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儀式の神殿


「……まさか先輩がこの方を担当していたなんて思いませんでした。でも、という事は彼はもう………」


「そうですね、彼の名に恥じない堂々とした最後でした。メリア、もう一度言いますが能力が高いからと言って盗み見はいけませんよ?」


「はい、済みません…先輩。ですが…そのお名前は…??」


「盗み見たままの通りです、今の私は"大福もちこ"という名前を授かっているのでメリアももちこと呼んで下さい」


再会を懐かしみ龍真とリオンの間を飛びながら道中会話を弾ませていた精霊達の話題はついにもちこの名前に辿り着いた。

リオン担当の精霊メリアは龍真のステータスを覗いて疑問を持った事も忘れ今や"大福もちこ"という名前が先輩に付けられていた事に憤慨を露わにしている。

自分が尊敬する人物にギャグノリ的なふざけた名前を付けられたら憤りを感じるのは比較的自然な事だろう。


一方もちこの方はこの名前で3年定着してしまった上にもう諦めた部分もあって対して気にしていなかった。

森で生活せずにこうして遭遇していたら一緒になって文句を並べていただろうと想像して龍真は何度目かの溜め息を吐き出す。


「貴方…えっと、龍真さん!私達の優秀で心優しい先輩にあろうことか"大福もちこ"などというふざけた名前に決めるとは何事ですか!?」


「いや、思い付いてしっくり来たんだから仕方無いだろ?1つくらい真面目じゃない物があった方が…面白いし」


皇女のリオンに対して敬語で話していた龍真も食って掛かるメリアに対しては通常通りの言葉で返事を返していた。判断の基準は相変わらず自分に対する危険性だったがもちこ同様ステータスを司る精霊という立場なら通常通りの喋り方をしても問題無いと思ったからに他ならなかった。


「何を訳分からない事をっ!大体……」


「メリア、事を荒立てるのは良くないですよ。それに龍真さんを下手に刺激すると貴女が消滅してしまいます」


「…もちこ、黙って聴いてれば酷い言い草だな。俺を誰彼構わず気に入らない奴には容赦しない冷徹な奴みたいに決め付けないでくれ…」


龍真の返事がメリアの感情を逆撫でしたようで凄い形相で喰って掛かろうとしたがもちこに制される。龍真を触発すると消滅させると言う脅しも交えて指摘されると流石に龍真も2人の話に割って入った。



「だって龍真さん、こうでも言わないと聞かないんだよ?この子達…」


「っな!先輩…このような人族に何故仲良さそうに話すのですか!?」


「う~ん…龍真さんって色々規格外だからかなぁ~…」


龍真に対して親しげで気さくな口調を見せるもちこを見るとメリアはまた驚き、もちこに顔を近付ける。先輩の普段見せなかった姿を見てメリアは自分の眼を疑っていたのだ。


「…寧ろ俺としてはもちこが丁寧に喋ってる方が新鮮に感じるんだけどな」


「メリア、程々にしてくれないとリオンも困ってしまいます…リョウマ様、リオンと精霊が失礼しました。本当に優しい子なのでもし許せなければリオンにぶつけて下さい、そして気分が落ち着いたらリオン達をお守り下さい…っ」


敬語を使うもちこに新鮮味を感じて"龍真さんの場合最初があれだし仕方無いよね"ともちこに返答される最中、龍真の服の裾を引っ張る感触があり振り向くとリオンが立っていた。

心なしか瞳を潤ませて見えるリオンは自分の精霊の不備を謝罪し、心優しい精霊なのだとフォローを入れると不快に思うならそれを自分にぶつけて欲しいと頼んで来た。


(…このお姫様は本当にそう思ってるんだろうな。この位で気を悪くして一度受けた護衛を止めると思ってるんだろうか…?)


本心から言うには余りにも他者を想い過ぎる姿に思わず感情の識別を行ってしまい本心から出た言葉と不安を受け取ると精霊達の方からリオンの方へ向き直る。


「皇女様、ご安心を。この程度の事で不快だとは感じませんし皇女様に八つ当たりしようとも思いません…ですから、一度言った以上護衛を外れたりもしませんよ」


「リョウマ様……はいっ、ありがとうございますっ!リョウマ様は随分と寛大なお方なのですね?」


恐らくリオンは殆どの物事を家臣などに任せて交渉や指揮の経験も拙いのだろうと予想した龍真はリオンがどう言えば安心出来るかを考えて不安を取り除くように言葉を並べた。

案の定リオンは龍真の言葉に胸を撫で下ろして安堵の表情を見せていたが、この程度の許容で寛大だと評価された事で他の皇族や身分の高い人族が度量の狭い心の持ち主ではないかと龍真は不安を掻き立てられ警戒を強めようと気を引き締めた。


