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相底零

※Rei※


一喜一憂しながら、私と一本君とのガチャタイムはしばらく続き、ついに石が尽きてしまう。


「お、終わりました…。全部の石を使い終わりましたよ…」

「残念…。でも、ガチャを引いたことで手に入った大量の素材とガチャチケットをショップで交換すれば、もっとガチャを引くことも…」

「そ。それは次回にとっておきましょう!もう完凸したじゃないですか!」

「ふふ、そうね」


一本君の反応はいつも全力だから、ついからかいたくなってしまう。

それに、先輩と後輩として働いていたときと比べて、今の一本君は素に近い姿を見せてくれるものだから嬉しい気持ちもあった。

この時間がもっと続いてほしいと思うけれど、ガチャ石が尽きて、再び沈黙の時間が訪れてしまった。


「……あ、お茶のお替わり持ってきますね」

「…ええ、ありがとう」


ガチャをしている間はほぐれていた彼の緊張がまた戻ってきてしまった。

やっぱり、前の会社の話題や辞めた理由なんかを聞かれるのが怖くて構えてしまっているのかもしれない。

絶対にそんな話題を出すつもりはないけれど、警戒されて当然だ。

私は、そんな彼の想いを汲み取ったうえで、それでも家におしかけてしまった。家から出てきて、どこかへ行く予定があったとわかっていたのに、ずうずうしくも家に招かれることを選んだのだ。

どうしても、彼と話がしたかったから。


「えっと…、あ、そういえば、ワンドレッド・ニャンターンなんですけど、実は最近、別のゲームでも見かけたんですよ」

「それって、ぷるるんファンタジーオンラインのこと?」

「はい、そうです!妹の友達に進められて、最近は妹とも一緒にやってるんです」

「それは素敵ね…。ずっと気になっていたのだけれど、前にガチャ資金が足りないときにPCを売っちゃったからまだプレイできてないの…」

「PC売っちゃったんですね…零先輩の私生活がもっと心配になってきました…」


相変わらず、一本君はとても優しい。

自分の話だけじゃなくて、私の好きな推しキャラの話題を出してくれるなんて…。

けど、私が推し語りを始めてしまったら典型的な早口自分語りオタクになってしまう。

だから、ここはぐっと堪えて、年上のお姉さんとして余裕の笑みで返した。

けれど、この話題が続けば自分を抑えられる自信がなかったので、私は慌てて別の話題を探した。

そして、以前、一本君から妹に避けられていると聞いていたことを思い出す。

何があったのかはわからないけれど、今では一緒にゲームをするし、妹さんも兄を心配して盗み聞きをしてくるくらいには仲が深まっていた。

さっきは、私の好きな話題を提供してくれたし、今度は私から一本君の好きな妹についての話題を出そうと思って口を開いた。


「そういえば、妹さんとまた話せるようになったのね」

「はい、そうなんです!」


顔を輝かせながら即答してくる一本君を横目に、私はちらりとキッチンの裏を見た。

彼女がいる時に話題に出すべきじゃなかったかもしれないけど、他に話題が見つからなかったの!ごめんね!深いことは聞かないから!

私は心の中で二佳ちゃんに謝りながら、自然を装って会話を続ける。


「ふふ、よかったわね」

「はい、そうなんです!そうなんです!実は僕が仕事を辞めた後にいろいろとありまして…」


それから一本君は、自分が仕事を辞めた後に起きた二佳ちゃんとのいろいろなエピソードを紹介してくれた。

ふふ、私が推し語りを我慢したら、今度は一本君の推し(妹)語りが始まってしまった。

楽しそうに語る一本君の顔を見て、私まで嬉しくなってくる。

…本当に、妹さんとまた仲良くなれたみたいでよかった。


昨日の夜、駅前で営業部の人たちの前で見せた一本君の表情はひどいものだった。

彼の表情を見たとき、一本君が会社を辞めてしまってからずっと抱えてきた、後悔や悔しさがあふれてきて、しばらく動けなくなってしまったほどだ。

そして、その気持ちは今もずっと続いている。だから仕事も休んで、落とし物を届けることを口実に一時間おきにインターホンを鳴らすようなストーカーじみた真似までしてしまった。

