素直な気持ち
百奈さんの大音量の声は零先輩の耳にも届いたらしく、くすくすと笑いを堪えていた。
僕は恥ずかしくなりながらもとりあえず、今置かれた状況を一通り百奈さんに伝えた。
「そう、だったんだ…。大変な時にごめんね。でも、言わせて!無茶しすぎ!二佳ちんに心配かけちゃダメでしょ!」
「...はい、ごめんなさい」
「もう、本当に気を付けてよね…!俺も、二佳ちんにいくら連絡しても帰ってこないし、お兄さんも反応ないし、縁切られたのかなって超怖かったんだから…!」
「二佳、百奈さんに伝えてなかったんだ…」
「それだけ余裕がなかったってことでしょ。そうじゃなきゃ、真っ先に俺を頼ってくれてるって!っえ、そうだよね?お兄さんもそう思うよね?」
「あ、えっと…」
百奈さんを肯定してあげたいけど、結果的に二佳が最初に頼ったのは零先輩なんだよね...。
「何その間!怖いんだけど!」
「ま、まぁ、百奈さんの言うとおり、二佳に余裕がなかったんだと思う。僕が言うのもなんだけど...」
「だよね。...それで、二佳ちんは、どんな感じだった?」
百奈さんが声を落として、真剣な雰囲気で聞いてくる。
さっきまでの軽口ではなく、ちゃんと答えろって言うことだろう。
「まだ、ちょっとしか話せてない。けど…、避けられてるのは確実かな…」
「ま、そうなるよね…。二佳ちんにもいろいろと思うところがあるだろうし…。それで、お兄さんの方はこれからどうすんの?」
「どうって…、まずは二佳と話して…」
「そうじゃなくて、お兄さん自身の話。ぶっ倒れちゃうくらいいろいろと現状に焦ってたんでしょ?退院してもそれはどうにかなるものなの?」
「それは…」
「二佳ちんの堕落計画に乗ってニート道を突き進むのか、それとも…、二佳ちんの優しさを振り切ってでも前に進むのか。まずはお兄さんがそれを決めないと、二佳ちんとの話し合いもうまくいかないと思うよ?」
「...っ」
前に進む、百奈さんは寂しそうにその言葉を言った。
結局僕は、休んでいる間に二佳とちゃんと向き合うことはできなかった。嫌われるのが怖くて、学校の話題を出すことも避け、ただただ遊んでいただけだ。
二佳に癒されるだけ癒してもらって、元気になったから働くというのは、二佳に対してあまりに不誠実かもしれない。
でも、働かないと生きていけないんだ。
生活のため、そして、二佳の将来のためにも、やっぱり仕事はしないとダメだ。
僕はどうすればいい、どうしたら二佳を幸せにできるんだろう。
じっと黙ってしまった僕の肩に、零先輩の手が優しく乗せられる。
「……」
百奈さんとの会話が聞こえていたのか、はたまた僕が普通じゃないと思ったのか、どちらにせよ零先輩のおかげで、僕は少しだけ落ち着くことができた。
そして、素直な気持ちを言葉にしていく。
葛藤も迷いもある。それを受け入れた上で思ったこと全てを口に出していった。
「僕は、働きたい。少しでも現状を変えたい。でも、自分の心と身体が思うようにいかないから、今はまだ難しいと思う…。そ、それと、忙しくなる前にもっとちゃんと二佳と向き合いたい。嫌われたり、疎ましく思われたりするのはものすごく怖いけど、もっと、もっとちゃんと…」
そこで言葉が詰まる。
自分は二佳と向き合ったうえで何をしてあげたいのか。二佳に何をしてあげられるのか。二佳と話して、二佳を理解して、その先で僕は……。
二佳に対する愛情はあるんだ。だけど、具体的に自分の想いをうまく言葉で表せない。
次々と浮かんでくる言葉にあれでもない、これでもないと悩んで──
ようやくそれらしい言葉を見つけた。
家族だから、それをするのが当たり前だと思った。けど、家族だから気恥ずかったり、相手のことが見えすぎて逆にどうすればいいのかわからなかったりして、何度も空回りしてばかりだった。
けど、それでも、僕は──
「二佳に優しくしてあげたい」
着ている入院服の胸元をぎゅっと掴んだ。
どうすれば、うまく優しくできるのか。そこまではよくわかっていないけれど、それが今の僕の正直な気持ちだった。
僕がはっきりとそう言うと、百奈さんは真面目な雰囲気を崩して大きく笑った。
「あははは!それは俺も同じだよ!うん、でも今の返答でよーくわかったよ」
「僕がこれからどうするのか…?」
「違う!お兄さんも二佳ちんと同じで超絶不器用だってこと!」
そして、百奈さんはひとしきり笑った後、僕にこう言ってきた。
「さて、お兄さんの考えもよく分かったところで提案があるんだけどさ」
「な、なんでしょうか?」
「俺のバイト先で一緒に働いてみる気はない?」
「え…?」
それはあまりにも予想外な提案だった。




