ガチャガチャ大好きお姉さん
「お邪魔します」
「どうぞ…」
零先輩をリビングまで案内し、とりあえず椅子に座ってもらう。
クーラーの電源だけ入れなおして、僕はそのまま後ろに下がった。
「あの、自分は用があるので少しだけ待っていてください」
「は~い」
のんびりした返事を聞きながら、僕はピクリとも動かなくなっていた二佳を背負って階段を上り、彼女の部屋まで運んだ。
そっとベッドに降ろすと、ふくれっ面で二佳が見上げてくる。
「…なんで敵をおうちにいれたの?」
「零先輩は敵じゃないから大丈夫だよ。でも、二佳に黙って誘っちゃったのはごめん…」
「…にい、へらへら笑って無理してそうだった」
「それは、久しぶりでいろいろと気まずさがあったからで…。でも、零先輩には本当にお世話になったんだ。営業部に異動する前、要領が悪い僕に、優しく仕事を教えてくれて…、社会人としての常識はほとんどあの人から教わったんだよ」
「…ふ~ん」
二佳はまだ納得がいっていないようだけど、あんまり長い間、零先輩を待たせるわけにもいかないだろう。
「零先輩も形式的に誘いに乗っただけですぐに帰ると思うんだ。だから少しだけ我慢してて。ごめん!」
僕は無理やり話を切り上げて、ひたすら二佳にぺこぺこと頭を下げながら部屋を出た。
…さて、あとは零先輩をもてなさなくちゃいけないわけだけど。
何をすればいいんだ?
人を家にあげたことなんてないから全然わからない。
とりあえず、家でお茶でもと誘った手前、お茶は必須だろう。あとはお菓子でも出して…。その後は?
向かい合って、会話するの?気まずくない?
熱心に仕事を教えてもらったのに、異動してすぐにやめてしまった罪悪感が胸をよぎる。
今更、どんな顔をして零先輩と向き合えばいいんだろう。
なんて言われるのか、すごく、怖い。
頭を悩ませながら、階段を一段一段と降りていると、あっという間にリビングに着いてしまった。
「おかえり、一本君。急にお邪魔しちゃったけれど、妹さん大丈夫だったかな?」
「あ、はい…」
『んのああああああああ!!』
「い、今、二階から悲鳴が聞こえたんだけど、本当に妹さん大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫だと思います。たぶん、筋肉痛なのを忘れて立とうとしてしまっただけだと思うので…。二佳は痛みへの耐性が全然ないので、今、自分一人では一歩も動けないみたいなんです」
「それで、さっき家の前でおんぶしていたのね…。大変な時にお邪魔してしまってごめんなさい」
「いえ、お気になさらず…!」
本当は二佳の様子をすぐにでも見に行きたいところだけれど、さすがにこれ以上我が家に招いたお客様を放置するわけにはいかない。
僕はぐっとこらえて、その場に残ることを選択した。
「あ、お茶!お茶入れますね!」
「お構いなく」
よくある定型のやり取りをして、ふふっと楽しそうに零先輩は笑った。
冷蔵庫から麦茶を入れた後、ついでに昨日買ったスナック菓子をもう片方の手に持って零先輩の所へ戻った。
「お待たせしました!」
「ありがとう」
ふぅ、と一仕事終えた安心感で椅子に座ると、「一本君はお茶いいの?」と声がかかった。
自分の分のお茶を用意するのを忘れていたことに気付いて、慌てて立ち上がって用意する。
あはは、と誤魔化して笑みを浮かべてみたけれど、完全にてんぱってしまっているのがバレてしまったと思う。
「喉乾いてたから助かる~」
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、それは私の言葉じゃないの?」
「あ、すみません…!助かるって言われたら、なんか嬉しくなってしまって、反射的に…」
「…一本君は相変わらずなのね。……とても謙虚で、優しい」
「え?」
後半の声が小さくてよく聞き取れなかったが、零先輩が、静かに麦茶を口にしたのでそこで会話が途切れた。
そして訪れる沈黙の時間。
僕が誘った側だし、何か話題を提供した方がいいのかもしれないけれど、特に喋れるようなこともない。
とりあえず、ちびちびとお茶を飲むことで時間を引き延ばしていく。
そうしているうちに、不自然なほど無言の時間が続いてしまい、さすがに耐えがたくなってきた…。
このままだとお茶も飲み切ってしまいそうだ。
…そうだ、零先輩の麦茶がなくなっていればお替わりを口実に会話が生まれるかもしれない。
僕はちらりと零先輩の麦茶の残量を確認しようと顔を上げる。
あっ、まずい、目が合ってしまった。
とっさに顔を下に向けて、思考に逃げる。
一緒に働いていたころはここまで緊張することはなかったのに。
今は、どんな顔で、どんな態度で零先輩に接すればいいのかわからない。どう思われているのか不安で仕方がない。
零先輩には感謝している気持ちが大きいけれど、それ以上に、碌な挨拶もしないまま突然、会社を辞めてしまった申し訳なさの方が大きすぎる。
もういっそのこと、謝罪から入ってしまおうか。きっと零先輩と会う機会なんてこれが最後になるだろうし、今のうちかもしれない。
僕は意を決して、カップを机に置いて口を開く。
「あ、あの!」
「一本君、ガチャ引かない?」
僕の緊張を孕んだ声と、零先輩ののんびりとした声が重なった。
「え?」
「久しぶりに、私のガチャ引いて欲しいな〜って、ダメ…かな?」
