第七十二話
キュレスティア学園長室。
フランは応接用ソファーにゆったりと座り厚さ5cmはある書物を読んでいた。
内容は恋愛小説で、三角関係やら婚約した相手の男は極度のマザコンで酷い母親だったとか、よくわからないがとりあえずドロドロとした話がつらつら書かれているものだ。
ソレをにこにことしながら楽しそうに読んでいたのだが、ふと感じたモノに眉根を寄せると、読んでいたページに栞をはさむとパタンと閉じた。
「どうかしまして?」
デスクで書類に目を通していたエトラは、顔も上げずにそう聞いた。
「ん……」
フランはそう答えるだけで何かを考えるように顎に右手を当て、もう片方の手は膝の上に置いた本を指でトントンと叩いている。
ここ数日前からなんとなく変な違和感はあった。
ただその違和感はいくら探りを入れても、もやもやとしたモノに遮られなにも分からないだけ。
元素たちは、いつもと変わらず巡り流れていくだけだったのだ。
「エトラ」
「はい、なんでしょう?」
「セリシアとルーズリッヒ、それとシュデルテに連絡を」
本をテーブルに置いて立ち上がると、フランはエトラの近くまで歩み寄りデスクに手をつく。
エトラは挙げられた名前に驚き、ようやく顔をあげてフランを見た。
セリシアはユグ教の聖女、シュデルテは前学園長。
そしてルーズリッヒはキュレスティアのあるフィード国の大臣の一人を指していた。
「急ぎで頼むよ。どうやらどこぞの馬鹿が『また』動き出したようなんだ」
その言葉で察したエトラは、「承知しました」と答えるとパタパタと早足で学園長室を出ていく。
それを見送るとフランは「ん~~~」と声を出しながら大きく伸びをし「忙しくなるなぁ」と呟くと、学園長室を出て自室のある塔へ向かった。
元素は流れていく。
寂しく哀しい想いをのせて。
ルイが目を覚ました時、そこには見覚えのある天井があった。
薄い黄色の木目が揃った天井に白い壁紙。
起き上がって白いベッドから降り、ゆっくりと窓に近づく。
そこから見えるのは青い空と白い雲、そしてフォレスティの集落。
……そこはフォレスティの教会でルイに与えられた部屋だった。
今まで彼方側にいたはずなのに、どうして此方側に戻っているのか。
「……シャル!」
ルイはハッとしたように戻ってきている理由と意識を失った後を知っているだろう人物に思い当たり、ドアに駆け寄って思いっきり開いた。
「おお、っと……何だ、眼が覚めていたのか」
「……へ?」
扉を開けた先に思いもよらぬ人物がいて、ルイは思わず固まった。
そんなルイを頭の先から足先までゆっくり見下ろしてため息をついたのは、白髪を綺麗にオールバックに整え、グレーの背広、白のシャツ、黒のネクタイという軍服に身を包んだ年老いた男性が立っていた。
しかもそのグレーの背広にはいくつもの勲章がつけられていて、腰には細く長い片手剣が携えられている。
その男性の面差しは優しいものの目つきは鋭く、同じ場にいる者を緊張させるほどの威厳を放っていて、ルイも例に漏れず身体を硬直させた。
「相変わらず落ち着きのない。仮にも私の下に就いて働こうと志す者が、そのようなだらしのない格好で外をうろつくつもりか」
ルイにはそんな言葉も耳に入らないほど本当に驚いていた。
この人物は普段こんな辺境の集落にいるような人ではないからだ。
男性は呆けているルイを見て一つため息をつくと、ルイの目の前で両手をパン!と大きな音をたてて合わせた。
「さっさと身なりを整えんか!!!!」
「は、はい!!」
男性の怒声にルイはびくっと身体を震わせると、一目散にドアを閉めるとバタバタと音をたてながら着替え始める。
ビックリしたびっくりした吃驚したビックリシタ!
