エピローグ
日曜日。
この日は、複合アミューズメント施設へ出かけて以来のデートをすることになっていた。
瑞望に散々迷惑を掛けてしまった禊という意味でも大事なデートである。
今日は1日中、瑞望のことだけ考えて過ごすぞ!
以前と同じように、予定より早めに待ち合わせ場所である駅前にたどり着く俺。
まだまだ時間に余裕はあるし、のんびり待とうと思ったのだが。
「え……早くね?」
「だって!」
俺より先に、瑞望が到着して待っていた。
「……翔ちゃんと早くデートしたかったんだよぉ」
もじもじしながらうつむく瑞望だけど、顔色を隠しきれていなかった。
「……そ」
「あっ! なにその反応! 冷たくない!?」
俺の肩をぽかぽか叩いてくる瑞望。こんな往来の場で肩叩きかよ。
別に興味がないからそんな反応になってしまったわけじゃない。
逆だ。
めちゃくちゃニヤニヤしてしまいそうだったから、瑞望に見られてキモがられないように耐えようとしたせいで素っ気ないような反応になってしまっただけ。
内心ではこの場で瑞望を撮影してうちのカノジョはこんなに可愛いんですと全世界に発信したい気分だったよ。
「あ、わかった!」
「なにが……?」
「翔ちゃん、また誰かに告白されちゃったんじゃないの!?」
泰栖さんとの一件以降、すっかり疑い深くなってしまった瑞望だ。
「きーちゃんのことは大好きだけど、きーちゃん以外の人から告白されたなら話は別!」
「あ、おい……」
俺の背後には、待ち合わせ場所にぴったりな石像があって、そいつと挟み込むようにして俺に腕を伸ばしてきた瑞望。
「決めた。翔ちゃんが浮気することすら考えられないように、今日だけで進めるところまで進む……!」
「安心しろ。泰栖さん級の女子から告白されることなんて今後二度とないから……」
まあ、その泰栖さんの動向が現状では一番不穏なことなんだけど。
「だから焦らず行こうや。瑞望、前にそれで失敗してるんだし」
「関係ないよ、ここでちゅーしちゃうもんね、ちゅー!」
「痴女になってる……」
唇を押し付けようとしてくる瑞望の額に手のひらを当て、どうにか押し返そうとする俺。
気合い入れたデートが出会い頭からいきなりコントかよ。
……まあ、これはこれで楽しいけど。
「ほら、瑞望。せっかく今日は可愛い格好してきてくれてるんだし」
「今日はお姉ちゃんいないから完全にあたしのセンスだけど……」
「いや、いいと思うよ? 瑞望、瑞望姉からいい感じにセンスを学べちゃったんじゃない?」
黒いトップスの上に赤いベストを羽織っていて、下は黒いショートパンツ、そして足元はローファーだった。肩には青い小さなショルダーバッグが掛かっている。
今回は自分で選んだというだけあって、以前のように背伸びはしていない感じだ。
それでも、今回もまた私服の瑞望は周囲から注目を浴びていた。別に瑞望が相変わらず俺に唇を押し付けようとしているから好奇の視線を浴びているわけじゃないはず。
制服デバフがかかる美少女って何かがおかしくないか?
まあ、こんな瑞望を目にできるのはプライベートで付き合いがある彼氏の特権と思えば、優越感だって持てちゃうからいいけど。
「瑞望、悪いけどあまり時間はないんだ。なぜなら今日は、瑞望のために完璧なデートコースを組んできたから!」
「えっ!? 今日もラウワンにファミレスコースだと思ってたんだけど!?」
「ふふふ、俺だってやればできることを証明したいんだよ」
「む、無理しなくていいんだよ? あたしは翔ちゃんと一緒ならどこだっていいからね?」
「俺、見くびられてる……?」
「……ていうか、夜景が見えるホテルの最上階で高級ディナーは敷居が高すぎてあたしの方が緊張しちゃうかなって」
「流石にそこまで大人なデートコースは無理なんだわ……」
俺への信頼が厚すぎてかえってプレッシャーだよ。
もぐログで良さげな店をピックアップしただけで、予算が限られる高校生じゃ大人と同じようなことするのは無理だから。
ちなみにデートコースの選定には、今回は歩衣に監修に入ってもらった。
聞けばあいつもデート未経験らしいから、たいした戦力にはならなかったけれど……女子視点でのアドバイスが貰えたから、まあ良し。
「別に緊張しなくても、結局選ぶの俺だし。あんま背伸びしたところには行かないって。だから普通にお出かけするみたいに気楽にしていてくれ」
「よかったぁ。お高そうなところならあたしの方が緊張しちゃうもん」
