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彼方への手荷物  作者: 涼詩悠生
第五章 苗
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第六十八話

深く、深く、沈んでいく。

否、もしかしたら浮上しているのかもしれない。

実の所よくわからないのだ。

ただ肌をかすめていく何かだけは感じられるだけだ。

……否、もしかしたらソレは誰か違う誰かの感覚なのかもしれない。


「あ、ああ……」


閉じている筈の目に様々な景色が見え、自分のモノでは無い記憶が次から次へと流れ込んでくる。

それはこの世界で死んだ者達の記憶と感覚だった。

痛い、頭がパンクしそうだ。

一人分の許容しかない身体に、何十、何百、何千、何万という魂の記憶が次々となだれ込んでくる。

どれもが幸せなモノならまだいい。

けれど殆どのモノは様々な悔しさを抱えて死に、そしてその半数を超えるモノは負の感情に加え、痛みや苦しみを伴って死んでいった。

それらすべてが自身の中に入り、まるで自身が体験しているかのようにありあり眼裏(まなうら)に映し出していく。

そして痛みも同様に。

気が、狂いそうだ。

痛みで自分の意識が消えてくのがわかる。

もうどれが自分の記憶で、どれが自分の感覚なのかも分からない。

どれくらいの時間を耐えていたのかも分からない。

長い間そうしていたようにも思うし、違うようにも思う。

自分が、消えていく。





シャルは通り過ぎていく記憶と感覚、そして流れていく魂たちを眺めながら流れに身を任せていた。

ここで流れに抗うと身体が壊れて魂だけになり、元素化されてしまう恐れがあるからだ。

魂の河、あるいは走馬灯、天の川、三途の川。

呼び名は様々あるが、ここは魂たちが彼方に渡る道以外の何でもない。

そこに肉体を持つものが通る……入る事すら滅多にない。

あってもこの肉体に入っていく情報量に気が狂い、暴れたついでに身体が引き裂かれ元素化、という流れだ。

シャルは腕の中でがくがくと震えているルイに、頭を撫でるとそのまま子供をあやすようにとんとんと背中を叩いた。

そうすることで新たに入っていく魂を防ぎ、既に入ってしまった魂を抜く。

ある程度抜けたのを確かめて、ふう、とため息をついた。

ルイの震えは収まり、眼を閉じてぎゅっとシャルに抱き着いている。

シャルはルイの背に腕を回して、ただ流れていく魂と流れているだけ。

……さて、どうしたものか。

此方に入ったのは良い。

どのみちあのままでは、『どんな姿になっても』引きずり込まれていただろう。

それならば生きたまま突っ込んだ方がだいぶマシだ。

流れても漂っても生きていれば何とかなるだろう。

と思っていた、ついさっきまでは。

が、実際はこの空間からの脱出方法がいまいちよく分からない。

以前ここを通った時はどうしたんだったか……

そう悩んでいると見覚えのある風景が一瞬見えた。

シャル自身のほほんとしているが、彼の身体にも多くの魂が入り込み、痛みも苦しみも感じている。

ただ流れゆく景色の様に見ないふりし、感じないふりをしているだけだ。

シャルは意識をその記憶に持って行く。





暗い部屋、火のついた青い蝋燭が11本、赤い蝋燭が28本。

これはその日がいつであるかを示していた。

壁一面に描かれた赤黒い色の紋様をよく見れば、なにかの魔法の式の一つであることがわかる。


「説明してください、グラデコール様!!」


自分はそう叫んでいた。

目の前の茶色の法衣を着た男は此方を、面白くないおもちゃを見ているかのように見下ろしているだけ。


「私は貴方様のおっしゃるとおりにしました!ですが彼の方を支えるどころか悍ましい闇が出たのです。フォレスティの人間が言うには我らは全く反対の事をしていると。いったいどういう事なのですか!」


そう、あの日、術で足を失くしたものの自分は助けられた。

しかし仲の良かった二人は死んでしまった。

酒を飲みながら笑い、共に修行に励み支え合った仲だ。

ヒトを喰らう闇がなくなることを祈り、あの指令に従った。

彼らが引き裂かれる時の悲鳴は今も耳の中で響いている。

フォレスティの長や獣人族の老婆からは一応止められたが、自分はここに戻ることに決めた。

真実を確かめるために。

グラデコールはこちらを見、表情を変えることなく首を横に振った。


「残念だよ。君は私を信じ続けてくれると信じていたのに」


その言葉を聞くのと首に冷たさと熱さを感じるのは同時だった。


「がっ……ぐぁっ」


どうやら闇に潜んでいた者が居たらしい。

首を押さえた手には赤い液体がねっとりとついている。

遠くなる意識の中、必死にグラデコールに手を伸ばしたが、その拍子に車いすから転げ落ちた。

グラデコールはこちらを一瞥して扉の方に向かっていく。


「始末しておけ。予定通り事を進める。この者は邪なモノにとりつかれていた。この者の言葉は嘘である。そう皆にそう言っておけ」


足音が異様に響く。

自分にはその足を見る事しかできなかった。

どうして……

どう……




あぁ、彼は死んでしまったのか、とシャルはそこから意識を離した。

あれは王都フィルハイムにある教会本部の地下にある一室だ。

蝋燭の数から交換会から一カ月の月日が経っている事、そしてグラデコールという男を知る。

教会で何度か見たことがある。

いつも闇を纏っているような、いつも憎しみを纏っている男だった。

……なんか面倒くさい事になっている気がする。

あからさまに嫌な顔をして大きなため息をついた。

ルイを助けるためにも、戻るためにもこの空間を出なければならない。

迷っている暇はどうやらないらしい。


「気付いてるんだろ。そろそろ手を貸してくれてもいいと思うんだけど」


シャルはそう呟いた。

空間がぐにゃりと曲がる。

シャルは離さないようにルイをギュッと抱きしめた。

……今度ここからの脱出方法聞いておかないと。


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