帝都城下門
「…これで良し、邪魔が入りましたがリリーファルナに行きましょうか。遺品や荷物の方は出しておきましょう…荷物は自分が持ちますから」
龍真の真摯な嘆願を受け入れてくれたリオンに"ありがとうございます"と礼を述べ、暗殺者達の亡骸を【自由保存】に収納し終えた龍真はリオンの方へ向き直ると襲撃から気持ちを切り換えて帝都へ戻ることを提案した。
「そうですね、リオン達がいつまでも此処に留まっていても何も進展しないですし帝都に入りましょう。済みません、龍真様」
龍真の提案を素直に受け入れたリオンは帝都に入る判断を下し"はい、行きましょうリオン様"、"うむ、帝都を楽しむこととしよう"…とミアティスとシオンも後に続いて反応を示し、龍真が物陰に隠れ【自由保存】から荷物を取り出して用意を済ませると龍真達は帝都の城下門へ向かって歩き始めた。
ミアティスはしきりに龍真が纏めて持っている荷物を持とうとしていたが、流石に女子供に持たせる様子を帝都の人間に見せるのは印象悪いと感じた為その申し出は断ることにしたのだった。
(襲ってきた奴等…"予想より早く"って言ってたな…つまり離れたところでも連絡取れる手段があるってことだ。ってことはリオンが儀式をする時それを知らず、所持してなかったのは何でだ…?)
城下門へ向かい歩み始めると龍真は今回の襲撃とリオンの状況を照らし合わせ腑に落ちない点を考えていた。
暗殺者として活動している者が連絡手段を持っているのに国にとって代えがたい大切な存在である皇女のリオンとその護衛部隊が何の手段もないとは到底思えなかったのだ。
【自由保存】の中や荷物をこっそり調べて見るが龍真達とリオンが協力して弔った護衛部隊の荷物や遺品の中にもそれらしいアイテムは見当たらない。
(いずれにしても帝都に入ったからと言って安心してたら駄目だな…乗り掛かった船だ、徹底してリオンを守って根絶するしかないだろうな)
巻き込まれる予定の無かった龍真と言えど此処まで一緒に行動したリオンを今更見殺しにする程愚かではない。
不自然な事も頭の中に入れつつ今後の安息の為にも黒幕の確実な根絶を心に決めたのだった。
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帝都リリーファルナ・城下門
「あー…今日も1日平和に終わったなぁ…」
「平和なことが何よりじゃないかユージェス。強いて言うなら"勇滅の森"に成人の儀へ向かった皇女様が無事に帰って来て下さるか気掛かりだが」
「ジンヴァさん……」
この2人、ユージェスとジンヴァは帝都リリーファルナの城下門の1つである砦街テムジェ方面を守護する衛兵兼伝令兵だ。
リリーファルナの城下門は当然1つだけではなく、他3ヵ所に門があった。これはリリーファルナ全体の流通を円滑にする為というものの他に色々事情があるのだが此処では割愛しておこう。
話は脱線したがその各城下門を守護する衛兵ともなればそれなりに修羅場を潜り、経験に裏付けされた猛者が担当するのは必然だった。
ジンヴァとユージェスは先輩後輩の間柄で付き合いも長く精練された連携は他の城下門衛兵達に比べ頭一つ飛び抜けている。
先輩であるジンヴァの方は優男な顔立ちで華奢な体型をしており、気怠そうにしていた後輩のユージェスの方が筋肉隆々で強面で双方同じ胸当て、手甲、脚甲、額当てをしていた。
武器を見てみるとジンヴァは双剣、ユージェスは長槍を携えている。
この様子を見る限り防具は統一されているが武器に関しては己の得意な物を使えるのがリリーファルナの衛兵の基本的なスタイルであることは明白であろう。
「お前だってこの件について心配じゃないわけないだろう?無事儀式を終えたとしても疲弊した状態であの森に出たら全滅の可能性だって高いんだ…無事お帰りになれば良いが」
「心配しすぎですよジンヴァさん、リリーファルナ城内の衛兵達に加えて部隊を率いてるのはあのロディックさんなんですから。きっと今頃和気藹々と帰って来てますって!」
リオンの心配をするジンヴァを余所にユージェスはお気楽思考で大して気にも留めてなかった。
何故ならリオンの護衛部隊の隊長ロディックという男はリリーファルナにおいて指折りの手練れで知らぬ者が居ない程有名な人物だったからだ。
その為護衛部隊の全滅もロディックが神殿に行く前に力尽きるなどということも全く想像がつかなかったのである。
ロディックに至っては何者かに変異させられ守る筈のリオンを襲ったなど夢にも思わないだろう。
「しかし万が一ということもある…もしリオン皇女様達が無事お帰りにならなかったら皇帝陛下はどうなさるつもりだろうか…」
「それは…」
不測の事態になった時の事を考えて現在の皇帝の采配まで気にするジンヴァにユージェスも言葉を詰まらせる。
