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病室での目覚め

……白い、天井。

身体が重くて起き上がれない。

ここは、どこだ?


「あ、一本さん。目が覚めたんですね。今お医者さんを呼んできますから」


端目で看護師さんの姿を捉えた。

どうやらここは病院らしい。

…そうか、部屋の中で倒れて。

あの後、僕はどうなったのだろうか。二佳は大丈夫だろうか…?

ものすごく心配だけど、身体がうまく動かせないし、自分のスマホが近くに見当たらず連絡をとることは出来そうになかった。

少しして医者がやってきて診察をされる。

僕は過労のせいで倒れたのだと聞かされた。働いていないのに過労とは意味が分からないけれど、ちゃんと寝ていなかったのと、仕事を辞めてストレスが溜まっていたのが原因だろうと言われた。

言われてみれば、今の僕の頭の中はとてもスッキリしているように感じる。お医者さん曰く、丸一日眠っていたそうだから、そのおかげだろう。

知らず知らずのうちに無理をしてしまっていたのかもしれない。というか、倒れたのだからそうなのだろう。

…二佳になんて言われるか。

倒れる前に喧嘩のようになってしまったことを思い出して、大きなため息が漏れた。

仲直り、できるといいな。また避けられるような事態にだけは絶対にしたくない…。

しばらくして、二佳となぜかスーツ姿の零先輩も一緒にやって来た。


「よかった。とりあえずは無事…なんだよね?」

「あ、はい!おかげさまで…?」


どうして零先輩がいるのか気になるけれど、それよりもまず二佳との会話を優先し、無難な返答にとどめた。


「二佳。その…、心配かけちゃってごめんね…」


うまく二佳の顔を見れず、声を出すのが精一杯になってしまった。

せっかく二佳が僕を心配していろいろと気を回してくれたのに。僕はそんな二佳を裏切ってしまった…。二佳にどう思われているのか怖くて、見限られたんじゃないかと思うと上手く喋れない。


