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夜の買い物

「…じめじめするぅ……。暑いぃ……」

「そうだね……」


快適なお家環境に慣れていたこともあり、外の暑さや空気がとても気持ち悪く感じる。

北極クマさんが、熱帯雨林を訪れたくらいの辛さ、というのはさすがに言い過ぎだろうか。

それでも、久しぶりに出た外に、僕は確かな開放感も感じていた。

社会に接続された感覚というか、地続きでどこまでもつながっている外の世界は、手を伸ばせばなんだってできるようなそんな万能感を与えてくれた。

出社していたときは何とも思わなかったけれど、これも久々に外へ出た影響だろうか。


「……」


一方二佳は家にいる時の何十倍も窮屈にしているように見えた。

暑いと言いながらも僕の後ろに密着して、離れようとはしない。

暗い街の中を歩いていると、通りがかった一軒家の中から、子供を叱る母親の大声が聞こえてきた。


「……っ!」


ぎゅっと、二佳からシャツの裾をつかまれる。

僕は、そんな二佳の背中を優しく撫でた。

二佳は超が付くほどの人見知りの他に、大きな音も苦手だ。

人の怒鳴り声はもちろんのこと、踏切の音や、くしゃみなんかも敏感に反応をする。


「二佳、大丈夫…?」

「…な、なにが?全然、大丈夫だけど…?」

「……いや、平気ならいいんだ」


昔はもっと素直に怖がっていたのだけれど、ここ1年の間で二佳は強がることを覚えたらしい。

それを成長と言っていいのかわからないけれど、二佳なりに苦手を克服しようとしていることへの現れだと解釈して、僕からは何も言わずに、注意深く二佳を気遣いながら先へ進むことにした。

二佳の気持ちになって、二佳が苦手そうなものを見つけたら先に対処できるよう、僕も意識を集中させていく。

そうして僕たちはゆっくり、ゆっくりと目的地のスーパーへと向かっていった。

人とすれ違いそうになったときは、二佳の間に必ず僕を挟むようにして、踏切の近くを通る時はフードをかぶって事前に耳を塞いで歩いてもらうようにした。

僕もまた二佳と同じように耳を両手で塞いで踏切を待つ。


「…に…も……の?」

「ん?なんて?」

「…そう…、これ…聞こえ……」


踏切を通り過ぎたところで、耳から手を離すと、二佳が再び口を開いた。


「…にいも大きい音が苦手だったの?」

「ああ、さっきはそう言っていたのか。ごめんね。聞き取れなくて」

「……うん」

「苦手、ではなかったと思うんだけど。二佳が苦手そうなものを想像して気を付けるようにして歩いていたら、なんか僕も怖くなっちゃって…」

「…私の苦手が移ったってこと?」

「そんな感じかも?」


僕としてはこういうことは昔もよくあったから、特に驚くようなこともなかった。

子供のころは、二佳の気持ちを勝手に想像して悲しくなったり、嬉しくなったりはしょっちゅうだったから。ただ、二佳が泣いているときに僕も一緒に泣いてしまうと慰めることができなくなるので、いつからかあまり深く考えすぎないように意識するようになったのだ。

今回は集中しすぎて二佳の気持ちにより過ぎちゃったけど…。

それからも二佳が苦手そうなものを注意しつつ進んでいき、ようやく目的地のスーパーに辿り着いた。

駅を挟んだ先にある家からはちょっと遠い所にあるスーパーだけど、値段も良心的で深夜も営業しているから我が家ではよくお世話になっているところだ。


「……ふへへ、涼しいぃ~」

「あはは、よかったね」


二佳はクーラーの効いた室内に入れて嬉しそうだ。

多少、店内に人もいるけれど、家のすぐ近くのコンビニにはよく行っているから、外を歩くよりも店の中の方が慣れているのかもしれない。


「いろいろ買って帰ろうと思うけど、二佳も欲しいものがあったら言ってね」

「…大丈夫。……節約しなきゃいけないし」

「…そ、そっか」


やっぱり、二佳に節約の話をするのは間違いだったな。

カートと籠をもって、ぐるっと店内を回っていく。

次にまたいつ外へ出るのが怖くなってしまうかわからないという思いもあり、普段より多めに籠に食材や切れかけの調味料なんかを詰め込んでいった。

二佳はその間、黙って僕の後ろをついてきてくれた。

冷凍食品コーナーに差し掛かると、二佳の足が止まる。

ここで素直に二佳の方を見ると、二佳が歩くのを止めたことを咎められたと勘違いして怯えさせてしまうと思ったので、二佳にバレないように目線だけを動かして、こっそりと二佳を見るようにした。

