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彼方への手荷物  作者: 涼詩悠生
第五章 苗
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第六十六話

神の森の木々や草花たちは揃ってシャルを奥へと進ませまいとした。

根で転ばせようとしたり、蔦で絡めたり、手足を切ってみたり。

戻れ、戻れ。

行ってはならぬ。

進んではならぬ。

会ってはならぬ。

戻れ、戻れ。

『彼ら』はそう言いながらシャルを引き留めようとしていた。

けれどもシャルはその声に気付いていながら、足を止めることも戻る事も無い。

逆に魔法を使い、足を速めた。

絡まる蔦は切り裂き、転ばせる根は飛び越え、手足が痛むのを無視した。

フォレスティから神の樹の跡までは、1時間ほどまっすぐ走れば着く距離だ。

魔法を使えばもう少し早く着くだろう。

何事もないならそれでいい。

夜の森は危険だからと連れ戻すなり、迎えが来るまでどこかに潜んでいればいいだけだ。

けれど、『彼ら』の反応からして嫌な予感がして仕方がない。

……急がないと。

拳をきつく握ると、キッと前を見据える。

方向は間違っていないはずだ。

木々たちが空を覆っているせいで星を見て方角は確認できないが、元素の流れでだいたいの方向はわかる。

『元素は木々から溢れ、命の樹に戻る』

その理(ことわり)は、命の神が生まれ命を作ってから変わってはいない。

命の樹が此方側になくとも、命の樹の跡へ元素は集まり彼方へと送られる。

元素を辿れば、命の樹の跡に行けるのだ。

シャルは元素たちを追いながら走った。





ルイは、目の前で何が起こっているのか理解できなかった。

否、理解したくない、という方が正しい。

遡ること約6時間前、ルイはラルラに出会った。

魚人族の女王の話を聞いた後、ただ呆然としていたところに声を掛けられたのだ。


「大丈夫?顔色が真青よ?」


そして身分を明かされ、それならばとシャルの事を話した。

出会ってから半年ほどの、けれども大切な友人の事を。


「……そう。それは寂しいわね」


ラルラは悲しそうな笑みでそう言ってルイを抱きしめた。

そしてある提案をするのだ。

神の森の中に神の樹の跡という場所があり、そこで祈りを捧げれば願いが叶う、という言い伝えがある。

もし、よかったら試してみない?と。

ルイはアップロックの言いつけを思い出して渋ったが、半ば強引に連れていかれることになった。


「大丈夫、私もよく行くのよ。危ない事なんて何一つ無いわ」


実際、行き道では本当になにも起きなかった。

たまに立ち止まり、木々や草花の紹介をされたくらいで、平和だった。

そして着いた場所。

切り取られたかのように地面がない崖、その遥か下には見渡す限り森が広がっていた。

絶景、とも言えるその光景に見とれていると、ラルラは祈りの言葉を教えてくれた。


「……え?」

「大地の神、海の神、太陽の神、月の神って意味の言葉よ。古代のヒト……というより神の言葉ね」


聞き取れない言葉を聞き返すと、ラルラは丁寧に答えた。

そうして全ての言葉の意味を理解し、暗記する頃には太陽は大地に沈んでいる途中で、星が見えるほど暗くなっていた。

時間を忘れるほど、熱心に聞いていたらしい。

ラルラも同じことを思ったのだろう、小さく「時間ね」と呟いた。


「そろそろ戻らないと……」


ルイがそう言うとラルラはにっこりと微笑んだ。

そして崖に向かって跪き、祈りを捧げるように手を組む。


「……私には子供がいたの。生まれて間もない、小さくて小さくて可愛らしい子だったわ。もう彼方に還ってしまったけれど」


そう言うと頭を下げる。

ルイはどう答えていいか分からず、困ったようにラルラを見ていた。


「それから何度も何度もここへ来て、何度も何度も祈ったわ。子供を戻してって。けれど戻ってくることは無かった。同じ祈りであの人間の子供は帰ってきたのに」


ナニカが可笑しい、と気が付いたのはその時だった。

ラルラの声が震えている。

その声からは感情がうまく掴めない。


「でも、やっと戻ってくるの。可愛い私の赤ちゃんが」


ルイは思わず後ずさった。

こちらに顔を向けたラルラの顔が、喜びと怒りと悲しみを混ぜたような、異様なものだったからだ。

