第106話 迎えが遅れたヒロイン
「待たせたな、ルナ」
俺たちは近くで起きた誘拐被害を基に、次にルナが現れるであろう村を推測した。
それから、いくつかある『大蛇の牙』が使っていたトロッコの出口の情報を基に、ルナが奴隷を引き渡せそうな所を手当たり次第に捜索していた。
幸い、リリナの耳と鼻、アリシャの目のおかげもあって、こうしてルナを見つけることができた。
目の前にいるのが『変化』した状態のルナということもあって、別人かと思ったがどうやら間違いではないらしい。
……リリナの嗅覚には感謝しないとな。
「ロイド、なんでここに?」
すると、知らない少女の姿をしたルナが一歩後退った。
俺は動揺しているルナに一歩二歩と近づいてく。
「ルナを探しに来たんだよ。色々話をしたいんだ」
「う、受取人は?」
ルナはそう言って辺りを見渡す。
受取人?
俺がルナの言葉に首を傾げていると、アリシャがじっとルナを見て口を開く。
「『大蛇の牙』のことを言っているなら、もう来ませんよ。どんどん逮捕されて行ってますから」
ルナは目を見開いて驚いてから、また俺から距離を取ろうとした。すると、ルナが手を繋いでいる女の子がルナを見上げる。
「お姉ちゃん、この人がお姉ちゃんに良くしてくれたって人?」
「う、ううん、違うよ。この人たちは悪い人なの、近づいちゃダメだからね」
ルナは咄嗟に首を横に振って、小さい子と繋いでいる手の力を強めた。すると、俺の隣にいたリリナがスッと俺の前に出た。
「ロイドさまを侮辱するのは許せませんね」
「まてまて、リリナ。言っただろ、ここは俺に任せてくれって」
俺は慌ててリリナの手をくんっと引いて、リリナを落ち着かせる。それから、俺はリリナの手を引いたままルナに視線を向ける。
「ルナ。おまえ、昔モルンにいたことなかったか?」
「モルン? な、なんでそんなこと知ってるの?」
ルナはぴくんと眉を動かしてから、眉根を微かに寄せた。
やっぱり、モルンで連れていかれた妖狐というのは、ルナ自身もしくは関係のある人だったようだ。
「ルナ。おまえ、誰かに命令されてこんなことやってるんだろ?」
「っ」
俺がそう言うと、ルナは一瞬言葉に詰まったような反応をした。
どうやら、俺の想像通りらしい。
……本当は、想像通りであってほしくはなかったんだがな。さすがに、俺の想像通りだとしたら、ルナがあまりにも可哀想すぎる。
俺はそう考えながら、ルナを見つめる。
「詳しくは分からないが、今までの言動を見るとそんな気がしたんだ。誰かに脅されてやっているんじゃないかってな」
「……だったら、なに?」
ルナはぽつりと言葉を漏らして俯いた。
その言葉が続きを欲しがっているような気がして、俺はまっすぐにルナを見ながら口を開く。
「ルナを捕まえるために探しに来たわけじゃない。助けるために探しに来た。色々と教えてくれないか?」
ルナは顔を上げて一瞬涙ぐんだ眼を俺に向けてきた。しかし、すぐに何かに気づいたように手を繋いでいる女の子を見てから、悲しそうに首を横に振る。
「今さら……ボクだけ助けてもらうことなんてできないよ」
ルナがそう言った瞬間、隣にいたリリナの銀色の耳がぴくぴくっと動いた。そして、リリナはバッと空を見上げて指さした。
「ロイドさま! 何か飛んできます!」
リリナに言われて顔を上げると、空から凄い勢いで俺たちに向かって急降下してくる魔物がいた。
見覚えがあるような魔物の登場に、俺は眉根を寄せる。
「また、あいつか」
こちらに向かってきているのは、ライオンのような顔と体に大きな翼、サソリのような尾を持った魔物。少し前、採掘場で戦ったばかりの魔物と同じマンティコアだった。
俺はマンティコアの動きを確認しながら、リリナとアリシャに両手を向ける。
「『支援』。二人とも頼むぞ」
すると、俺が支援をかけ終えたタイミングで、俺たちの近くに空からやってきたマンティコアが勢いよく着地した。
「ガアアアア!!」
そして、登場と同時に咆哮をしている様子を見ると、かなり興奮しているように見える。
以前倒したマンティコアよりもでかく、筋肉も爪も一段と大きいような気がした。
「なんか、やけにでかいな」