「……瑞望、サイゼ好き?」
「大好き! でも、なんで?」
「いや……」
やっぱりそういうタイプか。
今後気をつけた方がいいかもな。
瑞望を楽しませるデートにしたいなら、必要以上に見栄を張ったらいけないってことを。
二人で手をつなぎ、さあデートが始まるぞ、と気合を入れて新しい一歩を踏み出したとき。
すぐ脇にある車道で、黒塗りの高級車が停まった。
どこかで見たことのあるような車なので、つい視線を吸い寄せられてしまう。
「あれ? なんだろ」
瑞望も同じようで、二人して見ていたのだが、後部座席から現れてた人影は。
「あら? お二人ども奇遇ですね、こんなところで」
俺たちに微笑みかけてきた人物。
「き、きーちゃん!?」
泰栖さんだった。
まるでどこぞのパーティーにでも出席するみたいな私服姿でバッチリ決めていたので、どこかへ出かける途中なのかと思ったのだが。
「邪魔してすみません。でも、お二人が出かけると聞いたらいてもたってもいられなくなりまして」
微笑む姿は、相変わらず見惚れるくらい綺麗だった。
「せっかくですし、私もご一緒していいですか?」
「えっ……ええっ!?」
驚く瑞望が、泰栖さんに飛びつく。
「な、なんで!? あ、あたしたちこれからデートなんだよ!?」
「私も、川幡くんとデートしたいですから」
微笑む泰栖さんに抗議するみたいに、その周りをぐるぐると周る瑞望。
だが、構わない様子の泰栖さんは俺の腕に触れる。
「私、言いましたよね? 前よりもっと、川幡くんのことを好きになってしまった、って」
「い、言ってたけどさ……」
俺まで圧倒されてしまう始末。
だって、何かしらのアピールがありそうなことは想像できても、デートに乗り込んでくるとは思わなかったから。
「今じゃなくてもいいじゃん~!」
相変わらず抗議する瑞望に対して、泰栖さんは俺の腕に触れていない方の腕を、瑞望の腕に絡ませた。
「私、瑞望ちゃんを邪魔したいわけじゃなくて。瑞望ちゃんのことも大好きですから」
「えっ?」
「川幡くんと瑞望ちゃんとで、デートしたいんですよね!」
とんでもないことを言われてしまった。
瑞望は、何を言われたのかいまいち理解できずポカンとしているし、俺だってどう反応すればいいのかわからない。
だというのに、泰栖さんは楽しそうで、仲良しな両親にテーマパークに連れてきてもらった小さな子どもみたいだ。
聖女様のそんな邪気のない姿を目の当たりにすると、二人の時間だから帰ってくれとは言えなくなる。
ほんの少し前までは、コミュニケーションを瑞望に依存しすぎてしまうところがあったのに、まさかデートの場に乗り込んで、ここまで我を押し通すようになるとは。
まあ、これはこれでコミュニケーション能力に欠ける行動ではある。
それでも俺は、泰栖さんがこれほどまでに自己主張をしてきたことに特別な感慨があった。
「しょ、翔ちゃんどうしよう~」
「ここまで来ちゃったら、帰れとも言えないだろ」
泰栖さんを送ってきた車は、とっくに姿を消しているし。
「……しょうがないか、今日だけだからね」
俺以上に泰栖さんのことを知っているからか、瑞望もまた泰栖さんの変化に思うところがあるようだ。
「翔ちゃんと付き合ってたこと黙っててごめんってことで――」
「ですよね! じゃあ行きましょう!」
鼻息荒い泰栖さんは、俺と瑞望の腕を手繰り寄せて、もう俺たちを片手で抱きかかえようとしてるんじゃないかってくらいくっつけてくる。
こうして俺たちは、まさかの三人デートをすることになってしまった。
俺と瑞望は単なる幼馴染ではなくなり、引っ込み思案なお嬢様だった泰栖さんもまた、思わぬ方向で積極性を増して心境に変化があった。
俺と瑞望は、このまま平穏な恋人同士でいることは無理だろうな。
だって泰栖さんは、まだ俺に告白するつもりでいるらしいし。
それでも俺は、今までのように瑞望と泰栖さんとの間で右往左往する気はない。
瑞望と付き合っていくのだと決めたのだ。
ここでふらふらした俺に戻って、大事な幼馴染にして恋人を傷つけるわけにはいかない。
「川幡くん、どうしたんです?」
意図しているのかいないのか、無邪気に微笑む泰栖さんは抱いている俺の腕をいっそう手繰り寄せた。
俺ではなく、俺の腕が勝手に幸せな感触を味わってしまっている。
……俺の中の邪な俺は、まだ俺のことを手こずらせようとしているみたいだ。




