ハイなお兄ちゃん
零先輩が家に来てから数日。あれから眠れない日々が続いていた。
しかし、以前のようにそれを辛いこととは思わない。むしろ眠くならなくて助かっているとさえ感じていた。
零先輩にものすごく気にかけてもらっていた事がわかった今、僕は全てのやる気に満ち溢れている。
あの時言った、今は幸せという言葉を嘘にしないためにも、何事にも全力で取り組みたい。
そして活力にあふれている今のうちに、就活も含めていろいろなことを解決できたらいいなと思っている。
早くちゃんと立ち直って、零先輩も、二佳も安心させてあげられるように。
「…おぁよぅ」
「おはよう、二佳」
キッチンで朝ご飯(世間的にはお昼)を作っていると、二佳が瞼をこすりながら部屋から降りてきた。
「…にい、また早起きしている」
「早くはないと思うけど…。あ、昨日二佳が言っていたぷるイン(ぷるるんファンタジーオンライン)の装備の素材集めもしておいたよ。これで次のダンジョンに進めるようになるんだよね?」
「…え、集めておいたって。あれを一人でやると何時間もかかると思うんだけど…。にい、いつから起きてたの…?というかちゃんと寝たの…?」
二佳から、ジトッとした目で睨まれる。
「げ、元気があり余っちゃってさ、あはは…。それよりご飯にしようか」
このまま話を続けるのは不利だと悟り、僕は出来たばかりの朝食をテーブルに運ぶ。
皿の上に乗っているフレンチトーストは自慢の一品だ。
3時間ほど食パンを卵をしみこませ、焼き方も工夫してスフレ風に仕上げている。
最近はネットでレシピを調べて、手の込んだ料理をするなんてことは気力が足りなくて全然できていなかったけれど、やる気に満ちた今の僕なら普通に楽しみながら料理をすることができた。
「すごい…、ふわふわしてる…」
「冷めないうちに食べよっか。いただきます」
「……おいしい」
「よかった!それなら頑張って作った甲斐があったよ」
「……頑張る?」
ぴきっと何かの地雷を踏んだ音がした。
「…ぐーたらの心得で頑張るのは禁止って言ったよね?」
「い、今のは言葉の綾というか…」
「…でもこれ、すごく手がこんでるでしょ…。美味しいのは嬉しいけれど、にいには頑張ってほしくない…」
「違うんだよ。二佳に褒めてほしくてこう、つい頑張りましたアピールしちゃっただけというか。本当に全然楽しくできたから!」
慌てて否定するけれど、二佳からはどうも信用されていない気がする。
二佳の疑いのまなざしは心にずしんとくるので、僕は少しでも二佳の機嫌をとるために必死になった。
「それより二佳、何か僕にしてほしいこととかないかな?僕も前よりは元気になったし、遠慮してることとかない?」
もとはと言えば、二佳の僕を堕落させるという計画に乗ったのも、長らく引きこもりだった二佳と向き合うためだった。
僕が不甲斐ないせいで気を遣わせてばかりだったけれど、今なら少しは力になれることがあるんじゃないだろうか。
「…別にない」
「そうか…。…あ、勉強をみるとかはどうかな?二佳がちゃんと勉強を進めているのは知ってるけど、わからない所とかない?」
「…そういうのは百奈に聞いてるから」
「そっか…」
気力が満ちている今、少しでも二佳の役に立つことがしたかったのだけれど、お願いしたいことがないと言われたら仕方がない。
もしもここで二佳が、進学先の相談や、転校したいという申し出があれば全力で取り組むつもりだった。
けど、二佳の方から話題に出さないなら今、僕から話すことはしない。
二佳が話さなかったということは、二佳の中で考えていることがあるか、僕はまだ二佳から信頼を得られていないということだ。
いずれにせよ、将来の話については二佳に頼れる兄であることを示してから話し合うつもりだった。
それからは、昨日進めたゲームシナリオの感想などを話して食事を終えた。
僕は下げたお皿を洗い、そんな僕のことを二佳はじっと見つめてきた。
「…二佳?どうかした?」
「別に…」
もしかして、まだ僕の頑張った発言に怒っているんだろうか。
居心地の悪さを感じながらも僕は皿洗いを進めていく。
「そうだ、この後は僕、買い物に行ってくるね。今日こそぷるるんクエストをやるっていう約束だったけれど、それは帰ってきた後でもいいかな?」
「…私も行く」
「え?いや、でも…、今日はちょっと遠くのスーパーまで行ってくるから」
「…大丈夫、行く」
「…わかった。それじゃあ一緒に行こうか」
頑なに行くと言い張る二佳に、僕の方が降参した。
本当はついでにハローワークへ行ってみようと思ったけれど、仕方がない。
…やる気が満ちている今のうちに就活の方も進めてしまおうと思ったのだけれど、そっちはなかなかうまくいっていなかった。
就活サイトへの登録をしようとすると、相変わらず吐きそうになるし、二佳が寝ている間に外へ出かけようとも思ったけれど、ハローワークへ行こうと思って玄関へ行くと、途端に身体が重くなってダメだった。
だから、買い物のついでに行くくらいなら、と思ったのだけれど、それも二佳に阻止されてしまった。
仕事を辞めた直後の、どれだけ頑張ろうと思っても料理も食事も何かもやる気が出てこなかった時期を知っているから今のうちに就活も進めたかったのだけれど、思うようにはいかない。
だからせめて、二佳のこと、家のことは頑張ろうと思った。
零先輩にも、二佳にも、そして自分自身にも、誇れる自分であるために。
※Nika※
にいとの買い物から帰った後。
にいに、ぷるるんクエストを教える前に、もともと予定していた百奈との次回作の打ち合わせに参加していた。
しかし、今の私には次回作のことよりも優先して話したいことがあった。
「おっす~、二佳ちん!それじゃあ早速次のえちえちASMR作品について話そうじゃないか!」
「…ごめん、その前ににいのことで相談させてほしい」
「もちろん!けど、お兄さんになんかあったん?」
「…にいが、お家でも社畜になろうとしてるの!」
「えっと……。どゆこと?」
私の非常事態を訴える言葉に、百奈は困惑した声を上げた。




