第七十五話
シュデルテは深い深いため息をついた。
屋敷に居座っている青い鳥を肩に乗せ、馬車に揺られ流れていくグレイスの景色を眺める。
「何もこんな年寄りにあんな大事な事任せなくて良いと思わない?おかげであっちこっち頭下げたりなんだかんだしたりしなきゃいけないじゃない。まぁそれで私の可愛い可愛い孫の助けになるのならいいんですけどね。それにしたって、もっとこうあるじゃない。この街のお偉い方に話を通してくれるとか、書状を出してくれるとか。そうすれば私の苦労も随分減ったと思うのよ。気が利かないのは相変わらずなのね。エトラもきっと苦労してるわ」
胸の前で手を組み、まるで祈るようにエトラに同情する。
青い鳥は一度身体を震わせたあと、エトラの頭を毛づくろいするかのようにつつく。
その意味を理解し、シュデルテは頭を優しく撫でるとバッグの中から親指大ほどの小ビンを取り出した。
そこには粟や稗が入っていて、その姿を見ると青い鳥はバタバタとシュデルテの頭上を飛んだ。
そしてシュデルテがその小ビンの中身を手のひらに一つまみほど乗せると、手のひらにちょこんと止まってついばむ。
「貴女なら分かってくれると思っていたわ。ホント、貴女のご主人様もそうだけれど、あの一族はどうしてこう周りに目を向けないのかしらね。何も私たち三人だけでなくても、声を掛ければ聞いてくれる人は沢山いるというのに」
手を伸ばせば、手を取り助けてくれるというのに。
青い鳥はついばむのをやめ、シュデルテの顔を見て首を傾げる。
「私たちだけでこの国のヒトを助けるなんて、無理に決まっているわ」
そう言う表情は、言葉とは裏腹にとても嬉しそうで楽しそうなものだったからだ。
シュデルテはこちらを見ながら首を傾げている青い鳥ににっこり笑う。
外の景色はグレイスの町並みから自宅敷地内の庭に変わり、玄関の前で馬車は止まる。
「さ、貴女も忙しくなるわよ。人間の一人や二人がどうこうするより、聖獣にも働いてもらった方がはるかに効率もいいし。人語を理解して話す聖獣ならなおさら良いわね。それも神つきだったのなら、なお宜しいわ。獣たちと情報交換もしやすいし、伝達も早い。何より魔力が人間とは桁違いだもの。カバーできる範囲もかなり広くなるわね。とっても長生きしている分、効率のいい方法もわかるでしょう?魔女の知恵袋みたいな」
馬車の戸が玄関前で控えていたメアリーの手によって開かれると、青い鳥はまるで厄介ごとから逃げようとするかのようにシュデルテの手から離れ一目散に外に出た。
その刹那、その青い身体は虫取り網という物に捕らえられる。
青い鳥は羽をばたつかせたり身体をくねらせたりして、それから逃れようとするが余計に絡まるばかりだ。
網目を切ってしまおうと嘴を使うが、一向に切れる気配はない。
「だめですよぉ。この網はブルーバードさん専用の網なんで、何をしても無駄無駄です。もう大変だったんですよ。奥様に言われてリメイ一人で職人さんの所に行って、めっちゃ断られたのを何度も何度も何度も何度も頼み込んでようやっと作ってもらったんです。壊したらただじゃおきませんからね!」
リメイはそう言いながら青い鳥を掬うようにして網を持ち上げ、逃げられないように口は折り返す。
うんざりし非難するような目をシュデルテに向けると、彼女はにっこりと笑って言った。
「居候に仕事をあげると言っているのよ。喜んで奉公なさい」
自身が作った白と黒で作られたまだら模様の結界の中でルシはグラデコールの『作戦』に感心した。
彼らの周りには数多くの……老若男女問わず信者たちが集まり、それに応じたテントや馬車がそこにはある。
グラデコール曰く、「彼らに協力してもらう」とのことだが、どう使うかは大体察しが付く。
「またえぐい事考えるねぇ」
そうニヤニヤ笑いながらいうルシを、グラデコールは不快そうな顔をしながら一瞥する。
「あのような事をするような者に言われる筋合いはない」
「あのような……?あぁ、バラバラにしたりオアシス作ったり?いやぁそれほどでも。そんなに褒められると照れちゃうなぁ」
「……褒めてはいない」
後頭部を掻きながらルシは愉快そうにあたりを見回す。
足元には大きな魔法陣。
これは世界各地から信者を集める為に作られたものだ。
現在の人間の魔法学では未だ成功例のない転移魔法の陣は、ルシの手によっていとも簡単に作り上げられた。
それらは世界中のニイエケの教会へも作られ、そこから信者と物資のみが此方へ転移してくるというものだ。
信者以外の者が陣に乗っても転移は起きず、また陣自体見えない。
この様な高度な技術は、今の人間が再現しようとしてもできないだろう。
グラデコールは、着実にそして確実に一族の悲願の達成に近づいている事に、顔に出さなくとも興奮していた。
政を執っていたのが神の呪いを受けてから一転、世間から迫害され身を潜めて暮らし、ニイエケに潜り込み枢機卿という地位に上り詰めるまでの長い長い一族の歴史。
代が変わるごとに負の感情も受け継がれ、代を重ねるごとに負の感情が大きくなる。
それに比例し、一族に伝わる『壊渡し』の術を使用する回数が増えた。
グラデコールに至ってはもう何度それを使ったか分からないほど。
これで終わるのだ。
グラデコールは自身の『息子』の事を考えた。
身体が丈夫ではなく、グラデコールの所業に良い顔一つしない母親によく似て心優しい子だ。
そのような子に自分の様な血生臭い道を歩ませてはならない。
一族の記憶と術の全てを受け継がせる前に終われるのならそれでいい。
今までも、そしてこれからも父親らしい事などすることは無いが、せめて呪われた子でなく一人の人間として世間を。
「……本当に終わるのだな」
感慨深く言うグラデコールにルシは変わらずニヤニヤと笑いながら頷く。
「そうだねぇ。君たちが『神の森』って呼んでるとこで壊渡しすればいいのさ。こんなに贄がいて僕の力もあれば、簡単に終わるよ」
グラデコールは小さく、そうか、と言っただけだった。
そう、終わるのだ。
その終わりの先がグラデコールの望み通りとは限らないが。




