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初めての宿屋


「いらっしゃいませ…伝令隊から話は伺っておりました。リオン皇女様、"成人の儀"の達成とご無事の帰還、心より嬉しく思います」


宿屋"トリスホーカルの冠"の扉を開けると龍真達を出迎えたのは宿屋の従業員達を並べた執事風の壮年の男だった。

どうやら彼等は門番達からリオンの儀式の成功と帰還したことを伝えられていたようで先回りして準備していたようだ…周到なことである。


「我等一同リオン皇女様にこうしてお目に掛かることができて光栄です。お部屋は用意出来てますので今宵はゆっくりと疲れを癒して下さい」


「ハルエルト、ありがとうございます。それについてリオンからお願いがあるのですが聴いて戴けませんか?」


(○バスチャンとかじゃないのか…完璧な執事風の相手にその名前を求めるのは結構定番だよな)


代表として話す壮年の男、ハルエルトとリオンが話している間、龍真は黙って宿屋の内装や整列してる従業員達に目を光らせていた。

宿屋…というより綺麗に手入れが行き届いた高級ホテルのような造りは皇室御用達だからだろうか。その反面罠を隠したり人が隠れたりするには最適だとも言える為、宿屋側もグルだった場合のことも考えておかねばならないというのが龍真の見解だった。


「リオン皇女様の頼みとあらば喜んで。とは言えその内容にもよりますので先ずはお話くださいませんか?」


龍真の【識別眼】ではこのハルエルトという男性はリオンには敵意を持っていないようだ。

龍真とミアティス、外で待たせているシオンは警戒対象に入っているようだが。


「分かりました。貴方達ももう行き掛けにリオンと同行していてくれていた護衛部隊が魔物、そして盗賊団に襲われて全滅したことは知っていますね?」


「はい、勿論でございます」


「その後こちらにいる方々に助けられ、以後護衛をして戴いてるのも」


「はい、存じ上げております。つまりリオン皇女様の直近でお部屋を設ければ宜しいのですね?」


「流石ハルエルト、その通りです」


リオンが全て口にするまでもなくハルエルトはリオンの言いたいことを察する。宿屋の長としての経験の賜物なのだろう。


「リオン皇女様の頼みとあらば是非とも叶えて差し上げたいのが本音…そしてリオン皇女様と変わらぬ年の少年と少女があの人数で構成された護衛部隊に引けを取らぬ実力者であることは重々承知しております……」


リオンの要望を察して尚、ハルエルトの返事は歯切れの悪いものだった。いくらリオンを助け神殿での試練に護衛として同行し充分役目を果たしていたとしても見ず知らずの存在をリオンの近くに置くことになるのだ、見知った人間からすれば良い気分にはならないだろう。


「ですが、例えそうだとしてもリオン皇女様はリリーファルナの大切な第一皇女なのです、なので大変不躾ではありますが……失礼っ!!」


「っ!龍真様!!」


これは多少面倒な事になりそうだと龍真が思い始めた時、ハルエルトの纏う雰囲気が一変して龍真に向かって飛び掛かり拳を繰り出してきた。


「………」


「…………この老体の拳…何故、避けなかったのですか?」


ハルエルトの放った拳は龍真の鼻先ギリギリの所でピタリと停止した。沈黙した空気が流れお互い停止していると先に口を開いたのはハルエルトの方だった。

たった2人でリオンを護衛したのだから自分の拳など簡単に反応出来ると思った結果対する龍真が無反応だったのが不服だったのか龍真に問い掛ける。


「貴方は我々に警戒心こそ持っていますが殺意や敵意は感じられません。止めるだろうと分かるものを避けたり反撃したりする必要があるでしょうか?…そういう訳だからミアティスもそれ収めて大丈夫だ」


「っ、な…何と」


ハルエルトの攻撃ははっきり言って大した速度を持っていた訳ではなかった。龍真はこんな展開も異世界あるあるの1つだな、としみじみ感じながら見抜いていたと返答する。

それと同時にハルエルトが龍真に拳を近付けた瞬間ミアティスも動いていた。万が一自分の主人を傷付けようものなら瞬く間に肉片と化してしまいそうな程、巨大な吹き荒れる風の球体を掌に纏わせハルエルトの無防備な脇腹に近付けていたのだ。

龍真に言われるまでミアティスの攻撃どころか接近したことすら認識出来てなかったハルエルトは戦慄の表情を浮かべていた。


「こちらの従者が失礼しました。付け加えて申し上げますと、この状態からハルエルト様が攻撃したとしてもこちらにいるミアティスの方が速くハルエルト様の身体に達します。更に言えばこの距離でハルエルト様が今から本気で当てるつもりで攻撃したとしても自分が回避行動を取り、この剣を引き抜いて一閃する方が速いのです…これ以上の深入りは得策では無いかと」


続けて龍真が言い放った言葉にハルエルトは言葉を失う。当てるつもりで繰り出していたらどうなっていたか結果が想像出来てしまったからだ。

恐る恐ると言った様子で緩やかに龍真の眼前から拳を下ろすと同時にミアティスも一歩離れ、掌に纏っていた風の塊を消した。いかにも私は未だ不満がありますといった顔のままだったが。


「ありがとうございます、ハルエルト様が聡明な方で安心しました。我々がリオン様の直近で護衛するのは問題無いでしょうか?」


「このような年端も行かぬ若者に…完敗ですな。勿論、我等"トリスホーカルの冠"の従事者一同、心より歓迎致しましょう」


若く少人数の護衛ということを聴き、どの程度の実力を持ちこのままリオンを守れるか推し測るつもりだったのが魂胆を見透かされ更に瞬く間に命の危機に晒されると一度息を吐いて気分を落ち着かせ自身の負けを認め、姿勢を正したハルエルトは龍真達の力量を認めると驚く程あっさり宿泊の許可が下りた。

