第六十五話
シャルはフォレスティの長とババと共に教会に来た。
礼拝堂には巨人族の長と共にユラとセフィリア、そして魚人族の女王。
扉を開けてすぐにユラとセフィリアがハッとしたようにこちらを向く。
「アップロックとブラウンを呼んできてくれるかの。作戦会議をするでの」
ババはユラに微笑んでそう言った。
ユラは頷くと慌てて駆けていく。
扉の閉まる音がやけに大きく聞こえた。
ソレを見届けてババは一つため息をつくと、魚人族の女王をちらりと見る。
「……なによ」
「ぬしと話してからシャルの友人の様子がおかしかったという話を聞いての。まさかとは思うが」
「変な事なんてこれっぽっちも話してないわよ」
魚人族の女王は不愉快そうにそう言った。
ババは「そうかの」とつぶやきかけた時、女王は続けて口を開いた。
「あぁ、でも人間は信じられないって話はしたわよぉ。同族の、それも仲がいいオトモダチが死ぬのにそれすらも知らないなんて私たちにはアリエナイ事だもの」
その言葉にシャルをはじめ、その場にいたババ以外のヒトがギョッとして女王を凝視した。
ババは呟きかけた言葉をそのままため息に変え、やれやれと頭を横に振る。
「まさかとは思うが、小僧が『苗』であるとは言ってなかろうな」
巨人族の長は低い声を出すと、がたがたとガラスの揺れる音がした。
女王は悪びれた様子もなく、片手をひらひらと振って「あたりまえでしょ」と答える。
「言ったわよ。なによ、ちょっとみんな顔が変よ」
「ぬしの頭に比べればかなりマシじゃの」
呆れたようにババが答え、セフィリアはドンと壁を叩くと女王を睨みつけた。
巨人族の長はイライラしてか貧乏ゆすりをはじめ、礼拝堂全体が小刻みに揺れる。
そしてシャルは礼拝堂の扉のノブに手を掛けた。
「ならぬの」
ババの声にシャルは停止する。
「ぬしが森に……ましてや柵を越えることは禁じておる筈じゃの。ぬしはもうヒトと同じツクリをしておらぬの。この森の影響を強く受け、下手をすれば病んでしまうやもしれぬの。ましてや今は夜、闇の影響が強い今出ることは余計にならぬの。ぬしが闇にのまれる事は絶対に避けねばならぬからの」
シャルはノブに手を掛けたまま振り返る。
ババはシャルを見据え、首を横に振った。
「気持ちはわかるが、今は待つんじゃの。ブラウンとアップロックが来れば、どのように連れ戻すか共に考えようの」
諭すような言葉にシャルは頷いてノブから手を離そうとした時、魚人族の女王が手を振りながら軽く言った。
「そうよぉ。今アナタが死んじゃったら私たちの苦労が水の泡でしょぉ。それに、大父君だって今の体力で次の苗作れるか分かったもんじゃないし。アナタが最後のチャンスだったら、私たちの命運もかかってるのよ。小娘のヒトリやフタリ放っておいて、何も考えず大人しく匿われて彼方送りされればいいのよぉ」
「ぬしはいい加減だまらんかの!!」
「お前大概にしろ!!」
ババと巨人族の長の怒声と、扉の開いて閉まる音は同時だった。
「な、なによぉ。怒鳴ることないでしょ。私は間違ったことは一つも言ってないわよ!」
タライの中でパシャパシャと尾ひれで水面を叩きながら、半泣きになりながら抗議する魚人族の女王に、セフィリアは爆発しそうな怒りを必死に抑え、震える声で言った。
「生き残るための正論と、感情の正論は違うんだ」
「意味が解らないわ」
海の中は変異種が多少いる以外は平和で、争い事はほぼ無いと言っていい。
建前と本音を使い分ける必要もない。
女王はこれまで、ただ心のままに発言し行動してきた。
『海の中では』許されてきたのだ。
陸に上がると、多種族の長があーだこーだと煩くて鬱陶しいすら思っている。
平和ボケとはこれほどまでに馬鹿をつけあがらせるのか、と長達は思った。
ピリピリとした雰囲気をどれ程しただろうか、扉を開いて入ってきたのはアップロックたちだった。
雰囲気の異様さに驚いて、同時に何があったのか大体察しがついたのだろう、大きくため息をついてアップロックは魚人族の女王に言った。
「……あなたはまた何か言ったんですか?」
「結び伸びろ細き案内人。其は我が帰り道。其は彼の案内人。我が消えても決して消えるな。どの場所にも伸び、伝え、切れるな」
シャルはそう呟くと同時に森に入った。
シャルの左小指から赤い毛糸のようなものが伸び、フォレスティに一番近い赤く輝く柵につながっている。
ただひたすらに駆け、迷い子の珠の示した森の奥深くへと進んでいく。
木々の影からこちらの様子を伺う幾つもの目が見え、奥に進めば進むほどシャルの頭には音が入る。
自分の役割を考えれば女王の言葉は正しい。
森に入るべきではないし、ルイを気にする事も無い。
けれど、それをよしとすれば自身を許せなくなることも分かっていた。
ここに連れてきたのはシャルだ。
ルイに何かあった時の責任はシャルにある。
「シャル。役割や責任も大切だけれど、もっと大切なのは『貴方が今何をしたいか』。ここに彼女を連れてきたのは純粋に善意から何でしょう。けれど、貴方の本心はどうかしら?」
祖母に言われた言葉を思い出す。
その後に「本当に嫌ならあんな程度の怒り方じゃすまないのは知っているわ」とニヤニヤ笑われたのだが、あえてそれは考えないように思考の隅っこに追いやろうとする。
出来るなら、自分の口から伝えたかった。
けれど、伝えずにいたまま消えたかったのも事実。
本心は今、どこにあってどうしたいのだろうか。
シャルはそう考えるとキュッと眉根を寄せる。
思い浮かぶのはフォレスティのヒト、多種族の長、家族や幼馴染。
そして……