ルイは心の中で壊れたラジオの様に唱えながら着替え、ふと我に返ったのは実家で暮らしていた時のように全身をお嬢様のように整えてからだった。
……何でお爺様がこんなところにいるの?
シャルはフォレスティの食堂で、ババからシャル達が消えてから今まで……二カ月ほどの事を聞いていた。
思ったよりも事は深刻で、彼方から戻ってきてフォレスティの騒がしさ、特にアップロックがイライラしていた理由がよくわかった。
問題はたくさんあった。
ラルラの樹を中心に、元々イキモノであったであろう獣の皮や赤黒い何かが絡みついた不気味な樹が急激に増えてきている事。
ナニカを感じ取った『花』たちが一斉に動き出した事。
その内の一人、キュレスティアの理事長でもあるフランが、自身が信用している者にフィード国民をいかに助けるかの説明をしたこと。
そして……
「前々からそのような気配はあったのだが、セリシアが食い止めてくれていたから油断していたの」
ババは心痛な面持ちでそう話した。
シャルの眉間のしわは深くなる一方で、アップロックの貧乏ゆすりは教会を震えさせるほど大きくなっている。
「数日前にルーズリッヒ殿が軍を率いてきてくれていての……森の前に拠点をつくり交代で待機してくれているの」
ルーズリッヒはかつて鬼将と呼ばれていた者で、現在は軍全てを取りまとめる大臣だ。
何故彼自らが率いているのかはまだ知らされていないが、相当なのだろうという事は想像できた。
それほどまでに彼の動きは国的にも、世界的にも宜しくないのだ。
否、彼が動くこと自体本当は宜しくない。
「『呪われた一族』の末裔が、このようなタイミングで動き出すとは。偶然かそれとも……」
ババは大きくため息をついた。
王都フィルハイム、ユグ教本部。
その聖女の部屋でセリシアは大きくため息をついた。
先日、フランと話をしてからとても気が重い。
その内大事にはなるだろうなー、とは思っていたけれどここまで早く整うとは思ってもみなかった。
セリシアの予想では、まだ数年……早くても数カ月は猶予があったはずなのだ。
先々月儀式を失敗して慎重になっているだろう、と油断したのがまずかったのか、それとも何か他のチカラが作用しているのか、もしくはどちらもか。
「はああああああああああ」
今度は声もため息と共に出た。
部屋が広いので結構響く。
「申し訳ありません」
傍に仕えていた黒いフードの人物が頭を下げた。
それにセリシアは手を振ってひきつりながらも笑顔を向ける。
「いいのいいの、あなたに非は無いわ。あなたはよく頑張ってくれているもの」
「ですが」
「これは私の責任。ちょっと甘く見過ぎていたわ。それに、これから起こる事はあなたにとっても苦しいことでしょう?」
その言葉にフードの人物は一層深く頭を下げる。
「全て、覚悟し」
「覚悟なんてしなくていいわ」
言葉を遮ってセリシアは睨みつけながら強い口調で言う。
「親を亡くすことを覚悟なんてしなくていい。ましてや自分でケリをつけなければならない事なんか。ずっと迷って最後まで悩むコトよ」
その言葉にフードの人物は顔をあげた。
その拍子に黒いフードがぱさり、と外れる。
真っ黒な短い髪に、意志の強そうな青い瞳が姿を現した。
口はキュッと引き結び、ただセリシアを見据えている。
「そう、貴女がケリをつけるのよ。命の神『ユグ』の妻を手にかけ、『男児しか残せない呪い』をかけられた一族の末裔である貴女が。呪いの終わりを告げる貴女が、一族の怨念に憑りつかれたお父様……グラデコールの目を覚まさせるの。貴女を認めさせるのよ」
「……私にできるでしょうか」
自信なさげに言う彼女に、セリシアは満面の笑みで微笑み力強く頷いた。
「できるわ。貴女にしかできないのよ」




