時間単位の表明とアルティス本部
《マスター、先程の侍女は罰を与えても構いませんか?》
《いや、何かされたわけでもないし平気だから大丈夫だ》
龍真にだけ聴き取れる声量で伝達し"対談の間"から足早に立ち去って行った侍女に鋭い視線を向けたミアティスは主人の龍真に念話で彼女の処罰を求めたが、龍真は同じく念話を使いそれを制止した。
《"貴方達ごときがリオン様の護衛など、陛下が許しても私は許したりしないんだから。後悔させますから覚悟しておいて下さい"…か、新たな"面倒事"の予感だな主よ》
龍真に聴こえる声量で話すということは当然スレイモンスターとして傍に控えるミアティスとシオンには筒抜けなのである。
つまりあの侍女が小声で話した成果を得られたのは皇帝とリオンだけだったのだ。
楽しそうなシオンを見て返事の代わりに軽く息を吐いた龍真は念話を控えて皇帝の方へ向き直る。
あまり長時間会話の間を開けるのは得策ではなかったからだ。
「ごほんっ、では…私から、直接龍真達に身分証明の品を手渡そう。大事に保管しておくと良い」
「ありがとうございます、陛下。大切に使わせて戴きます」
侍女から身分証明を手渡された皇帝は、軽く咳払いすると龍真達にそれぞれ手渡し、龍真、ミアティス、シオンはそれを受け取ると揃って礼を告げて敬意を示した。
「龍真様達の要望が無事叶って良かったですっ。それでは父様、リオン達はアルティスに行ってきますね!」
「うむ…気を付けて行ってくるのだぞ。龍真、リオンを宜しく頼む」
「っ、はい、失礼致します陛下」
龍真達に身分証明を手渡すという用件が済むと数日ぶりに水入らずで行動出来ることに喜びを隠していないリオンが話を切り上げ、父親である皇帝の前だというのも構わず龍真の手を引いて"対談の間"を後にした。
リオンの行動に一瞬眼を丸くした皇帝だったが我に返ると専属の護衛となった龍真達に声を掛け、リオンに引かれながら龍真は何とか挨拶を済ませるのだった。
「…………」
「彼がリオンの認めた殿方、というわけですね」
龍真達が居なくなった"対談の間"には皇帝だけが残り、少しの間静寂が部屋を包み込んだが皇帝の背後から人影が現れる。
「見ていたのか…どうだ?お前から見て彼の印象は」
「勿論、護衛試験も離れた場所からちゃんと。………そうですね…─────」
皇帝は背後から近付いてきた存在が誰なのか把握しており、特に取り乱すこともなく視線を傾けると2人で今後のことについて語り始めたのだった。
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龍真達は"対談の間"を後にするとリオンに先導されるがままに城を出て、城下町の方へ移動した。
「…リオン様、此処からアルティスまではどれくらい掛かるのですか?」
城から外へ出ると龍真の手を引いていたリオンも流石に手を離し普通に並列して歩いていた。
一見すると誰にも聴かれていない状況だが、それでも皇女と護衛が親しく話しているのが臣民の耳に届いては面倒なので公的な態度でリオンにアルティスまでの経路を訊ねる。
「此処からだったら結構早いですねっ、恐らく1ライカも掛からないと思いますよ」
「成程。では早い内に登録を済ませなければなりませんね…」
リオンの指す【1ライカ】とは1時間と同意味の単位である。
因みに1分は【1テミット】、1秒は【1セストル】…と分類される。
"勇滅の森"で事前学習済みの龍真はこの世界の単位にも順応し、違和感を感じも与えもせずアルティスへ向けて足を進めたのだった。
「それにしても…身分証というのがリングだったのは驚きましたね」
城を出て街を歩く最中、皇帝から手渡された身分証明として受け取り装着したリングを眺めていたミアティスがふと呟いた。
「そうだな、それは俺もだ。てっきり証書やプレートみたいな物だと思ったんだけどな」
「龍真様、確かに他の場所ではそういった物で身分を証明する形が多いんですが、それだと持ち運んだり所持していたら破損したり劣化してしまいますよね。なのでリリーファルナの皇族の者や力のある方々はこうして魔力で保護した形で持ち歩いているんですよ」