「あの妖狐の子が呼んだんでしょうか?」
アリシャがちらっとルナを見たのに釣られて、俺もルナを見る。しかし、ルナは目の雨に現れたマンティコアを見て目を見開いて後退っていた。
それから、マンティコアはルナを強く睨んでまた咆哮を上げた。
「あれ? ルナたちが狙われてないか?」
俺が前のマンティコアと様子が違うことに気づくと、マンティコアはルナたちに襲いかかろうと大きく片方の前足を振り上げた。
「え、え?」
すると、ルナが連れていた女の子が、ぺたんと腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
ルナはその子の手を引こうとするが、女の子は上手く立ち上がることができないでいた。
「お姉ちゃん、立てない! 立てないよぉ!」
「っ」
すると、ルナは何を考えたのか、連れていた女の子の手を引くのを諦めて、女の子を庇うように抱きしめ、マンティコアに背を向けた。
「まずいっ」
ルナの背中目がけてマンティコアの一撃が振り下ろされそうになったとき、俺はそんな言葉と共に剣を引き抜いて足にぐっと力を入れた。
「『縮地(魔)』!」
俺は一気に跳躍してルナとマンティコアの間に体を入れると、その勢いのままに剣を振るう。
「『豪力(魔)』」
「ガアアアアアア!」
俺は以前と同じようにそのまま『消化液』を使おうとしたが、以前よりも力が強いマンティコアということもあり、中々指を柄から離すことができずにいた。
「おおおおっ!」
俺はなんとかマンティコアの爪に剣を沿わせて、マンティコアの攻撃を受け流す。すると、マンティコアの攻撃は地面をえぐり取って、地面に荒々しい爪の後を残した。
「キャア!」
ルナが手を繋いでいた女の子はパニックになった様子で、大きな悲鳴を上げていた。
俺がマンティコアの一撃を受けてふらついていると、マンティコアは地面をえぐった片手で、裏拳をするようにルナたちに追撃をしようとした。
重心がぐらついて上手く剣を振れない。
そう考えた俺は、咄嗟に片手を立て代わりにするようにして二人の前に立つ。
「『鉱石化(魔)』」
「ガアアアア!」
ガガガッ! ビキッ!
俺が鉱石化した片手でマンティコアの攻撃を受け止めると、鉱石化したはずの片手が鈍い音を立てた。
一瞬そのまま砕けるのかと思ったが、それよりも早く俺の体は後方に吹っ飛ばされてしまった。
「「ロイドさま!」」
リリナとアリシャが俺を呼ぶ声を聞きながら、俺はルナたちもろとも巻き込みながら転がっていく。
俺は転がりながら、後方に広がる景色をパッと見て肝を冷やす。
マズい、こっちの方面ってもろ崖じゃないか!
俺は鉱石化した状態の片手を使って、強引にブレーキをかけて強制的に体を止まらせる。
「キャア!」
すると、俺の後方からそんな悲鳴が聞こえてきた。悲鳴が聞こえてきた方を見ると、ルナが連れていた子供が崖ギリギリの所まで転がってしまっていた。
それでも、なんとか踏ん張れたらしく、崖下を見て小さく震えていた。
「え」
しかし、それも一瞬のこと。ルナが連れてきた女の子が動いた瞬間、崖が崩れて女の子の足場が崩れてしまった。
俺はこちらに手を伸ばしながら落ちていく女の子を見て、すぐに体を起こしてスキルを使おうとした。
その瞬間、女の子の近くにいたルナが咄嗟に女の子の手をぐんっと引いて、落ちそうな女の子を引っ張り上げた。
崖の上にいる人と位置を入れ替えるようにして。
「ルナ!」
ルナは一瞬、俺の声にちらっと振り向いてから、どこかすっきりしたような表情でそのまま崖の下へ落ちていった。
憑き物が取れたかのような表情を前に、ルナが色んなことを諦めたのだと悟った。
「リリナ、アリシャ! この子とマンティコアは任せたぞ!」
こんな所で死なせるわけにはいかない。死んで終わらせていいはずがない。
悪事に手を染めるしかなくて、苦しんだ先に訪れた死が救いだったなんて悲しすぎるだろ。
「『縮地(魔)』!」
俺は一気に崖までスキルで跳ぶと、ルナの跡を追うように崖の下に飛んでいった。
「「ロイドさま!」」
俺は二人の叫び声を聞きながら、落ちていくルナに手を伸ばすのだった。




