれていた。
椅子に縛られ、冷や汗を流しながら頭を左右に振り、二人の顔を交互に見ているクレントを無視して、二人の会話は続いた。
「予定通りなら前回の依頼のときから使おうと思ってたんですけどね。製作を頼んだ工房で必要な染料を間に合わなくて……残念でした。」
「ああ、ティスロでの依頼か?」
「はい。ザリスポでの仕事です。あのたくさんの依頼対象を処理するときに使えていたら良かったのに、ってずっと考えてました。」
「あのとき何人殺したっけ?」
「17人です。」
「じゃあ血まみれになって捨てちゃったんじゃないかな?」
ドラゴンフライが片方の口角を鋭く上げた笑みを浮かべて、タイガービートルに言った。
タイガービートルが自分の商品を売る商人みたいに、ドラゴンフライに向かって熱心に話し続けた。
「でも、私が言っているのはそんな仮面の機能が惜しいってことじゃないんです。私とドラゴンフライさんが今この仮面を着けているその姿を、一日でも多く頭の中に留めておくのが、私が最近感じている楽しみなんですよ。」
タイガービートルが手に持ったドラゴンフライの仮面を、着ていた広い袖で拭きながら言った。
「はあ……。そこまで言うなら着けざるを得ないな……。よこせ。」
嫌そうな顔をしたドラゴンフライが、タイガービートルの手にあった自分の仮面を奪い取るように取り、乱れた髪を掻き上げてから顔に着けた。
「じゃあ仮面の話はこの辺にして……。仕事を始めないとですね。ふふふっ。」
「Sellsword」という言葉をご存知でしょうか?
本来は「雇われの剣客」、つまり「傭兵」を意味する言葉ですが、本作ではその設定を少しアレンジしてみました。
この物語に登場する暗殺者たちは、自らを**「Selldagger」**と呼び合っています。大きな剣(Sword)を振るう傭兵とは違い、短剣(Dagger)を忍ばせて闇に紛れる彼らなりの矜持や、少し皮肉めいた自称として名付けた造語です。
ドラゴンフライとタイガービートル、この二人の「セルダガー」が今後どのような暗躍を見せるのか、ぜひ楽しみにしていただければ幸いです!




