100話 サリン・オリド (2)
「ありがとうございます。あまりにも大きな贈り物をいただいてしまって……。どうしたらいいか困ってしまいます。はは……」
「そんなに高価な香辛料じゃないから、困る必要はないよ。旅の途中で、今日みたいにグリシュラが狩ってきたウズラやウサギの肉に合うと思って、余分にたくさん持っていたものを渡しただけさ」
「それでは遠慮なく使わせていただきます」
袋を受け取ったレーベンは立ち上がり、レスカの横に置かれた鞍の袋に向かって歩いていった。
「それと、これは子爵様にお渡ししたいのですが」
「トーナメントで使える技術ならいいんだがね」
「それよりもっと良いものですよ」
再び焚き火のそばに戻ってきたレーベンの手には、瓶の胴を繊維で編んだ網で包んだ、暗い色の長い瓶首と丸みを帯びた胴の酒瓶があった。
「ブクレの特産品、氷の葡萄酒です」
レーベンは座りながら瓶の口を塞いでいた栓を抜き、焚き火のそばに置かれた木の杯に葡萄酒を注いでサリンに差し出した。
「どうぞ召し上がってください。オリド子爵様。収穫期にも摘まずに冬まで放置して霜に当て、凍った葡萄を搾った果汁で作った葡萄酒なんです」
「はは。サリンと呼んでくれれば十分だ。それにこの葡萄酒は……かなり強い甘みだな。ブクレでこんな上等な氷の葡萄酒が作られているなんて、今まで知らなかったよ……。レーベン卿にまた一つ感謝しなければいけなくなったな」
サリンは口の中に広がった甘い葡萄酒の味わいをじっくりと楽しみながら、再びそばに近づいて空いた杯を注いでいるレーベンに感想を伝えた。
「他の葡萄酒に比べてずっと強い甘みが出るので、逆に探す人だけが探す葡萄酒なんです。私はこの甘みが口に合って、余裕があるときは何本か買って置いておくくらいですよ」
「私は甘い食べ物はあまり好んで探さないほうだが、卿が注いでくれるこの葡萄酒は気に入った」
杯が満たされるやいなや中身を一気に飲み干しながらサリンが言った。
「サリン様に気に入っていただけてよかったです」
「ところで……レーベン卿。ヴェス・ディナスのグランドトーナメントに参加すると言っていたね?」
「はい、サリン様。昨日お話しした通り、ティルト(仕切り垣)の向こう側で出会っても容赦しませんよ。ふはは!」
レーベンは気さくに大声で笑いながらサリンに言った。
「ふむ! それは私が望むところだから構わないが、試合で使うライヒ金属でできたランスの飾りについてよく知っているか?」
「ええ。馬上槍試合をする者なら誰でも知っていますよ」
サリンが尋ね、レーベンが答えたライヒ金属とは、馬上槍試合に使われる金属の名前である。試合の際、参加者がマナで槍を包んで強化するのを防ぐ機能と、ランスの先端に嵌めて先を鈍くし殺傷力を減らし、マナを乱す効果により、過度に強化されたランスが騎士の鎧や盾を貫通する事故を防いでくれる。
大陸のどこで開かれようと馬上槍試合には必ず必要な金属の名前であり、その柔らかい性質のために他の用途には使われず、主に馬上槍試合のランス先端の飾りに使われるため、ライヒという言葉自体が馬上槍の先端に装着する道具を意味するようにもなっていた。
「そうだ。そのライヒを……今日ここでなくしてしまって、どこで落としたのかまったく見当がつかなくて……困ったことになったよ、はは。もしヴェス・ディナスか、今ヴェス・ディナスに向かう道中にライヒを扱っているところを知っていたらと思って……だから君に聞いたんだが」
「ああ……そうですか。ヴェス・ディナスで長く知り合って取引している鍛冶屋があるんですが、そこではライヒを扱っています」
「ふう……それは助かったな。おかげで心配ばかりで重かった心の荷を少し下ろせそうだ。はははは」
レーベンから答えを聞いたサリンは安堵の長いため息を漏らし、嬉しそうな表情で笑った。
「ただ……一つ問題があるんです、サリン様」
少しためらっていたレーベンがようやく口を開いた。
「ん? どんな問題だ?」
「その……鍛冶屋の主人がなんです……。兜や鎧、そして馬上槍試合に使うランスまで、どれも丈夫にしっかり作る人なんですが。一つ欠点がありまして」
レーベンは顔をしかめて困った様子で言葉を続けた。
「つまりその……サリン様のような貴族の方々の目に留まるほどの繊細な細工はできない人でして、私の知る限り貴族の方々は馬上槍試合で美しく装飾されたライヒを、槍をぶつけるたびに毎回取り替えているのを見ましたので……」
「はは! なんだ、そんなことか。構わない。一度ぶつかればへこんで形もなくなってしまうライヒに、なぜそんなことをするのか私もいつも疑問に思っていた人間の一人だからね。それ以外に問題はないんだな?」
再び安堵の息を吐きながらサリンが言った。
「はい、ありません。ヴェス・ディナスに着きましたらその鍛冶屋にご案内します」
「ありがとう。今日は色々とレーベン卿、君に助けられたよ。お礼をもっとしたいんだが、何をしたらいいか……」
「ヴェス・ディナスに着くまで、子爵様のグリシュラにウズラを何羽か余分にいただけるなら嬉しいです」
「よし! 森にウサギがいればウサギもおまけで捕まえてやるよ。聞いたか? グリシュラ」
二人の会話が少し途切れたとき、森の木々と茂みの間を吹く風が焚き火の中にさらに一握りの小枝を運び込んだ。そしてより大きく燃え上がり赤い光を増した焚き火の炎が揺らめく。
