第七八話
「うむ……あやしい。かなりあやしいわ」
エナはそう言いながら大きな木製のスプーンを口元に当て、シャルとルイを交互に何度も見る。
自宅のダイニングのテーブルにはシャルとエナの作った料理が所せましと並べられていく中、キッチンとの通路で眉を寄せ、目を細めながら突っ立っているエナにシャルはため息をつく。
「母さんの料理が?今更」
そう言ってエナの横を通り抜け、再びキッチンに戻る。
「あぁ、エナさんの料理が怪しいのは今に始まった事じゃないから。この中で気にする人なんていないよ」
「そうね、今更ね」
セフィリアとユラもそう言って頷き合いながら、テーブルに銀食器と取り皿を並べていく。
「もう色んな物食べさせられてるからなぁ……」
「そうですね……」
「思い出しただけでもぞっとする……」
食卓についているバリューとシド、アップロックは揃ってげっそりとした表情で言い合う。
ルイはその様子を、同じく食卓について苦笑しながら見守っている。
正直参加できる話題ではない。
「失礼な!私は料理に怪しい物なんて一切入れてないわ!私の農園で育てた可愛くて栄養もたくさんある良いコたちよ!ただ、ちょっとした副作用って言うか効能っていうかあるだけよ!」
「……その効能不要」
力説するエナの横を、料理を手にしているシャルは通り抜けながらボソっと言うと、テーブルに皿を置く。
「終わり」
そのシャルの言葉にバタバタと食卓についていく。
そんなに広くないダイニングなので、8人も座るとなると勿論椅子の間隔は狭い。
しかしみんな慣れた様子でいつの間にか決まった自分の席に座り、慣れた手つきで料理を取り皿に盛って行く。
ルイも短い間ではあるがこの環境にようやく慣れてきはじめ、料理争奪戦(主に取っていくのはアップロック、セフィリア、ユラの三人なのだが)で少しは自分の食べたいものを取れるようにはなってきた。
「よっしゃ食うぞぉ!」
「やっぱシャル兄がいると品数増えていいよね」
「……賭け要素が出来てるけど」
「……言うなシド」
「目で選んではいけません。感じるのです。どれがシャル君の作った料理か」
「失礼しちゃうわ。はい、おててを合わせてご一緒にいただきます」
「いただきます」
エナの号令で、皆手を合わせて頭を下げる。
そしてエナ以外の全員が取り皿を持って立ち上がり、その中のルイ以外の人間があっちこっちの料理を取っていく。
ルイだけは、あわわわといった感じで料理を取り分ける用のトングやスプーンを取り損ねている。
「だからね、怪しいと思うのよ、ルイちゃん」
「へ?」
いきなりエナに呼ばれてルイは素っ頓狂な声をだす。
その様子を見てにんまりと笑い、エナは素早い手つきで色とりどりの野菜の入ったサラダを取り分けてドレッシングをかけるとルイの前に置いた。
「あ、ありがとうございます」
「いいのいいの。で、シャルとどこまでいったの?」
ピタリとシャル以外の動きが止まる。
「ど、どこま、どこまで!?」
「うん、どこまで。キスくらいはいったよね勿論」
「きききき、キスとか、いやそんな。第一、そんな関係じゃ」
照れなのか慌てているのか、そういったものを隠そうと取り分けてもらったサラダを食べようとフォークを持つ。
「あら、私の子の癖にまだ手を出してない?駄目よ、シャル。いいコには早く唾つけて印つけとかなきゃ。じゃないとトンビに油揚げなのよ?」
サラダをフォークで弄ぶようにかき混ぜるルイから目を離さず、エナはにっこりと言う。
シャルはそんなエナの様子を見て、一つため息をつく。
「ルイ、ちょっとフォーク離して」
「え?あ、うん」
シャルはルイのサラダの入った皿とフォークを取ると、代わりに自分の手にしていた皿、自分のフォークとルイの前に置いた。
そして取り上げたサラダはそのままエナの前に置くと、テーブルの近くにある食器棚から新しい取り皿とフォークを取る。
「また何か仕掛けた?」
「まさか。部屋に何か仕込まなくてもあんな大きな声で好きとか言ってたら聞こえるわよ」
エナは立ち上がり、食器棚の隣にある棚の引き出しから小さな小ビンを取り出して再び座ると、その中身を自身の前に置かれてある『ルイの為に取り分けた』サラダにかける。
「しかもその直後にあんな大きな音でしょ?見に行ったら壁に亀裂走ってるし。振ったくらいであんなことになるとは思えないし、シャルがルイちゃんを照れさせる何かを言ったって考えるのが普通だと思うのよ」
その姿を見て自身の取り皿にサラダを入れていた者は、次々にサラダボウルにかさかさと戻していく。
その姿を横目で見ながら、エナはそのサラダを口にした。
「その何かを聞きたかったのに残念。ホント、シャルはつまらないわ。さりげなく入れた薬草とか薬とか、全部避けてしまうんだもの。今夜は思い出に残るようにって工夫したのに。どうしてこの親心をどうして分かってくれないのかしら。お母さん悲しいわ」
今度はルイの前に置かれてあるシャルが取り分けた皿を一斉に注目する。
その内容を見てまた料理を戻そうとしたのだが、エナはにっこりと微笑んだ。
「皿に盛った物は残さず食べる、そう教えなかったかしら?」
凄みのある言葉に、シャルとルイ、エナ以外の5人はだらだらと冷や汗を流しながらストンと椅子に座る。
その姿はさっきまでとは打って変わってしょんぼりし、自身の皿を見つめてどうしたものかと考えあぐねている様子でもあった。
「い、いただきます」
「よろしい」
そうしていつも通りの、危険な食事が始まったその時だった。
ピクリとシャルの眉が動いた直後、ぐわんと眩暈の様な感覚がその場にいた全員を襲う。
「う、あ」
「なんだこれ」
シャルを除く一同が頭を抱え、小さなうめき声を上げる。
まるで頭を思いっきり振り回されたような気分に一同ガッツリ食べる前で良かったと思いながら、だんだんと険しくなっていくシャルの表情に何かが起こっていることを悟る。
「……シャル」
シャルの手を取って不安そうに呼ぶルイに、シャルは険しくなっていた表情を緩め、優しく頭を撫でると少し悲しそうに言った。
「動いた」
それは、平穏な日常が終わったことを意味した。
そして、未来があるかどうかも分からない事も。




