リリーファルナの洗礼
「此処が洗礼の間…か」
「なんだか…空気が違うね」
最終試練を無事に通過した龍真達は神殿を管理する存在に促されるまま空間移動に身を任せ空間の歪みが戻ると同時に洗礼の間へ足を踏み入れた。
洗礼の間は純白を基調とした柱や床になっており、随所に散りばめられた装飾も邪魔をしないように淡い色合いで整えられている。
数段ずつ造られた階段と長い通路の両脇は清水が流れていて優雅な王宮の一区画を彷彿させるような高潔な空気に包まれていた。
(こんな感じの造り、何かのゲームか本であったな。やっぱり"洗礼"って言うと水とか白とかが主体になるのか…定番だな)
空気が違うと言ったリオンの呟きに同意して頷き、続いて洗礼の間と呼ばれる空間の造りを見渡すと想像通りの雰囲気に妙な親近感を覚えた。
自分が肌身で感じたことは貴重な知的財産と考える龍真はリオンと共に歩きながら光景を脳裏に焼き付けるのだった。
因みに空間移動の際握っていた手は空間移動が完了すると自然と離れている。
「え…行き止まり?」
2人で肩を並べて暫く歩くと通路の先には数メートルの滝と浅瀬の泉が拡がっているのが見えた。
傍に行けば何らかの反応があると思って辿り着いてみるも途切れた通路も目の前の泉も何の反応もしないのだ。
(多分行き止まりじゃないな…この状態が正しい姿なんだ。滝の先まで行くのが成人の儀なんだろうな)
龍真は通路の先端まで行くとしゃがんで泉の中を覗き込んだ。
透明度の高い水の中には滝の方へ向かって真っ直ぐ整えられた道が出来ている。それを見て龍真は【識別眼】で認識せずとも泉を歩いて滝の先へ向かう為の物なのだと容易に理解出来た。
(…何か痺れるな)
泉を覗き込んでる龍真が片手を水に浸し水中の状態を確めようとすると水に触れてる指先に微かな痺れが走った。
『此処はリリーファルナの血を引く者以外が触れると強力な麻痺効果が発動する特殊な水で出来ておるのだ…護衛の者よ、指先だけでも相当な痺れだろう』
龍真が自分で効果を調べて解決する前に神殿を管理する存在がその効果を教えてくれた。
「そ、そうなんですか?大丈夫、龍真君??」
「ん…まぁ何とかな」
実際龍真が感じた痺れは微炭酸飲料よりも微かなものでこの程度で侵入を阻害出来てるのかと思う程だったが、それは単純に龍真の防御力が高過ぎるから…というだけの理由だった。
またややこしいことを突っ込まれても面倒臭いのでリオンの心配に応えると手が痺れたというように何度かぶらぶらと横に振る。
『リリーファルナの血を引く者よ…この先はそなた1人で行ってくるのだ。此処から泉に足を踏み入れ、滝の向こうへ進むが良い。その滝で数秒身を清め、向こうにある成人の証を取って帝都へ持ち帰れば…それで成人の儀は完遂される』
「分かりました、ありがとうございます。それじゃあ龍真君、リオン行ってくるね」
「あぁ、何かあったら護りに行く」
「ふふ、ありがと。でも龍真君に無理させたくないし痛い思いさせたくないから早く行って戻ってくるねっ!」
おおよそテンプレ的な流れで成人の儀が完了するということを把握したリオンは靴を脱いで素足になり、意欲的に泉の中へ足を踏み入れる。
恐らくリオンの中のリリーファルナの血脈に反応して強力な痺れは発生していないのだろう…リオンは平然としていた。
滝の先で万が一何か有事が起こらないとは限らない為、その時は駆け付けるとリオンに伝えるとリオンは微笑みを浮かべ龍真のことを気遣い、小走りで滝の方へ掛けていった。
「龍真さん、何だか皇女様を護るっていうの自然に出てたね~。護衛業に慣れてきたんじゃない?」
「からかうなよ…一度引き受けたんだし万が一のこともあるしな」
"へぇ~、そうなんだ?"とニヤついたもちこを余所に龍真はリオンと滝の向こうに照準を合わせ【識別眼】で危険有無の判別をする。
危険性は無いという結果が出ても本人が言うように万が一のことに備えて識別を続けていた。
リオンは順調に滝へ近付いていき、一度到着した滝を見上げたかと思うと両手を胸元の辺りに組んで祈るように身体を滝の流れに預け、直立して全身に水を被る。
龍真は飄々としているがリオンにとっての成人の儀は今回一度しかないのだ。
子供としての扱いから大人としての扱いへ変わるこの瞬間は今しかなく、その光景を龍真1人が独占しているのがどれ程贅沢なことなのか、全然理解していなかった。
(…大丈夫そうだな。戻って来れそうだ)
滝を浴びて祈りを捧げたように見えたリオンがそのまま滝の向こうへ姿を消すと龍真は更に識別を続ける。
薄い本でありがちな水棲生物や液体生命体の凌辱などという展開は神聖な場で行われることではないだろうが、仮にリオンが襲われるようなことがあればその相手を反対に蹂躙してやろうというくらいには思っていたのだった。
【識別眼】で追っているリオンの動きと周りの反応から危険性は皆無だと把握すると滝の中の丸いプレートのような物を手に取ったリオンが滝の中から出てきた。
『そなたが選んだ成人の証はそれか。良いだろう…この証を以て試練は終了とする。今後もリリーファルナの血を絶やさぬよう努めるのだ』