それだけ一本君のことが心配だったから。

けど、彼からは昨日のことを引きずっているようには見えなかった。きっと、二佳ちゃんが一本君のことを励ましてくれたおかげだろう。

二佳ちゃんとのノック会話を通して、二佳ちゃんもまた、一本君のことを大事に思ってくれているのもわかった。

だからもう安心だ。

私がいくら心配したところで、私にできることはもう何もない。


「っと、すみません!つい長々としゃべってしまって…」

「いえ、面白い話が聞けて嬉しかったわ」


私はちらりとキッチン裏に目を向ける。

私は二人の話を聞いてほっこりしただけだけれど、二佳ちゃんは今頃顔を真っ赤にしている頃だろうな…。

話の切れ目に、私と一本君は同時にお茶を飲もうとコップを持ち上げた。

しかし、私の方の中身はいつの間にか空っぽになっていた。


「あ…、お茶のお替わりいりますか?」

「……っ」


いえ、もう大丈夫。私はそろそろ帰るわね。今日は楽しかったわ。ありがとう。



そう言って帰ろうとしたけれど、喉の奥で言葉が詰まって出てこなかった。


「…………」


私は、一本君が辛い思いをして辞めた会社の先輩だ。私の存在が、嫌な記憶を呼び起こしてしまうかもしれない。

だから、用が済んだのなら、長くいるべきじゃない。

…それなのに、私はコップを握りしめて俯いたまま黙っていることしかできなかった。


「零先輩…?」


…どうして帰ると一言、言えないんだろう。

こんなにも彼と離れたくないと思ってしまうのだろう。

一本君との別れを意識した途端、自分の身体と感情のコントロールが一切きかなくなってしまった。

けれど、このまま黙って居座るわけにもいかない。

どうにか言葉をひねり出そうとして、つい口からこぼれ出てきたのは――


「ごめんなさい……」


謝罪の言葉だった。


「え?」


それは、黙って俯いたままでいることへの謝罪か。

それとも、彼を助けてあげられなかったことに対する謝罪か。

部署が違ったとはいえ、私がもっとちゃんとしていれば、力になってあげることはできたと思う。

けれど、私は何もできなかった。しなかった…!


「あ、えっと…、よくわからないですけど…。零先輩、すみませんでした…!」


私が悲しい顔をしてしまったせいだろうか。

なぜか、一本君に謝罪をさせてしまった。


「どうして、君が謝るの…?」

「その…、零先輩には、要領の悪い僕に丁寧に仕事を教えてもらったのに、何も言わずに会社を辞めてしまったから、怒っているんじゃないかと思って…」

「どうしてッ……!謝るの……!?」

「零先輩……?」


こんなにいい子を、どうして私は”先輩”として守ってあげられなかったの!?

今更、彼に対して謝っても仕方がない。そう思って心に蓋をしていた罪悪感や、悔しさ、後悔が一気に涙と言葉になってあふれ出した。


「一本君は何も悪くないの!あなたを守ってあげられなかった私が不甲斐なかったから…!…ごめん、なさい、もう遅いってわかってるけど…。本当に、ごめんなさい…」


ぼろぼろとこぼれる涙がスカートの上に落ちてくる。

言いたいこと、謝りたいこと、感謝したいこともたくさんあるけれど、それ以上は言葉にならなかった。できなかった。

私がぎゅっとコップを掴んでて涙を流していると、一本君が慌ててる様子が目に入った。


「あ、えっと、その……」


どうにか言葉をひねり出そうとして言葉になりきらないいくつもの音が漏れる。

そして、意を決したように口を大きく開いて一本君は言った。


「だ、大丈夫ですよ!!僕は今とっても楽しいですから!!」

「でも……」

「確かに、仕事を辞めて収入はなくなっちゃいましたけれど、妹とまた仲良くなれて、妹の友達とも話せて、これまで触れてこなかった新しいものにたくさん触れて…。将来のことはわからないですけど、今はとても幸せなんです。だから、大丈夫です!」

「本当に…?」

「はい!それと、僕は零先輩に守ってもらえなかったなんて思ってませんよ。あ、そもそも期待していなかったとかそういう意味ではなくてですね…。その…、零先輩と過ごした会社での楽しい経験があったからずっと頑張ってこれたと思ってるんです。入社直後の教育係が零先輩じゃなかったら、僕は半年も立たずに辞めていたかもしれませんし、異動後も1か月も持たなかったと思います」


そこで、一本君は言葉を区切り、私に丁寧にお辞儀をしてきた。


「謝罪より先に、こう言うべきでしたよね。入社直後も、そして今も、僕のことをたくさん気遣ってくれて、本当にありがとうございました!」

「うぅぅぅ……、あああああぁぁぁぁ!!!もっと泣かせてどうするのよぉぉぉ!!」

「えぇ!?」


一生懸命に私に届けようとしてくれた彼の気持ちが、優しさが痛いほど伝わってきた。

それがとても嬉しくて、後悔も罪悪感も、誠実でまっすぐな一本君に対する『好き』の感情で洗い流されていく。

これほどまでに相手のことを想うこの感情を私はよく知っている。

ああ、そうか。そうだったんだ。この感情は間違いない……。

”推し”への愛だ!

