第七十四話
ルーズリッヒとの話が終わり食堂へ向かう途中、ルイは思わず固まった。
それ自体はよくある話であるし、ルイ自身も言われた事があることだ。
好かれているとは一切思ってはいなかった。
「貴女なんて大っ嫌い!」
ユラから投げつけられるように言われたその言葉はルイへとぶつかる。
ユラの眼は泣きはらした後のように赤く腫れてはいるが、それを感じさせないほど鋭い視線をまっすぐ向け、身体中をわなわなと震わせていた。
「シャル兄はずっと森に入らなかった!誰が森で迷っても!私が森で迷っても探しに来てはくれなかった!それなのに……それなのに!!!」
ユラは分かっていた。
シャルが森に入れない理由も、自分がシャルにとって妹と同じ存在だという事も。
シャルがルイに取る態度は、ユラに取るものと全く違う事を。
向けられる笑みも、優しさも。
悔しさで俯き、下唇を噛みしめ拳をきつく握る。
分かっている。
……これは八つ当たりだ。
「何も知らないくせに!何もできないくせに!シャル兄を守れないくせに!シャル兄の足引っ張ってるだけのくせに!」
ルイはその言葉をただ、聞いていた。
受け止めるしか……ほかに何もできなかった。
ユラの言葉は真実で、ルイ自身が悶々としている事。
……分かっている。
本当はシャルの言葉に甘えてはいけないという事も、本当はシャルに頼ってはいけないという事も。
「……るよ」
シャルと出会ってから今までの事を、まるで走馬灯のように脳裏に流れる。
そして、初めから今まで本当に助けられてばかりだ、と改めて思う。
楽しかった、本当に。
このまま、続くと思っていた。
エドガーが帰って来て、三人でキュレスティアを卒業して、サラに会いに行って。
それは本当に楽しいだろうと思っていた。
熱い何かが頬を伝う。
ずっと……続くと思っていた、本当に。
「分かってるよ!!!」
ルイの中の何かがプツリと切れた。
怒声にも似た声と、ガンッという壁を叩き響く音とガタガタと窓ガラスが揺れる音、ぱらぱらと何かが崩れる音が一瞬静まったその場に鳴る。
「そんなコト言われなくたって分かってる!私だってそこまで馬鹿じゃない!!けど何もできないんだもん!シャルが持ってるモノはとても重たくて、私なんかが助けられるものじゃなくて!せめて甘えないようにしようとか、助けてもらわないようにしようとか思うよ。帰った方がいいんじゃないかとかかなり考えたよ!それでもっ!それでも!!」
一緒に居たかった。
声にならない声は、嗚咽になる。
一度流れ出した涙も、脳内に流れた思い出も止まろうとはしない。
次から次へとあふれ出て、言葉を詰まらせる。
「いーっけないんだー。シャルに言ってやろー」
セフィリアはユラの後ろに続く廊下を歩きながらまるで楽しそうに笑っていた。
その声にユラとルイはびっくりしたように目を見開き、そちらを向く。
「ルイちゃん、おはよう。身体は大丈夫?」
セフィリアはユラの頭を撫でまわしながらにっこりと微笑む。
「え、あ、はい。お、おはようございます。大丈夫です」
その答えに満足そうに頷くと、自分が歩いてきた廊下を親指で指す。
「なら早く食堂に顔をだしてあげて。ババ様もシャルも心配してたから」
その言葉に戸惑うようにユラとセフィリアを見比べる。
それを察したセフィリアは、今度はユラの背中をバシバシと叩く。
「い、痛い!セフィ姉さま痛い!!」
「いいのいいの。ユラは私と話があるから。ほら、早く」
ユラが抵抗すると今度は首を小脇に抱え、右手の拳で頭をグリグリする。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!いやあああああああ」
ルイは戸惑いながら、「早く!」と言うセフィリアに一礼しセフィリアが来た廊下を行く。
ソレを見送るとセフィリアは、ふう、と小さく息を吐いてユラから手を離す。
「痛いじゃない!何するのよ!」
「ごめんごめん。つい」
「つい、で頭に穴を開けられたらたまったもんじゃないわ!!」
悪びれもなく手を振るセフィリアに、ユラは睨みつけながら言う。
そんなユラにセフィリアは優しく微笑むと、今度は優しく頭を撫でる。
「分かってるんだろ?」
まるで言い聞かせるような声に、ユラは小さく頷くと俯いた。
「じゃあ、わかってるな?」
もう一度小さく頷く。
「……悔しい」
その小さな声にセフィリアはうんうんと頷いて、撫でた頭を抱きしめた。
初めは鼻をすする音だったのが小さな嗚咽に変わる。
数分後、涙と鼻水で汚したセフィリアの修道服をユラは洗うことになる。




