第47話 決着
俺をよそに、女同士のぶつかり合いが始まろうとしていた。
「瑞望ちゃんは、ずっと黙っていたということですよね?」
強く詰め寄るような感じはないけれど、息苦しくなるような圧を感じる……。
泰栖さんが怒っているのは、瑞望が俺と付き合っていることを黙っていたから。
俺としては、それはそれで瑞望なりの理由があることを知っているし、絶対の正解じゃないにしても、ある程度の正当性があると思っていたから擁護したいのだが、泰栖さんは瑞望自身の口から理由を聞きたいようだ。
「私が川幡くんに告白した時点で、すでに二人がお付き合いしていたということですよね? 結構前の話だったはずです。伝える期間は十分にあったんじゃないですか?」
「あ、あたしだって、意地悪で黙ってたわけじゃないもん」
「では、どういう理由で?」
「……だって」
きーちゃんはあたしがいないとダメだから。あたしが翔ちゃんと付き合ってるって知ったら、あたしに遠慮してちょっと距離を置いて、そしたらきーちゃんは一人でいないといけないことが増えるから困っちゃうことだってたくさん出てきちゃうじゃん? 心配だったんだよ。だから秘密にしてたの。
そういう弁明をすると思ったんだ。
実際、付き合っていることを秘密にするとき、そういう理由で秘密にすると教えてくれたから。
でも、瑞望の口から出てきた言葉は違ったんだ。
「言えるわけないじゃん!」
瑞望が泰栖さんとの距離を詰めると、今度たじろぐのは泰栖さんの方だった。
「きーちゃんに、翔ちゃんと付き合ってるんだよろしくね、って言うでしょ? そしたらきーちゃんは優しいから、親友の彼氏だからって翔ちゃんにも親切にするよね……」
瑞望は言った。
「でも、そうやってきーちゃんみたいな綺麗な子から優しくされたら、翔ちゃんは絶対きーちゃんのこと好きになっちゃうもん。あたしよりもきーちゃんのことを! 翔ちゃんなんだからなおさらそうだよ! 元々きーちゃん推しって言ってたんだから! 推しって誤魔化してたけど絶対恋してるって幼馴染のカンでわかってたもんね!」
「いや、それは……」
矛先がこっちに来た。
でもこれは、俺のせいでもある。
たしかに瑞望の前で俺は、泰栖さん推しということは伝えているし、そもそも俺が瑞望と付き合うことになったのは、泰栖さんに嫌われたと思って落ち込んだ俺をなんとか瑞望が慰めようとしてくれたことがきっかけだった。
「だから言えなかったんだよ……あたしじゃ、きーちゃんに勝てるはずないもん。だから、新入生歓迎会の実行委員に二人が選ばれたときも不安で……」
あの日……俺が泰栖さんに告白の返事をしようとしたとき、そこに居合わせた瑞望が何も言わずに逃げてしまったのも、俺が泰栖さんと付き合うものと思い込んだからこその行動だったのかもしれない。
「何を言ってるんですか……!」
言われっぱなしだった泰栖さんの方を見ると、目の端に涙を浮かべていた。
え、なんで……?
「瑞望ちゃん、全然自分のことわかってません……!」
「な、なんでよー」
「自分がどれだけ魅力的か、瑞望ちゃんは気づいてないんですよ!」
今度は泰栖さんの方が勢いを取り戻した。
「誰だって好きになってしまうのは瑞望ちゃんの方です! 明るくて、誰とでも仲良くなれて、どんなことで悩んでるのかすぐに理解してくれて優しく包みこんでくれるんですから! こんな、なにもできない私が相手でもですよ。瑞望ちゃんはずっと優しくて……私をずっと見捨てなかったんですから」
泰栖さんの瑞望に対する想いも相当深そうだ。
そしてこの二人は……お互いに最大限リスペクトし合っていて、だからこそこじれてしまったのかもしれない。
互いに互いを凄い人だと思い込みすぎたのだ。
……実際は、二人共コンプレックスを抱えていて、ちゃんと弱い部分だってある、完璧超人でもない普通の人なんだけど。
「だから、心配しなくても瑞望ちゃんに私が敵うはずありません。瑞望ちゃんは私にとって、ずっと憧れなんですから。朝起きたら瑞望ちゃんになっていたらいいなと思いながら眠りについたことなんて数え切れないほどあります」
「あたしだって! 中学のときはきーちゃんみたいになりたくて髪伸ばしたり、背を伸ばすために毎朝公園の鉄棒にぶら下がったりしてたもん! 牛乳だっていっぱい飲んだよ! おっぱい大きくなりたかったから!」
「そんな! 私だって瑞望ちゃんが――」
「ううん、あたしこそ、きーちゃんが――」
なんだろう、これ。
ラップバトルでも始める勢いでリスペクト合戦が始まった。
ひょっとしたら百合展開にすら進みかねない雰囲気。
ぼやっとしていたら、俺は百合の間に挟まろうとする無粋な男子として抹殺されてしまうかもしれない。
ここは一つ、俺が一旦クールダウンさせるべきか。
「二人とも、俺からすればどっちが上か下かとかないよ。二人とも凄いと思うしな」
「翔ちゃんさぁ……」
「川幡くんはどうして……」
「だいたい、翔ちゃんが悪いんだよ」
「そうです。川幡くんも悪いです」
矛先が完全にこっちに来た。
確かに、俺が悪いことは否定しないけど……。
「別にあたし、翔ちゃんがきーちゃんのこと好きならそれはそれでよかったんだよ。正直に言ってくれたら、きっと納得したよ。だってあたしは、きーちゃんのことだって大好きなんだから幸せになってほしいもん。翔ちゃんがもっと早く教えてくれたら、それで済んだ話だったのに」
「えっ……?」
いや、異性として見てもらおうとグイグイ来てた頃の瑞望に『お前の親友から告白されて好きになったから、今日限りでお前とは別れる』だなんて鬼畜発言をすることが正解だなんて普通考えないだろ……?