「…うん。にいも、目が覚めて、よかった」


少し、よそよそしい態度に不安な気持ちがせりあがってくる。

とにかく謝らないとと思って、謝罪の言葉ばかりが溢れてきた。


「本当にごめん…。ごめんね…。それと、助けてくれてありがとう。二佳が病院に連絡をしてくれたんだよね」

「…っ。トイレ、行ってくる」

「あ」


二佳は一言いうと、病室からいなくなってしまった。


「…嫌われちゃった、かな」

「大丈夫、それだけは絶対にないと思うよ」


思わず漏れてしまった僕の言葉に、零先輩が優しくそう励ましてくれた。

正直、二佳のことが気になり過ぎてずっと落ち込んでいたい気分だったけれど、零先輩を放置するわけにもいかない。

僕は表情を取り繕いつつも零先輩と向き合った。


「…あの、零先輩もご心配おかけしました。けど、どうして…?」


いろいろな疑問をひとまとめにしてそう尋ねると、零先輩は僕のことを気遣ってか、子供に言い聞かせるようなゆっくりとした口調で答えてくれた。


「二佳ちゃんから急に一本君が倒れたから助けてって連絡が来たの。とりあえず、すぐに救急車を呼ぶように言って…、それから私も付き添いで、ね?」

「え、それじゃあ、もしかして…、僕が倒れた昨日から帰ってないんですか…?」

「二佳ちゃんのことも心配だったし…、それに一本君が倒れたなんて聞いたら仕事なんてしてられないじゃない?」


零先輩がスーツ姿なのは、僕が起きたタイミングに合わせて仕事を抜け出してきてくれたからだと思っていた。

けど、まさか昨日からずっと僕や、二佳に付き添ってくれていたなんて…。


「…ありがとうございます」

「や、やめてよ…!頭上げて…?ね?」

「でも…」

「もう、いい加減にしないと、頭撫でちゃうよ?…それとも撫でてほしいのかな?」

「え、え…?」


零先輩にからかわれて、パッと頭を上げた。

さすがにそれは恥ずかしい…。


「…もう、遅いよ」

「え」


零先輩は僕の方へ一歩近づいてきて、僕の頭を優しく撫でる。

驚いて固まる僕の髪の上を柔らかい零先輩の手が何度も触れた。


「…ねえ、一本君が入社してすぐのころ、私が口を酸っぱくして言っていたこと覚えてる?」

「一人で抱え込まないこと、ですか?」

「…そう、あの時は仕事のことを指して言っていたけれど、今度は友人の立場から言わせて。一人で、抱え込まないで…」


最後の言葉は、少し怒っているようにも、懇願しているようにも聞こえた。

零先輩の想いがしっかり伝わってきて、僕は頭を下げたまま口を開いた。


「…本当にご心配をおかけしてすみませんでした」

「それは、二佳ちゃんにこそ言ってあげて。それと、さっきの言葉は別に私に頼ってっていうだけの意味じゃないからね?二佳ちゃんにもちゃんと甘えてあげてっていう意味でもあるんだから」

「十分、甘えさせてもらってるんですけどね…。こんなダメダメな兄に構ってくれる妹なんてなかなかいないですよ」

「一本君はもっと自信を持つべきだと思うな。私が何時間も君の良さを語ってあげれば少しはマシになったりする?」

「そんなに語れるほどないでしょう」

「ふ~ん。じゃあ、今度、絶対にキモがらないって約束してくれるなら実践してあげようか?」


零先輩が本気の目をしていたので、丁重にお断りしておいた。

たぶん冗談だろうけれど、なんか怖かったので…。

ついでに、永遠に続きそうだったなでなで攻撃からもさりげなく脱出した。


「…そう、残念。って、そうだった。一本君の家からスマホとか着替えとかいろいろ持ってきたの忘れた。これ先に渡しちゃうね」

「あ、ありがとうございます」

「…また頭下げてる。もしかして、また撫でてほしいの?」

「違いますよ…!」


気付けば零先輩のペースに巻き込まれていて、自然と心が上向きになっていた。

二佳とはちゃんと話して謝らないといけないだろうけど、焦って余計なことを言ってさらに溝が深まるのも怖い。

だから、こうして少しでも心を落ち着かせることが出来たのは救いだった。


零先輩から渡されたカバンの中からスマホを取り出し、ひとまず電源を入れてみる。

直後、大きな着信音が病院内に響いた。


「わ、すみません…!」


反射的に相手の確認せずに僕は電話を切断した。


「ここは個室だし、あんまり気にしないでいいんじゃないかな」

「…あ、そういえば」


病院に来る機会なんて両親が事故に遭ったと聞いた直後くらいだった。

だからなかなか気づけなかったけれど、今僕がいる病室って実は結構すごくいい所なんじゃ…。


「ここっていくらくらいなんでしょうか…」


ただでさえ貯金だけで生活している今、急な出費はかなりの痛手だ。

自分が倒れたことや、二佳のことで頭がいっぱいだったけれど、今度は目の前のお金の問題で頭を悩ませることになった。


「ああ、それは大丈夫。ここはお父さんがやっている病院だし、支払いは任せて」

「…いや、そういうわけには」

「ダメ、絶対。これだけは絶対に譲れない。推…、一本君のためにお金を使える機会は貴重なんだから」

「…ありがとう、ございます。でも、いつか必ず返しますから。その…、お金以外の形でも」


今回は特に零先輩にはお世話になりっぱなしだ。

ただお金だけじゃなくて、お礼の言葉とか、プレゼントとかできるだけ恩返しをしようと思った。


「…なんか、えっち……」

「えぇ?」


零先輩が顔を赤くして突拍子もないことを言っていたその時。

再び着信音が鳴り響いた。

しまった。あの時、マナーモードに切り替えておくのを忘れていた。


「…すみません」


慌ててまた切ろうとしたら、零先輩から声がかかった。


「待って。今度はちゃんと出てあげたら?丸一日倒れていたわけだし、一本くんを心配してくれている人からの連絡かもしれないでしょ?」

「え?でもそんな人、二佳以外に…」


そう疑問に思いながらもスマホに表示されている名前を見て、納得がいった。


「百奈さん…」


そういえば、いつもならこれくらいの時間は百奈さんと二佳と一緒にゲームをしている時間だ。

慌てて電話を取ると、大きな声がスピーカー越しに聞こえてくる。


「もしもし!?…二佳ちんは無事なの!?俺、嫌われてないよね!?」


どうやら百奈さんは、僕ではなく、二佳を心配して電話をかけてきたらしい。

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