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決断

百奈さんからバイトに誘われた僕は、一通り話を聞かせてもらった。


「とまぁ、そんな感じだから考えておいて」

「…わかりました。ありがとうございます」

「ああでも、一つだけ。決める時は絶対に二佳ちんに相談しないで一人で決めること」

「どうしてですか?」

「二佳ちんは優しすぎるからね。背中を押すにしても、引き留めるにしても、自分の責任を考えちゃうでしょ…」

「……っ」


百奈さんの言う通りだ。

バイトへ行ってまた僕が潰れるか、バイトへ行かないで今回みたいに勝手に僕が暴走するか、もし二佳に後押しされた先で僕に何かあったとき、二佳は真っ先に自分を責めてしまうかもしれない。

そうなるくらいなら、僕が勝手に決めたことにした方がいい。

…というか、堕落計画を僕に持ち掛けた後もずっと、そんな責任を二佳は背負い続けいたんじゃないだろうか。

だとしたら、今回倒れてしまったことが余計に申し訳なく思えてきた…。

百奈さんとの通話を切ると、すぐに零先輩から話しかけられた。


「さっきの人は?」

「二佳の友達です。僕もよく一緒にぷるるんファンタジーオンラインで遊んでいて…」

「いいな~」


零先輩はわざとらしく頬を膨らませた。


「今度一緒にやりますか?」

「うん!約束ね!…それと、その…盗み聞きみたいになっちゃって申し訳ないんだけれど…、一本君、バイト始めるの?」

「はい」


僕は零先輩に即答した。

二佳に相談せずに決めるというのであれば、僕の中で既に答えは出ていた。


「その、大丈夫なの?」

「それは…、わかりません。でも、百奈さんが必ず一緒のシフトに入ると言ってくれてましたし、出勤も最初は週一くらいでもいいように頼んであるって言っていたので…」

「既に頼んであるっていうことは…」

「はい、元々、僕をバイトに誘おうと裏でいろいろと動いてくれてたみたいです」

「…そう、ふふ」

「あの、何か?」

「いえ、そこまでしてくれるなら、二佳さんのお友達というか、既に一本君のお友達でもあるんじゃないかと思って」

「あ…」


元々、二佳の友達という所からスタートしていたからそういう認識でいたけれど、そう言われると、そんな気も…。

いや、やっぱりあんまり実感はないな。

二佳のことが好きだから、その家族である僕のことも大事に思ってくれているというような感覚の方が近い気がする。

とはいえ、あえて否定的なことを言うつもりもないので零先輩には「そうかもしれないですね」と答えておいた。

その後も軽く話をしていると、二佳が戻ってきた。

話を中断し、零先輩と一緒に視線を向ける。


「…トイレはすぐ終わったんだけど、み、道に迷ってた。病院って大きくて大変」

「そう、だったんだ。二佳が無事に戻ってこれてよかったよ」

「…うん、トイレは早く終わったんだけど」


…たぶん、僕と会うのが気まずくて戻れなかったんだと思うけど、決してうんこが長引いたとも思われたくない、という、そんな二佳の強い意志を感じ取った。

感じ取ったからと言ってそれを口にすることは絶対にないけれど。これ以上、二佳に嫌われたくはないからね。


「それじゃあ、私はそろそろ行くわね」

「あ、はい」


二佳と二人の時間をとれるように気を遣ってくれたんだろう。

零先輩はカバンをもって立ち上がった。

もう一度改めてお礼を言っておこうと声をかけようとすると、僕に先んじて二佳が零先輩に話しかけた。


「…あ、あの」

「ん?どうかした?」


二佳が、他人に話しかけるなんて…。

身体を小刻みに揺らしながらも、二佳はじっと言葉を貯める。

その間、零先輩は優しく待ってくれている。

1日ずっと一緒にいただけあって、二佳の人見知り度合への理解は進んでいるようだった。


「…ありがとう、ございました」


やっと紡ぎだした言葉はシンプルだけど、想いが籠もったものだった。


「「きゅんっ」」


余りの破壊力に零先輩とトキメキの合唱をしてしまう。

ぐーたらを自称しながらもこういう礼儀正しいところは本当に自慢の妹なんです。

っと、二佳に見惚れている場合ではない。僕からもお礼を言わなければ。


「僕からも言わせてください。二佳に付き添ってくれたこと、病室の手配のこと、それとそのさっきの電話中も…、本当にありがとうございました!また、お礼は近いうちにさせてください」

「…はぁ、二人とも尊すぎて溶けそう」

「はい?」

「ご、ごほん!なんでもない。えっとそういうことなら、元気になった後に快復祝いのパーティーでもするのはどう?その時は一緒にぷるるんファンタジーオンラインもやりましょ。準備しておくから」

「わかりました。美味しい料理を作って待ってます!」

「二佳ちゃんも一緒に遊んでくれる?」

「…うん」

「よかった。それじゃあまたね」


零先輩は、身体を愉快に揺らしながら上機嫌に去っていった。


「……」

「……」


取り残された僕と二佳の間で沈黙が流れる。

僕としても何から話せばいいのかわからず迷ってしまっていた。

バイトのこと、お家のこと、謝罪、感謝、言いたいこと、言うべきことは山ほどある。

どの順番で話すのが正解なのかわからない。

考えた末に、さっきまで考えていたバイトのことを真っ先に伝えたいという感情を優先した。

伝えた後の二佳の反応が気になって仕方がなかったからだ。


「あの、二佳」

「…なに?」

「退院してしばらく休んだらさ、百奈さんの所でバイトしようと思ってるんだ」

「…え?…百奈に誘われたってこと?」

「うん。まだ正社員を狙った就活は難しいから、リハビリ?としてどうかって。僕としてもこれ以上何もしないでいるのはたぶん、難しいから」

「……わかった」


特に質問をされるわけでも、引き留められるわけでもなく二佳はそう言って頷いた。

その対応に不安にさせられる。

どこか壁があるというか、ぎこちなさに我慢ならなくて。


「ごめん…」

「……っ」


言い訳のような謝罪をした。


それからは、治療費のこととか、家のこととか、必要事項を話した。

一番の心配はここから二佳が家まで一人で帰らなくてはいけないことだったけど、零先輩が二佳を気遣って時間指定のタクシーまで手配してくれていたらしい。

本当に何から何まであの人には頭があがらない。

そして、翌日。

診察でも問題がなかった僕は無事に退院し、二日ぶりに我が家に帰ってくることができた。

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