「…マスター、リオン皇女様、見付けました。このまま真っ直ぐ進めば神殿に到着します」


気にするなと言う龍真に感謝を表そうと近寄るリオンの目の前にミアティスが降り立ち、龍真の横に並んで密着すると微笑みながらリオンに視線を合わせ奥を指差し、空から確認した神殿の方向を伝える。


「ひゃっ、ミアティスさん?そうなんですね、ありがとうございますっ。リョウマ様とミアティスさんは随分仲良しなんですねっ」


「マスターは特別な方ですから。深入りするのであれば相応の覚悟を持って下さいね?」


「ミアティス、俺にも責任はあるだろうがそう言わなくても良い…今は未だ、な」


突如眼前に降下してきたミアティスに驚いた拍子に声を上げたリオンだったが、神殿への道筋を知らせに来たのだと分かると笑顔で礼を伝えた上で龍真とミアティスの関係性を称賛する。

ミアティスが龍真の身を案じて間に入り嫌われ役を担ってでも皇族と親睦を深めないように牽制しているのに気付いた龍真は今は大丈夫だと小声で伝える。


《リオン皇女はマスターに気を持って居ますよ?強い雄を慕うのは雌の本能ですけど、マスターが警戒する身分の人族には私だって警戒しますからね》


《…!ミアティスも随分前向きに変わったなぁ…》


フェルスアピナの高い聴力で聞き取ったミアティスは龍真と当人のリオンを気遣い念話に変えて龍真が知らない内に男女間の好意を持たれている事を包む事無く知らせたのだ。

察した龍真が常時発動スキルの1つ【魅了心動(チャームハート)】の影響だと気付き、積極性を持った自身のスレイモンスターの変化を見てしみじみと呟くと"全部マスターのお陰ですっ"とハートマークでも振り撒きそうな勢いで微笑んで見せるミアティスだった。


「あの、リオン異性との親密な交流などはあまり経験が無くて…その、どう言った事をしたりするのか教えて下さいませんか?」


「え…?」


リオンへ返したミアティスの返答が愛情による物だと感じてしまったリオンは恋愛に疎いながらも年頃の娘らしく色恋沙汰には興味を持っており、帝都では皇女という立場上必要な勉学を優先してそう言った物への問答は控えていた。その為家臣の護衛も無い城外という環境で今まで無意識に押し込めていた好奇心を触発されてしまったようだ。


「リオン、今はそう言った話をするより成人の儀を成功させる事を考えた方が良いのでは…?」


「良いではありませんかメリア、心にゆとりを持つことは大切ですよ」


本来の目的から脱線しがちな会話を諌めようとするメリアだったが本来の丁寧な口調に戻したもちこがそれを引き止めた。龍真達と過ごしているもちこは大抵振り回されっぱなしだがそんな扱われ方は微塵も感じさせない見事な先輩ぶりである。

先頭にミアティスとリオン、その後をもちことメリアが着いて飛んでいて龍真がシオンの横に並ぶという隊列を組んで一行は神殿を目指した。

途中魔物と一度も出会わなかったのは運が良い訳では無く龍真達が同行していたからだという事はリオンの知る由もない事実であった。


──────────────────────────────

────────────────────────

──────────…


──リリーファルナ皇族の古くから使用されてる儀式の神殿…

和気あいあいと会話が弾む中、森を進むと何の滞りも無く順調に目的地へ到着した。


(…久々に来たが、やっぱりギリシャとかで出てくる神殿とかの造りに似てるんだよな。建造物に魔力が宿ってるのか特殊な仕掛けもあるんだろうし中に入るとなると楽しみだな)


龍真達は3年過ごす間に"勇滅の森"を探索し尽くしていた。当然神殿にも何度か足を運んだのだが特殊な仕掛けがあるのか、何度来ても外部しか調べることが出来ず中の事は何も分からなかった。

龍真が強引に入ろうと思えば恐らく壁を破壊して入るのは容易いだろうが、オタク作家の精神がそれを許す事が出来ず、いつかリリーファルナの皇族と交流を持つ事が出来た時中に入ってみようと思っていたのだ。


「……こんなに早く来るなんてな」


「何か言いました??」


盗賊団と接触した時にその皇女と遭遇してしまったのは完全に予想外だったが早く中を探索する事が出来ると思うと楽しみの方が増してしまい思わず感慨を口に出してしまうとリオンの耳に入ったようで小首を傾げて龍真に尋ねてきた。

龍真が"何でもありませんよ"と穏やかな口調で返答した瞬間、警戒して発動していた【識別眼】が周りに潜む敵意を捉えた。


「気を付けて下さい…何か居ます。ミアティス、シオン…リオン皇女を囲んで構えておくんだ」





読んで下さってる皆さん、ブックマークして下さってる皆さん、更新無い日も覗いて下さってる皆さん、いつも本当に有難うございます。



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