神殿の試練 1
「中に入ったものの、最初の試練はなんだろうな…」
龍真達が神殿の中へ入り通路を進んで行くと下に降りる階段が目に入った。
神殿自体に罠が仕掛けられていたりするのでは…と警戒していた龍真は神殿の中でも【識別眼】を常時発動状態にしている。
結果的に通路も階段も罠や危険な物は存在しなかった為リオン達に指摘する事無く階段を降りる。
「リオンも詳しくは聴かされてないんです、現皇帝の父様も教えてくれませんでしたから…」
「…成程、皇女様の責任ではないですよ。そういう事なら進むしかなさそうですね」
龍真が呟いた言葉に反応したリオンが申し訳無さそうに返事を返し、独り言を漏らした龍真はそれにフォローを入れつつ呟きを漏らさないようにと気を引き締めた。
龍真の想像していたダンジョンのように古い遺跡の造りとは異なり綺麗な細工が施されており、とても年代を感じさせる建造物には見受けられない。どういう構造をしてるのか興味が尽きなかったが試練の最中水を指すのは悪いだろうと思い言葉を飲み込んだ。
ミアティスだけは龍真の興味を感じ取り心の葛藤に気付いて自らの主人を見ていたが。
建物を見ながらも周囲に警戒を払い進んで行くと再び扉が現れた。
「皇女様、この先には恐らく成人としての第一の試練が待ち受けているかと思われます…準備は良いですか?」
「はい、勿論ですっ」
扉の前で立ち止まりリオンの方を振り向いた龍真は扉を開けた時油断させない為に一度リオンに確認を取る。
声を張って明確に答えたリオンを見て一安心した龍真は扉に手を掛けて一気に開く。そしてその扉の中には……
「…何も無い部屋…?」
『リリーファルナ皇家の血を引く者とその護衛達よ…良く参られた。これより最初の試練を始める』
「神殿の中に魔物っ!?」
扉を開けると広い部屋が有るだけで他に何もなかった。
注意を払い部屋の中に入ると扉は入り口同様勝手に閉まり、続いて声が響き渡る。声の主はリオンとその護衛をしている龍真達に歓迎の言葉を送った。
しかし間髪入れずに試練の開始を告げると何もなかった広間に歪みが生じて、黒い影が浮かび上がったかと思うと中から魔物の群れが出現した。
すかさず龍真は魔物の群れの構成を識別する。
先ず一番手前に並ぶのはいかにも初期の魔物に相応しいゴブリンに似た"ブルーガ"。
その集団の中に巨体な二足歩行で筋肉質な豚顔の魔物"ギリア"…そのまんまオークである。
最後に集団の最後方、中心に位置するのは以前ミアティスを襲ったミノタウロスに酷似した魔物"グラ・ダルガス"…の小さいサイズ、"リラ・ダルガス"である。
聖獣として過ごしてきたシオンの知識と3年の探索で龍真自身の知識も相応に上昇している為、魔物の種類と数の識別も容易に行えていたのだった。
(…成程、総数は50か。一般的に見たら恐ろしい数なんだろうな…それにしても、出現の状況と数が不自然過ぎる)
神殿の中の違和感を感じた龍真は魔物達を一瞥し更に深く識別する。
(そういう事か…)
違和感に気付いて納得した龍真は隊列を崩して前線から下がり、リオンに近付いた。
「皇女様、これは恐らく貴女が乗り越えなければならない物の筈です。ですので皇女様を中心として我々がサポートに回りましょう」
この手の試練を何度も体験してきた龍真はこれを自分とミアティスで倒してしまっては無意味になってしまうだろうと予想していた。…試練を体験したといっても主に日本でプレイしていたゲームでの話だが。
そして違和感に気付いた事で確信が得られ、試練クリアの為に必要だと判断したのがリオンを中心に陣形を組み、2人で危険な所をサポートするといった形式での戦闘だった。
「リョウマ様…分かりました、リオンはリョウマ様を信じますっ」
不思議そうな顔で龍真を見上げてたリオンだったがその提案を素直に聞き入れると意を決して一歩前に踏み出し、武器として使用しているであろう杖を両手で構えた。
《マスター…良いんですか?リオン皇女様を矢面に立たせてしまって》
《あぁ、この場所はこれで良いんだ。下手に手を出してしまったら彼女の試練にならないからな》
《分かりました。私はマスターの指示に全部従いますから、遠慮無く言って下さいね?》
《ありがとうミアティス、頼りにしてる》
いつも前線に立つ龍真のらしくない行動を見て理由が有るだろうと察した物の、聞かずにいられないミアティスはこれから戦おうとしているリオンの集中を乱さないように念話で龍真に尋ねた。
ミアティスを安心させるかのように返答を断言して少し会話を交えているとリオンが魔物達と交戦に入った。
「…やっぱりか。見てみろミアティス…あれだけ大勢魔物が居るのに皇女様と交戦してるのは精々3体から5体…それも野生の魔物とは違って包囲する事も無い。どれだけ出来るか試してるな」