「そうですよ。私が告白したとき……いえ、その少しあとだとしても、どうしてもっと早く恋人は瑞望ちゃんだと教えてくれなかったんですか? それで済んだ話じゃないですか。瑞望ちゃんが恋人なら、私だって喜んで祝福して川幡くんのことを諦めましたよ。あのときなら、まだ」
まあ、これは俺が悪い。
もしかしたらあの聖女様と付き合えるかも、という邪な気持ちがあったせいだ。そのせいで、俺はなかなか返事ができなかったのだから。
「……悪い、二人とも。俺はもっと正直になるべきだったんだ」
とはいえ、結局は俺が色々秘密にしすぎたってことなんだろうな。
「瑞望と付き合ってるのに、泰栖さんへの憧れは捨てられなかったし、瑞望と一緒にいるのは居心地がよかったから、瑞望のことだって手放したくなかった。……それで、こんなことになったわけだけど」
言い草は完全にクズそのもの。
何を言おうとも自分を正当化する言い訳にしかならないだろうけれど、これだけは言っておきたかった。
「でも、おかげで高校生になって二人と関わるようになる前にはわからなかったことが、今は少しわかるようになったんだ。瑞望のことは幼馴染だからって知った気になってたし、泰栖さんのことだって、学校の聖女様として完成されていて、それ以上掘り下げないといけないことなんてなにもないと思ってた」
言いたいことを、俺は言った。
「瑞望は、小学生にときは助けられることばかりで、俺からすれば何でもできちゃうヒーローみたいで、明るいヤツだったから悩みなんてないと思ってたよ。でも、恋人同士になってからは、恋人同士の距離感に悩んだり泰栖さんへのコンプレックスがあったりして、頼るだけじゃなくて、むしろ俺の方が頼られる存在になって、瑞望を守らないといけないって思えるようになったんだ」
「そ、そうだったの? 翔ちゃんが私を……」
「泰栖さんだってそうだよ。完璧な聖女様だと思って憧れてたけど、本当は弱いところもいっぱいあって。だから、一緒に実行委員の仕事をしたときは、その成長っぷりに驚かされた。……泰栖さんには大事なことを教わったんだ。変わろうと頑張った泰栖さんみたいに、俺も今のままじゃいけないって思えたから」
「わ、私は……褒められるようなことは別に……」
「二人の間で揺れていたからこそ、二人を注意深く見ることができて……だからこそ気付いたこともあって……すぐにどっちか決めちゃってたら、二人のそんな一面を知らないままでいたんだから。なんか、二人をわかっているようで、実は全然わかってない勘違い野郎のままだった」
思ったより熱く語ってしまったことに気づいて、ハッとしてしまう。
結局これは、どうあがいたって言い訳なのだ。
瑞望と泰栖さんから冷たい視線を浴びるものと思っていたんだけど。
「本当に、翔ちゃんは優柔不断だよ」
「そうですね。ここまで決められない人とは思いませんでした」
「でも、うちらのいいところを見てくれたってことでもあるもんね」
「やっぱり川幡くんは、誠実で優しい人ですよ」
不思議なことに、二人とも納得してくれていた。
瑞望にしろ、泰栖さんにしろ、今まで見たことがないくらい充実した表情に見えた。
「わかりました。私からはもう何も咎めることなんてありません」
実に優雅な所作で会釈する泰栖さん。
「二人とも、お幸せに。でも、瑞望ちゃんも川幡くんも、これからも私に構ってくださいね?」
「もちろん! これまでよりずっとずっと仲良くしたいよ!」
「俺だって、実行委員で一緒になったのは楽しかったし」
泰栖さんと、ここで交流を絶つ理由はどこにもない。
そうだ、と口にしたときの泰栖さんは、思わず惹き込まれてしまいそうな穏やかな顔つきで。
「今回は振られてしまいましたが、告白は一度しかしてはいけないルールなんてありませんよね?」
ふわりと吹き付ける風でなびく、栗色の髪を押さえつけながら言った。
「今も、いえ、以前よりもっと川幡くんのことを好きになってしまいましたから」
にっこり微笑んで、泰栖さんは今度こそその場を去った。
とんでもない爆弾発言を残して……。
俺も瑞望も、しばらくぽかんとした顔をすることしかできず。
「ええっ!?」
瑞望の叫びで気がついたときには、瑞望から「どういうことなの!?」という質問攻めを受けた。
俺にもわからない。
けれど、もはや泰栖さんは、以前のような繊細で引っ込み思案な女の子ではなく、本当の意味でたくましい女の子へと変身したのは確かなことなのだろう。




