第46話 決戦
豊浜が去ったあと。
校舎裏には、俺と瑞望だけが残されていた。
目の前の瑞望は、口をとがらせて不満そうにはするものの、俺の言葉を待つように立っているように見えた。
「瑞望、俺から説明させてもらってもいいか?」
「……いいけど」
よかった。応じてくれるらしい。
「あたしは翔ちゃんのカノジョみたいだし? 翔ちゃんだってなんか言いたいことくらいあるんでしょ」
豊浜の前で彼氏面したことは正解だったのかもしれない。
今のうちだ。
ここで挽回しないと、もうあとはない。
「ずっと言えなくてごめん。俺は、瑞望と付き合うって決めてからまもなく、泰栖さんから告白されたんだ。瑞望の家からの帰りに、偶然会って」
「……やっぱり」
うつむく瑞望。
昨日ここで、泰栖さんから返事を求められたことを思い出しているのかもしれない。
「もちろん泰栖さんは、俺と瑞望が付き合ってることを知っていたわけじゃない。でも俺は、それをいいことにずっと泰栖さんに返事ができなかった。……俺には瑞望がいたのに、泰栖さんのことも気になっちゃって、ずっと決断を先延ばしにしていたんだ」
俺は、頭を下げた。
「泰栖さんと天秤にかけながら瑞望と一緒にいるなんて、瑞望からしたら絶対嫌だよな。俺は豊浜に怒ったけどさ、でも俺だって豊浜と同じようなことをしてたんだって気付かされた。俺がもっとしっかりしてたら瑞望にも嫌な思いをさせることはなかったんだ……本当にごめん」
再び顔を上げたとき、瑞望は激怒している風でもなかった。
ただ俺の話を、真剣に聞こうとしてくれている。
「でも、瑞望を大事にしたいのは本当なんだ。瑞望は小学生のときに俺を助けてくれたヒーローだし、一緒にいて楽しいし、居心地だってよかった。瑞望を裏切るわけにはいかないから、泰栖さんには断る返事をしようとしていたんだ。昨日、瑞望が出くわしたのは、ちょうどそういう状況のときだったんだ」
「ま、待ってよ!」
胸元で重ねた両手を見下ろしながら、瑞望が言う。
「なんで、あたしなの? きーちゃんの方がずっといいじゃん。きーちゃんよりあたしを選ぶなんて納得できないよ」
「なんで瑞望が納得できないの……?」
困惑する俺。
「だって! きーちゃんの方が綺麗だし、背が高くて優しいし……きーちゃんから告白されてるのに、それでもあたしを選ぶなんてマニアックじゃん! ていうか逆張りでしょぉ!?」
ここに来てまさか瑞望のコンプレックスが爆発するとは。
泰栖さんと比べてしまうのは、豊浜や俺だけではなく瑞望もそうらしい。
「きーちゃんみたいにはおっぱいないの知ってるでしょ!?」
「いや、そこは別に」
「やっぱりマニア! 変態!」
俺はなんで好きだと言ってるのに罵倒されてるんだ……?
「瑞望、泰栖さんへの返事で迷ってた俺のことだから、誤解させちゃってるのかもだけど……」
これだけは、知っておいてもらいたかった。
「あの日、瑞望の部屋で瑞望と付き合うって決めたときも、瑞望は今と似たようなことを言って疑ってきたよ。自分より泰栖さんの方がずっといい、って。でも、あのとき俺は、瑞望が泰栖さんに負けてないって思ったから、瑞望と付き合うって決めたんだ。瑞望だって、いいところがいっぱいあるって思ってたから、泰栖さんと比べて自分を卑下してほしくないと思って……」
泰栖さんの告白を断る返事を、すぐにはできなかった俺だから、あまり説得力はないかもしれないけれど。
でも、瑞望を好きな気持ちだって本心なんだ。
そうじゃなかったら、どちらにするか揺れ動いたりしない。
本当に俺は優柔不断だ。
そのせいで、こうして瑞望に迷惑を掛けている。
だからこそ、今度こそ曖昧にすることなくハッキリと伝えなければ。
「俺は、瑞望、お前の方が好きなんだ。昔から変わらず仲良くしてくれるお前が。泰栖さんから告白されてたとしても、瑞望と一緒にいたいって思うよ」
「……しょ、翔ちゃん」
瞳を潤ませる瑞望の背後で、ぱたり、と何かそれなりの重さがあるものが、校舎裏の芝の上に倒れた音がした。
それはどう見ても人の形をしていて。
「き、きーちゃん!?」
校舎の物陰から上半身がはみ出るかたちで、泰栖さんが倒れていた。
俺たちが駆け寄る前に、泰栖さんが体を起こす。
「すみません……盗み聞きをしてしまって」
制服を手で払い、立ち上がる泰栖さん。
「瑞望ちゃんをこっそり追いかける川幡くんの姿が見えたものですから。つい私も追いかけてしまいました」
「えっ、えー、見られてたの!?」
よほど恥ずかしかったのか、俺の後ろに隠れてしまう瑞望。
「瑞望ちゃんもそうですが、川幡くんが正直に想いを伝えるところ、私は見てしまいましたから。私に黙って瑞望ちゃんとお付き合いしていたことも、私とお付き合いしてくれる気がないことも……」
泰栖さんは、俺にしっかりと視線を向けてくる。
「川幡くんはやっぱり誠実な人ですが……残念です。あなたがもっと不誠実なら、私も川幡くんとお付き合いできるチャンスがあったかもしれないのに」
瑞望となら二股でも構わないと言っているようにも聞こえるんだけど……。
でもそんなことになったら俺の方が精神的に保たないだろうな。瑞望と付き合っている状態で泰栖さんからの告白の返事をどうするか考えるだけでも、二股をしている後ろめたい気分でいたのから。
「だから、お断りの返事をもらってしまったことは、もういいんですよ。また告白すればいいだけの話ですから」
「あの……」
「それより私は、瑞望ちゃんに言いたいことがあるんです」
聞き捨てならないことが聞こえた気がしたのだが、泰栖さんは俺に口を挟む機会を与えてくれず、俺の背後から恐る恐る出てきた瑞望と向き合う。
「あ、あたし……?」
「そうです。私は瑞望ちゃんを大の親友だと思っていました。それなのに瑞望ちゃんは、ずっと恋人がいることを隠していたんですよね?」
試合開始直前のフェイスオフのように、間近で視線を合わせる泰栖さんと瑞望。視線を逸らし気味な瑞望の方が不利か。
「親友に隠し事をしていた弁明を、ここで聞きたいんですよ」
穏やかに微笑む泰栖さんと、緊張の面持ちながらどうにか視線を合わせようとする瑞望。
そして立ち位置の都合上、ガッツリ当事者のくせに二人を裁くレフェリーのようになってしまっている俺。
俺と瑞望の対峙は、いつの間にか瑞望と泰栖さんへと移行してしまっていた。