「魔結晶の気配がないので可笑しいとは思いましたけど…試練の為に出来た人形か何かでしょうか?」
「生物としての気配もあるし内臓まであるから人形とは考えにくいが…近しい物の一種だろうな。召還にしても人形にしても…もしくは映像にしても、高い技術が備わった神殿なのは間違いないか…」
リオンがブルーガの1グループと戦いを始めると龍真はミアティスと接触し戦闘状況と正体を分析すると、これらの事象を容易に起こす事が出来る神殿の機能について素直に感嘆していた。
ミアティスも違う部分で本物の魔物じゃないと気付いていて自分が捉えた意見をマスターの龍真に進言する。
しかし談話に華を咲かせてるからと言ってリオンを蔑ろにしている訳ではない。"勇滅の森"の深部に生息する魔物と比べれば歴然とした差異のある実力差の弱い魔物ではあるが動きを見極めたり、リオンが不意打ちを喰らわないように眼を光らせたり、一応する事はしている。
龍真とミアティスが会話している間にリオンは5体のブルーガを打ち倒し、ギリアとブルーガを混ぜた混合編成のグループと交戦を始めていた。
「ミアティス、俺の見立てではそろそろ一撃くらいダメージを受けるんじゃないかと思うんだ。無駄かも知れないが準備していてくれないか?」
「任せて下さい、マスター」
ギリアとブルーガの混合グループはギリア2体、ブルーガ5体で合計7体で構成されている。
幾ら試練で現状囲まれておらず、リオンが余裕を持って倒していて魔物達が連携を取れていなかったとしても、龍真は"数の暴力"の強さを知っているだけにこの交戦で護衛の力が必要だと判断したのだった。
「うっ…倒せる相手なのに数が…っ」
案の定龍真の予想通り集団の手数にリオンの攻撃が追い付かず防御に回り始めていた。
攻勢に出れず追い詰められてるリオンを見てギリアが隙を突いて拳を振り被った瞬間ミアティスに合図を送る。
龍真の合図に頷いたミアティスは風の魔力を手足に纏わせ翼を拡げると大地を蹴って跳躍し、一気にリオンと魔物達の交戦圏内へ合流する。
「駄目っ…間に合わない…っ!」
ギリアの1体が振り上げた拳にリオンが気付いたのは自分の頭上目掛けて振り下ろされてる時だった。
ダメージを覚悟したリオンは身体を強張らせ眼を瞑るが一向に衝撃が来ない。代わりにギリアの苦悶する悲鳴が聞こえて恐る恐る眼を開くと、ギリアの腕を切断してるミアティスの後ろ姿が映った。
「ミアティス…さん?」
「無事ですか?リオン皇女様。お怪我が無いみたいで良かったです。ですが、戦いの最中眼を閉じては次に備えられませんよ?もっとも、私もマスターに出逢わなければ今も臆病なままでしたけどね」
腕を切断したギリアの肩に蹴りを浴びせてリオンの隣へ着地したミアティスは先ずリオンの状態を確認する。目立った怪我も見られず一安心すると今度は戦闘での改善点を指摘した。
ミアティスにとって龍真が警戒してる対象である皇族のリオンの成長には大して興味は無かったのだが、それを指摘出来る護衛を持つのも恐らく試練の対象だろうと龍真に頼まれれば何の抵抗も無く指示に従った。
どういう状況であろうとミアティスはマスターの龍真第一主義なのだ。
そして失敗を指摘して責めるだけでなく自分も同じような事があったと話し、フォローするのも忘れない…この辺は龍真やシオンと共に生活し、母親のレティスに教育を頼んだ影響だろう。
3年間の生活で精神面が一番成長したのは紛れもなくミアティスであるのは間違いないのだ。
「ミアティスさん…貴女も戦えたのですね」
「マスターにお仕えするには日常の事だけでなく肩を並べて戦えなければなりませんから。最低限足手纏いにならない強さがなければ同行など出来ませんしね」
従者として紹介されたミアティスが自分以上に戦える事にリオンは驚きを隠せなかった。
それほどまでにミアティスは戦闘するような格好や雰囲気に見えず龍真の身の回りの世話をするようにしか見えなかったからだ。
笑顔で傍に居ると断言して戦うミアティスはリオンから見て眩しく映っていた。
「さぁ、リオン皇女様…最後は自分の限界以上の戦いになりますよ。援護は私に任せて頑張って下さい」
ミアティスが加わり勢いをましたリオンは混合グループを打ち倒した。
残る魔物はブルーガ8体、ギリア1体、最後にリラ・ダルガスが待ち構えている。ミアティスだけで挑んでも遅れを取る事は皆無だが、試練の対象がリオンなのでサポートに徹する。
(…これをゲームのイベント戦闘にするなら10連続戦闘か…ブルーガの少数が大半とは言え結構な回数戦うな。反映させるつもりなら回復措置を追加した方が楽しめそうだ)
ミアティスのサポートを受けて必死に戦うリオンの姿を眺めながら龍真は場違いな事を考えて寛いでいた。
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