そして、ラルラの背後に黒い水たまりの様なものが出来たのは、太陽が完全に沈んだと同時だった。

ヤバい、と思った時にはもう遅かった。

その水たまりは、にゅるりと盛り上がりある形をつくり出していく。

黒いのっぺりとしたものの中から白く見える何かが浮き上がってきたとき、ようやくそれがナニカ理解できた。

人間の、青年の形だった。

白く見えるものは青年の肌に、黒いのっぺりとしたものは髪や服、靴に見える。


「そうだ。今かえしてやる」


目を開き、口元は不気味な笑みをつくり、ソレはそう言った

腕に首も据わっていないような赤ん坊を抱いて。

ラルラは顔を輝かせて立ち上がると、その子供を受け取った。


「ああ、私の赤ちゃん。良かった、本当に会いたかった。独りでいかせて本当にごめんなさい」


ラルラはそう言いながら腕の中の子供をあやそうとした。


「ただし、お前がその子供のその姿を保てるかどうか、だけどな。そいつはお前の魔力で維持しろよ。と言っても、必要な魔力はちょっと魔力が多いヒト程度では到底無理だけどな」


ラルラの持つ、母親の笑みが固まったのはその言葉と同時だった。

どろりと、その赤ん坊が溶けた。

まるでアイスクリームが溶けていく様に、皮膚や身体が溶けていき赤黒いナニカになっていく。


「あぁ、だめよ。せっかくまた。ああああああ!!!」


ラルラは必死に溶けた部分を元に戻そうとするが、ずるずると手のひらや腕から垂れ落ちていく。

青年はその姿を可笑しそうに笑いながら見ていた。

声をあげて、まるでこれ以上愉快なことは無いと言わんばかりに。


「……ひどい」


ルイはその場に立ちすくみながら、ぽつりとつぶやいた。

青年は視線をラルラからルイに写し、ニタァと笑う。


「そうだろうなぁ!でも、そう言う人間はもっとひどいことをしてるだろ?」


その言葉にルイは驚いて目を見開いた。

……この人は一体、何を言っているのだろう。


「無駄に血を流させたり、苦しめたり。俺と同じように面白がって殺したり、なぶったり。なぁ、俺も知りたいんだよ。どうしてそんなことをするんだ?」


まるで馬鹿にするように笑いながらそう言った。

ルイが答えられないと分かっているかのように。

そしてひとしきり笑った後、青年はラルラの顔を覗き込み言った。


「なぁ、ラルラ。俺は約束を守ったぜ?」


ラルラの全身は赤黒いナニカで汚れ、足元には赤ん坊であったものがビクビクと痙攣しながらもそこにあった。

ラルラの目には光はなく、ただ口が何か言おうと動いているだけだ。

ラルラはただ、力なくその赤黒いナニカを見つめている。


「……お前にも約束、守ってもらわないとな」

「ちょっと待って!」


ルイの制止の声と、青年が言い終わるのとは同時だった。

待ってやる義理は無いとでもいうように青年は鼻で笑うと、ひょいっと崖の上に浮かび上がった。


「その肉体、俺がもらう」


そう言うと、じっと何かを待つようにラルラを見つめた。

一体何を、と言う前に青年は顎でラルラを指した。

一瞬、目を離しただけだった。

その間にラルラの身体の、穴という穴から植物の芽が出ていた。

眼や口などの大きな穴からは木の枝の様なものがぐいぐいと伸びていく。

ナニカが裂ける音、叫びにならない音、メキメキという木の鳴る音。

色んな音がラルラから発せられ、そしてラルラはラルラではなくなっていく。

……本当にあっという間だった。

ラルラのいた場所には、一本の木とその根元に赤黒い何かがあるだけで、ラルラの姿は見えなくなった。

信じたくはない、信じられない、恐ろしくて思い出したくもない。

ルイは目を見開いて、青年とラルラであったものを交互に見た。


「契約っていうのはこういうもんだぞ、嬢ちゃん」


魔法使いなら知らないわけじゃないだろう、と不敵に笑う青年をルイは睨みつけた。


「アレはエサとしても暇つぶしとしても優秀だったようだな」


そう言ってフォレスティに続く森に視線を移した青年につられ、ルイも視線を森に移す。

そこには全身に切り傷と擦り傷をつくり、息を切らしたシャルがいた。

シャルはルイとラルラであった物と青年の姿を確認すると、大きくため息をついた。


「……こういう展開だけは避けたいと思っていた」


それを聞いて青年はニタリと笑う。


「残念。俺はこういう展開が、大大大好きなんだ」


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