どうして気付かなかったんだろう。私はずっと前から一本君を”推し”ていたんだ。


自分の気持ちに気付いた瞬間、このまま別れることがどうしても嫌になった。

推しは推せるときに推せ。という言葉がある。

そして私はすでに一度、一本君を失う悲しさを知っている。だから、もう二度と遠慮はしないと決めた。

私はプライドも恥じらいもかなぐり捨てて一本君を推すと誓う。

彼のためならいくらでもお金も時間も気持ちも捧げてもいい。

この謙虚で、優しくて、まっすぐで真面目な彼のことを、私は思い切り優しくしたい。


「一本君!」

「はい!?」


俯いていた顔を上げ、私は赤くはらした目をまっすぐに一本君へ向ける。


「連絡先を交換しましょう!今度PCも買うから、一緒にゲームしましょ!ガチャもまた回してほしい!また話したい!遊びたい!会いたいの!!」

「も、もちろんです!僕も嬉しいです!」


一本君は私の勢いに驚きはしたが、決して嫌な顔一つせず笑って受け入れてくれた。

あぁ、よかった…。

私の勇気の告白が成功し、全身の力が抜け落ちる。

私はタコのようにべた~と机につっぷし、一本君を見つめながら言葉をつづけた。


「もし、困ったことがあったら何でも言ってね。絶対に力になるから」

「ありがとうございます。零先輩も何かあれば言ってください!」

「ええ…」


そして、ようやく私が動けるようになった後、長々とお世話になった一本君の家から離れることにした。


「あの…、本当にお邪魔しました…。うるさくしてごめんなさいね」

「いえ、僕の方こそ……。それでは、また」

「ふふ、ええ。また!」


一本君の玄関のドアを出た後、私は軽くスキップしながら駅まで向かった。

頭の中は一本君でいっぱいだ。

ここ最近、彼のことを考える時は暗い感情とセットだったけれど、彼のことが推しだと気づいた今となっては、明るい感情で心が満たされる。

一本君になにをしてあげられるだろう。どんなことをして遊べば彼にも楽しんでもらえるだろうか。

頭の中でこれからの予定を立てているとあっという間に駅に到着する。

いろいろ考えたけれど、まずはPCを買い直さないとね。

家に帰ったら売れるものがまだ残っていないか確かめないと!

そんな考え事をしながら、改札にスマホをかざして通ろうとしたその時。

ブーッ!と、開閉扉が私を拒んだ。


「え?」


改札に残高不足と表示されていたので、スマホを操作して入金をしようとする。

しかし、何度試しても失敗してしまった。


「あ、クレカ上限…」


一本君に久々にガチャを回してもらえると思った私は、張り切って上限ぎりぎりまで課金してしまったことを思い出す。

慌てて財布を確認するも、現金は247円しか入っていなかった。

……歩いて帰ろう。

実家に連絡する手段もあるけれど、課金のことはバレたくない。

一本君に頼るというのは最初から選択肢にはないので、徒歩以外に取れる手段はなかった。

駅から道路へ出ると、黒塗りの高級車が通りかかった。


「あら?そこにいるのは、零お姉さまじゃありませんの?このような所でどうしまして?」

「あ、十愛とあちゃん!」


十愛ちゃんは、中高大一貫の女子校時代からの幼馴染だ。

同い年なのに、ずっとお姉さまと呼んで慕ってくれている。


「どこか用があるなら送って行きましょうか?久しぶりにお姉さまとお話ししたいですし。いいですわよね?馬上ばじょう?」

「もちろんです。お嬢様」

「それじゃあ、お言葉に甘えてもいいかな?」


そして、私は車に乗せてもらい、家まで送って行ってもらうことになった。

…本当に、私はガチャ以外の運はとてもいい。

こうして徒歩で帰らなくて済んだことはもちろん。

一本君という推しと出会えたことも、とても幸運なことに思えた。

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