第45話 みっともない俺でも立ち上がらないといけない
その日1日中、俺は教室の瑞望のことを気にしていた。
瑞望が受け取った手紙……ラブレターの返事をするために、呼び出された場所へ行くのではと気になっていたから。
瑞望に視線を送りまくったせいで、俺はクラスメイトから挙動不審のキモいやつ扱いされてしまったけれど、今はそんなこと気にしていられない。
瑞望と泰栖さんも、いつものような関係性じゃなくなっていた。
休み時間になっても、いつも見かけるように二人が近くにいることはなかった。それでもクラスメイトは普段通り泰栖さんの周りに殺到するのだが、新入生歓迎会の一件のおかげか、瑞望を介さなくてもちゃんとコミュニケーションを取れるようになっていて、大きな混乱が起きることはなかった。
そして、放課後。
ついに、その時がやってきた。
運動部の助っ人に向うのでも、帰るために学校の外へ出るのでもない。
昇降口を出たとき、瑞望はそそくさと校舎の脇へと回り込んだ。
こそこそと追いかける俺。
思った通り瑞望は、校舎裏で立ち止まった。
俺は瑞望に見つからないように、ちょうどいい高さの生け垣に身を隠す。
見たところ、この場にいるのはまだ瑞望一人だけのようだ。
瑞望に告白するべく呼び出したヤツ……いったい誰なんだ?
クラスメイトの男子は瑞望を過小評価しているから、他クラスの男子かもしれないと考えていたのだが。
「おう、悪いなぁ、こんなとこまで呼び出しちゃってよぉ」
姿を現したのは、俺からすれば意外にもほどがあるヤツだった。
「豊浜くん?」
そう。
瑞望を呼び出したのは、豊浜篤紀だった。
この場所は、以前俺が告白の罰ゲームに巻き込まれたところ。
そこに豊浜が加われば、また性懲りもせずに告白を罰ゲームにする遊びでもしているのかと疑ってしまう。
瑞望をくだらない遊びに巻き込もうとしている。
そう思うだけで、なんかイラッとする。
「いや、ここまで呼び出しちゃったのはさぁ」
俺からすれば不快なニタニタ笑いはいつもどおりの豊浜だけど、心なしか緊張しているようにも見える。
しばらく向かい合っていた二人だけど、やがて豊浜の方から意を決したような顔をして。
「おれ、お前のことが好きなんだよ!」
「え……」
もしかしたら瑞望以上に俺の方が驚いているかもしれない。
この手の罰ゲームには、周囲にも他に見張っている人がいそうなものだけど、見た感じ俺以外に告白の現場を覗いている気配はない。
……ということは、本気なのか? あの豊浜が?
「きーちゃんじゃなくて、あたしなの?」
「えっ? 泰栖? うん、まあ……」
何故そこで口ごもるのか。
なんか怪しいな。
もしかして、ステージイベントの打ち合わせであれだけバッサリやられた泰栖さんにまだ未練があるのに瑞望に告白してるんじゃないだろうな……?
「で、でもおれ、泰栖ほどじゃなくてもお前のことだって結構可愛いなってずっと思っててー」
待て。
告白……したいんだよな? 好きって気持ちを伝えるために呼び出したんだろ?
