第44話 最大の危機
翌朝。
普段から俺は、アラームを止めてもなかなかベッドから出られずにグズグズしてしまうのだが、この日は違った。
登校している最中も、気分が暗く沈むことはなく、足取りはむしろ軽やかですらあった。
相変わらず、瑞望からの返事はない。
いつもなら、毎朝体育倉庫裏で弁当を渡してくれるのが恒例になっているけれど、今日は絶対無理だろうな。
一応、学校にたどり着くと、体育倉庫裏にて瑞望が来るのを待ってみたのだが、もちろん姿は見えず。
わかっていたこととはいえ、寂しさはあるものの、それでもめげる気はなく昇降口へ向う。
「…………」
靴箱の前で、ちょうど上履きを引っ張り出そうとしていた瑞望と遭遇してしまった。
「お、おう……おはよう」
流石に対面となると緊張する気持ちが湧いてきてきてしまう。
「…………」
知らん顔で顔を背けられた。
いつもの瑞望なら、翔ちゃん! と輝く笑みを見せてくれるだけに、俺がどれだけ気分を害するようなことをしてしまったのか、改めて痛感する。
「あのさ、昨日は……」
それでもどうにか言葉を続けようとするのだが、瑞望は聞く耳持たずな様子。
瑞望が上履きを引っ張り出したとき、何かがひらりと落ちた。
二つ折りになって、一枚の紙だ。
紙を拾い上げた瑞望は、無言でそれをじっと目にする。
なんだろう。文字が書かれてるみたいだし、手紙っぽいけど。
いや、話に聞いたことがあるぞ。
好きな人に思いを伝えるべく呼び出す手段として、お手紙を使うことがあると。
「瑞望、まさかそれ」
「ラブレターだって。今どき。あたし、初めて見た」
紙をヒラヒラさせる瑞望。
「ら、ラブレター!? なんで?」
「なんでもなにも、あたしを好きって言ってくれる人がいるからだよ。……ちゃんとあたし宛てだし」
瑞望はこれまで、呼び出されたと思ったら泰栖さんへの仲介を頼まれるだけだった。
だとすると、これから瑞望に告白しようってヤツは、ちゃんと瑞望の魅力をわかってるってこと?
俺よりずっと誠実そうなヤツの告白を邪魔しちゃいけない。
そんな弱気に阻まれそうになるけれど、ここで退いたら絶対にダメだ。
「瑞望、聞いてくれ。話したいことがあるんだ。だから、そんな誘いに乗らないでくれ」
「……行くよ。せっかくだから」
話し合う気はありません、とばかりに背中を向ける瑞望。
「そもそもカワバタくんはあたしに黙ってきーちゃんとも付き合おうとしたんだから、そんなこと言う資格ないよね?」
悪いのは俺の方。返す言葉もない。
「でも、瑞望、俺は」
「このままぼーっとしてたら予鈴鳴っちゃいそうだし、もう行くね」
スタスタと去って行ってしまう瑞望。
取り付く島もない様子の瑞望を相手に挫けそうになるのだが、せっかく歩衣に檄を飛ばしてもらったのにこのまま何も無いことにはできない。
いや、何の成果もないままだったら、実家の敷居を跨ぐことはできなくなるだろうな。
このまま諦めるなんてことはできなかった。
俺も教室へ向うために、靴箱から上履きを取り出そうと振り向くと、目の前に泰栖さんが立っていた。
その場にいるだけで、空気が清らかになるような特別なオーラを放つその美少女は、俺を一瞥すると。
「すみませんが、しばらく私に話しかけないでほしいです」
聖女様が、俺限定の氷姫になった。
ほんの数日前は、俺のことを好きだと言ってくれて、大事な指輪まで手渡そうとしてくれたのに。
だからこそ、その反動でこんなことになっているのだろうけれど。
泰栖さんはいつものようにバッグから取り出した上履きを履くと、俺の横をすり抜けて、去って行こうとする。
「泰栖さん、本当にごめん。あの場に置いてけぼりにして……」
俺は言った。
とにかく、それだけは言っておかないといけないと思った。
泰栖さんは、背中を向けながらも立ち止まってくれる。
「私はあなたに怒ってますよ。……瑞望ちゃんにも」
「瑞望……?」
なんで瑞望が? と訊ねる前に、泰栖さんは続ける。
「あなたのことは、ずるい人だと思ってます。でも、川幡くんの何もかもに怒ってるわけじゃありません」
泰栖さんは、ちらとこちらに振り返る。
「ちゃんと返事は受け取りましたから」
「え?」
なんで?
俺、泰栖さんに返事をしようとして、結局できなかったのに。
あのとき、今度こそ返事をしようとしたとき、瑞望を追いかけてしまったから――
「私を置いて、瑞望ちゃんを追いかけたのが答えとわかっていますから」
「あ……」
「だから、私は瑞望ちゃんにも怒っているんです」
あのとき、瑞望を追いかけたことで泰栖さんは気づいてしまったのだ。
俺と瑞望が、単なるクラスメイトではないことに。
だから泰栖さんは告白の返事を受け取ったと言っているのだろう。
瑞望を追いかけることで、自分ではなく親友を選んだと悟ってしまったから。
こんなかたちで返事をするつもりじゃなかった。
泰栖さんには、しっかり自分の言葉で伝えるつもりだったのだ。
「しばらく関わろうとしないでくださいね」
そして今度こそ、泰栖さんは早足で去ってしまった。




