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神殿の試練 5


3人で相手の陣地に向かい説得交渉をすると言った龍真の提案に動揺していたリオンを引き連れ龍真達は相手側の陣営に向かって行く。

"安全かつ最短なルート"を【識別眼】で割り出した龍真は先頭を迷いなく歩き、その後ろをリオン、最後尾をミアティスが勤めている。

龍真は気付いて居なかった…後ろに引き連れたリオンの手を何の躊躇もなく握っている事を。

異性免疫が少ない龍真はリオンのやりたい和平への交渉を優先とする余り、警戒していた皇族との接触を見事にかましていたのだ。


そして更に理解していなかった…ただでさえ龍真に命を救われて護衛されてるリオンは好意を露にしている。常時発動スキルの【魅了心動(チャームハート)】の効果と合わさりその好感度は龍真の予想を遥かに超えていた。

そんな状態で自分の為に動き自分の手を皇女だとか関係なく手を繋いでしまったらどうなるか…など答えは明白だろう。


「リョウマ、様っ…早いですっ!もう少し、速度を落としてくれないと、リオン着いて行けません!」


「ん?…あ…申し訳有りません、皇女様。歩幅を合わせるのを失念してました」


【識別眼】で判別したルートはまるでカーナビのように龍真の脳裏に光の線として投影されていた。それを辿りながら歩いていたらいつの間にか歩く速度が上がっていたようだ。

リオンの声を聞いて漸くそれに気付いた龍真は一度立ち止まり謝罪を述べる。手は繋いだまま。


「いえ、リオンが…頼んでおきながら、着いていけなくてごめんなさい…っ、それと…あの…」


「はい、どうされました?あ…とんだ無礼を、お許し下さい」


歩行を停止した事で息を整えながら龍真に答えるリオンだったが反応がたどたどしい。

頬を紅潮させて俯くリオンに何事かと訊ねる龍真だったが、此処で自然と手を繋いで歩いていたことに気付く。

慌てて手を離し謝罪する龍真だったが"いえ、大丈夫です"と返したリオンの表情は少し残念そうにも見えた。

龍真はラノベや漫画の鈍感系主人公ではないので勿論リオンの感情には気付いていたのだが敢えて気付かない振りをする。これはリオンの何処が悪いとか言う話ではなくて単に皇族に対して龍真が良いイメージを持ててないだけなのだが。


「そ、それにしても…行き道はリオンに着いて歩いていたのに今度は迷い無く前進なさるのですねっ」


「それは…その、先程街並みを眺めながら進んだので何となく道がこう繋がってるかと思って勘頼みで進んでいたんですよ」


「リョウマ様は本当に凄いのですね!」


息が完全に整ったリオンは掌に残る温もりを噛み締めながら話題を逸らそうと話し掛ける。屈託ないリオンの話に肝を冷やしたのは勿論龍真だ、此処で龍真の能力が一部でも露呈してしまえば苦労した物も水の泡になる。

幸いな事に龍真の苦し紛れの言い訳はリオンに通じたようだ。

龍真は空笑いではぐらかすと今後スキルの自然な使用を改めて肝に銘じた。


《マスター、もう彼女には全てでは無いにしろ打ち明けた方が良いんじゃないですか?》


そう念話で進言してきたのは最低限目立たないように陰ながら支えていたミアティスだった。


《ミアティス…どうしてそう思ったんだ?》


龍真の意見を全て身勝手に通すならミアティスのこの提案は断固反対だった。しかし普段龍真を立てて何処までも傍で支えるミアティスがわざわざ進言してきたのだ。

答えが覆ることはなかったがそんなミアティスの意見だからこそ龍真は耳を傾ける。


《私から見た限りなんですけど、リオン皇女様は完全にマスターを(つがい)の相手と定めている感じがします…。突き離そうとしても何らかの形で迫られるのなら逆に引き入れた方がマスターが楽になるかと思いました》


《それは…一理あるな》


"隠し通すのが困難になるのなら仲間に引き込めばいい"簡潔に言えばそういう意味合いの内容を提案してきたミアティスに龍真は否定の言葉がすんなりと出て来なかった。

仮に万が一、皇族全てでは無いにしろリオンとその周りの人物だけでも味方に引き込む事が出来たとしたら、龍真は飛躍的に行動を取り易くなるし生き易くなるのだ。

龍真とて皇族を味方に引き込もうとする考えが皆無という訳ではなかった。ただ幾つも段階を踏むのが面倒臭かったり最悪争いになったらと考えればリスクの高い駆け引きをしたくないのが敬遠する要因と言える。

それが払拭されている状態が作り出されているのなら迷わず味方にするべきではないか、とも思ってしまったのだ。


「リョウマ様?リオンはそろそろ大丈夫ですから、進んで貰っても大丈夫ですっ」


「皇女様、分かりました。今度は足並みを揃えて向かいましょう」


「はい、お願いします!」


ミアティスとの念話の内に体力を回復させたリオンは自分を待って休憩しているのだと思い、笑顔を向けて歩くのを再開しようと龍真を促す。それに気付いた龍真はリオンの方へ向き直ると速度を合わせて歩くと告げて、この場は先程の説明で大丈夫だと思い結局リオンに対してどうするかは保留にしたまま識別した道を再び進み出した。