二佳の視線の先にはアイスコーナーがあった。

外も暑かったし、もしかしたら欲しいのかもしれない。


「二佳、アイスを買おうと思うのだけど、二佳は何が食べたい?」

「…え。……い、いや、いい。私はいらない。お金もったいないし…」


欲しいの?と聞いても首を縦に振らないと思ったから、強引に話を進めてみたのだけれど、まさかこの提案さえ断れるとは。


「えっと、でも、アイスは必需品っていうか。熱中症対策のためにも買った方がいいと思うんだ」

「…塩飴ならあそこにある」


て、手ごわい…。

ぐーたらを自称する割に、お金の問題とかはちゃんと考えようとしてくれるんだよな...。


「あとは、ほら!心の栄養のためにも必要だよ!」

「…心のえいよう」

「そ、そう!ゲームとか、アニメとかと同じ!だからアイス買お?ね?」

「…た、確かにそれは必需品かもしれない」


やや、無理やりではあったものの、二佳の趣味と同列に扱うことで説得に成功できたようだ。

はたから見れば、中学生の女子相手に、どうしてもアイスを食べたいと駄々をこねる奇妙な大人の男がいるように見えただろうが、僕は二佳とは違い、その程度の視線なら耐えられる。


「…それに、浪費も堕落への一歩かも。ふへへ、にいは順調に堕ちてきている……」


さすがに浪費は肯定できないけれど、二佳が納得できるならと黙っておく。


「…でも、やっぱり節約も大事。だから、二人で食べられるもの、ね?」


子供を諭す母親のように、二佳が僕に言い聞かせてきた。

ここが妥協点だろう、と思い頷く。

二人で食べられるアイスと言えばあれがある、

蘇る記憶に懐かしさを覚えながら、僕はパキンと真ん中で割れる棒アイスをとって籠に入れた。


会計を済ませて、パンパンになった買い物袋をもって外へ出る。


「…ごめん、にい。私が間違ってた」

「どうしたの、急に?」

「…クーラーの効いた室内にいて忘れてたけど、この暑さにアイスは必需品……」

「ああ、そういうことか」


二佳は早速買ったアイスを開封して、パキンと半分に割った。

ちょっぴり形が不揃いになったけれど、二佳は気にした様子もなく、少し大きい方を僕に渡してくる。こういう当たり前のような優しさが二佳の魅力だ。


「…んっ……んっ……」

「はむっ…」


僕たちは店の脇に移動して、アイスを食べた。

僕が噛んで食べるのに対して、二佳はぺろぺろと舐める派だ。


「二佳は昔から変わらないね」

「…うぇ?」


アイスに夢中になりながらも、首を傾けて疑問を表す二佳。


「昔もよくここで食べてたなって思って」

「…そう、だったね……んむっ!」


二佳は返事をしてくれたけれど、アイスの溶けてきた部分を舐める作業にまた戻った。

子供のころ、僕と二佳はよく二人でお使いに行かされていた。

二佳は外が苦手だったけれど、僕は僕で二佳の傍にいたがったので、親からしても二人で行かせた方が都合が良かったんだと思う。

お使いに行くと毎回ご褒美が用意されていて、それがこの棒アイスだった。


「懐かしいなぁ…」

「…にい、アイス!」

「あっ!」


子供のころの思い出に馳せていると、いつの間にかアイスがものすごく溶けだしていた。

慌てて舐めて、少し大きいけれどそのまま一口で食べきった。


「……っ!つ、つべたい…!!」

「ふへへへ……」


相変わらず、二佳は僕の抜けたところを見ると楽しそうに笑うよなぁ。


二人ともアイスを食べ終わり、二佳が手を伸ばして来た。

もしかしてこれは、デレ期というやつではないだろうか?

どうしよう、お兄ちゃんすごく嬉しい!

僕は二佳から差し伸べられた手と自分の手をつなげて、ルンルン気分で家へ向けて歩き出す。


「…ち、違う!買い物袋…!」

「え?ああ!」


二佳に言われて思い出す。

昔、二人でお使いに行った時も買い物袋は二人で片方ずつの持ち手を持ってたっけ。

勘違いするなんて恥ずかしい…。


「ま、まぁ別にこれくらい一人でも持てるし大丈夫だよ。大人になって力もついたしね」

「…でも、重いことには変わりはない。今日はたくさん買ったし…」

「いや、本当にこれくらい全然大丈夫だから!…わっ!」


突然、二佳が僕の方に抱き着いてきたかと思ったら、そのままクルッと回って、もう片方の手に持っていた買い物袋の持ち手を奪い取っていった。


「……んぐお!お、重っ!」


しかし、奪い方こそかっこよかったものの、二佳には半分でもなかなかな重さだったようで、がくんと腕が下に下がった。


「や、やっぱり僕が一人で…」

「…いい。私も半分持つ。筋トレしたいし…」


無理やりなこじつけにふふっと笑ってしまう。

二佳は昔から、突飛な発言をすることが多かった。

けどその大半は二佳の優しさから生まれた言葉だと僕は知っている。


「わかった。それじゃあお願いしようかな」

「…帰ったらゲームね?」

「その前にご飯食べないと」

「…ご飯食べながらゲームね?」

「ご飯を食べたらね」

「…ご飯食べたらゲーム?」

「はいはい」

「…ふへへ」


それからまた、ゆっくりとしたペースで家へと帰る。

ここ最近、ゲームばかりで就活は全く進んでいない。いずれ貯金も底をつくだろうし、いつかは絶対に働かなくてはいけなくなる。

…それでも、できることなら少しでも長くこの幸せな日々を続けていたい。

そう思ってしまうくらいには、僕の堕落計画は順調に進んでいるようだった。

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