なんでそこで泰栖さんを比較対象に出すの……。
「そ、そうかな……?」
気後れしながらも、頬は染まっている瑞望。
豊浜の言葉を聞いて好きになっちゃっているというより、「本当にあたしが告白されてるの?」っていう動揺と戸惑いの方が強そうだ。こういうかたちで告白された経験が浅いのかもしれない。
「そうだよ! だからさ、いいだろ? お前だって付き合ってる人なんかいないんだし、今ヒマだよな?」
「あの、あたしは……」
「大丈夫! おれは背が低いことも胸が小さいことも気にしないから!」
調子に乗り始める豊浜。
豊浜の言い草から、思ったことがある。
これは一応、罰ゲームではなく、豊浜なりの本気の告白ではあるのだろう。
瑞望の心を動かしてやろうとする熱意も一応は感じる。
だが、見え隠れするその魂胆がちょっと……どうなのって。
こいつ、本命は未だに泰栖さんなんだけど、付き合うのに簡単な存在だから「じゃ、浅葱でいっか!」なんて軽い気持ちで告白したらしい。
許せねえ。
許せない……けど。
結局俺も、やっていることは豊浜と同じなんだよ。
憧れの泰栖さんに嫌われたと思って、そこでちょうど瑞望が優しくしてくれて、俺のことを満更でもないと思ってくれていたから、絆されて付き合うようになった。
俺は……バカにしていた豊浜と同じレベルの人間だ。
今まで、どれだけ恥ずかしい行為をしていたのか、他人の姿を通すことで自覚できたよ。
豊浜以上に俺のことをぶん殴りたいけど、今はそんなことをしている場合じゃない。
「待ってくれ!」
生け垣から飛び出して、俺は瑞望を背にするようにして立ちはだかった。
「えっ!? し、翔ちゃん?」
「はぁ? な、なんで川幡が出てくんだよ!?」
慌てる豊浜。
見られて恥ずかしくなる反応をしているということは、やっぱりガチ告白ではあるのか。
「お前、ずっと見てたのか!? 人の告白をよぉ!」
「見てたよ。お前の酷い告白をな。豊浜、お前全然わかってないよ」
「はぁ?」
「瑞望はな、泰栖さんの引き立て役なんかじゃないんだよ。どうせ上っ面しか知らないだろ? お前、料理上手で毎朝栄養バランスしっかりした弁当作ってくれるマメさや甲斐甲斐しさを知ってるのか? 恋人らしくしないとって思って距離感バグる瑞望がどれだけ健気かわかってるか? それにお前、制服姿の瑞望しか知らないだろ。私服姿の瑞望を見てみろ、お前の想像より200%ヤバくて飛ぶぞ?」
早口でまくしたてる俺。
我ながらキモいかなと思えるくらいの熱量で口にしてしまった。
すると、くいくいと袖をつままれる感触があった。
「翔ちゃん……」
瑞望からは、今朝あったような拒絶するような雰囲気が消えていて。
「い、言いすぎだよぉ。そこまで言ってくれなくていいから!」
言った俺より言われた瑞望の方が恥ずかしいとでも言いたげだった。
「なんなんだよお前、浅葱に詳しすぎね!? なんで!? 浅葱研究家の権威かよ!?」
不思議な驚き方をする豊浜。
俺と瑞望の関係性は、泰栖さんを含むクラスメイトにはずっと秘密だった。
気を遣いがちな泰栖さんといつも通りに付き合えるように、という瑞望なりの配慮があったわけだけど、泰栖さんにバレてしまっている今、もう関係ない。
「詳しいのは俺が、浅葱さん……いや、瑞望と付き合ってるからだよ。だからよく見てるんだ」
「なっ……!?」
「しょ、翔ちゃん!?」
驚愕する豊浜と、それ言っていいの!? とばかりに驚く瑞望。
「だ、騙したなぁ!」
憤慨する豊浜。
「騙したっていうか、黙ってただけだけど」
「ふん! もうそんなヤツ知らね! おれの女にするには地味過ぎるからな! 地味は地味同士仲良くしてやがれ!」
なんとも最低な捨て台詞を残して去っていこうとする豊浜。
だが、いくら温厚かつ臆病な俺でもこんなことを言われて黙っているわけにはいかない。
待て、と俺は豊浜に首根っこを掴む。
「瑞望の魅力なんて何一つわからなかったくせに。お前は二度と、そんな悪口を言うんじゃないぞ!」
これは豊浜への怒りであると同時に、豊浜と似たようなことをしてしまった俺自身への戒めである。
「ちっ、わ、わかったよ……こんなお遊びでムキになりやがってよー」
青い顔の豊浜はこちらの様子をちらちら伺いながら逃げ去っていった。
豊浜なんかを追い返して一件落着気分に浸るわけにはいかない。
今度は俺が、瑞望に『告白』する番なのだから。