零先輩はいじらしそうに自分の髪の毛をくるくると触りながら控えめに見てきた。
そういえば、同じ部署で働いていた頃はこうやって零先輩に頼まれて、ガチャを引かされていたっけ。
あの時は、僕の運がいいから引かせてくれていたのだと思っていたけど、二佳や百奈さんと話して、それは誤解だったことに気付いたんだよね…。
「零先輩、ごめんなさい。僕では役不足だと思います…」
「どういうこと?」
「実は少し前に二佳...、僕の妹とその友人と話して気づいたですけど、僕って別に運がいいわけじゃないんです...」
「大丈夫、私よりは絶対にいいから!」
零先輩はそう言って、向かいの椅子から僕の隣の椅子へと座りなおした。
甘い香りがふわりとして、今更ながら他人を家にあげていることを実感する。
零先輩は素早くポケットからスマホを取り出したかと思うと慣れた動作で『ぷるるんクエスト』を起動した。
「私ね、基本的には異常なほどに運がいい方なの。雑誌で応募した懸賞には必ず当たるし、私が歩道を渡ろうとすると丁度そのタイミングで信号も青に変わるくらいにはね」
「それは…、すごいですね…」
「でしょ?でもね、ガチャ運だけは絶望的。一本君に引いてもらうまでは、天井まで引かないとぜっっっったいに目当てのキャラがでたことはなかったの。きっと神様がそういうところでバランスをとろうとしたんでしょうね」
「なるほど…?」
「だから、私の代わりに引いてほしいな?って」
零先輩が、僕の目をまっすぐに見てそう訴えかけてくる。
すぐ隣で見つめられると、思ったよりも顔が近く感じられて、つい身体を後ろに引いてしまった。
さすが会社の中でもモテモテだった零先輩だ。とても可愛らしい。
けど、僕には眩しすぎる…!
「一本君…?」
「あっと…、僕でよければ?」
結局、零先輩に流される形で引き受けてしまった。
全く自信はないけれど、引き受けた以上は、少しでもお役に立てるように頑張ろう。
「やった!ありがとう!もう課金は済ませてあるから、石があるだけ引いてね!ざっと500連くらいかな?」
そうして、スマホを手渡されて課金石の数を確認する。
「って、に、20万近くも石があるじゃないですか!?」
「あら?前に引いてもらった時もこれくらい用意していたと思うけど?」
「あ…」
当時は『ぷるるんクエスト』内における石と現実のお金との相場がわからなかったから特に疑問に思わなかった。けど、今ならそのやばさがよくわかる。
1石=1円換算なので、つまり…。
「あの…、単刀直入に聞くんですけど、20万くらい課金しました?」
「ええ」
それはもう満面の笑みで零先輩が答えた。
20万って、それだけあれば、パソコンが買えるどころか一月は余裕で生活できる額だ…。それを全額ゲームに注ぎ込むなんて…。
「れ、零先輩ってやっぱり、いいところのお嬢様だったりするんでしょうか…?」
「うーん、お父さんが病院の院長だから実家は裕福な方だと思うけれど、仕送りとかは受け取ってないよ?課金も親には内緒でしてるしね」
「院長さんって、すごいですね…。あれ?でも仕送りもない中で20万も課金したら…」
「大丈夫。文化的で最低限度の生活はしてるから」
零先輩は親指を立てながら、自慢げにそう言った。
まさか、いつも余裕のある振る舞いをしていた零先輩が、裏ではゲームに課金しまくりの限界生活をしていたなんて。
「零先輩って、その…、廃課金だったんですね…」
「あら、今更気付いたの?」
零先輩は口元を抑えてくすくすと楽しそうに笑っていた。
「でも、一つ訂正させて?私は課金をしまくってゲーム内で強くなることを目指しているわけじゃない。ガチャを引いて推しキャラを当てるという行為そのものを愛しているの。だから私のことは廃課金ではなく、こう呼んでちょうだい。ガチャガチャ大好きお姉さん、とね」
「あの…、僕が言うことじゃないかもしれませんが、お金はもっと大切にした方がいいと思いますよ…?」
「もちろんお金は大切にしているつもり。でもね、だからこそ、その大切なお金を使ってガチャを引くのが快感なの!」
零先輩が顔を赤くして、身体を悶えさせながらそう答えた。
わぁ、とても楽しそうだ…。
「でも、それだけ、ガチャが好きなのにガチャ運だけはものすごく悪いんですね…」
「そうなの!!神様ってば、酷いと思わない!?」
ころころと表情が変わる零先輩が面白くてつい、くすくすと笑ってしまう。
「先輩ってこんな人だったんですね」
「どういう意味~?って、そろそろ焦らすのは終わりにして、ガチャを引こ!」
「はい、わかりました」
会社ではものすごく頼りがいのある存在だった零先輩も、素ではこんなに面白い人だったなんて思わなかった。
これくらい話しやすいってわかっていたら、仕事を辞める前にもっと話しておくべきだったかもしれない。
今更、もう遅いけれど、最後に零先輩のことを少しでも知れてよかった。
「零先輩、ありがとうございます」
「また、お礼?あっ、一本君も実はずっとガチャを引きたかったとか?」
「そうですね、引きたかったかもしれません」
気付けば、零先輩への負い目や緊張はほとんどなくなっていた。
それが零先輩なりの気遣いだったにしろ、そうでないにしろ、入社当初も、そして今も、僕の緊張をほぐしてくれた零先輩にはどうしてもお礼を言いたかった。




