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101話 サリン・オリド (3)

小さな村の酒場。日が沈んでしまって幽霊蜘蛛の森に入れなくなった商人二人と冒険者五人が一つのテーブルに集まり、酒場の料理の味を褒め称えていた。


「兄貴がまた自慢のファルム話を延々と繰り広げてるなあ」


もじゃもじゃと伸ばした髭に、太い腕の筋肉を誇示しながら目を細めて騒がしく話す客たちと、酒場の主人である自分の兄の姿を眺めながら言った男が、酒場の一角に座るレーベンのテーブルに、湯気を立てるスープと大きなパン二つを置いて言った。


「ふはは。ヴィクールがあんな調子なのは一日や二日のことじゃないから、放っておくしかないさ~」


レーベンが料理を運んできた男に言った。


「ふん。兄貴のいつものセリフがあるじゃないですか。『香水以外でファルムより高い値段をつけられる液体はおそらくないだろう』って。今回も沼鯉で作ったファルムを自慢して、酒場に来る客みんなにその話をしているんです。あの生臭い魚の塩辛が何でそんなにいいのか……」


男が鼻で笑いながらレーベンに言った。


「ヴィドル、お前が理解してやってくれ。私はむしろ、私の代わりにあそこでヴィクールの話を聞いてくれている子爵様に感謝しなくちゃいけないね、ふははっ」


「え? ああ……。そういえば、あの貴族様とレーベン様が一緒に来たって言ってたな。何か用事ですか? あの貴族様の騎士になることにしたんですか?」


「いやいや。ヴェス・ディナスまで一緒に旅をする道連れってだけさ。グランドトーナメントに参加されるそうだから……。ライバルでもあるかな? ははは。でも相当な方向音痴らしくてね。放っておいたら来年の春にしか着かないだろうと思って、道案内も兼ねてるんだ」


「ほおお。トーナメントか……。もうそんな時期か。ところで本当に人懐っこい方ですね。他のお客さんとすぐに打ち解けて杯を交わし、今ではヴィクール兄貴まで……」


ヴィドルが太い両腕を組んで、サリンとの会話に夢中になっているヴィクールを眺めながら言った。


「うむ……。次は、あの大きな壺に干したハーブを入れるんです。ディル、コリアンダー、オレガノは基本で、私は辛みを出すためにカリカリに干したライオンヘッド豆を挽いて入れます」


「ほお……。さっき感じた辛みの正体だったのか。さっぱり口を刺激して、味がとても良かったよ」


ヴィクールが唇に唾を塗り、大きく口を鳴らしながら席に着いているサリンに、スープに入っている調味料ファルムの作り方を説明していた。


「そしてその上に沼鯉を入れます。小さいのはそのまま、大きいのはぶつ切りにして入れますね。通常は説明すると内臓を取って頭も入れないと思う人が多いんですが、そうじゃないんです。魚の頭や内臓は取り除かずそのまま入れます。そしてその上に指二本分くらいの高さで塩の層を一層作って覆います。それを繰り返して壺をいっぱいにするとファルムの準備が完了です。その後一週間から十日ほど日光に当てます。それから一ヶ月ほど定期的に混ぜて、熟成して上に乗った魚醤をすくい取れば完成するんですよ、これがファルムです」


「手間がかかるんだな。沼鯉か……。普通は海魚で作るんじゃなかったか? うちの家の料理長が使っていたファルムはサバで作ったものだって聞いたけど」


「サバで作ったファルムか……。サバのファルムも上級のファルムとして扱われますね。素晴らしい料理長を置いていらっしゃる。味のわかる方です。しかし最上級のファルムはやはり沼鯉で作ったファルムですよ」


