朝日百奈の下心
ボスを倒してからさらに数時間。
思わず漏れた僕の「面白い」発言を得てやる気になった二人は、それから僕を決して逃がそうとはせず、ぶっ通しでゲームをプレイさせられることになった。
途中で、目も疲れてきたし、この間の寝たいときに寝るのがぐーたらの心得と言われたことを引き合いに、休憩を申告したのだが、
「自分の発言に責任を持たないのもぐーたらの心得」
と言われ、引き続きプレイを強要された。無茶苦茶すぎる。
確かに楽しいことに違いはないのだが、さすがに疲労が溜まってきた。
そんな中、ついに待ちに待った時がやってきた。
「あ、そろそろご飯の時間じゃないか?」
丁度時刻が19:00となったタイミングで自然な口調でそう切り出す。この時間になったらこう言うぞと決めてちらちらと時計を気にしていたのだ。
「…まだ大丈夫」
「そうはいっても百奈さんの家の事情もあるだろ?」
二佳の反応は予想通りだったので、落ち着いて対処する。
そう、今一緒にゲームをしているのは我が家のメンバーだけではないのだ。よそ様のことも考えればここで解散するのが自然な流れだろう。
「え?俺の家は全然平気だよ?親が家に帰ってくることってほぼないし」
「えっと、その…、で、でもお腹すいちゃったしさ?」
ちょっと複雑かもしれない家庭の内情をさらっと言われて、動揺してしまった。
それでもどうにか話題を戻すことに成功すると。
「…じゃあ、私がコンビニでにいのお弁当も買ってくる。にいはストーリー進めてて」
「あ」
二佳はそう言うと、スマホだけもって部屋から出て行ってしまった。二佳は、引きこもりではあるが、ご飯のためにコンビニ程度なら一人でも行けてしまうのだ。
初めのころは店員と顔を合わせることが嫌なのかあまり行きたがらなかったが、セルフレジが導入されてからは、普通にコンビニへ行くようになった。
それでも極力外に出たがらないので、今回はそれほどまでに僕にゲームを続行させたい意志が強いのだろう。
「お兄さん。二人っきり…だね?」
僕と一緒に残された百奈さんがそんなことを言ってくる。
「百奈さんも今のうちにご飯とか買いに行ったらどうですか?」
「いや、俺はもう宅配頼んだから大丈夫!しっぽり二人で話そ~?」
「そう、ですね…」
ポチポチとゲームを進行させながら、せっかくなので、この機会に気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの…、質問があるんですけど」
「どしたん、そんあ改まって。処女だよ?」
「聞いてもないことを勝手に答えないでください!そうじゃなくて、二佳と百奈さんってどこで知り合ったのかなって」
「ああ~、ね」
「性格的には反対ですし、あんなセクハラしてたら二佳からはすぐブロックされそうなものですけど」
「いや、さすがに俺も初対面のうちからセクハラかましてはないって!…で、まぁ、出会いについてはこのゲームだよ」
そう言いながら百奈さんは、NPCのエルフの長と話している僕の真横でぴょんぴょんとアバターを動かした。
「1年近く前かな?当時はまだ初心者だった二佳ちんを俺が助けたことがあってさ」
「1年前…」
それって丁度、二佳が学校へ行かなくなってすぐの頃じゃないだろうか。
まさかこのゲームにハマったのが原因で…?…って、二佳に限ってそれはないか。恐らく順序が逆だ。当時の二佳も今の僕みたいに現実からの逃げ場所を探してこのゲームの中に居場所を求めたのかもしれない。
「ま、それからなんやかんや気が合って話していくうちに、俺が二佳ちんに猛アタックして、今の関係になった感じかな」
「だいぶはしょりましたね…」
「だって、どうせなら二佳ちんがいる場で話したいじゃん?その方が二佳ちんだって恥ずかしがってくれるだろうし!」
「百奈さんはほんとぶれないですね…」
と、僕は思わず苦笑いを浮かべる。
「...でも、百奈さんにはそのままでいてほしいです」