冷たい幽霊蜘蛛の森で吹く不気味な風の中、二人の騎士の会話は続いた。
馬上槍試合でよく使う技術のこと、騎士になる前の生活、貴族の生活、小さな名前の騎士としての日々について。王国の最高の騎士グラン・トルドに剣を学んだという幸運の話。
暗い森の中の夜がさらに深くなっていく。
*****
「Kraa! Kraa!」
耳元をまとわりつき気分を不快にする声。錆びつき歯の欠けた古い剣を手に持った小柄なゴブリンが叫び、周囲にいる他のゴブリンたちに向かって怒り狂った神経質な声を上げている。
その声を聞いた平たい鼻と小さく鋭い牙を持つゴブリンが、持っていた粗末な弓の弦を引き、自分を含めた他の仲間ゴブリンたちが囲んで対峙している二人の人間騎士のうち、華やかな鎧を着た騎士を狙う。
——チッ——
力なく飛んだ矢が騎士の鎧に当たって跳ね返った。
「Kikyaaak!」
別のゴブリンが叫ぶ。ぼんやりとした黄色い瞳、長い間と埃が皮膚を覆って灰褐色に見えるゴブリンが古い手斧を持って騎士に駆け寄った。
一人ではできない勇気の突進。周囲に大勢の同族が自分について来ると信じて、騎士に向かって斧を振り上げた。
「Keeeeeek!」
斧を振り上げたゴブリンの首に鋭い剣の先が刺さった。そして首を刺した剣はそのまま滑るようにゴブリンの首を切り裂きながら通り過ぎ、小さなゴブリンの頭が力なく地面に落ちて転がった。
「Kwaaaa!」
仲間がやられたということは、それだけ騎士の意識がそちらに向いたことを知る狡猾なゴブリン。
旅人から奪った小さな短剣を持ったゴブリンと、柄を木の枝にくくりつけた斧を持ったゴブリン二匹が、騎士の背後を狙って飛びかかった。
「すまないなレーベン卿!」
飛びかかった二匹のうち短剣を持ったゴブリンの頭に剣を突き刺して地面に叩きつけ、もう一匹の粗悪な斧を持ったゴブリンの顔をガントレットで粉砕しながら打ち払ったサリンが叫んだ。
「次にまた子爵様と一緒に旅をすることになったら、絶対に子爵様に道案内は任せませんよ!」
倒れているゴブリンの胴体から剣を引き抜きながらレーベンが叫んだ。
サリンとレーベンが幽霊蜘蛛の森のどこかで何匹ものゴブリンに囲まれる前、二人の一日は穏やかに始まっていた。
身体を包んでいた布をゆっくりと剥ぎ取り起き上がり、大きな欠伸をしながら硬くなったパンにチーズの薄切りを載せて食べ、夜通し丸くなって寝ていたせいで固くなった身体をほぐしてから、再び道に出た。
そうしてレーベンとサリンは森の道を進んでいった。
道中、二台の荷馬車とそれを護衛する冒険者たちに出会い、平穏な旅路を願う挨拶を交わし、さらにしばらく道を進んでいたとき、サリンがレーベンに道を外れて森を横切り、もっと速く森を出ようと提案してきた。
自信たっぷりのオリド子爵の提案に拒否の余地などなかった。「まさかどんなに迷っても来た道を戻ることはないだろう」という考えでレーベンがサリンの提案を受け入れ、濃い茂みの影が広がる森へと向かった。
そしてそれほど時間が経たないうちに森のどこかでゴブリンたちの群れと出会い、今の状況に陥っていたのだった。
通りかかる旅人や商人を襲って得た背囊を背負い、自分に合わない服を着たゴブリンを見たサリンが迷わず飛び込み、レーベンがその後に続いて剣を抜き鞍から降りて駆け出した。
「こいつらを生き残らせておくと道を通る他の人たちを害するだろう! だから一匹たりとも逃がすんじゃないぞレーベン卿!」
地面に倒れたゴブリンが落とした短い剣を左手で拾い上げ、遠くで弓を構えていたゴブリンに向かって投げながらサリンが言った。
「頑張ってみますよ、サリン様」
自分と対峙していた二匹のゴブリンを素早く切り捨てながらレーベンが言った。
地面に倒れて死んでいるゴブリンが何体も、多数の数で抑えつけていた恐怖が残るゴブリンたちの間で目覚めようとしている。
すでに距離を取って後ずさりしていたゴブリンは勇ましい鳴き声とともに現れたレスカの後脚に頭を砕かれ、太い木に向かって吹き飛ばされ、遠くで弓を構えていた別のゴブリンには高い空から目で追うのも難しい速さでゴブリンの頭に向かって降りて攻撃するグリシュラまで加わり、ゴブリンたちとの戦いは偶然の奇襲に成功した森の中で迷ったサリンとその仲間たちの勝利が確実に見えた。
それほど時間が経たないうちにサリンとレーベンが対峙していたゴブリンたちは、一匹の生き残りもなく終わった。そして日が暮れる前に森を抜けるため、無礼を承知でレーベンがサリンに自分が先導して道案内をすると申し出た。
日が暮れ、闇が二人を追いかけてきていた。何度も森を通ったことのあるレーベンがレスカとともに茂みを掻き分け、道を先導した。途中で二度ほどサリンが「こっちの道じゃないか?」「あちらに行けばいいと思うよ」と意見を出したが、レスカが素早く大きくいなないてレーベンに良い口実を与え、素早く前方へ駆け出し森を切り開いていった。
おかげでレーベンとサリンの二人は、日が暮れて幽霊蜘蛛の森により濃い闇が訪れる前に、森から少し離れた小さな村に到着し、鎧と外套に付いたゴブリンの血を水で洗い流すことができた。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
次のお話も楽しんでいただければ幸いです。