2人ともリオンと親しい仲というわけではない、幾度か顔を見て言葉を交わらせた程度だった。
それでもリオンという存在がリリーファルナに与える影響の大きさを理解していた為失ってしまうことを想像すると気落ちしてしまうのである。
「いずれにしても我々は皇女様達の無事を祈り、いつ帰って来ても迎えられるように……どうした、ユージェス?」
会話している最中反応が薄くなったユージェスに気付きジンヴァが尋ねるもユージェスの方は一点を見詰め返事をしない。
ユージェスの見ている方向にジンヴァも続いて視線を向けるとこちらに近付いてくる数名の人影に気付いた。
「ジンヴァさん…あれってもしかして…っ!」
「あぁ、噂をすれば皇女様のお帰りだ。どうやらご無事だったようだな」
「でも少なくないですか?それに護衛部隊の人族ではないような…」
「我々で詮索しても仕方ない、皇女様本人に教えて戴こう」
堪らず存在の確認をするユージェスに対して確証を得ていたジンヴァは今城下門に向かっているのがリオンだと断言する。ユージェスが確証を持てなかったのはリオンが引き連れる人数があまりにも少なかったからだ。背格好から見ても護衛部隊や見知った冒険者とは異なっておりリオンと殆ど年が変わらないかそれ以下にしか見えない者が数名だった為背格好の似た国外からの旅人ではないかと思ってしまっていた。
ジンヴァが断言しても疑いを向けるユージェスを見てジンヴァは早急な判断を下すことを止めて本人に聴けば早いと諌める。
心優しいリオンならば詳細まで聴くことは出来ないまでも大まかなことは教えて貰えるだろうと読んだからだ。
"そうですね…"と同意するユージェスの声を聴いて2人はリオン達の到着を待った。
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「城下門に到着します…龍真様、今回のお話もリオンがしますから辻褄合わせをお願いしますね」
「分かりました、我々はテムジェの時同様一歩引いてますから宜しくお願いします」
龍真達は話をしながら城下門の近くまで向かい、守衛のジンヴァとユージェスの姿がはっきり視界に捉えられる位置に来るとリオンは今回も自分に任せて欲しいと小声で伝えてきた。
龍真達にとっては願ってもないことなので何の反論も出たりせずに肯定の意思を示してリオンを前に置き代表する形で接近する。
「お帰りなさいませリオン皇女様、無事帰還されて心より嬉しく思います」
「ありがとうございます、いつも最前線に立ちリリーファルナを守ってくれてご苦労様です」
「勿体無いお言葉……成人の儀の方は如何でしたか?」
帰還の挨拶に対してリオンが労いの言葉を掛けるとジンヴァとユージェスは片手の掌を胸に当て敬意を表す。これは儀式の神殿で龍真がリオンに教わったものと全く一緒の行動だった。
一礼をして頭を上げた2人を代表し先輩であるジンヴァが成人の儀の結果を尋ねに踏み込む。
護衛部隊とは明らかに異なる様相の数名の人間が控えているのを見れば儀式は失敗に終わり、護衛部隊は何処かで休息を取り適当な冒険者を引き連れて帰って来たのだろうというのが2人の見解だった。
しかしリオンの表情を見る限り悲観的ではない、どういうことなのだろうかと考えているとリオンが口を開いた。
「…成人の儀は無事に終えることが出来ました、証拠もあります。ですが護衛部隊の方々は皆儀式の神殿に到着する前に立て続けに襲われ、全滅してしまいました。それもリオンが未熟だったから……」
「ま、待って下さいっ!それでは…まさかロディックさんも!?」
リオンの話に被せるように問い詰めたユージェスにリオンは咎めることなく静かに頷いた。
本来ならば皇族に対する無礼として処罰を受ける事案である。だがユージェスは護衛部隊の全滅とロディックの戦死を受け入れることが出来なかったのだ。
「そんな…ではどうやって成人の儀を果たして来られたのですか?」
「リオンが勇滅の森で独りになって命の危機に晒された時、こちらの方々に助けられそのまま護衛して貰い神殿の儀式にもご同行して貰ったんです」
苦々しい表情で肯定したリオンがどうやって助かり、更には儀式を無事終えたことが益々疑問となったユージェスは無礼も考えず成功方法を尋ねる。
それを聴かれてもリオンは嫌な顔一つ見せずに龍真達に助けられ、護衛して貰ったのだと経緯を話した。
「……納得、出来ませんね」
龍真達を見比べ眉間に皺を寄せたユージェスの周りの雰囲気が冷たく様変わりする。ユージェスの右手には長槍が握られていた。
(…これは一悶着あるな)
簡単には門を通れなさそうだと龍真は人知れず静かに溜め息を吐いた。
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