「なに?お兄さんもS系?自分じゃセクハラできなからセクハラされている妹を見て楽しんでいる感じ?」
「ち、違いますよ!ただ、百奈さんも知っての通り、二佳ってとんでもなく恥ずかしがり屋じゃないですか。周りもそれをわかっているから勝手に距離をとられることが多かったんですよね。それで友達作りにも苦労していたみたいで…。だから、それでも踏み込んでくれる百奈さんって二佳にとって結構大事な存在なんじゃないかなって。…二佳も本気で嫌がっているわけではなさそうですし」
「…まぁ、二佳ちんはむっつりだからね~」
「え、そうなの?」
驚きのあまり敬語を忘れて聞き返してしまう。
「そうでしょ。じゃなきゃ普通、人の耳なんか舐めないって」
「実際に舐めているわけじゃないですけどね…」
でも、そう言われてみればそうなのかもしれない。仕事を辞めてすぐのころ、百奈の部屋で、たぶん、あ、あれをしているところを見てしまったわけだし…。
「え、急に顔赤いじゃん。どうしたん?」
「な、なんでもありません!」
「てかさ、お兄さんもほんとぶれないシスコンだよね~。普通、妹の友達にそんな真面目な顔して『そのままでいてほしいです』なんて言う?これって普通、相手を口説くときに使うセリフっしょ?」
「うっ…」
そう百奈さんに言われて気付く。確かに今日知り合ったばかりの妹の友達相手に自分はだいぶキモイことを言っていたかもしれない。異性相手への発言は特に注意が必要なのに…。
キモい兄を避けるために、百奈さんが二佳からも距離をとるようになったらどうしよう…。せっかく二佳に出来た親友なのに。
「き、キモくてごめんなさい!僕のことは嫌ってもいいので。二佳とはこれからも仲良くしてあげてください...!」
「…あはは!そんな重く受け取らんでも。でも、う~ん、せっかく下手に出てくれたわけだし、ここはひとつお兄さんにお願いを聞いてもらっちゃおうかな〜?」
「交換条件っていうことですね…。わかりました」
「いや、言われなくても二佳ちんとはこれからも仲良くするけどさ…」
「じゃあ、お願いっていうのは…?」
百奈さんは、スマホをゆらゆらと掲げて、満面の笑みで答えた。
「連絡先、交換してくんない?」
※Momona※
午前1時。
俺のPC画面には今、ぐーすか寝ている兄妹の姿が映っている。
ヘッドセットをつけたままの二佳ちんからは、寝息がすうすう聞こえてきてたまらない。
このまま録音して、添い寝ボイスとして売ったら間違いなく売れるだろう。俺だけで独占したいから録音までしかしないけど。
Recボタンをポチッと押して、俺は再び二佳ちん鑑賞タイムに浸る。
今日一日、初めて二佳ちんのお兄さんと話して、ゲームでも遊べて楽しかった。
くそ真面目というお兄さんには、ストーリー、レベル上げ、装備の更新、とひっきりなしにタスクが与えられるこの手のゲームがあっていると思ったけれど、うまくハマったみたいだ。面白いとも言ってもらえたしね。
お兄さんは男だけど、やっぱり二佳ちんの親族だからかとても話しやすかった。急に二佳ちんと親友になってくれて感謝!みたいなこと言われたときは、さすがにちょっと驚いちゃったけど。
…もし、あのシスコンお兄さんが、俺の二佳ちんへの本当の想いを知ったらどんな反応をするだろうか。
「ねえ、二佳ちん。もしも俺が――女しか好きになれない俺が、二佳ちんに本気で恋をして、下心から近づいたんだよって言ったらどうする?」
ミュートで呟いた本当の俺の気持ちは、二佳ちん兄妹の状況が落ち着いてからちゃんと告白するつもりだ。
二佳ちんも、二佳ちんのお兄さんも今は、大変な時期だってわかっているから。
とりあえず今は親友という関係を素直に楽しみつつ、二佳ちんの堕落計画を応援しようと決めた。
そのためにお兄さんの連絡先も手に入れておいたのだ。
二佳ちんの役に立って今のうちにいっぱい好きになってもらいたい。
いつか勇気を振り絞らなくちゃいけなくなったとき、ほんの少しでも希望が見えるように。