「なるほどね。こんな素晴らしい味のスープは珍しいからな」


サリンがヴィクールの説明を聞きながら一口すくったスープの味を味わい、頷いた。


「オリド子爵様の勝利を予祝して杯を高く!」


すぐ隣に座っていた男が立ち上がりながら叫んだ。商人を護衛する冒険者一行の一人だった。


今日の夕食はサリンが全額出すと言ったおかげで、誰よりも早く生まれた尊敬と親しみを表しながら、一行はとんでもない量の酒と料理を注文して食べていた。


「オリド子爵様の勝利を!」


「くあっ。残念だな。この馬車の護衛依頼さえなければ、オリド子爵様の試合を見られたのに!」


「ははは。そうだなあ」


サリンが気分の良い笑顔で媚びる男の言葉に答えた。


「おお……。そろそろうちの酒場が一番自慢の料理ができあがったようだな。すぐに持ってくるよ。びっくりする準備をたっぷりして待っててくれ」


ヴィクールが早足で厨房に向かって歩いていった。


しばらくして。ヴィクールが両手で重そうに持って出てきた大きな盆の上に、湯気を上げる白っぽい料理とともに、酒場のホールに座る全員の視線を集めながら登場した。


「へへへへ。召し上がれ。ファルムをすくい取った後の沼鯉の身に卵を入れて作った沼鯉料理です」


ヴィクールに続いて酒場のホールに入ってきたねっとりした臭いが、全員の鼻に向かってじわじわと忍び寄ってきた。


雨に濡れた獣の毛から漂うようなむっとする臭い。野獣に狩られた動物の死骸から出る赤い肉と、その獣の血が茶色く変色していくときの腐臭。海岸に打ち上げられた巨大な海の生物の死骸から漂うような死の香り。


到底「ひどい」「恐ろしい」「嫌い」「怖い」という言葉だけでは足りない悪臭だった。


「ぎゃあああっ!! この臭いはなんだよ!!!」


「いやいや、そう言わずに一口食べてみてください。この味は一生忘れられませんよ。臭いなんて鼻の穴を塞げばいいんですから」


盆の上の身を素早くもう片方の手に持っていたスプーンですくい、叫んでいる冒険者の口に押し込んでヴィクールが言った。


「うえええっ!!! うわああ~っ!!!!」


味わった者の全身をねじり、精神を崩壊させる破壊的な発酵沼鯉の味。世の中どんな武器や魔法よりも強力な料理がヴィクールの手に握られていた。


盆とスプーンを持って近づく黒い影の死神。ホール内の全員の目にだけ見える恐ろしい赤い眼光を放つ沼鯉の死神が、酒場の隅に追い詰められた人々に向かって迫っていた。


「へへへへ。臭いは少しありますが、すぐに慣れますよ。さあ、みんな一口食べてみてください。食べてみてくださいよ! あーん」


その日酒場にいた人々の心には、生々しい悪臭と湯気を立てる黒い影が追いかけてくる、振り払えない悪夢が刻み込まれた。





*****


数日後。オリド子爵とともにヴェス・ディナスの南門、黒い獅子の門の前に到着したレーベンには、季節が変わったよりも大きな変化が目に飛び込んできた。


通りにはいつにも増して多くの騎士の姿があり、城壁の下の関門には家紋の描かれた旗と馬のいななき、甲冑が陽光を反射して放つ光がまぶしい。


まもなく開催されるグランドトーナメントの影響で、ヴェス・ディナスの街全体が祭りの雰囲気に沸いていた。


人々の笑い声が聞こえ、通りは人々の声で満ちている。肉を焼く香りとパンを焼く香りが通り中に、貴婦人の歩みに沿って漂う香しい香水の香りが鼻をくすぐる。


馬蹄の音が互いの会話を邪魔して声をさらに大きく上げて話す人々の声が飛び交う通りで、その活気ある気配が全身に伝わってくるようだった。そうして街の関門を抜け、サリンに馬上槍試合で使うライヒの槍先飾りを作ってくれる武具店を紹介した後、レーベン自身もそこで事前に注文していたトネリコの木のランスを受け取り、当分滞在することにした宿屋へ行き、長旅で疲れた体を横たえた。


「ふううう……。疲れたな」


硬いベッドだったが、湿気の上がる森の寝袋より、川辺の岩の上よりずっと柔らかく感じられたので、すぐに体がだるくなり眠気が襲ってきた。





*****


翌日の遅い午後。まだ昼間なので閑散としたシャックル・ドーンの内部にレーベンが座っていた。ここに来る前に関門の守備隊にケインとリブの居場所を尋ね、二人のうち西の城門にいたケインに会い、シャックル・ドーンで会う約束をした後、ほどなく自分が立つことになる街の北西の広い場所に建てられた馬上槍試合場の様子を眺め、再び街の通りを横切り、港の停泊場をいっぱいにした船たちを見ながら歩いてきて、酒場内の最高の席を確保するついでに早めに座り、空腹を満たす食事と、これからもっとたくさんの酒が入る胃が驚かないようにビール二杯を注文しておいた。