ハルエルトが従業員達に各自持ち場へ戻るように伝えると整列していた従業員達は統率の取れた動きでリオンに一礼をして散り散りになり、己の仕事に戻って行った。


「ハルエルト様、外に馬を待たせているのですがどちらにやれば良いでしょうか?」


この流れでそのまま部屋に案内されては外で待つシオンが不憫だと思った龍真はハルエルトが口を開く前にシオンが何処に居れば良いかを訊ねる。


「ご立派な馬をお持ちだと耳にしております、では中庭の檻を一区画ご用意するという形で宜しいですかな?」


「龍真様、まさか……」


如何に皇族が利用する宿屋だと言っても馬などに絢爛で整えられた部屋が与えられる訳ではない。普段複数入れる一区画をシオンだけに与えると言っても馬小屋は馬小屋なのだ。

儀式の神殿に向かう時も"トリスホーカルの冠"に泊まり馬が入れられる場所を知るリオンとしては、ハルエルトに多少無理を通してでも位の高い聖獣のシオンにも宿泊部屋を与えて貰う予定だったのだ。


「リオン様、シオンは馬ですから余計な気遣いは不要ですよ。ハルエルト様、お手数ですが一度外へ出てその場所へ案内して戴ける方は誰かいらっしゃいますか?」


「ご自分で連れて行かずともその者に連れて行かせますよ?」


「中々気難しい馬なので万が一その方に怪我を負わせてしまっては元も子もありません、案内をお願いして自分が連れていくのが一番安全でしょう。ミアティス、その間の護衛は任せる」


あくまでもテムジェ内ではシオンを馬として扱う徹底振りを見ると流石のリオンも納得せざるを得なかった。シオンは聖獣だが龍真のスレイモンスターでもあるのだ、主が決めたことに外野が口出しする訳にもいかなかった。

ハルエルトとしてはこのまま龍真達とリオンを部屋に案内する方を優先して、シオンのことは従業員に任せるのは気遣いのつもりだったのだが気位の高いシオンを他人に任せる方が危険だと確信している龍真はリオンの護衛をミアティスに任せ、従業員の1人と共にシオンのところへ向かうのだった。

因みにミアティスの返答は平常通り"はい、マスター"であり、そのまま言い付け通りリオンの傍に残っていた。


《…主か、どうやら落ち着いたようだな》


《トラブルも少しだったからな。ただ、シオンには今晩中庭で過ごして貰うことになるから堪えてくれ》


《今更外で寝るのなど微塵も問題ではないが…他の生物がいた場合脅えそうではあるな…強制的に寝かしておくか》


「わっ!」


龍真とシオンが個別対象の念話で会話している最中案内係の従業員の男が声を上げたが別にシオンの念話が聴こえたということではない、脚を曲げて座っていたシオンが立ち上がりその雄大さと雰囲気に呑まれ思わず声を出してしまったのだ。


「こいつを連れて行きたいんです、道案内をお願い出来ますか?」


「は、はい…こちら、です!それにしても…立派な馬ですね…」


「大事な相棒です。さぁ、行くぞ?」


龍真はシオンの頬を数回撫でると従業員に道案内を頼む。従業員の男はシオンを眺め立ち尽くしていたが我に返り中庭への誘導を始める。

立派な馬…という評価はこれから毎回耳にすることになるのだろうかと感じながらも龍真は相棒だと返答するとシオンは鼻を鳴らし満更でもない様子だった。



シオンを預けて部屋に戻った龍真はリオンとミアティスに合流し夜遅くだということも考えて作られたバランスの良い豪華な食事を食べて一度リオンが宿泊する部屋に集まった。

龍真とミアティスの部屋は護衛という立場もありリオンの部屋に併設されている。リオンの部屋もそうだが龍真達が宿泊する部屋まで日本の一流ホテルに勝るとも劣らない彩飾で龍真がイメージしていた異世界の宿屋の一室と随分掛け離れていた。宿泊料金が心配である。

一方中庭のシオンはというと他の客人が持つ馬達が余りに脅えた為睡眠誘発の魔法を掛けた上に何とか視認出来る程度の光学迷彩を纏いふて寝していた。


「…この様子なら普通に話して大丈夫そうだな」


「本当?良かったぁ…龍真君と一回普通に話すようになっちゃうと区別して話すのって難しいね」


部屋に入りリオンはベッドに、龍真はソファー、ミアティスは床のクッションとそれぞれ座ると龍真は【識別眼】で周辺を確め安全を確認した上で口を開いた。

それを耳にしたリオンは早々と緊張を解いて深く息を吐き出した。公私を区別して話すことに慣れてそうな一国の皇女でも気疲れするんだな、というのが龍真の見解だったが相手が龍真だからだというのは知る良しもなかった。


「取り敢えず朝まではこうして話せるだろうけどな…睡眠時間もあるし入浴だってしたいだろ?」


「そうだね、今日は色々あったから入ってすっきりしたいなぁ」


龍真達は未だ食事を終えただけである。1日の疲れを癒す入浴施設は"トリスホーカルの冠"にも存在していた。と言っても大浴場が1つあるだけだが。

洗浄魔法という便利なものがあるとしても、この世界の人族も入浴する習慣があったのだ、綺麗好きなのだろう。


「そうなると入る順番だな。リオンは女の子だからミアティスと入って貰うしかないし俺が先に入るか後に入るか、だな」


「え?どうして?3人で一緒に入れば良いんじゃないかな!」




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