(…所謂簡易的な"マジックアイテム"ってところか。人族の中で生活してないシオンには存在の有無を聴いても仕方無いって思ったがこの様子だと結構流通してるっぽい感じだな。どんな便利アイテムがあるか探してみるのも楽しいかも知れない)
「?…龍真様?」
身分の証明に関してリオンの説明を聴いた後、黙って考え込んでいる龍真に気付いたリオンは少し不安そうな表情を浮かべ龍真を覗き込む。
何か失礼なことを言ったのだろうかと心配になったようだ。
「いや、何でもない。ただそういう風に加工出来るっていうのは便利なものだと思っただけだ」
「そっか、他ならぬ龍真様達に不備の無い品を渡すことが出来たなら良かったですっ」
「和んで話しているところ悪いが皇女よ、あの建物がアルティスで間違いないのだろう?」
リリーファルナの王城を出て城下町を歩き中央区分に差し掛かると全方位拓けた場所に大きな建物がそびえ立つ。
「はい、シオン様。あれが帝都リリーファルナのアルティス本部になりますっ。御覧になるのは初めてですか?」
アルティス本部を視界に捉えたシオンが振り向き、リオンに確認するとリオンはすかさず返答した。
長年生きてる聖獣ともなればアルティスの事も把握済みだとばかり思っていたシオンからの確認にリオンは他意なく問い掛ける。
「なに、私もアルティスという存在自体は当然知っているのだが人族に特化して詳しいわけではないからな。念の為の確認を取ったまでだ」
"なるほど!"と合点のいったリオンを尻目に"今回みたいに人化して紛れ込めば容易いんじゃないのか…?"と内心突っ込みたい龍真であったが、登録する直前で面倒な問答をするのは得策ではないと思い呑み込みつつ聞き流したのであった。
「帝都リリーファルナ・アルティス本部へようこそ!…あら、見慣れない顔ですね。初めてのご利用ですか?」
アルティスの扉を開けると龍真達の前にウェイトレスを思わせる格好の女性達がおり、柔らかな笑みを向けて出迎えてくれた。
アルティスの接客担当の職員だろう、その職員達の中から2人の女性が龍真達の前に来るとそれぞれの容姿を確認し、見事初めての利用者だと言い当てた。
(…成程な、職員として大勢の顔を覚えてるわけじゃなくてスキルで照合してるのか)
完全に把握出来てない場所への訪問ともあって龍真はアルティス本部に入る以前に【識別眼】を発動し状況を探っていた。
と言ってもリオンの護衛として認められる前から基本的に発動させて過ごしていたのだが。
(あの認識スキルは変装してる相手を見破ったりするのに役立ちそうだな。俺はこれで見分けられるけど仲間にもあった方が良さそうだ)
職員の持つスキルが今後の自分達の行動に役立つと判断した龍真は多少申し訳なく思うものの、【識別眼】と併用し今まで使わずにいたスキルを発動させる。
(…対象、顔認識スキル…【技巧模倣】)
龍真がスキルを発動させても回りに特別な変化は起こらない。
仮にその様な予備動作があったりしたらそのタイミングを狙って反撃されているだろう。
《龍真さん、スキル発動に成功したから新しいスキルが増えたけど…今確認する?》
【技巧模倣】が無事行われ龍真のスキルが増加したことで、久々に表に出てきた龍真の精霊・もちこがステータス更新の閲覧確認をしてきたが、この場でするのは明らかに不自然な為"後で確認する"と龍真が念話で応えるともちこは潔く引き下がったのだった。
「そこの方、もしかして…」
ふと気が付くと【技巧模倣】の対象として選んだ職員が龍真の方を凝視していた。
コピーした相手に何のリスクも反応も与えない筈だと思っていた龍真は何らかの形で行動を察知されていたら面倒な事になりそうだと思いながらも彼女の方を見返す。
すると職員は少し前傾姿勢になりながら龍真の方へ近付いて来たのだった。
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