「今日はニアが奢るのか?」


「お金ないだる、お金ないだる。リブが奢る!」


「何言ってるんだ。お前一日で冒険者ギルドから依頼をいくつも受けて稼いでるだろ」


「うわっ! リブはなんで俺の後を嗅ぎ回ってるんだる」


「いや、嗅ぎ回る必要もないよ。お前もう冒険者ギルドで有名なんだから?」


「お金ないだる。全部使っただる」


「ったく……」


シャックル・ドーンの外、路地に向かった開いた窓のせいか、聞き慣れた声がよりはっきりレーベンの耳に届いてくる。


口喧嘩をするニアとリブの声がレーベンの口元に笑みを浮かべさせた。


——ガチャン。ドン——


「久しぶりだる!」


ドアが開く音がして。最初にシャックル・ドーンの中に飛び込んできてレーベンに向かって挨拶したのはニアだった。


「お久しぶりだな、赤いドロコ ニア・カラゴン!」


レーベンが席から立ち上がり、近づいてくる一行を迎えた。


「お元気でしたか、騎士様?」


ニアの後ろから来たリブがレーベンに挨拶した。


「おかげさまで元気に帰ってきたよ」


「これ見てくれだる。新しく買った武器! ハーフ・スピア!」


ニアがレーベンが座っていた場所に飛びつきながら、腰に差していたハーフ・スピアを掲げて見せた。


——ガシャン——


「むへっ!」


レーベンが反応する間もなく前に倒れ、ニアの手から離れたハーフ・スピアの刃がレーベンの顔の横を通り過ぎ、後ろの壁に突き刺さった。


「うわあっ! 大丈夫ですか騎士様?」


「ニア……。お前、久しぶりに会った騎士様に……」


「ご、ごめんだる」


突然の事態に驚いた三人が固まっているレーベンの様子を気遣いながら近づいてきた。


「へへ……。大丈夫だよ。大丈夫」


一瞬亡くなったアラン卿がレーベンを迎えに来たように感じたが、固まっていた表情を素早く直して笑顔になり、手を振ってレーベンが挨拶した。


久しぶりの出会い。偶然の再会ほどではないが、心の通じ合う友の再会には笑い声があふれた。


「ヴェス・ディナスで会う君たちのために、ブクレの氷の葡萄酒を買ってきたぞ!」


——プシュン——


「飲んでみてくれ。通常の葡萄酒よりずっと甘い葡萄酒だ。この特別な味を言うなら……。一度味わったらまた欲しくなる、そんな魅力がある味なんだ」


「おお! ブクレの氷の葡萄酒だって!」


「いい香りだる」


酒瓶の栓を抜く軽やかな音がして、葡萄酒の瓶の中から漂う甘い葡萄の香りが席に着いている全員に広がった。


葡萄酒の瓶を傾けて全員の杯に注いだ後、意味深な微笑を浮かべたレーベンが小さな土器をテーブルに置いて言った。


「ところで……。一度味わったら……二度と忘れられない『ファルム』という万能調味料について……聞いたことはあるかい?」

お読みいただきありがとうございました。

今回作中に登場した調味料『ファルム』は、古代ローマで実際に愛用されていた発酵(はっこう)調味料『魚醤(ガルム)』をモデルにしています。


ガルムは魚の内臓や小魚を大量の塩とともに壺に入れ, 数ヶ月間日光に当てて発酵させて作る液体です。現代のナンプラーや日本の塩辛(しおから)に近いものだと言われています。

当時は『香水に次いで高価な液体』と称されるほど重宝され, あらゆる料理に旨味(うまみ)を加える万能調味料として欠かせない存在でした。


作中の描写のように独特の強烈な臭いがあったようですが, 当時の人々にとってはそれ以上に抗いがたい魅力的な味だったのかもしれません。

それでは, 次回もお楽しみに。

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