「あれだけ争いの音が聴こえているのに、リオン達は誰とも出会わず此処まで来ましたね」


「入り組んだ道は大々的に戦えませんから。偶然とはいえ、皇女様に危害が加えられないのが一番最適な状況です」


龍真を先導として何も起きることなくザラグセフト側の陣地、王達の居所に辿り着いた。


ザラグセフト……迷宮帝都リリーファルナの陸続きの隣国で農産物と鉱物の生産が盛んな和かな国。争い事を好まない平和主義国である。


龍真はもう一体のスレイモンスターで今は神殿の入口で休んでいる聖獣シオンに指導を受けた時に聞いたザラグセフトという国の説明を思い出していた。


(それが皇女様を生贄に…なんてな。事情が有るから攻めてるって設定だろうが俺が皇女様を助けて良い匙加減が難しいな)


「皇女様、此処からは皇女様を先頭にザラグセフトの事情を聴きに行きましょう。前後左右、何処から襲われても自分達が護衛します」


「っ!はい、分かりましたっ」


ザラグセフトの陣営を眺め龍真の気持ちの整理が終わると【識別眼】を道の判別から人物に対象を変換し、先導をリオンに譲る。

リオンは緊張した面持ちで深呼吸すると意を決して陣営の中に進んで行く。突然思わぬ場所から人が、それも戦ってる相手側の皇族でその上自分達が差し出せと要求した第一皇女自らやって来たのだから驚くのも仕方の無いことだろう。


「おい、あれってリオン皇女様じゃ…」


「それじゃあリリーファルナは諦めたのか?あんな手薄な護衛で…」


「奴等も年若いじゃねぇか、可哀想に」


どよめきの中構わず進んで行くとザラグセフトの近衛兵と思わしき男達が小声で話しているのが耳に入る。

リオンが聴こえているかどうかは分からないが少なくともそれで動揺しているようには見えない。龍真とミアティスには丸聴こえだったが。


(本来ならこういう国の代表同士が話をする時は書面だったり兵からの伝達を予め行ってから日時を決めて執り行うのが常識的なやり方らしいからな…相手の意表を突くには充分な効果だろう)


リリーファルナ皇帝とリオンが話しているのを聴いて恐らくリオンの意見は却下されるであろうと大体予測出来ていた。そして事前連絡を取って話し合いの場を設けたとしても時間が掛かってしまい無意味と感じた為、話し合いせざるを得ない強行策に出たのだ。

ザラグセフトの重要人と思われる一層絢爛な装備を纏う人々の間を抜けると上質な椅子に鎮座し大斧を脇に携えた初老の男性が待ち構えていた。


「このような時に突然の拝謁、申し訳ありません国王様…。リリーファルナの第一皇女、アイシス・リオン・リリーファルナとその護衛達でございます」


リオンが姿勢を正してミアティスに教えた通りの挨拶を行うと続いて龍真達も礼を示すように行動する。


「………よい、儂等の要求するそなた自ら来訪とは…どういうことだ?」


ザラグセフトの国王は右手を前に出し姿勢を崩すように促すとリオンも姿勢を戻す。龍真とミアティスはそのままで居たが。


「はい、貴国ザラグセフトの要求は"リリーファルナの第一皇女を生贄に捧げる"とのことだと伺いました。何故生贄が必要なのか、何に捧げるのか…生贄となる身には知る権利があるかと存じます。そして、私が此処に来たのですから両国にこれ以上の犠牲者を出す必要はないではないですか?もう進軍するのを止めて撤退して戴きたいのです」


(誰に何を言われるまでもなく、必要な情報を明白に求めてる…これは皇族の教育なのか本人の資質なのか分からないな。公の場だとちゃんと"私"って使うのか…)


礼儀正しく、そして和平に導くには大事なポイントを纏めて言葉を紡いだリオンの後ろで龍真はリオンへの評価を上げていた。ミアティスから指摘を受けて少しそういう目線で捉えるようになったのだ。


「それは理に叶ったまともな要求だな…確かに知る権利は有るし皇女が居る時点で兵を出す意味もない…しかしだ…」


国王はリオンの要求に同意を示し顔を綻ばせる。一見上手くいきそうな雰囲気の中、龍真は国王の感情が不機嫌な物に変わっているのを【識別眼】で捉えた。

国王が右手を上に掲げた途端、龍真達の周りを兵が武器を突き付けながら取り囲む。


「国王様、これは…なんのおつもりですか?」


「リオン皇女…要求はもっともだ。しかし、少し要求が多過ぎるのではないか?」



(質問が多かっただけで敵意か…俺達なら何とでもなるだろうが、皇女様はどう出る…?)



更新してない間も見て下さってありがとうございます。

読んで下さってる皆さん、ブックマークして下さってる皆さん、いつも本当にありがとうございます。

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