社畜ヒーラー
二佳に呼び出されて部屋に入ると、PC画面にはまだ百奈さんの姿が映っていた。
「やっほ~」
「二佳との相談は終わったんですか?」
「ばっちり!てか、今更だけど、敬語とかやめない?百奈♡って呼び捨てでいいし」
「…………」
「え?死んだ?」
…どうしよう、何も言葉が浮かんでこない。
百奈さんに言われて初めて気づいた。
ここ1年半近く会社の同僚と敬語でしか話さなかったせいで、二佳以外の人にどうやってタメ口で話せばいいのかまったくわからなくなってしまっていた。
二佳は家族だし、これまでずっと一緒にいたから当然敬語じゃなくても喋れるけれど、知人とか友人とかその程度の距離感の人に対して僕はこれまでどんな口調で喋っていたっけ...?タメ口ってどうやるの!?
「…まぁ、にいは人見知りな所があるから許してあげて」
「二佳ちんがそれを言う…?」
「……っ」
せっかく二佳に守ってもらったのに、百奈さんの指摘につい笑いそうになってしまった。確かに、今でこそ、百奈さんや僕とは普通に(?)話している二佳だけど、外では一言もしゃべらないほどの超人見知りだ。
小学生の頃は、教科書の音読や、先生から質問をあてられても声が出せず、一度は病院にも行ったほどだった。(ちなみに、診断結果によると特に異常はなかった)
「えっと、敬語の件はこれから頑張れたら頑張るっていうことで…。それで、二佳。今日は何をするの?」
ここ最近は、二佳に勧められた娯楽を体験するという流れができていたからいつものようにそう質問すると…。
「はいはーい!今日は、みんなでMMORPGをやるよ~!」
二佳ではなく、百奈さんが元気いっぱいといった様子で答えた。まだビデオ通話が繋がっていることから薄々感づいていたことだけど、今日の催しには百奈さんも参加するらしい。
二佳の親友という百奈さんとは一度ちゃんと話してみたかったのでいい機会だ。
初対面でやらかしたこともあり、ちょっとした気まずさはまだ残っているけれど。
「…それで、MMORPGっていうのは?」
「SAOみたいな感じ!以上!」
「説明が雑ですね…」
「今時これでだいたいわかるっしょ?」
「まぁ、そうですけど…」
SAOは、オンラインゲームの世界に閉じ込められるという設定で世界的に大ヒットした作品だ。
幸いSAOについては、つい最近読んだばかり。二佳からライトノベルの沼に堕とすと言われて、まず最初に進められたのがSAOだった。
どうにも集中力が持たなくて、まだ全部は読み切れていないけれど、なんとなくはわかる。SAOみたいな感じっていうなら、要するにゲームの中でたくさんの人と一緒に遊ぶって認識で問題ないはずだ。
「…それじゃあ、さっそく~?リンクスタート!」
「り、りんくすたーと?」
と、ノリノリな百奈さんに合わせてみたものの、最初にやるのはアカウント作成というなんとも地味な作業から取り掛かることとなるのだった。
※※※
アカウント作成を終え、二佳から借りたノートPCでゲームにログインする。タイトルは「ぷるるんファンタジーオンライン」というらしい。二佳いわく、ソシャゲ界で覇権と呼ばれている「ぷるるんクエスト」を作った会社が運営しているので、面白さは保証されているとのことだった。
「おお~!!」
ゲームの世界に降り立つと、3Dで再現された中世の街並みの中をさまざまな恰好をしたプレイヤーたちが走り回っていた。左下に表示されているチャット欄ではプレイヤーの発言が次から次へと流れてくる。
『【レベル上げ】週クエ。ヒーラー@1※レベル80~85』
『【バク狩り35,000G】ランダムクエ。東門前』
『【クラメン募集】社会人大歓迎!In時間自由。まったり仲良くやりましょう』
「二佳、これはみんな何を言っているの?」
「……大丈夫、にいもすぐにわかるようになるよ」
二佳にそう言われてとりあえずは納得する。思えば、入社したてのころも、アサインとかクロージングとかよくわからない単語が飛び交っていたものだ。それと同じようなものだろうか。
それにしても、プレイヤーの一人ひとりには当然、操作している人間がいると思うとドキドキしてきた。初心者だから怒らせるようなことをしたらどうしよう。今立っている場所は邪魔になっていないだろうか。
心の中でそわそわしつつも、チュートリアルに沿って移動方法やカメラの動かし方なんかを覚えていると、『反則天使ちゃん』と、『Momo』というプレイヤーが僕の目の前でぴょんぴょんとジャンプしだした。
元気に僕の周りを飛び回る二人のアバターのうち、反則天使ちゃんは背丈が小さく、プレイヤーネーム通りの天使のような恰好をしているのに対して、Momoさんは長身の悪魔……というか露出度からして恐らくサキュバスの恰好をしていた。
「この二人が二佳と百奈さん?」
「せいか~い!反則天使ちゃんが二佳ちんで、Momoが俺ね!」
「……う、うん」
百奈さんが反則天使ちゃんを二佳だと紹介した時、二佳はどこか気まずそうにそっぽを向いた。ゲーム上でのアカウント名がバレて、恥ずかしかったのかもしれない。僕としては『脱法天使ちゃん』という名前のインパクトの方が大きかったから今回は普通に受け入れていたけれど、二佳の中ではまだネット上での名前を僕に知られることに若干の抵抗感があるみたいだ。
