第七十一話
「君は本当に無茶をするね」
そう言いながら指をパチンと弾いく。
「……今それを言うのが信じられない」
シャルは突如空中に現れたタオルケットがふよふよと漂い、机に突っ伏して眠るルイに優しくかけられたのを見ながらため息をついた。
「彼女が起きている時に言っても聞こえないフリをするだろう?」
その言葉にシャルは再び深いため息をつく。
ルイはまるで燃料が切れた機械のように眠った。
それまでの緊張のがほぐれたのも一因であるが、最もの要因はユグの出したお茶だった。
それには精神をリラックスさせ、身体を温める効果がある。
ソレに加え傷ついた心身をほぼ強制的に回復させる、という効果もある。
それは身体が短時間で傷を回復させようとするため、抗えない強烈な眠気を催すことになる。
一種の麻酔薬とも言えなくもない。
瀕死の傷をも治すという命の樹の葉を、このような使い方をするのはユグだけだろうとシャルは呆れながら思った。
ユグはそのお茶を一口飲むと、ゆっくりとテーブルに置く。
「君ひとりが魂の道を通るのなら何も言わないよ。君は僕の一部だから耐性もあるしね。けれど彼女は違うだろう。確かに君が施した術は適切ではあるけれど、危険な賭けだったことには違いない。彼女がどうにかなることを君が望んでいるとは思ってはいないけれどね。もうちょっと方法を考えても良かったんじゃないかな?」
「『考える』事自体が無駄な相手」
その返答を聞いて今度はユグがため息をついた。
「確かに彼は相手の纏う元素を視ることで思考を読める。けれどそれは僕も、君もだろう?」
シャルはそれに答えず、ただお茶を飲むだけだ。
どうやらユグやシャルにはそのお茶の副作用ともいえる眠気は襲ってこないらしい。
「君は僕に、ギリギリまでヒトとして居たいからって制約をつけたんじゃなかったかな?」
ユグは何も答えないシャルを睨みつけるように見ながら言った。
「本来なら魔法を使うための媒介も、魂が身体に入らないようにする為の魔法具も術も必要ない。なのにヒトでありたいという君の願いで、それらすべてが必要であるように、此方の力は対価を払って使うようにしたと思うんだけど。その割にヒトとしては謳歌してないよね。めんどくさがりとしては充分だろうけど」
ユグの言葉にシャルは何も返さない。
ただユグの言葉を聞いているだけだ。
言わんとしていることはシャルにも分かっている。
聞かなくても、分かっている。
「彼女に何も言わなくていいのかい?それで後悔しないんだね?僕の様に色んなものを残して『独り』でここにいるつもりかい?」
……そして何もわかってはいない。
シャルはため息をついて命の樹を見上げた。
色とりどりの花々をつけた蔦が命の樹を支えるようにして伸び、根元には白と黒の……一面に咲き乱れている花たちと比べとても小さな花が寄り添うように咲いている。
彼も何もわかってはいないのだ。
「ローゼリウスの香りがする」
ふわふわとした感覚の中、ルイは誰かの声を聞いた。
その声は男性の物の様にも女性の物の様にも聞こえ、幾つもの声が重なっているようにもただ一つの音の様にも聞こえ、まるで響いているかのように聞こえた。
「父の葉と、ローゼリウスの印の作用か。偶然とはいえ、こうして久々に話ができるのはありがたい」
その直後、明るいのか暗いのか分からなかったその空間は一転し、一面の真っ白な空間に変わる。
そしてそこにはたくさんの人影があった。
けれどどれも影のように姿形はわかるのに、表情は見えない。
「戸惑うのも仕方はない。私たちの後は誰も知らず、どんな書物にも書かれてはいない」
そう言う影の声は、悲しそうにも聞こえる。
ルイが一歩後ろに下がった直後、まるで心の中を見透かしたように声はした。
「私たちがまだヒトである頃は花と呼ばれ、元素の巡りを管理していた。ヒトとしての生を終えてからは、父である命の樹を支えている。それは始祖の想いであり、跡を継いだ者の役目である。父が私たちに気付いているかどうかは別として」
声は語る。
母は死に父は彼方へ送られ取り残された幼き始祖たちは、世界を巡り散り散りとなって世界を支えることにした、と。
元素を滞らせることなく世界を巡らせて災害を減らすことで、再び父や生まれ育った森が傷つけられることがなくなるだろう、と考えたからだ。
いくら神の子でも元素を思い通りに巡らせることは難しかったが、その先にあるものの為にあきらめはしなかった。
そして彼らの死をもって、その望みは叶うことになる。
その術が自身の血族に呪いの様に受け継がれることになっても、始祖たちは躊躇わなかった。
全ては寂しがり屋の父を支えるために。
「身勝手な事をしたのは分かっている。その為に子らが苦しんでいることも。けれど、一人苦しんでいる父を放ってはおけなかったのだ」
父を支えることは、子を守ることにもつながるから。
……例え、彼らの姿がユグの目に映らなかったとしても。
影が薄くなり、声が遠くなっていく。
影たちは残念そうに「時間か」と小さく呟いた。
「君が目覚めた時、この時を覚えているかは分からない。けれどもし覚えていたなら―――」
声が遠い、影が消えていく。
その中に見たことのある人の面影がある影を見つけた。
青い髪の、寂しそうな。
「あ……」
ルイは目を見開いてその影を凝視すると、それは深々と頭を下げた。
どうか、伝えてほしい。
独りではないのだと。
私たちは孤独ではないと。
周りを見れば手を差し伸べてくれるヒトはいるのだと。
例えそれが打算からだったとしても、差し伸べられたことには変わりはないと。




