秘密のノック会話
「ねえ、せっかくだし一本君が戻ってくるまでお話ししない?私が質問して、二佳ちゃんははいなら、一回ノック、いいえなら二回ノックするの。どうかな?」
にいがなかなか戻ってこなかったこともあり、零さんの方からそんな提案をされた。
…ノックだけで会話って、そんなの…。
スパイみたいでかっこいいじゃん…。
普段の私なら例えノックだけとはいえ、初対面の人と話すのなんて即刻断っていた。
けれど、キッチンに隠してくれた恩もあるし…と思って、ぎりぎりで気持ちの天秤が傾いた結果、私はコンと一度だけノックした。ゲーム感覚でちょっと楽しそうだったし。
「やった!じゃあ、まずはどんなことから質問しようかな。最初は基本的なことがいいだろうから…。そうだ!二佳ちゃんの年齢を教えてください!」
…は?
はい、か、いいえで答えられる質問じゃないの!?
まさかの裏切り!?声を上げて答えろってこと?
それは無理!絶対に無理!そんな契約はしていない!
私は抗議の意味を込めて、連続でノックしようとして気付く。
…ああ、なるほど。その手があったか。
答えがひらめいた私の心は焦燥から一転、余裕が生まれる。
やれやれ、私にとんちを求めてくるとは予想外だったよ。答えがひらめいたから別にいいけどね。ふふん。
そして、私は優雅な手つきで自分の年齢と同じ回数をノックするのだった。
「なるほど、13回ノックされたから13歳なんだね。というかごめんね!はいか、いいえで答えられない質問しちゃって。間違えちゃった」
え、わざとじゃなかったの!?
…ま、まぁ、私が機転を聞かして零さんのミスをカバーしてあげたからいいけどね。
「じゃあ、次は…。ふふ、これは聞くまでもないことかもしれないけど、お兄ちゃんのことは好き?」
当然、はいだよね?と言わんばかりに声を弾ませて質問してくるこの相手に、私はあえてノーを突きつけたくなる衝動に駆られる。
好きか嫌いかで答えるなら間違いなく好きだけれど、素直に答えるのはなんだか癪だ。
盗み危機がバレそうなところを助けてもらったことには感謝しているけれど、どうにもさっきからこの人に転がされすぎている気がする。
言われた通りにキッチン裏に隠れ、ノックで会話に応じ、とんちが必要な質問にも答えさせられた。
そろそろ私の方から攻めるべきじゃないだろうか。
ふと芽生えた反抗心を自分の中に見つけると、素直に答えることをよしとは思えなくなる。
「あれ?ノックが帰ってこない…。なるほど、答えは沈黙ってことかな?」
ま、待って!今考えていただけだから!
そんなつまらない回答はしないよ!
私は、慌ててノックを二回叩いた。
「あ、違うんだ。じゃあやっぱり好きってことかな?」
相も変わらず、こちらの心を見透かすような態度をとってくる零さんにちょっぴりムカッとして、私は二度ノックを叩く。
けど、私の回答をこの人はにいに教えるかもしれない。一度ついた嘘は取り返しがつかないことを私はよく知っている。
だから、私は二度叩いた後に、もう一度ノックをして、合計三回ノックをした。
嫌いな所もあるけれど、好きな所もたくさんある。
それは私の本心だから嘘じゃないし、家族ってきっとそういうものでしょ。
「わ!ノックが三回だ!えっと…、二回ノックした後にちょっぴり間があったから、嫌いだけど好きっていう感じかな。なるほど…、長く一緒に住んでいる二佳ちゃんならではの意見だね。…私はまだ上辺の一本君しか知らないから、好き、以外ないもの」
ねっとりと熱が帯びているように聞こえた「好き」という言葉にドキッとする。
私が家族としての好きか嫌いかを語ったのだから、恋愛的な意味合いではないと思うけれど、この人の言うにいへの好きの言い方には、尊敬、というか崇拝しているような「好き」という感情が見えた気がした。
その時、トイレの水を流す音が聞こえてくる。
もう、にいも出てくる頃だろう。
…それにしても、ずいぶんと長くトイレに入ってたよね。
リビングのドアを閉めたときホッと息を吐いていたし、一度緊張の糸を解いてしまった分、また戻るための勇気を補充するのに時間がかかったのかもしれない。
真面目なにいと怠惰な私とでは性格が結構異なっているけれど、臆病な所はよく似ているから。
「あ、そろそろ、このノック会話も終わりかな。私の話に付き合ってくれてありがとね。とっても楽しい時間だったよ」
私も同意の意味を込めて、一度だけノックを返す。
「二佳ちゃんも楽しんでもらえたならよかった。……その、これからも、一本君のことお願いね。私が言うことじゃないかもしれないけど…、お願い…」
強く懇願するような彼女の想いを聞いた後、すぐにリビングの扉が開いた。
「お待たせしてすみません…。お腹を壊してしまって…」
「ううん、楽しく待っていたから大丈夫」
「あ、もしかして先にガチャを回してました?それなら僕はもうお役目ごめんですかね」
「いえ、まだあと5万石が残ってるよ?ということで、続きをお願いね?」
「…あの、なんか石増えてません?」
「待ってる間に課金しちゃった♡」
「何してるんですか…」
つらつらと流れる会話の流れにもう私が入っていく余地は残されていない。
少し前、ドアの前で盗み聞きしていたときは、にいに廃課金の喜びを教える彼女を許せない気持ちでいっぱいだった。
けれど今は、私も大好きな『ぷるるんクエスト』の話題に入れないことに、ちょっぴり寂しさを感じていた。