「え~と、それで僕は何をすればいいのかな?」
二佳が黙ってしまったので僕がそう話を切り出すと、百奈さんは待ってました!とばかりに口を開いた。
「まずはやっぱメインストーリーっしょ!」
「……だね」
百奈さんと二佳によるとここ『ぷるるんファンタジーオンライン』にもストーリーがあるらしい。ストーリーを進めないといろいろなゲーム内要素が解放されないということで、二佳たちには、まず僕のストーリーの手助けをしてもらうことになった。
「よ~し、経験者の俺たちがサクッとキャリーしてあげちゃいますか」
「……任せて」
…しかし、やる気満々にそう言ってくれたものの、30分ほどストーリーを進めても二佳たち、パーティーメンバーの出番がやってくることはなかった。
「えっと…次はこの手紙を村長のピヨヨさんに届けてっと…」
「忘れてたけど序盤ってこういうおつかいクエストばっかだったわ…。お、二佳ちんの前で正座すると丁度股間に顔面が来るじゃん…、うわ、えっろ…、これBan大丈夫かな?」
早くも暇になった百奈さんは、様々なエモートを使って二佳にセクハラをして楽しんでいた。
「……にい、楽しい?」
一方二佳は、百奈さんに好き放題させながら、心配そうに問いかけてきた。僕は素直な気持ちを答える。
「うん、楽しい…!」
「……そう」
二佳は僕の答えを疑っているようだったが、本当に楽しいと感じていた。
やっていることと言えば、ひたすら画面に表示されるクエスト案内に従って街中を移動しているだけではあるのだが、それだけでも充足感があった。
やるべきことが明確にある状況って、なんか落ち着くんだよね。
会社に勤めていたときもデータの打ち込みや書類整理の仕事は好きだったな。
「お、お兄さん、ついに職業を選べるようになったね~!」
「職、業…?」
そんなことを考えながら淡々と進めていくと、百奈さんの言う通り、画面に『職業選択が可能になりました』と表示された。
タイムリーなワードに思わず胸がきゅっとなる。
職業、仕事、就職活動…。
「職業っていうと…、公務員とか?」
「人生ゲームじゃないんだから、そんなわけないでしょ…」
百奈さんに呆れられながらも説明してもらうと、どうやら最初は戦士、魔法使い、僧侶。この3つのうちのどれかを選ばなくてはいけないようだ。戦士は近接攻撃、魔法使いは遠距離攻撃、僧侶は回復が得意らしい。
「…にいはどれにする?」
「…うーん、それじゃあ、僧侶にしようかな。二佳が傷ついたときに回復してあげたいし」
「お~い、シスコン。俺が傷ついたときは回復してくれないわけ?」
「も、もちろん対応させていただきますよ!少しでもHPが減ったらすぐに回復します!それはもう迅速に!」
「なんか急にへりくだられて怖いんだけど!?俺、別にそんな責めたつもりで言ってないからね?」
「…にい、社畜根性が出ちゃってる」
「…あ」
敬語で話しているせいか、つい働いていたときの感覚になってしまっていた。
せっかく和やかに遊んでるんだし、気を付けないとね…。
※※※
職業を僧侶にしてからは一気に物語が進んでいった。
戦闘が増えたことで、二佳や、百奈さんの出番も増えて二人とも活き活きとしているように見える。
「メディッッッック!!」
「……は、はい!」
「……にい、この後、範囲攻撃が来るから全体回復の用意」
「りょうかい!」
百奈さんや二佳からの指示を受けてひたすら二人を回復させる。
その間に天使とサキュバスの二人がどんどん敵を倒していった。
そして、ゲームを始めて3時間ほど経った頃、村を長年苦しめてきたというメインストーリーのボスモンスターを倒すことに成功する。
画面いっぱいに『Congratiration!!』の文字が表示された。
「我がパーティーの勝利~!ナイスお兄さん!いい連携だったね~」
「……勝てた!」
「や、やった…!」
熟練の二人でも、僕に合わせてレベルが調整されるらしく、ボスを相手に5度目の挑戦を行い、ぎりぎりの勝利を収めたのだった。
勝利の瞬間、小っちゃくガッツポーズまでとってしまった。
…なんだか久しぶりに、達成感というものを味わった気がする。
ここの所、就活しようとしてはダメで、新しい趣味を作ろうとしてもダメで、自分の無力さが露呈するだけの毎日だった。
そんな中、ゲームの中ではあるけれど、久しぶりにちゃんとした成功体験を味わうことができて。なんだろう…、すごく嬉しい。嬉しくて、楽しいと思えた。
だから次の言葉は自然と口から漏れていた。
「これ、面白いね!」
「…………」
二人は驚いたような表情のまま、少しだけ無言になったかと思うと、
「その言葉を待っていたぁぁぁぁ!!」と百奈さん。
「…ふへへ、ようやく沼に墜ちてくれた」と二佳が笑った。
声が重なり合い、熱狂した空気が僕たちを包む。
上手く言葉や表情には乗せられないけれど、胸の高鳴りは暫く続いた。
二佳や百奈さんは僕がゲームにハマってくれたと思っているようだけれど、本当はそれだけじゃない。
ゲームも楽しかったけれど、それ以上に二佳や百奈さんと遊ぶことが楽しかったのだ。
失敗しても笑いに変えて、上手くいったら称えあい、思ったことはとりあえず口にする。それが許される空間というのは、とても居心地がいいものなんだと思った。