「はい、ありがとうございました」
脳裏に響く声しか定かではない神殿を管理する存在がリオンの持ってきた模様の入ったプレートを見て神殿での試練は終了だと伝えるとリオンは律儀に頭を垂れ礼を述べる。勿論龍真もそれに追随した。
こんなプレートでは偽装出来てしまうのではないかと疑念を抱いた龍真だったが、そうされないような工夫を幾つか認識出来たので要らぬ心配であった。
『ではその紋様を左手に刻んだ後、神殿の入口まで送り届けてやろう…』
(持って帰るって言ってたからてっきり物として持ち帰りかと思ったらそういうことか…安全且つファンタジーだな…)
龍真が所持して持ち帰る方法に心の中で突っ込みを入れる最中、成人の証の紋様はリオンの左手の甲に刻まれた。こうすることで本人に災厄が振り掛かりでもしない限り盗難されたりという危険性も回避できるのだろうと納得したのだった。
龍真はリオンに成人の証が刻まれてる間、再び全身水で濡れたリオンの衣服を洗浄魔法を模したやり方で乾燥させた。
「龍真君、ありがとう」
「心地悪いだろうからな、気にしないでくれ」
成人の証の刻印と服の乾燥を同時に終えたリオンは上機嫌で靴を履き、移動する準備が整った。
『リリーファルナの血を引く者とその護衛よ…試練の制覇、見事であった。この経験はそなたらが今後生きる中で必ず血肉となるだろう。ではさらばだ…』
神殿を管理する存在が当人のリオンと護衛の龍真を労い別れを告げると2人は淡い光に包まれる。
(…結局最後まで"神殿を管理する存在"は姿を見せなかったな。最後の洗礼のところくらいイベント的に姿を見せて誰なのか分かりそうなものなんだけどな。そして今度の空間移動は歪む感じじゃなく光なのか…統一性が無いのは移動する場所の影響なのか…?)
身体が包まれるという現象は同じであっても性質の違いは何なのか龍真は興味を示したが、龍真が【識別眼】で調べる間もなく龍真達は洗礼の間から移動した。
「あ、おかえりなさいマスター。リオン皇女様も。どうでした?」
《主よ、この重たい荷物は暫く持たねばならぬのか?》
光が収まってきて最初に見えたのはミアティスとシオンの姿だった。
ミアティスは翼人族に近い姿なので普通に話し掛けてきたがシオンは聖獣であることを隠蔽してる為念話である。
「ただいま、ミアティス…滞りなく終えられたし色々経験になった」
龍真はミアティスの頭を撫でると小説の参考になったという意味合いで返答する。
因みにミアティスの"どうでした?"も成功したか失敗したかを聴いてたのではない。龍真が楽しめたかどうかを聴いていたのだった。
《いや、その心配はなくなりそうだぞ…恐らく帝都までは》
《ん?》
シオンの方へ近付いた龍真はシオンの首を何度か撫で、重たそうに担いでいる荷物はシオンがそのまま運ぶ必要はないだろうと念話で伝えた。
《リオンはちゃんと説明すれば内密にしてくれる、それが分かったからな》
《そうか…ではその内私のことも話して貰おう。窮屈で敵わぬからな》
あまり念話で話しているとリオンに不審がられるだろうと判断して龍真はシオンの耳元で簡潔に説明する。龍真とシオンの様子はさながら愛玩動物と主人の触れ合いのように見えた。
「さて…と、取り敢えず神殿での試練は終えたんだし此処から移動するんだよな?どう帰るか分かってるのか?」
龍真は帝都リリーファルナへの道を知らないので今後の方針をリオンに訊ねる。
どういう道筋で儀式の神殿まで来たのか定かではなかったし、何処かに立ち寄ってから来たのなら成功の報告も必要ではないかと思ったのだ。
そして何より龍真は今から初めて"勇滅の森"から外の世界へ出るのだ、正確な位置など分かる筈もなかった。
「確か…"砦街テムジェ"っていう街を経由して来たかな…大人数での移動だったから1日で来れなくて…」
「そうなのか?確か…森とリリーファルナを隔てる為に出来た国境の壁みたいなところに駐在地を造ってそれが街として発展した場所だよな」
龍真とミアティスがシオンの勉学で聴いた街や国の名前の中に砦街テムジェはリストアップされており、実際行ったことも見たことなかったが旅をして既に知っている存在かのように返答することが出来た。
「うん、龍真君はテムジェの場所…分かるの?」
「大体の方角しか分からないがそういう時はミアティスが居るからな…空からの探索、頼むぞ?」
「勿論です、マスター」
と、返事するや否や森を出てからでも構わないのにミアティスは上空に舞い上がり、それらしい建造物を捉えると"こちらの方角へ真っ直ぐ進めば防壁の方へいけますっ!"と降りて道筋を示してくれた。
龍真やシオンも制限を無くして目立っても構わないと思うならシオンの背に乗って移動出来るのだが、龍真はそれを望まなかった。
「それじゃあリオン、最初の成功報告に向かおうか」
「うん、帝都まで宜しくね…龍真君っ」
自然体で話している2人の距離感にスレイモンスターのミアティスとシオンはそれぞれ驚きの表情を見せるのだった。
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